日本支配編

第31話 世間の風潮

「それでは、事件を最初からおさらいします。あの最悪のテロリスト、吾平正志による被害者は、井上学園において、窓から外に突き落とされて転落死した生徒が一名。操られて互いに殺しあった生徒が5名。そして、突入部隊の警官が5名死亡しております」

悲痛な表情で、犠牲者を読み上げるキャスター。

「本当に痛ましい事件でしたね」

「まったくです。続いて、テレビ局の前で彼に殺された人たちが105名、怪物に変えられ、理性を失って人に襲い掛かったのでやむを得ず射殺された方々が52名になります。この方達もテロの犠牲になったといえるでしょう」

「本当ですね。まったく、奴にどんな理由があるにしろ、許される事ではありません」

憤ったように言うコメンティター。

「テロリストである吾平容疑者は、地球が人類を間引きすると言ってましたが、科学的見地からみてどう思われますか?」

「何をバカなことを。そもそも地球に意思などあるわけがないではないですか。典型的な終末思想にかぶれた誇大妄想狂ですな」

自然科学の分野で権威を持つ教授がコメントする。

「もっとも、今の私は『神』の存在は信じております。神の祝福を受けたといわれる三人の少女、『高人類(タカビー)』の神々しいお姿をこの目でみましたからな。今後は超常的な存在が実在するという前提ですべての研究がなされるでしょう。そういう意味では、あの日から全く違った価値観を我々全員が共有するようになったといえるでしょう」

教授はキラキラと光る目で、何かを崇拝するように天を見上げる。

「まったくです。神はいらっしゃった。悪魔が暴れ、人が抵抗できなくなった時、救いの手を差し延べていただける存在がいた。我々はこれからは科学万能主義から脱却して、より謙虚に生きていけるでしょう。女神様、そしてその使徒のお三方様の元、日本人、いや世界のすべての人々は一つにまとまるべきなのです」

有名な芸能人の大御所が言う。

あの日以来、多くの国民が同じ思いをしていた。

伊勢神宮を始めとする神社に参拝する人は、正月でもないのに連日満員。

殆どの宗教は女神イザナミを神とする宗教に統合させる動きをみせている。

現世に現れた神の巫女である三人は、日本中の人々から愛され崇拝されていった。


しかし、彼女たちに当てられる光がもたらす影と言うべき存在たちもいた。

元井上学園の1-Aの生徒たちである。

弓たちが正志の呪いを無効化できると知った彼らは、すぐに前に馳せ参じた。

「弓様。お願いします。この顔を治してください」

「「「「お願いします」」」」

土下座して頼み込む啓馬を始めとする、最後まで学校に残った生徒たち。

しかし、弓たちは彼らを見つめるだけで、決して治そうとはしなかった。

「あなたたちは私を正志への生贄にしようとした。私を集団で苛めたくせに、どの口で頼み込むの?」

口元に薄笑いを浮かべて冷たく言い放つ。

「だ、だって、あの時はああするしか……そうよ。今まで友達だったじゃないか。お願い。助けてくれよ……」

工藤啓馬が足元にすがりつくが、蹴り払われる。

「あんた、この私を襲おうとしたよね」

美香はゴミのような目で島田光利の太った体を踏む。そんなことをされても彼はじっと耐えていた。

「ふん!集団でかよわい女を苛めるような、くさった奴等にはその姿がお似合いよ! 私はあんたたちを絶対に許さない!こいつらを追い出して!」

里子が回りの取り巻きに命令して、力ずくで排除させる。

彼らは虚しく追い出され、醜い顔のままで外に追い出される。もちろんその姿はテレビで放送されており、彼らは弓に見捨てられた者として全国に知れ渡る事になった。

「あいつらが原因を作った奴等だぜ!」

「人間の恥よね!吾平に化け物に変えられ、救世主様たちにも見捨てられてる。滑稽よね」

すべての者たちからさげずまれるようになった啓馬は、やがて外にもでれなくなって家に引きこもるのだった。

他の生徒たちも、同じように苦しい思いをしている。。

「子供を救うために、最後の審判ゲームに何百万もかけたのに、結局無駄になってしまった」

「これから私たちはどうすれば……家のローンもあるし、他の子どもの学費もどうやってはらえばいいんだろう」

島田光利の両親が、顔を見合わせてため息をついている。

子供たちのために貯金をはたいてしまった彼らは、今更ながらに後悔する。

「こんなことなら……見捨てればよかった」

「ああ。元はと言えば光利がつまらん苛めなどをするから、私たちまでこんな目に合うんだ」

思いつめた両親は、ついに我慢の限界を迎えて、利光の部屋に突入する。

「出てこい!いつまで引きこもっているつもりだ!」

両親から無理やり部屋を追いだされ、利光は筋肉がむき出しになった顔をくしゃくしゃにして泣き出した。

リビングで正座させられた利光は、両親から告げられる。

「お前にはほとほと愛想がつきた。家から出ていけ!」

「そ、そんな!家を追いだされたら、どうやって生きて行けばいいか……。お願いだから家にいさせてよ」

泣きながら訴える利光だったが、もはや親からも相手にされない。

「心配するな。田舎の農家をしている親戚がお前を引取ってくれるそうだ。お前はそこで人目につかないようにしてくらせ。二度と戻ってくるな」

冷たく拒否され、田舎に強制連行してしまう。

彼らはそれぞれの場所で、正志を虐めたことを後悔しながら生きていくのだった。


そして、正志に救われた飯塚香とその父親は、自宅で身辺整理を行なっていた。

母親は交通事故でなくなっており、今は父と娘の二人暮し。

父親は正志に協力して彼をテレビ局まで運び、娘は彼に助けられたことで警察の事情聴取を受けていたが、なんとかテロリストに加担したのではないかという疑いも晴れて解放されている。

しかし、テレビ局のヘリコプターのパイロット職は退職に追い込まれてしまった。

それでも父親は娘を救ってくれた正志に深く感謝している。

「お父さん、いつから富士山の近くにいくの?」

娘の香が明るく聞いてくる。

「そうだな。こっちでいろいろ整理して、マンションも売り払って……。まあ退職金は雀の涙だったが、なんとか新しい土地でやり直せるだろう」

「うん。楽しみだね」

歩けるようになった香は毎日楽しそうに歩き回っていた。

「ねえ……。この人って大人気だね。正志様を問答無用で消した人なのに」

夕食の席でテレビを見ながら父親に話しかける香。テレビには東京69を始めとした芸能人たちを一緒に笑顔を浮かべている弓たち三人が映っていた。

「ああ……。私も彼と話したが、確かに彼は残酷で人の命を軽視するところもあった。しかし、だからと言って彼を全否定することもできないだろう。決して話してわからない人じゃなかったと思う」

テレビの弓を見ながら言う。

「正志様は地球が大破滅を引き起こすっていっていたんだよね。私に富士山の近くで待っていろって。でも弓っていう人は正志さまが大破滅を引き起こすって。どっちが正しいんだろう」

暗い口調で言う香。彼女は真剣に悩んでいた。

「結局のところは、どちらが正しいかわからん。だけど、少なくとも私達は彼に助けられた」

「そうだよね。神様が存在してたって、私を助けてくれたわけじゃないし。助けてくれたのは、正志さまだった。それも何の見返りも求めずに。あの人が本当に悪魔だったとしても、恩は恩だしね」

「ああ、私達だけは彼を信じておこう」

父親はしみじみとそういった。


ピンポーン

その時、玄関のチャイムが鳴った。

「誰だろ。こんな時間に」

「また取材とやらかな。下手に相手にすると私達まで悪の手先だというようにスケープゴートにされる。私が対応しよう」

そういって玄関のオートロックの画面をみる。

「はい。どちら様ですか?」

マンションの玄関には、中年のおじさんが来ていた。

「はじめまして。私は木本というものです。少しお話を伺いたいんですが……」

そういってインターフォンに警察手帳を見せる。

「お父さん。警察の人だって」

「……またか。追い返すわけにもいかないな。どうぞ」

父親は頷き、木本警部を招きいれた。


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