第28話 高人類(タカビー)

気が付けば弓は、ヒラヒラに輝く美しい服をまとって病院の屋上にいた。

「私だけじゃないわよ。私の仲間はほかにもいるんだから」

弓は空を飛んで、別の病室の窓から入る。

そこでは二人の少女がシクシクと泣いていた。

「いやあ……こんな顔はいや!」

「吾平正志……許せない。殺してやる」

泣き喚き、呪詛をはく少女は愛季美香と日岡里子。弓の友人である。

いろいろと複雑な感情はあったが、今の弓にとっては心を共有できる数少ない同士である。

「美香。里子。私に協力しなさい。三人であの悪魔を倒すのよ」

弓がダンスを踊ると、手からステッキが飛び出し、やさしい光が二人に降り注ぐ。

みるみるうちに二人の顔が元に戻っていった。

「あ、あれ?」

「痛みが消えた……」

慌てて包帯を取ってみると、元のかわいらしい顔と活発な美少女のものに戻っている。

「弓!」

「弓ちゃん!ありがとう」

二人は弓にひしと抱きつき、涙を流して感謝した。

二人の頭をなで、弓は優しい声で告げる。

「二人とも。私は女神イザナミ様のお告げを受けて、あの偽救世主を倒さないといけないの。協力してくれる?」

「喜んで!」

二人とも首をコクコクとたてにふった。

「ならいくわよ。『進化光』」

弓のステッキからでる光が、二人を包み込むのだった。

美香と里子の傷つき、疲れ果てた体がどんどん治癒されている。

いつの間にか、二人の体は清らかな光を放っていた。

「女神イザナミよ。私たちにもに力を!」

弓から伝わってきた情報を元に、二人は叫ぶ。

二人の体を覆っていた光は、肌触りのいい柔らかな羽衣に変わっていた。

光が薄れると、中から純白の巫女服に身を包み、ステッキを携えた二人が現れる。

「出来たわ……。これが私達に与えられた力。これであの悪魔とも戦える」

三人は、そのままふわりと宙に浮く。

「私達は『高人類(タカビー)』選ばれし優れた人間」

美香がステッキを振りながら、高らかに宣言した。

「この世界を邪悪に染めようとする『魔人類(デモンズ)』め!まっていなさい!神聖なる巫女である私が必ず倒すわ!」

里子は高らかにステッキを掲げてポーズを決める。

三人はうなずきあうと、テレビ局の方に飛んでいった。


夜の八時になり、正志に乗っ取られたマジテレビから緊急放送が行なわれた。

テーブルには有名キャスターや女子アナウンサーがすわり、特別ゲストとして自ら参加を希望した東京69の星美が参加している。

「皆様、これから始まる放送はやらせでも番組でもありません。昨日は学校中が人質になるという事件が起こり、そして今日はテレビ局が乗っ取られるという史上初の犯罪が起こりました。これは嘘でもなんでもありません。すべて現実に起こっていること、たった一人のテロリストによるものなのです」

キャスターの声が硬い。緊張したように一人の出演者をチラチラと見ている。

「えー、それで、前代未聞のことではありますが、我々を人質にとっているテロリストから、全国に向けて放送するようにと要求がありました。我々はそれを受け、緊急放送をさせていただきます」

緊張して声が震えている。

「それでは、紹介させていただきます」

出演している人物を一人一人紹介するが、全国の視聴者の視線は一人の男に集中している。

「……では、最後に我々を拘束しているテロリスト、『吾平正志』さんです」

キャスターが紹介すると、正志は黙って目礼した。

全国民の視線を一身に浴びている。

「えー。今だかつてこのような事はなかったので私も動揺しております。人質が犯人に直接インタビューするなど……。ですが、勇気をもって質問したいと思います。吾平さん。まず、貴方は何者ですか?」

「私は吾平正志。ただそれだけです。今の私に肩書きなどありません。しかし、それでもあえて言うなら、次の時代に生き残るべき『魔人類』の始祖であると言えるでしょう」

正志は淡々と話し始めた。


「魔人類……ですか?」

「はい。貴方方旧人間が絶滅した後を担う生物ですね」

「絶滅ですか……」

キャスターはあまりのことに質問が続かない。

「馬鹿な!」

「いい加減にしろ!」

それを聞いて騒ぎ出す出演者。星美を除いて、皆我慢の限界だった。

「子供のくせにこんな大それた事をして!」

「いい加減へんな妄想から卒業したらどうだ!」

「どんなトリックを使ったんだ!私達を解放しろ!」

一人がわめき始めると皆騒ぎ出す。放送は収拾がつかなくなり始めた。

彼らを見て、正志の顔が厳しさを増す。

「やれやれ……。所詮こいつらはサルか。せっかく舞台をつくったのにな。騒ぐだけのお前らはいらない。退場してもらおう」

正志が指を刺すと光が発せられ、出演者たちを照らしていく。

「グ……グァァァァ。ナンダコレ」

「お、俺の口が……裂けて行く」

ある者は目が5つに増える。

ある者は手が垂れ下がり、異様な姿に。

口が耳まで裂ける者もいた。

頭が異様に膨れ上がった者は理性を失ったのか、滅茶苦茶に暴れだす。

テレビ局が化け物屋敷になりかけたとき、ひとりの少女が立ち上がった。

「やめなさいよ!」

星美は正志の前に立ち、思い切り殴りつける。

「あんた!一体何のつもりなのよ!人をなんだとおもってるのよ!」

泣きながら何度も殴り続ける星美。

正志はだまって殴られたままになっていた。

暫く星美のビンタを受けた後、正志は変貌した出演者に思念で命令を下す。

(さっさと出て行け!)

怪物たちスタジオから去っていき、後には腰を抜かしたカメラマンと星美が残された。

「どうした?お前はでていかないのか?」

星美に問いかけると、怒鳴りつけられた。

「これは放送なんでしょ!何があっても最後まで続けるわよ!席に着きなさいよ」

正志を睨みながら自分の席に戻る。

「ふふ。さすがはトップアイドルだな。肝が据わっている。どうやらまともに話ができるのはお前だけみたいだ。なんでも聞けよ」

カメラマンに命令して放送を続けさせ、正志は星美に話しかけた。


テレビ局

「それで、その魔人類さんは、いったい何がしたいの?人を傷つけたり治したりして」

星見は息を整えて質問する。

「基本的には、布教活動だな。信じる者は救われる。信じない者は救われない。別に俺は人類全体の救世主じゃないんで、ほんのわずかな信者しかすくわない。残りの大多数の人間は見殺しにする」

正志はぬけぬけと言い放った。

「なにそれ。自分が正しくて、信じない者が悪いといいたいの?」

星美が正当性を問いただしてくる。

「ちがうね。俺は基本的に悪だから。だから、親も兄弟も、友人も知り合いもすべて見捨てて、自分だけ助かるといった悪の心を持つ者を助ける。ふふ、悪魔にふさわしい自分勝手な奴だろ。正義の皆さんは、それぞれ勝手にしていて、大破滅で滅亡してください」

「……」

開き直る正志に、星美は言葉をつまらせる。

世の中の殆どの宗教のように自分達が正義だと言い張るなら、いくらでも言い返すことが出来る。

しかし、正志のように自分から悪だと言われると、返す言葉がなかった。

「悪の布教って……。安っぽいわね。物語に出てくる悪の組織でもつくるの?」

少し馬鹿にする口調で挑発する星美。

「世界を変えようとする者は大体悪呼ばわりされるもんだ。正義ってのは今の体制のことだからな。今の価値観、今の状況、今の世界が居心地がいい奴は、それを崩そうとする奴を悪と呼んで見下す。歴史を振り返るとわかるだろ?」

「それとこれとは違うでしょ!どうして他人を怪物に変えたりするのよ」

星美は勢いを取り戻して責め立てる。どういう理由があっても、人を化け物にしてしまう正志を許せないと思った。

「それは誤解だな。別に怪物に変えているわけじゃない。あいつ等は進化プログラムに耐えられなかったので、『人間』という枷をはずした時に遺伝子が暴走したのさ。人間の体の中には今まで進化してきた生物の遺伝子が詰まっているから、暴走したら魚や蟲や獣の遺伝子が表面に出てくる。だから容姿がかわるだけだ」

「……そうなった人は現に苦しんでいるじゃない」

「まあそれは仕方ないことだよ。今まで人を押しのけ踏みつけにして勝ち組になってた奴らが、今度は負け組みになった。それだけのことだ」

正志は冷たく言い放つ。本当に怪物になった者たちへの罪悪感などないようにみえていた。

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