第32話  正志の復活

「いや、毎度ご迷惑をおかけします」

リビングで出されたお茶をすすりながら、木本は礼を言う。香はこの来客を歓迎してないようで、不機嫌な顔をしていた。

「何の御用ですか?お話はもう散々しましたけど」

香は不快そうに言う。あれから正志との関係を疑われ、何日も事情聴取という名目の取調べを受けた。

もっとも本当に何も知らないで何も話せなかったのだが。

「いや、今日来たのは本当は警察としてでは無くて、個人的に話がしたいと思いまして」

「警察としてではない?」

父親がそれを聞いて首をかしげる。

「ええ。私はあの事件の担当だったのですが、殆ど何もできなかったのですよ。そのことの責任を追求されてしまいまして……」

木本警部は苦笑する。

「それは……お気の毒に。あの人を相手では、誰が担当しても同じだったでしょうに」

「いえ……これも運命なのでしょう。確かに間近であの事件を見た身としては、現代科学では対抗できない不思議な力を使う存在に対して我々は無力でした。あれは断じて嘘でもトリックでもない。吾平正志が救世主かどうかはともかく、何らかの不思議な力をもっていたことは間違いないでしょう。彼女たちと同じに」

木本警部は沈んだ声でテレビを指差す。。

テレビには光り輝く衣装を纏った弓と、正志の家族が映っていた。

「正人くん。これでもう大丈夫よ。私が助けてあげる」

湯は病院を訪れて、寝たきりになっていた正志の兄の正人に聖なる光を当てる。

徐々に衰えた筋肉が蘇り、力強い体に戻っていった

「動く……動くぞ!弓、ありがとう!」

ベッドから起き上がり、弓と抱きあう正人。

「弓お姉ちゃん……私もお願い!」

弓に抱きついて頼む澄美。相変わらず彼女の顔は腫れたままだった。

「もちろんよ。貴女は私の妹だもの。さ、こっちに来て」

椅子に座らせて、澄美の腫れあがった顔に手をあてる。

見る見るうちに元の可愛い顔に戻っていった。

「奇跡だ……」「本物の聖女だ……」

その様子を報道していた者達がどよめく。

まるで本物の家族のように抱き合う姿は美しかった。

「みなさん。吾平正志は実の家族にすら呪いをかける鬼畜です。彼らは私の幼馴染であり、家族同然の親しい仲です。皆様の中には悪魔である正志の家族であるということで吾平家の皆さんによくない感情を思われる方もいらっしゃると思いますが、彼らも被害者なのです。責めないであげてください。正志を除く吾平家の皆さんは、私にとっても家族なのですから……」

弓の清らかな声が全国に響く。その姿は全国に感動を与えた。

「弓様!救世主様!」

「私たちはあなたに従います!」

それを見た日本中で熱狂が沸きあがる。すっかり正志は悪魔であり、弓たちが本当の救世主であるという風潮が出来上がっていた。


「馬鹿な人たち。正志さまの思惑通りだよ」

それを見ていた飯塚香が冷たい声を上げる。

「お嬢さん。思惑通りとは……?」

「正志さまは、私たち一人ひとりが審判を受けることになるって言っていた。周りに流されずに自分で判断しろって。ああやって自分たちが正しいんだなんてわざとらしく主張なんかしなかった。ただ自分を信じるか、信じないかの選択肢を示していただけだった」

弓たちを崇拝する信者たちを軽蔑した目で見る。

「それで……」

「わかんない?正志さまはこれからくる大破滅に対して、全員は救えないってはっきり言っているんだよ。みんなが崇めているから、弓とかいう人が正しい-そんな自分の意思を持たない安易な選択をするような人たちなんて、真っ先に見捨てられてしまうのに」

香はふふんと鼻で笑った。

「……では、吾平正志の方が言っていることは正しいと……」

「当然。正志さまは大破滅が来たら、100万人程度しか自分の手では救えないっていった。日本人口が一憶二千万人としたら、120人に1人しか救われないんだよ。これから大きな環境の変化があるのに、みんなと同じ選択なんかしていて救われるわけないじゃん。この人たちって、馬鹿なんじゃないかな」

香は平然と、弓たちを崇めていれば救われると無邪気に信じきっている善男善女たちを見切る発言をした。

香の発言を聞くうちに、木本警部もどんどん不安になってきた。

「たしかに、環境に適応しすぎた存在は、環境が激変するとあっという間に滅んでしまう。恐竜の絶滅をはじめとして、そんな例は無数にある……」

そう思い、木本警部の背筋が寒くなる。

「お父さんはどう思っておられるのですか?」

思わず木本警部は父親に助け舟を求めるが、彼は首を振った。

「残念ながら、娘の言うとおりでしょう。近いうちに大破滅が来て、私たちは滅びるのでしょう。娘はおそらく助かりますが、私は……」

そういうと、父親は悲しそうに目を閉じる。それを見て、香も悲しそうな顔になった。

「……あなたはそれで平気なのですか?」

「残念ではあります。しかし、皆が滅びるなら、私も運命をともにすべきでしょう。私が無理に助かろうとすれば、一人の若者の席を奪うことになります。私に許されたことは、その日が来るまで娘と幸せに暮らすこと。今はそれ以上は望みません」

父親はそういうと、香を抱きしめた。

「私はどうすればよいのでしょうか。実は……」

木本警部は、父親に自分の息子のことを話す。実は彼の息子も学校で苛めにあって不登校を続けていたが、あの事件以来正志を崇拝しており、父親である彼の言うことを聞かなくなっていた。

「救世主正志さまは絶対に蘇る。その時、僕も彼の元に馳せ参じる」

そういって、家を出る用意をしている始末だった。

彼が今日ここに訪問したのも、香の様子をみてなんとか説得する材料探したかったからだった。

だが、飯塚父娘はすでに覚悟を決めており、運命を受け入れる気になっている。彼らのように正志に救われたわけではないが、間近で正志の力をみて否定もできない彼は、どうすればよいかわからなかった。

「木本さん。あなたの葛藤はわかる気がします。しかし、息子さんの邪魔はせず、彼の選択に任せてあげてください。大破滅がいつ起こるのか、誰にすがるのが正しいのかはそのときになってみないとわかりません。しかし、悔いのない選択に自らの身を任せる自由は認めてあげてください。無理に親の意見を押し付けると、裏目に出たときに後悔してもしきれなくなります。息子さんの未来は、息子さん自身にえらばせてあげるべきだと思います」

父親が静かに諭してくる。

それを聞いて、木本警部は深く頷くのだった。


正志によるテロリズムから二週間後。

人里はなれた場所でうごめく影があった。

あるものは人里はなれた山中で、あるものは民家の軒下で。

醜い蛹の殻をやぶって筋骨隆々とした姿が現れる。

正志からソウルウイルスを注入され、適応できたものは、己の肉体の改造を終えようとしていた。

その数は合計で40人。

彼らが正志と同等の力を持つ、新世代の魔人類だった。

「皆、無事に進化できたようだな。それじゃ、こっちに来てくれ」

中央に鎮座しているひときわ大きな繭が破れ。中から一人の少年が現れる。

死んだはずの吾平正志だった。

「正志さま。復活なされたんですね」

「ああ。万が一に備えて、俺の細胞の一部を地中に保存して、クローンを作っておいた。そのクローンに魂を宿らせて復活できるようにな」

正志はニヤリと笑って、魔人類たちを見渡す。

「では、いくぞ」

彼らは正志の思念波によって、精神だけが別の世界に誘われる。

そこは正志によって作られた仮想世界「エデン」だった。

「当分、ここを俺たちの組織の本部とする。ここで情報交換に勤めよう。ここに来れるのは俺たち魔人類だけだし、実体がないから見つかりっこない」

彼らはお互いに頷きあう。

彼らがいるところは、まるで楽園のように美しい世界だった。

「正志さまに従い、人類の救済を!」

「ふふ。でもこんなキレイな世界じゃ、雰囲気でませんよ。こういうのじゃないと」

進化プログラムを受けた少年の一人が念じる。

すると、いきなり世界が変わり、草一本生えない荒涼とした世界に変わった。

「悪魔がすむ世界にふさわしいだろ。ふふふ」

いつの間にか彼らの服もガイコツを模した服に変わっている。

「いや、悪の組織だったら、こんな感じがいいだろう!」

全身黒タイツで目と口だけあいていて、胸に『悪』と書かれている服にチェンジする。

「さ、皆で叫ぼう!『イィーーーー』」

「「「イィー-------------」」」

「気持ちイーーーーー」

全員が悪乗りして大声で叫ぶ。

「……ちょっと古くないか?こういうのはどうだろう」

別な少年が念じると、彼らの服装が黒く輝く鎧に変わる。

それぞれ伝説の悪魔を模した姿をしていた。

「うん。地獄からきた悪の戦士にふさわしい。『魔鎧(マグス)』と名付けよう」

「どうせなら改造怪人がよくないか?」

「素っ裸にパン一でってのは?」

「それなら顔だけ隠してモロだしとか?」

それぞれ好き勝手なことを言っている。

「ああもう。一応弓たちに対抗して、何か悪っぽいものを考えてくれるのはわかるけど、変態方向はなしな」

正志が意見を取りまとめた結果、悪魔を模した黒い鎧を作り出して着ることに決まった。

「いいねえ。『魔人類(デモンズ)』の軍隊だから、『魔闘士(デモノフォース)』と名乗るか?」

「ノリノリだなぁ」

「俺らになるようなやつらって、高確率でオタクで中二病だから、ぴったりなんだよ」

彼らはこれから起こることを想像して、ウキウキしている。

「それじゃ、半数は学校を攻撃して、俺たち『魔人類』の仲間を増やせ。もう半数は日本を支配して、『シェルター』の建設に力をつくせ」

その場で二つのグループに分かれる。

「よし、いくぞ!」

少年たちは全国に散っていくのだった。


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