第13話 内乱

学園の外

「お、おい!誰か出てきたぞ!生徒たちだ」

校舎から出てくる人影。彼らは一人の女性を担いでいた。

「だ、大丈夫か?」

校門から出たところで、彼らは保護される。

「ええ。僕たちはあの悪魔から解放されました。でも、桃井先生が殺されてしまって」

生徒たちは泣きながら桃井の遺体を渡す。警察が確認して、真っ青になった。

「し、死んでいる!救急車を呼べ!」

あわただしく救急車が呼ばれ、遺体が収納される。

「さあ、君たちも病院に!」

正志の僕となった生徒たちは頷くと、救急車にのって学園から離れていった。

「くくく……どんなに離れていても俺たちは一つだ。頼むぞ。わが使徒たちよ。おれたち新人類-『魔人類(デモンズ)』の数を増やしてくれ」

救急車が学園を離れていくのを、校長室で笑いながらみている正志。

最初にこの世界に戦乱の種が巻かれた瞬間だった。


井上学園

何の進展もないまま、時間だけが過ぎ、正午を迎えた。

「くそ!あいつ、生贄を出したら解放するって、ちっとも俺たちを許してくれないじゃないか!」

「もうお昼よ……。お腹すいた……」

生徒たちから不満が出る。昼飯を食べようとしても、学食は正志が立ち入り禁止エリアに設定しており、近づくだけで激痛が走る。弁当を持っている生徒はまだいいが、もってきていない生徒たちは腹をすかしていた。

『さて、昼になったから、そろそろイベントを開始しようか』

生徒たちのイライラが高まったころ、脳内に正志からのメッセージが鳴り響いた。

『前に説明したとおり、俺はこの学園で苛めを受けていた。何人もムカつく生徒や先生がいるが、俺一人じゃ手が回らないから仕返しを手伝ってもらおう』

1-Aを含めた全生徒に、いままで正志が受けた苛めの詳細な記憶が伝わってくる。

一人ひとりの心に、実体験したような鮮明な記憶が刻まれた。

「さて……いまからはじめるささやかな仕返しだが……」

実に楽しそうな正志の思念が伝わってくる。

「俺を今まで苛めていた奴らから『憎悪』をもらった者は、学食に立ち入ることを許可しよう。弁当を持っている生徒も参加したほうがいいぞ。早く権利を手に入れないと、締め切るからな。そうなったら飯も食えないで何日この学園に閉じこめられるか……。それじゃスタート』

正志からの思念が届くと同時に、全校で悲鳴と雄たけびが沸き起こった。

「俺が先だ! 」

「あいつらを殴って憎まれればいいんだな。ちょろいぜ!」

一部の生徒が1-Aに向かう。

もちろん1-Aでも正志の思念波は受けており、全員が恐れおののいた。

「お、おい、どうするんだよ!このままじゃ、全校生徒からリンチされるぞ!」

慌てた声を上げたのは、男子のリーダー工藤啓馬である。

「と、とりあえず、ドアを閉めて鍵をかけて!立て篭もりましょう」

井上京子の提案で、ドアと窓をしっかりと閉め、机をつんでバリケードを作り上げた。


1-Aの前にはどんどんと生徒が集まってくる。中には教師の姿も見られた。

「でてこい!」

「俺たちをこんなことに巻き込んだ責任を取れ!」

外で激しく罵声を上げるが、1-Aのドアはかたく閉ざされ、中の生徒が必死に抑えていた。

「卑怯者が!今度は俺たちが苛めてやる!」

集団でドアを棒で叩くが、開かない。

「くそ!」

1-Aの前に集まった生徒たちが舌打ちをする。

その時、隣のクラスで大騒ぎが起こり、一人の男子生徒が中から追い出された。

「あ、あいつ……何が起こってるんだ?」

その姿をみてざわめく。

「た、助けてくれ……。許してくれ。確かに俺は中学のころに吾平を苛めたことがあるけど、高校に入ってからはなんにもしてなかったじゃないか。頼む……」

泣きながら正志に許しを請う少年の顔は、集まった生徒たちの記憶にもあった。

「コイツも今の原因を作った一人ってことだろ」

よってたかって殴られる生徒。全身血まみれになって倒れ伏した。


「お、おい。こいつから『憎悪』を受けないといけないんだぞ。殺したら意味がないだろ」

まだいくらか理性を保っていた仲間から言われて、生徒たちは少年を殴る手を止める。しかし、すでに遅く、少年は事切れていた。

「チッ、しまった」

後悔する彼らを尻目に、隣の教室から生徒たちが出てくる。

「いこうぜ!」

「早く行かないと、食べるものがなくなるぞ!」

適当に少年を殴って『憎悪』を受け取ったクラスメイトたちは、食堂へと走っていった。

「なるほど。殺してはだめなんだな……」

「力づくで破るぞ!だけどみんなやりすぎるなよ。殺したら意味がなくなるぞ」

生徒たちは冷静さを取り戻し、ドアや窓を破壊して1-Aの教室に乗り込もうとしていた。


1-Aのクラスメイトたちは団結して中で必死にドアを押さえていたが、数の力の前に屈しかけていた。

「お前らも泣いてないで手伝え! 」

啓馬が必死の形相で泣いている女子に命令するが、誰一人として手伝わない。

「くそ……。このままじゃ俺らはリンチされるぞ」

「なんとかして……そうだ! 女子を窓から外に出して、生贄にしよう」

光利の言葉に何人かの男子生徒がうごく。

「オラ! たてよ!」

「窓を開けるから、こいつらで勘弁してくれ!」

女子の中でも比較的おとなしい部類にはいる生徒を突き出そうとする。

「いやーーーーー!」

「助けてーーーー!」

泣き喚く女子生徒たち。1-Aは生き地獄のようになっていた。

「やめなさいよ! 」

泣くのをやめて弓を始めとする5人の女子の代表が止めようとする。

「はっ!お前らから犠牲になりたいってか?」

男子生徒たちがジリジリと迫る。

「みんな、もうやめましょう。協力しあわないと。私達で争ってなんにもなりません。あの悪魔の思う壺ですよ」

井上京子が気丈に諭すが。男子は聞く耳を持たない。

「はっ。この期に及んでお嬢様の上から目線かぁ?残念だけど、誰も聞かねえよ」

「今更、大金持ちで理事長の娘だからって何の意味もねえもんな」

「今までちやほやしてたのが馬鹿らしくなるぜ。こんな奴のいう事にホイホイと従ってたんだからな」

もはや男子生徒は京子の権威にも従わなくなっていた。

「俺が現実を教えてやるよ。もうこんな女になんの価値もないもんな」

いきなり京子に飛び掛って殴りつける光利。

「あ、あんたたち、こんなことして後からどうなるかわかっているんでしょうね!お爺様にいいつけて、退学にしてやるわ!」

お嬢様の仮面が剥がれ、汚い言葉で罵るが、男子たちはそれによってますますいきり立った。

「馬鹿かお前。もうこんな学校潰れて終わりだよ。みな、やってしまえ!」

啓馬の言葉に従って、、ほかの男子たちも女子に殴りかかる。

男が本能的に持っている攻撃性をむき出しにして、無力な女子を痛めつけていった。

「や、やめて。殴らないで!」

ついに女子たちは暴力に屈服し、泣きながら床にへたり込む。

「一人ずつ外に出すぞ。まず京子からだ」

啓馬の命令にしたがって、京子を担ぎ上げる。

まさに窓を開けようとした瞬間、全員の頭の中でチャイムが鳴った。

『よし。昼食の時間は終了だ。これで締め切る。学食に入れなかった者は次のチャンスを待つんだな。これ以降、命令があるまで殴り合いなどの争いを禁止する。下手に怪我をされるとつまらないからな』

正志の思念がまるで放送のように生徒全員の脳に響き渡る。いいところを邪魔されて、生徒たち全員から不満があがった。

「冗談じゃねえ! こいつらのせいで俺たちまで酷い目に会っているんだ。せめて一発殴らせろ!」

1-Aの前にいる生徒が騒ぐが、直後に全身に激痛が走る。

『俺の命令に逆らう奴はいつでも死んでもらって結構。さっさと散れ!』

あわてて教室のからいなくなる他の生徒たちだった。

「助かったの……?」

弓がすすり泣きながら独り言をもらす。

「ふん! こうなったらどの道終わりだよ。もう何をやってもいいんだ!」

いきなり一人の男子生徒が女子に飛び掛って、服を脱がそうとする。

「そうだな。死ぬ前に楽しい思いをさせてもらわないとな」

一斉にとびかかる。皆、理性を失った獣のようになっていた。

「いやーーーーー!」

必死に抵抗する美香。ツインテールを後ろからつかまれて羽交い絞めにされている。

「ふふ、生意気な女め。俺はずっとこうしたかったんだ! 」

ギラギラとした顔で胸を掴む。他の女子も組み倒されていた。

「助けて!助けてーーーーーーーーーーーーーーーーー」

クラスの中では女子の絶叫が響き渡る。

1-Aだけではなく、学園中で同じ事がおこっていた。

ある者たちは合意で、ある者たちは力ずくで。

人間は追い詰められると性欲が増すというが、そのとおりに皆狂い掛けていた。

『おっと。忘れていた。そういう事はして欲しくないな。俺が見ていて胸糞が悪くなる。というわけで、禁止する』

「「「ぐぎゃーーーーーーーーーー」」」

正志の思念放送が響き渡り、行為に及ぼうとしていた男子生徒たちに痛みが走った。

「……た、助かったの?」

弓が体を起こしながら、荒い息をつく。

「助けてくれたの?あ、ありがとう……」

理沙がおもわず正志に感謝するが。返答は冷たかった。

『誤解しなくていいぞ。別に女達を助けたわけじゃない。それに、今からそんなこと考える余裕もなくなるからな』

正志のあざける様な思念が返ってきた。

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