第22話 お仕置き

恵は濃厚な血の匂いを嗅ぎ、再び思い切り胃の中のものを吐き出した。

全国ネットでその姿も映されている。

「やれやれ、あなたは今日から吐きアナってよぱれるんじゃ?それじゃ行きましょうか」

恵の手を取ろうとするが、思い切り振り払われた。

「あんた! なんてことすんのよ。この人たちに何の罪があったのよ」

「私に銃を向けましたけど?」

「当たり前じゃない! この犯罪者! 人殺し!」

正志を責め立てる。

「ふっ。今の世の中じゃ確かに私はそうでしょう。だからと言って意味がないことですからね。今の法律や倫理観などとっくに捨て去っていますよ。私に意味があるのは正義か悪じゃなくて、敵か味方かです」

どれだけ責め立てられても動じない正志。

「なにが布教よ。変な宗教団体の教祖と何も変わらないじゃない。人を殺すような救世者様なんかに誰が従うのよ」

「それでも従う者のみ、救います。『信じるものは救われる』という裏を返せば、『信じない者は救われない」のですよ。ククク……」

不気味な笑いを浮かべる。さっきまでの普通の高校生のような印象はもはやなく、本物の悪魔の笑いにみえていた。


「なによ!何から救うってのよ!地面から大魔王でも出てくるの?ハルマゲドンでも起こるの?本当に幼稚よね。手垢の付いた予言を繰り返して人から崇め奉られたがるなんて」

顔を歪ませて嘲笑う。

「その程度だったらよかったんだけどな。まあ、地球が人類を見限ったんですよ。あきらめるしかないですね」

「なにそれ!笑えるわよ。あんたってキ○ガイよ」

指差して笑う恵。

「それが真実であるという具体的な証拠は『悪魔教』に入信した者にしか教えません。さすがに全員に教えて回るほど暇でもないし、そもそも救う人数にも限りがある。俺が直接救う人間以外はどうせこの数年で滅びていくんで、いちいち人の命を大切にする意味がないんですよ」

冷たい顔をして言う正志に、テレビの前の視聴者の反応は様々だった。

正志をキ○ガイと笑うもの。エセ預言者として見下すもの。そして、妙な力を振りかざす正志の言葉に背筋が寒くなるもの。

「ふん!たとえアンタのいう事が本当だったとして、誰がアンタなんかに従うもんか!人殺し。だれもアンタに愛情や好意どころか、尊敬や敬意を抱く者もいないわよ!アンタに従う者が出てきたって、心から従う者は一人もいない。ただただ、「自分が生き残りたい」という、まったく利己的な理由で従うにすぎないのよ。それでも救世主っていえるの」

恵は恐怖に震えながらも、必死に言い募る。

「別に俺は最初からそんなの必要ないんですよ。愛情・好意・敬意なんて相手が勝手に思うもので、こっちからそれを欲しがるために行動するものじゃないしね。アンタらが大好きな正義の味方みたいなナルシストじゃないんで、そんなものいらないです。俺は別に全人類を救う救世主じゃなくて、自分に従う者だけを救うエゴイストなんで」

全く動じない正志。

「くそ!この悪魔。なんでこんなにひねくれたの!さっき復讐だとか言ってたけど、さぞかし苛められたんでしょうね。ネットでチラッと見たけど、本当に痛快だったわ!あはは!ざまあみろ!」

恵が顔を歪めて嘲笑うと、初めて正志の表情が変わった。

怒ったような、傷ついたような表情になる

「ほら図星!アンタなんかどう見ても好かれる人間じゃないもんね!あはは、『俺がこんな人間になったのは、俺自身のせいじゃない。俺をないがしろにした家族や、俺をいじめたクラスメイト、そのいじめを止めるどころか助長した、担任教師のせいだ』とでも言うつもり?バーカ。アンタみたいなネクラでエゴイストな奴なんて、苛められて当然なのよ!いい気味だわ」

正志が怒ったのをみて、調子にのって言いたい放題いう恵。それは全国の人が見守る中で行われた、恥をかかされたことに対する仕返しだった。

「……言いたいことはそれだけか?」

完全に正志は怒っている。

「えっ?」

その表情をみて、恵の顔が固まる。彼女は虎の尻尾を踏んでしまった事を悟ってしまった。

「……まったく。お前みたいな奴を代表とした『正義の側』に立つ奴って本当にムカつくよ。苛められて当然とか言い出すからな。これだからお前たちは救われないんだよ」

正志は憎々しげに言い放つと、そっと恵の額に手を触れた。

「ま、待って!ごめん!言い過ぎた!」

恵の謝罪を聞き流し、正志はつぶやき続ける。

「お前がいったことは、やすっぽい『優生劣廃』だな。自分が優秀で、正しい側にたっていると思い込んでいる小物が考えそうなことだ。だが、あえて言おう。俺は今の社会では優秀でもなんでもない。ただの劣性だ。だが環境が変わる時、ちっぽけな人間の考えた優劣の価値観なんてあっさりひっくりかえる」

正志の手が紫色の怪しい光を発する。

「覚えておけ。俺と同じ新人類になれる素質を持つものは、苛められている者、周囲から相手にされなくて苦しんでいる者、今の社会制度=正義によって踏みつけられている者だ。そういった奴等はよく見ているがいい。今は弱者でも、俺に従えば生き残る。こいつみたいな上の立場の人間は、いずれこうなる運命だ」

テレビの前で国民が見守る中、恵の容姿が変わっていく。顔の右側がどんどん下にずれていき、かぎりなくゆがんでいった。


「痛い!痛い!なにすんのよ!」

喚きちらす恵の顔をみて、視聴者は恐怖した。あの美しかった顔が二目とみられない顔になっている。

「もういい。次に行かせてもらう。俺を連れて行け」

喚いている恵と硬直しているカメラマンを残して、正志はヘリコプターに乗り込む。

『お前たち全員を解放する。生き延びたかったら『悪魔教』に入信しろ。よく考えるんだな。俺の力を直接実感できただけお前らは幸運だ』

校舎に残った者に思念で伝える。顔面の皮膚を失い、むき出しとなった人質たちは、それを聞いてのろのろと出口に向かった。

「おい!何人か校舎から出てきたぞ……なんだあの姿は!」

「か、顔の皮がない?ば、ばけものだ!」

「馬鹿!生徒たちだ! 直ちに保護」

女生徒たちが学校から出た時点で警官に保護される。

全員が筋肉組織むきだしの異様な姿をしており、泣きじゃくっている。

こうして井上学園を襲った悲劇は、場所を変えて繰り返されるのだった。


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