第25話 ゲーム開始

井上学園の近くの一般家庭

正志による惨劇を免れた、ただ一人の1-Aの生徒である上田明は、自室でもくもくと勉強していた。

「……はあ……」

目は参考書を見ているが、頭にはその内容は入ってこない。

彼の頭に占めるのは、正志に言われたことだった。

「俺に魂を売らないか?」と誘われたときは、恐怖のあまり断った。不思議な力をつかう彼は、本物の悪魔のように見えたからだった。

しかし、その後に言われたことが彼をずっと苦しめていた。

「どうするか自分で決めろ。そのまま逃げて俺に二度と関わらないか、それとも戻ってきて俺に従うか。前者なら少しの間は平穏に暮らせるが、その後は地球上を襲う地獄に巻き込まれる。もし後者なら、生き残る資格ありだ。こうやって話を持ちかけられるだけでも、すごい幸運なんだぜ。いずれ、俺の手を取るために何万人もの人間が群がってくるようになるからな」

彼が言っていることが、単なる法螺話ならそれでいい。しかし、本当のことなら、いずれ自分も彼の言う『地獄』に巻き込まれることになる。

「……そうなったらどうなるんだ?こんな勉強なんかに意味はあるのか?」

頭の中で必死に否定しても。正志によって植えつけられた不安は解消されなかった。

「……ええい。やめた!」

勉強に集中できず、明はテレビをつける。

すると、正志が東京69のメンバーたちを四つんばいにさせ、えらそうにその背に足を放り出している場面が映った。

「ぶへっ!」

びっくりしてテレビにかじりつく。実は明は東京69の重度のファンで、ひそかにサイン会に言ったりグッズを買いあさっていたりしていた。

「あ、吾平、何してんだよ!やめろ!こら!」

必死にテレビをゆすっても、もちろん何もできない。

彼が何万円も投資してグッズを買いあさり、やっとのことでちょっと握手できたりするだけの高嶺の花たちが、正志によって無残に踏みにじられていた。

「ぐっ……くそっ!」

それを見ていて、もちろん怒りを感じる。しかし、それより強いのは、奇妙な敗北感だった。

「俺が品行方正に生きて、必死に勉強して親の機嫌とって、やっともらった小遣いをやりくりしてようやくちょっとだけ触れる彼女たちを、まるで下僕みたいに支配している……」

正志に対して強烈な嫉妬がわきあがってくると同時に、自分がこのうえなく惨めに感じられた。

『畜生!畜生!」

涙を流して悔しがる明に聞こえてきたのは、正志の甘い誘惑だった。

「全国のこの姿を見ている奴等に言っておく。俺のように新人類になれば、昨日まで指をくわえてテレビ越しに見るしかなかったアイドルもこうやって足元にひれ伏させる事ができる。チャンスは平等だ。金も社会的地位も意味はない。ただ自らの決断のみだ。今の社会では生きづらい者、踏みつけにされている者、女の一人すら手に入れられない者に告ぐ。私の元にくれば、新人類に昇格し、すべてを手に入れられるだろう」

そう轟然と嘯く正志は、確かにもうただの人間ではなかった。

その姿をみているうちに、明の中である想いが膨れ上がってくる。

(俺がこのまま真面目に勉強して、いい大学にいって、いい会社にいったからって、なんになるんだ。どうせ大したことのない一般庶民のままで終わって、アイドルみたいな美少女と結婚なんてできはしない。しかも大破滅がきたら全部おしまいだ)

明は急速に正志に魅せられていく。

「どうせ人生は一度限りだ。あいつの言うことが正しいのかもしれない」

そうつぶやくと、明は部屋を出て行った。


テレビ局

居場所を井上学園の校長室からマジテレビの重役室に変えた正志は、下に集まっている野次馬達を見て満足の笑みを漏らす。

「ふふふ。集まっている集まっている。そろそろ始めようか」

正志は重役室のパソコンに向かって精神を同期した。

同時に日本中のパソコンの画面が切り替わる。

そこには『最後の審判ゲーム。第二章 救済編』と書かれていた。

「な、何が始まるんだ?」

人々が期待と恐怖を持って画面を見つめる中、正志の顔が映る。

「最後の審判ゲーム 第二章を始める。基本的には先ほどテレビで言ったことがすべてだ」

・テレビ局の周囲を『聖地』として、そこにたどり着いたものに「救済」を与える。

・傷つき病んだ者が望むのなら、どんな傷でも治療を与える。

・『魔人類』に進化して力を求める者は、命と引き換えに審判をうけることができる。

・ただし、敵意があるものが入った場合、即座に死が与えられる

以上のルールが画面に浮かんだ。

「今回、選ぶのはお前達だ。試練に挑戦するもの。癒しを求める者。誰でもいい。ここのたどり着けば、救いが与えられる」

正志はそういうと画面から消える。

それを見ていたものたちは、殆どは嘲笑を浮かべる。しかし、ごく一部の者達は、救いを求めて家を出るのだった。


正志がゲームを開始して30分。周囲にはこのイベントを見ようと、次々とたくさんの人が集まってくる。

東京69のメンバーたちがプリントされている法被をきているファン達。

どこか暗い雰囲気を纏っている少年達。

派手な格好をしているヤンキーのような少年たちもいた。

「さがって!危険だから入らないように」

警官たちが必死に押しとどめているが、興奮した彼らは引き下がらなかった。

「ホシたん。僕らが今行くよ!」

「あんな奴、俺らにかかりゃ簡単だ!みんなの力をあわせて、69を助けるんだ!」

盛り上がるファン達。

「……僕はもう、今の世の中はイヤになってるんだ。助けてほしい……」

「僕も貴方みたいな力がほしい。苛められて苦しいんだ。復讐したい……」

「俺たちの救世主だ!彼に従い、俺も絶対に進化してみせる!」

正志に忠誠を誓う周囲に虐げられていた少年達。

解放された人質たちからのインタビューにより、正志のことが詳しく報道されていた。

生徒達の大部分は必死に苛めや今までの悪事を隠そうとしていたが、巻き込まれた生徒たちからの証言や、苛めに加担した事を後悔した生徒がすべてを告白したため、全国の苛められている少年達は正志に同情し、彼の信奉者になった。

今も全国からマジテレビに集まってきている。

他にもこれを機会に目立とうとするヤンキーたちなどもおり、現場は非常に混沌としていた。

「こ、これ以上集まってきたら、無秩序になだれ込んで収拾が付かなくなります」

井上学園からマジテレビに来た木本警部は、連日の事件で疲労していたが、それでも使命に燃えてテレビ局を包囲していた。

「くそ……どうすれば。え?」

木本警部はテレビ局の玄関をみて目を丸くする。

そこには、笑顔を浮かべた正志が出てきていた。


「全国の皆様!ごらんになれますか?テロリストの吾平正志が出てまいりました!」

その姿を見て他局のアナウンサーが絶叫する。

既にインターネットなどで吾平正志の名前は広まっており、他局は実名で報道している。今の正志は史上最悪のテロリストとして日本一有名になっていた。

「外を包囲している警官に告げる。おとなしくこいつらを通せ。我が信者たちだ。歓迎してやらないとな!」

正志はマイクを通して大声で告げる。

「ば、ばかな!これだけ興奮した奴等に取り巻かれてみろ!八つ裂きにされるぞ!」

木本警部がそう言い返すが、その声は熱狂した野次馬にかき消された。

「そうだ!中に入れろ!俺たちが相手になってやる!」

「69たん達に酷い事しやがって!」

ファンが興奮する。

「正志さま。今お側に参ります」

「俺たちも進化させてください!俺を苛めたアイツらに仕返ししたいんです」

正志を信奉している全国から集まった虐げられた者がいう。

「おい!男だったらタイマンで勝負つけようじゃねえか!」

「てめえみたいなゴミ、俺の拳でぶっころしてやんよ!」

「怖くて俺らと戦えねえってかぁ?新人類さんよぉ」

ヤンキーたちが罵声を浴びせて挑発する。

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