第26話 救済と虐殺

彼らを見渡していた正志だが、そのなかに一組の異質な人間を見つけてにやりとする。その男は中年だががっしりとした体つきをしており、背中に太った少女を背負っていた。少女の右足から下は切断されたようになくなっている。

「ふむ。やっと来たか。まずはアイツからしようか。周りの奴等、動くな」

正志が手を差し延べると一筋の光が発せられ、親子の周囲の人間が動けなくなる。

「つ、連れてきたぞ。娘を治してくれ!」

正志を運んだパイロットが叫ぶ。

「よーし。とりあえず約束を果たそう」

カメラを通して全国の視聴者が見守る中、正志の下に駆け寄よろうとする二人。

「まて!親父の方は入るな。娘だけでこい」

正志の厳しい声が響き渡り、パイロットは硬直した。

「だ、だが娘はこの足だ」

「知るか!救済を求めるのなら、自力ではってでもこい」

正志は冷たく言い放つ。

「お父さん。おろして。私、行ってくる」

「し、しかし……」

「お願い」

娘の言葉にしぶしぶと地面に降ろす。

娘は非常に太っており、芋虫のように地面をはって進む。

「おい!あれなんだ?芋虫がはっているぜ!」

周囲のヤンキーたちがはやしたて、嘲笑う。

その屈辱に耐えながら、娘は正志のところにたどり着いた。


「あ、あの。私を治してくれるってお父さんがいいました。おねがいします!」

正志の前で座り込んで必死の形相で頼み込む少女。

「あ、ああ、わかった。だが、それにしても太ってるな」

正志が話しかける。確かに少女は普通よりかなり太っていて、重そうだった。

おんぶしてきたパイロットも息を切らしていた。

「……。た、頼む。私にとっては可愛い娘なんだ!」

フィールドの外から叫んでいるパイロット。

「わ、私、可愛くなくてごめんなさい!でも、どうか、どうかお願いします」

自分の容姿をみて機嫌を悪くしたと思い、娘が土下座する。

「安心しろ。飯塚香といったな。別にお前の容姿が太っているから救わないってことはない。逆に安心したんだ」

「安心……ですか?」

香が首をかしげる。

「ああ、親父さんから救ってくれといわれて、その点だけが心配でな。足一本生やすんだ。痩せた体だとエネルギーが足りなくて、途中で餓死するかもしれない。だけど、これだけ脂肪をたくわえていたら大丈夫だ」

冗談めかして言う正志に、香はむくれた。

「脂肪って……私だって女の子ですよ」

「おっと。すまんすまん。それじゃ、ここに横になれ」

正志の言うとおり、香は素直に地面に横たわった。

「始めるぞ。ソウルウイルス注入。治療プログラムマニュアル化。命令。右足の再生」

正志の手のひらから光が発せられる。

「あっ……。なにこれ。あったかくてきもちいい……。温泉につかっているみたい」

「今、お前の体の脂肪エネルギーを使って、再生力を最大にして、右足に集中している。ほら、足が生えてきたぞ」

日本中が見守る中、香の失った右足が再生され始めている。

同時に香の姿がどんどん痩せていった。

「よし。もう大丈夫だ。さ、たってみろ」

5分後、正志は香に触れていた手を離す。

おそるおそる立ち上がる香。

五体満足のほっそりとした美少女がそこにいた。


「し、信じられません。皆様、これはトリックでもなんでもありません。今、私の目の前で、少女の失った右足が再生されました」

興奮したアナウンサーが絶叫する。

全国に『奇跡』が放送された瞬間だった。

「わ、わたし……立っている。歩ける!」

立ち上がって喜ぶ香。

「香!」

思わず駆け寄ろうとする父親だったが、急に足が動かなくなった。

「まったく、入ってくるなって言ってるだろ。まだ死にたくないだろうに」

パイロットの動きを止めた正志がつぶやく。そんな正志の正面にたった香は、目に涙を浮かべて礼を言った。

「ありがとうございます!」

正志はそんな彼女に近づき、耳元に口を寄せた。

「いいか……。なるべく早く富士山の麓にいけ。俺達はそこに『シェルター』を築くから、時がきたら迎えをやる。それまで二人で仲良く過ごすんだな。親父は助けられないけど、大破滅が来るまでのわずかな期間、家族と一緒に過ごせるだろう」

そっとささやく正志。

「お、お父さんは助けられないってことですか……?」

「仕方ない事なんだ。俺に出来る事は多くはないんだ……。こればかりはどうにもならない運命なのさ。さあ、わかったら行け」

父親に向けて、香の背中を押す。

「あなたが神様か、悪魔かわからない。だけど……ほんとうにありがとうございます!」

香は正志のほっぺたに感謝のキスをする。

「お、おい……」

「また会いましょう。私だけはあなたをずっと信じます」

もう一度深く礼をして、父親に駆け寄る。

「お父さん!」

「香!」

二人は抱き合って喜んだ。

それを見ているうちに、正志の瞳も緩んでくる。

「よかったな……あれ?涙?俺にもまだこんな感情が残っていたのか……。だけど、俺は無力だ。何億人の善良な人を救えずに、死なせてしまうんだろうか……」

流れる涙をぬぐいながら、独り言を言う正志。

自らを悪魔と嘯く人間とは思えぬほど悲しげな表情だった。


二人が去った後、改めて集まった者に向き合う。

「待たせたな。それじゃ、お前達の相手にしてやろう……あれ?」

香と接したときの顔とは打って変わって、倣岸に言い放った正志は、その中に知っている顔を見つけてニヤリとする。

彼と目があった少年は、元クラスメイトの上田明だった。

「上田、どうしたんだ?」

「あれから考えたんだ。俺はこのチャンスに賭けることにする。俺もお前の仲間に入れてほしい」

明は正志の目を見つめて頼み込む。

「だが、ちょっと遅かったな。さっきまでは特別枠で気合を入れて魔人類に進化できるように誘導していたんだが、これだけ沢山いるといちいちマニュアルではやっていられない。お前が新人類に進化できるかどうかは賭けになるが、それでもいいか?」

正志はそういって明に覚悟を促す。

「かまわないさ。もう俺も今の生活に飽き飽きしているんだ。一か八かにかけるさ」

明は吹っ切れたように返事をした。

「わかった。なら、今からシールドを解く。お前たちの望みを果たすがいい」

少年達も、その言葉に勢いを取り戻した。

「おい!やるぞ! 俺たちの手で東京69を助けるんだ!」

「おー」

気勢を上げるファン達。

「正志さま! 俺たちにも救いを! 」

「目の前でみて確信しました!貴方こそ本物の救世主です! 」

土下座せんばかりの正志の信奉者。

「おもしれぇ!」

「偽者やったってつまらないしな! お前みたいな本物と戦ってやるぜ!」

正志の奇跡をみてより闘争心を高ぶらせるヤンキーたち。

侵入しようとする彼らと押しとどめる警官の争いをみて、正志は手を掲げた。

「動きをとめろ!警官たち!」

正志の手からでる怪光が警官たちにあたり、押しとどめていた警官の動きが止まる。

集まった群衆は正志が張ったフィールドの中に突入した。

「うぎゃぁぁぁぁぁ」

「いたいいたい!」

「これはなんだ!何がおこっているんだ!」

絶叫する少年達。

突入後、正志に触れることなく全員が地面に倒れ伏した。

全員の体に自動でソウルウイルスが感染し、進化プログラムがインストールされる。

大部分の少年達がテレビに放送される目の前で変貌していった。


正志の設定したフィールドに侵入した人間は、ほぼ全員が倒れている。

半数の人間は目玉を破裂させ。あいた穴や口や鼻から煙を出していた。

あたりに焼け焦げたような匂いが広がる。

「……やっぱり、かなりの人間が、耐え切れずに脳をショートさせて死んだな」

それを見て、正志は冷酷につぶやいた。

「死んだ……?」

「死んだのか?」

それを聞いて、他局のキャスターから声が上がる。

「ああ、私達は何を映しているのでしょうか?少女を救った吾平正志は、今度は一転して私達の前で大量に人を虐殺しました!」

報道するキャスターの声に恐怖が混じる。

満百人もの少年が無残に死んでいた。

「彼は神なのでしょうか?悪魔なのでしょうか?我々はこの現実をみて、何を信じればよいのでしょうか!」

興奮したキャスターの絶叫が全国に響き渡る。テレビの前の視聴者たちも同じ思いだった。

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