第10話 警察

「へたなことをすると、、こいつ等みたいになるぜ。あと、自発的に俺に魂を売りたい奴は歓迎する。将来負け組みが決定しているお前らの人生のたった一つのチャンスだぜ」

正志の言葉に動揺する生徒たち。

「チャンスって? 」

「別に信じなくてもいいが、少なくとも今の世界は近いうちにに崩壊する。いわゆる人類滅亡だな。俺はこの滅ぶべき腐った世界に降り立った、たった一人の救世主だ」

正志は自慢にそうに胸をそらす。皆は恐怖と猜疑にあふれた目で見た。

「あんたが救世主だって?」

「『信じる者は救われる。お前らの助かるチャンスは俺の僕になって、新人類に進化すること以外ない。そうすれば約束の地エデンに行って、幸せに暮らせるぞ。生き残りたいならこちらにこい。すべてを捨てて俺に帰依するなら、救ってやろう」

正志は一転して慈悲に溢れた笑みを浮かべるが、言っていることはカルト宗教の教祖と同じなので誰も納得できなかった。

「……気でも違ってるのか?」

「ああ、発狂しているという自覚はあるよ。というか、正気で人類の救世主なんかやっていられるか」

正志ははき捨てるようにいう。

「だけど、言っていることは事実だ。今まで現れたエセ預言者とちがい、俺は力を直接見せてやっている。信じるか信じないかはお前たちの自由だ。俺は100人の中の一人が俺に従う選択をするだけで、充分人類救済のノルマはこなせる。あとはお前ら次第だ。こうやって直接勧誘されただけでもありがたいと思え」

言いおいて次の教室に向かう。正志が出て行った教室では、喧々囂々の言いあいが行われていた。

全校生徒のクラスを回って同じ事をする。

(これで二段階目は終了だな。この学校には三年まであわせて12クラスあるから、先生を一クラスとすると少なくとも12人の下僕が手にはいるだろう)

正志の目的は自分の部下を揃えることだった。自分と同じ能力を持つ進化した新人類を作り、自分の王国を作り、日本中に広げる。

(次は第三段階だな。そろそろ警察やマスコミが来る頃だろう。俺一人で日本、いや、全世界を相手にするんだ。最初から事を起こして、有名になって俺の信奉者を集めないと話にならない。せいぜい踊ってくれよ……)

学校の外に騒ぎが知られて、警察が来ることを期待する正志だった。


一時間後、上田明から通報を受けた警察から、パトカーが派遣された。

「しかし、学校が占領されたなんて、生徒の戯言でしょ? なんで俺らがいかなきゃならないんですかね? 」

運転している若い警官が、隣の中年の警官に話しかける。

「それが、学校から携帯で何十本も救援の電話がかかってきているんだ。訳のわからない力をもった生徒に人質にされているってな。教師からも助けてほしいと言われたらしい。何で逃げ出さないかについては意味不明のことを言っているらしいが。なんでも、校庭に出たらカラダに痛みが走るらしい」

「……は? なんですかそれ? 」

「わからん。だから確かめにいくんだ。そろそろ見えてきたぞ」

学校の敷地内に入るパトカー。

「グッ……痛い。なんだこれは? 」

校庭に入った瞬間、二人の全身に痛みがはしる。

「だ……誰か。助けて。うわ!! 」

痛みのあまり、思わずあらぬ方向にハンドルを切ってしまい、車が塀に激突して大破する。ガソリンに火がついて、盛大に燃え上がった。

その様子を見ていた生徒達は絶望する。

「パトカーが燃えている……」

『いやー。これからどうなるのよ」

生徒達はますます動揺し、誰を生贄にささげるか醜い争いを続けるのだった。

それを見た正志は笑みを浮かべる。

(面白い。燃えろ燃えろ!これで日本中に俺の名が広がるだろう。あのゲームに参加する人数が増える)

これからのことを考えると、ワクワクしてくる。

(とりあえず、教室にでも帰ってみるか。あいつらはどうしているかな?)

一通り学校を回って1-Aに帰ってくる正志だった。


正志が教室に帰ると、皆が恐怖の表情で出来るだけ離れようとする。

そして、一人の少女をけしかけた。

「弓、任せたわよ」

「早く謝れよ。お前にクラス全員の命がかかっているんだから」

クラスメイトの中から弓が押し出され、正志の前に立たされる。

弓は覚悟を決めて震える声で話しかけてきた。


「お・おかえりなさい。私たちから話があるの」

いつもの見下した表情ではなく、引きつった笑顔を浮かべているが、内心は恐怖に震えていた。

「話?俺にはないがな」

冷たく付き放す正志だったが、弓に取りすがられる。

「そ、そんな事言わないで。あれから、私達も反省したの。考えてみたら、私たちも悪かったとこもあるわ。今後、苛めもやめるし、昔みたいに友達になってあげるから、皆にかけた呪いをといて。お願い」

手を前に合わせて正志に訴える。

「はあ?悪かったところもある?苛めもやめてあげる?おまけに友達になってあげるだと?どれだけ上から目線なんだよ。というか、お前,俺なんか幼馴染じゃないんだと必死に言いまくってたじゃん。今更何言い出すんだよ」

楽しそうに言う。この期に及んでプライドを捨てきれない謝罪をする弓が滑稽でならなかった。


「そんな事言わないでください。それに、弓さんが今後あなたの彼女になってくれるみたいですわよ」

井上京子が上品な顔に卑しい笑いを貼り付けて言う。彼女からは、自分以外の者が犠牲になるなら、どうでもいいという気持ちが伝わってくる。

「ち・・ちょっと」

「照れない照れない。みんなも、二人がお似合いだと思うよね」

周囲から拍手が起こると、弓は泣きそうな顔になった。

「ふふ……彼女か。面白い。そういや、初恋の相手でもあったな」

正志はあえてそれに乗った振りをして、にやりと笑う。

それを見て、クラスメイトたちは成功を確信した。

「はは、決まりだね!皆拍手~。二人の幸せな未来を祝福しようよ~」

里美が作り笑いを浮かべてはやし立てると、周囲は安堵したような顔をして拍手する。

(い、いや!こんな奴と付き合うなんて。誰か助けて……)

弓はそれをみて絶望の表情を浮かべた。

「ね、ねえ。だから、私達にかけた変な呪いを解いてください」

山崎美沙が媚びるような声で正志に話しかけるが。しばらくたっても正志は沈黙したままだった。

沈黙したままニヤニヤしている正志をみて、痺れを切らした光利が声を荒げる。

「何とか言えよ。俺らが許してやるって言ってんだよ!」

たった数分の我慢もできない彼の幼稚さに、さすがの正志も呆れてしまった。

「まったく……。予想通りだが醜いものだな。ふふふ、だが断る。こんな女、今の俺の彼女になる資格はない」

しばらく間をおいてから返答する正志。

「なんでよ」

「贅沢言うなよ。ナメクジのくせに」

その言葉を聞いて弓は安堵するが、他のクラスメイトは罵声を投げかける。

「なぜなら、こいつは既に俺の元兄である正人の女だからさ。誰かのお下がりをもらうほど、俺は安い男じゃないんでね。弓など、腐臭を放つゴミにしか見えんよ」

周囲がどよめくと、弓が顔を真っ赤にして言い返した。


「なんであんたなんかにそんな事がわかるのよ」

「わかるとも。お前等の精神と直接俺はつながっている。どんな事でもわかるさ。例えば京子は小学生時代、苛めをして女の子を不登校に追い込んだことがあるとかな」

「いい加減な事を言わないでください!」

京子が真っ赤な顔をしてどなる。

「啓馬は昔恐喝で何人も金を巻き上げていたな。立派な犯罪者だ。里子は……ほうほう。家ではBL小説を読み漁っている変態だな。くくく、他にも言ってやろうか? 」

周囲が今度こそ恐怖に染まる。誰もが知られたくない秘密をばらされるのではと動揺する。

「ついでに言うと、元兄貴の正人は既に俺の罰を受けて、昨日入院した。弓、残念だったな。あいつは一生寝たきりで、プロ野球選手なんかに絶対なれないな。まあでも、弓が自分の人生をかけてせいぜい面倒を見てやればいいだろう。愛しているんだろ?相手がイモムシになったからって見捨てちゃダメだよな」

悪魔の表情で哄笑すると、全員に正志の家族の状態のイメージが伝わってきた。

「ひでえ……」

「普通、自分の家族にあんなことをする?」

容赦のない正志に、改めて恐れを感じるクラスメイトたち。

「あんた……なんてことするのよ」

弓の脳内にリビングに転がる正人の映像が伝わってくる。正志の言葉が真実だと悟り、泣き崩れる弓。

「ふふ、この女を犠牲にしてごまかそうと思ったんだろうが、残念だったな。ご褒美をあげよう」

すっと手を上げて下ろすと、生徒達は周囲が急に暗くなったような気がした。

「なに?なんなの!!なんで暗くなったのよ」

美香がいつもの余裕を失い、喚いている。

「暗くなってなんかないさ。目の機能を停止させただけだ。」

正志の言葉にパニックになり、滅茶苦茶に動き回るクラスメイトたち。

「なんてこと……」

「目が見えないなんていやだ。お願い……助けて……許して……」

理沙が手探りで正志にすがり付くが、正志に蹴飛ばされて床に転がる。

「こういう事もできるってことだ。安心しろ。こんなつまらん復讐程度では満足できないから、元に戻してやる」

パチンと手を叩くと、皆に視力が戻った。

「ま、今のように、俺はいつでもお前等の体をどうにでも出来る。どんなに離れていてもな。逃げられると思ったら大間違いだ。どうなるか……まあ試してみろよ。自殺すらできない生き地獄に叩き落してやるから」

暗い笑いを浮かべる正志。周囲は本物の悪魔の笑顔をみた気がした。

「それじゃあな。俺は校長室にいるから。また何か面白い事を思いついたら呼びに来い。事と次第によっては、俺の許しを得て解放されるからもしれないぞ。せいぜい俺を楽しませてくれ」

そういって教室を出て行く正志。

後には呆然とするクラスメイトたちが取り残されていた。

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