第27話 女神イザナミ
そのとき、死体の山の中で何人かが動き出す。
「あっ、今動いている人を確認しました。生きている人がいます」
カメラをズームさせて、蠢き始めた少年たちを映しだす。
しばらくして、彼らはゆらりと立ち上がった。
「よかった……生きていた。えっ?こ、これは!!!!!!」
その姿を映し出したキャスターは、再び恐怖の叫び声を上げる。
彼らはすでに少年といってよい容姿ではない。
ある者は全身に毛が生え、犬のような顔をしている。
手足にたくさんの昆虫の複眼のようなものができた少年。
全身からムカデの足のようなものが出ているヤンキー。
法被を着た肉の塊のようなものもあった。
「うぁぁぁぁぁぁ」
「タ・タスケテ……」
カタコトをしゃべりながら、外で取り囲んでいる報道陣や警官にすがりつく化け物たち。中には理性を失ったのか、噛み付いて人間を食べようとしているものもいた。
「なんだこいつら!」
「撃て!」
警官が恐怖のあまり発砲する。
その場は逃げ回る野次馬と追いかける化け物たちで大パニックになった。
「予想通り、失敗した奴も多かったな。それでも何人かは『魔人類』に進化できたか」
その喧騒の中、正志はつぶやく。
その言葉通り、静かに立ち上がる者たちもいた。
彼らは比較的正志を信奉していたグループに多く、姿は変わっていない。
「明、どうやら成功したようだな」
「正志さま。感謝いたします」
上田明が代表して正志に一礼すると、混乱にまぎれてその場を走り去った。
「ふふ。思ったより多かったな。それだけ今の社会に苦しんでいる奴が多いという事か……次のやつらが来るのにしばらくかかるだろう。休憩しよう」
そうつぶやくと、テレビ局の中に戻っていった。
テレビ局に戻ってきた正志を遠巻きにして見つめる中の者達。
テレビキャスターもいれば、芸能界の大御所、テレビ局の重役もいたが、誰もが正志に恐怖を感じていた。
これだけたくさんいても誰も正志に話しかけてみない。
(ふふ。孤独だな。まあ今までどおりか……)
そのまま元の重役室に戻ろうとしたが、その前に誰かが立ちふさがった。
「あんた!いい加減にしなさいよ!」
正志の前に現れたのは笹宮星美だった。
「何を?」
「とぼけないでよ!外の人達に何をしたのよ!」
鋭く聞く星美。心の底から正志に対して怒っていた。
彼女はテレビですぐ前で起こっていることを皆と一緒に見ていたのである。
可哀相な片足の少女を奇跡を起こして救ったのを見て、不覚にもちょっと感動してしまったのだが、次の瞬間正志は大量虐殺を引き起こし、大勢の人を化け物に変えてしまった。
それを見たテレビ局にいた者たちは、彼はいったい救世主か悪魔か、自分達はどうなるのだろうかと不安になったが、恐怖のあまり正志に声をかけられない。
唯一正志に食ってかかってきた星美に大して、正志は無表情で答えた。
「何をしたかは見てのとおりだ。俺に従う奴には救いを与えて治療したり新人類に進化させた。従わない奴……というより素質がない奴は、残念ながら死ぬか出来損ないの化け物になった。これも運命だろう」
彼は何の責任も感じてないかのように、人事のようにいいはなつ。
「あんたは……いったい何がしたいのよ!」
星美はそれでも正志に食い下がった。
「質問があるなら、テレビ放送の前で受けよう。夜の八時から詳しいことを放送できるようにお前たちは準備しろ。俺は上にいるからな」
そういうとさっさと重役室に向かう。
残された人々は誰もが不安におびえていた。
その頃……
椎名弓は病室の屋上にいた。
「……。こんな顔じゃ、正人さんの前にはでれない。こんなお化けみたいな姿じゃ。それだけじゃないわ。外出するだけで皆から注目されて恥ずかしい思いをする。一生家からもでられない……」
顔を包帯でぐるぐる巻きにした弓は、泣きながらつぶやく。
「もうこんな思いをするのは嫌! あんな奴の思い通りになんか、なってやらない!」
屋上のフェンスの上に乗り、自殺する決意を固めて弓は屋上から落下した。
意識が暗く冷たい淵に落ちていく。
弓の魂はどこまでも続く深い闇を落ち続けていた。
「わたし……死ぬんだ……」
やがて、下に真っ赤な溶岩のようなものが見える。
そのまま赤い溶岩の海に落ち、少しずつ弓の魂が融けていく。
(私、地獄に行くの?……悪い事はなにもしてないのに?あいつに理不尽に傷つけられたのに?いや! )
弓の心に少しずつ怒りが湧き上がる。
(何が新人類よ! 私やクラスの皆にこんな事をして! 昔から卑屈なナメクジだったくせに! なんで復讐なんかされなきゃならないのよ! いつだって周囲の人はアイツが悪いっていってた! 不細工でじめっとしてて、大したこともできないくせにみんなの足をひっぱって! )
小さい頃からの正志を思い出す。
本当に仲良く遊んでいたのは幼稚園くらいまでで、その後は何をやっても自分や兄妹の足をひっぱる正志はのけものになっていった。
自分達の失敗を正志になすりつけた時も、大人は正志を悪者にして自分達を叱らなかった。
しだいに正志を見下していく。正志を馬鹿にして悪口を言っていれば、いつの間にか自分の周りに仲間ができて楽しく遊べた。
高校になってからも、正志をネタにして正人や澄美を褒めれば、有名人の親友として誰もがちやほやしてくれた。
見下していた正志に復讐されたことが悔しくてたまらない。
(あんな奴、苛められて当然よ。何一つ優れたところがない人間だし。そのくせ、私の事をいつも見ていて。キモいのよ。あいつさえ居なかったら、皆幸せだったのに。それってアイツの存在自体が悪いってことじゃない!)
正志に対する怒りが膨れ上がっていく。
(誰か、助けて!このままじゃ納得できない。悪を倒してくれる正義の味方はいないの?)
地獄の海の中で必死に叫び声をあげ弓。
その時、天から一筋の光が弓を照らした。
その光があたったとたん、優しく救い上げられる。
(女神様……?)
眩しく輝く光を見上げる。
そこには一人の美しい女が微笑みを浮かべていた。
一筋の優しい光に救い上げられた弓の前に、美しい女が立っている。
「貴方は……?」
弓がその美しさに見惚れる。
「私は女神イザナミ。この日本を守る女神です。今、地球は新人類を名乗る悪魔たちに蹂躙されています。彼らに対抗できる心優しく正しい少女にお願いしたいのです。ぜひとも現世に戻り、彼らを止めてください」
イザナミからは清らかな光が発せられている。
「蹂躙、ですか。では、アイツが言っている大破滅というのも……」
「ええ、彼らが日本征服のために起こすことなのです。大破滅を迎えることで、自分に都合のいい人間だけを救って日本を征服し、ほかの人間を奴隷にしようとしています」
「そんな……」
「何の罪もない貴方方にした事を見ればそのことは明白です」
イザナミの言葉に正志が行なった悪行を思い起こす。
おとなしくストレス解消の対象になっていればいいのに、自分達を傷つけた。
理不尽な暴力を振るって、自分達に屈辱を与えた。
愛する正人を身動きできない体にした。
何より、誰からも馬鹿にされるナメクジの分際で、自分達に反抗したことが許せなかった。
「イザナミさま。私が出来る事なら何でもします」
頭を下げて頼み込む。
「わかりました。私の力を分け与えましょう」
イザナミからの光が弓の体を照らす。
何かがインストールされていく。瞬く間にすべての傷が癒えた。
「さあ、日本を救う聖女よ。神の名の下に悪を撃ち滅ぼし、大破滅を止めるのです。彼らさえ倒せば、日本は救われるのです」
光と共に上昇していく弓。
(みてなさい正志。アンタなんか神様に選ばれたこの私が滅ぼしてやる!)
弓は自らが神に選ばれた存在であることに高揚した。
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