第12話 交渉

「さて、外ではどうなっているかな?」

正志が校長室のテレビをみると、井上高校を襲ったテロ事件が大々的に報道されていた。

「現在、井上学園は一生徒によって占拠されています」

テレビには早くも今回の騒動について報道されていた。

「学園の周りは警察によって封鎖されており、誰も出入りできない状況です」

「入ろうとしたパトカーは、何らかの攻撃を受けて大破したそうです」

「学園を占拠した生徒は、他の生徒・教師を人質に取っている模様です」

ひきつった顔をした女性キャスターが次々と状況を説明している。


「現在、学園から脱出できた生徒はただ一人で、警察によって事情聴取が行われています」

場面が変わって、地殻の警察署が映し出される。

「警察からの発表は?その生徒の名前はわからないのでしょうか?」

「現在、詳しい内容はわかっていません」

警察の前にいるリポーターの言葉は要領を得ない。犯人が未成年の生徒だということで、正志の名前などの個人情報の発表を躊躇しているようだった。

「だらしないな……せっかく上田を解放して警察に行かせたのに」

正志はテレビ放送を見て、一人でクスクスと笑う。

「なら、せいぜい俺の名前を広めてやろうか」

正志は校長室のパソコンを立ち上げると、画面に手を触れる。

「精神同期(サイコダイブ)』

自らの精神を電脳世界に同期させて、持っている情報をコピーしていく。同時に日本中のコンピューターに対して支配するための触手を伸ばしていくのだった。


学園の外

「犯人に告ぐ。直ちに人質を解放して出てきなさい」

井上学園を取り囲んだ警察は、テンプレどおりの呼びかけ続けていた。

「だめです。なんの反応もありません」

「くそっ!」

無視されて、担当の刑事が頭をかきむしる。ふしぎな力により突入を阻まれた警察にできることは、学園の外から必死になって呼びかけることだけだった。

上田の通報に始まり、学園に向かったパトカーの大破。そしてひっきりなしに助けを呼んでくる生徒たちからの電話。

ただ事ではない事件の発生に警察は近隣のパトカーをすべて向かわせた。

大事件の発生にマスコミのテレビ放送も始まっている。

異例の生徒立てこもり事件に日本中が注目していた。

「刑事!犯人の携帯番号がわかりました」

「よし、彼の携帯に電話してみよう。ご両親や妹さんも連れてきて、説得するんだ」

電話会社に公開させた正志の携帯番号に電話をかけてみた。

「吾平正志だ」

「きみが正志くんか。私は外の警察の担当である、木本警部だ」

「こりゃどうも。ご丁寧に」

馬鹿にしたような口調で話す少年にカチンときたが、大人の冷静さで返す。

「キミは一体何が目的で生徒たちを拘束しているのだい?話し合いをさせてもらえないだろうか」

誠実に話そうとするが、正志からはまさに相手にされなかった。

「その前に、なぜ俺が拘束しているって決め付ける?」

「キミのクラスメイトの上田君から話を聞いたよ。他の生徒や先生達からも電話が入っている」

「ほう。それで? 」

「なんでも、キミが奇妙な催眠術か何かを使って、体の自由を奪って校舎に閉じ込めているとか……」

言っている木本警部も歯切れがわるくなる。

電話からはくっくっくという笑い声が聞こえてきた。


「まさか警察がそんな戯言を信じたのかな?」

「信じたわけではないが、何百人も同じ事を言っているんだ。警察は動かざるを得ないだろう」

「ほう。何百人も証言があれば、生徒に催眠術とやらをかけた犯罪者に仕立て上げられるわけだ」

笑う正志に、木本は言いよどんだ。

「そ、それは……。我々はキミを犯罪者として扱っているわけではない。少し話がしたいだけだ」

「ならば入ってくればいいんじゃないか?」

正志の言葉に唇をかむ。当然、警官隊を突入させようとしたが、校庭に入った時点で体に激しい痛みが伝わって気絶してしまうのである。

「……いずれにしろ、何かが起こっているのは間違いない。キミがこちらに来てくれないか?」

正志を呼び寄せようとする。

「お断りだよ。今出て行ったらわけのわからない理屈を付けられて拘束される。最悪、外にいる警察に逮捕されるかもしれない。それに、俺だって校舎の外に出たら激痛がはしるんだぜ」

平然と嘘を言う。確かに、教師を含めた人質たちの保護者や関係者が学校に集まり、遠巻きにしている。彼らにも子供から何が起こっているか電話が入っており、正志に憎悪をぶつけていた。


「で、ではどうすれば……」

「知らないよ。そもそも、俺がこの事件を起こしたというなら、何が起こっているか説明してくれ。俺だって閉じこめられた被害者だ。勝手にスケープゴートにされて迷惑しているんだぜ。早く助けにきてくれよ」

ぬけぬけと言い放つ正志に、とうとう木本警部は折れた。

「わ、わかった。ではなんとかして救助しよう。くれぐれも自重してくれ」

正志を怪しいと思いつつ、現状ではこの騒動の首謀者とも言い切れないので一応救助対象にする。

「まだまだ注目されるには弱いな。もっと有名になってから、あのゲームを始めないと。仕方ない。しばらくあいつ等を見て楽しむか」

電話を切った正志は校長室で笑っていた。


一時間後、生贄にされた生徒たちがいる電脳世界に、正志が現れた。

「どうだ?結論が出たか?」

気さくに聞いてくる正志。

「はい。僕たちは貴方に協力します」

「なんでもするわ。私達にもチャンスをちょうだい」

頭を下げて頼み込む生徒たち。

「わかった。だけど「魔人類(デモンズ)」に進化できるのは男だけだ」

「そんな!」

女子生徒たちから悲鳴があがる。

「慌てるな。救わないとはいっていない。では、男たち、『進化プログラムインストール』」

正志が念じると、男子生徒たちの体に何かが入っていった。

「あ、ああ……これは……」

「わかる!キミの苦しみ、悲しみ……それに、新しい感覚を感じる!」

人間がもつ五感に加え、新たに『精神感応』という感覚を手に入れる生徒たち。彼らは正志の怒りや苦しみを共有し、真の意味でひとつになれた。

「……さて。俺はここでゲームを続ける。お前たちは俺の後継者になってくれ。救世主である俺の跡を継ぐ、使徒ってやつだな」

正志の言葉に、苛められっ子たちは頷く。正志とそっくりの目と、これからの使命に燃えた顔つきをしていた。

そして、正志は女子生徒と桃井杏に向きなおる。

「お前たちには、一足先に『エデン』に言ってもらう」

「エデン?」

聞き返してきたのは、桃井教師だった。

「この仮想世界のことだ。大破滅が来たら、人類の意識をここに飛ばして文明を維持しようと思う。お前たちはここで生活していてくれ」

正志から、その為に必要な『プログラム』を注入される。

「ここから出たら、誰にも行き先を告げずに家を出て、人気のない場所にこもるんだ。『シェルター』を建設したら、迎えに行くから」

「わかったわ」

杏と女子生徒たちの身体に、あるプログラムがインストールされていった。


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