第9話 クラスメイトたちのあがき

そのころ、残された1―Aの生徒の間で、醜い責任のなすり付け合いが始まった。

「だいたい、工藤君たちがやりすぎたからいけなかったのですわ。彼を完全に怒らせてしまいました。どう責任を取るおつもりですか?」

井上京子が上品な顔に血管を浮かべて、男子生徒を責め立てる。

「うるせえ。お前達こそ、アイツをバカにしていたぶってたじゃねえか」

工藤啓馬を代表といる男子たちも負けずに反論した。

「私達は皆でお話していただけでしょ。あんた達みたいに殴ったりしてないわよ。あいつがあんな事をするのは、あんた達のせいじゃない」

椎名弓が言い返すが、啓馬たちはひるまなかった。

「はっ そんな事言うなら、幼馴染のお前に責任があるだろ。お前が冷たくしてたから、あそこまで怒るようになったんだ。お前こそ、率先してアイツの悪口を言ってたじゃないか。皆知ってんだぜ。俺たちは最初にお前が悪口を言いだしたから、あいつを苛めてしまったんだ。つまり、巻き込まれた被害者さ」

島田光利が弓の痛いところをつくと、同調する生徒が現れ始めた。

「そうよ。あんたのせいよ!」

日岡里子が同意する。いつもは明るいスポーツ万能少女が、限りなくにごった瞳をしていた。いつもは弓と仲が良いが、今は親の敵のように弓を睨んでいる。

「……とりあえず、椎名さんが謝ってみては? 幼馴染なら彼も許してくれるかも」

山崎理沙が相変わらず猫なで声で弓に頼む。

「いやよ。あんな奴に謝るなんて、死んでもいやだわ!」

弓は憎々しげに言うが、クラスの皆は冷たい目を向けている。

「だったら仕方ありませんね……。島田くんが言うとおり、小さい頃から弓さんが彼を苛めてきたから彼の堪忍袋が切れたんですよ。もう少し優しくしてたらこんな事にはならなかったと思います。このまま許してもらえないなら、貴女はクラスの皆を敵に回しますよ。もう誰も味方してもらえませんよ」

京子の声が冷たく響き渡ると、誰もが同意するようにうなずいた。

いつの間にか、スケープゴートに仕立て上げられる弓。

「み・・みんな」

焦った顔で周囲を見渡す弓だが、皆の冷たい目と合い、冷や汗が流れる。

「お願い……なんとかして。私、一生あいつの奴隷なんて厭よ。このままだったら生きていけないよ。助けて」

涙目で美香がいいつのる。顔は晴れ上がり、可愛い顔が台無しだった。

「なんとかしてもらわないといけませんね。正志さん、絶対弓さんのことが好きだから、優しくしてあげれば許してもらえますよ。お願します」

京子が微笑を浮かべ、無責任に弓に丸投げする。

「嫌よ。あんな奴。だいたい、私が頼んだって……」

「だったらお兄さんでも妹さんからでも頼んでもらうようにお願いしてよ。普段から家族同然だって自慢してたじゃない。」

里子が憎々しげに言う。普段は隠していた嫉妬心が表面に出ていた。

「だって……あいつ兄弟仲悪いし……」

「幼馴染なんでしょ。とにかく、あんたが一番責任があるのよ」

里子の言葉にそうだそうだと同意する声があがる。

新しく怒りをぶつける対象が見つかったので、皆が弓を憎んでいた。そうすることで自分が悪いという意識を捨て去るように。彼らはこの期に及んでも自分達は被害者で、すべて悪いのは弓だという思考に捕らわれて始めていた。


「なによ。あいつがちょっと変な力付けたからって。そんなに怖いの? 意気地なし」

必死に言い返す弓だが、誰も同意しない。

「だったら、お前がどうにかしろよ。お前は怖くないんだろ? ご立派で勇気がある弓さんにここは任せようじゃねぇか」

揚げ足をとって光利が煽る。

「偉そうにそんな事言うからには、どうにかできるんだよね~?」

「ゆみっち。お願い。成功したらおごってあげるからね~」

クラスの女子からもそんな声が上がった。

「椎名弓があいつにふさわしいと思う人~」

里子がわざとらしく言うと全員の手があがる。誰もがニヤニヤと薄笑いを浮かべていた。

「み、みんな…」

絶望する弓。彼女は生まれて初めて周囲から苛められる経験をした。

(何……なんなの。これは悪い夢なの。昨日まで友達だと思っていたみんなから苛められる立場になるなんて……。苛められるのはいつだってあいつだったはず。小さい頃から何があっても叱られたり悪口を言われるのはあいつで、私はいつだって褒められる立場だったのに。なぜなの? ……いや、誰か助けて。私は悪くないのに)

昨日まで正志に何をしていたかを棚に上げて、自分が仲間に裏切られた悲劇の少女のよう泣き出す弓。クラスメイト達は冷たく弓を見下ろしていた。


一つずつ教室をゆっくり回っていく正志。1―Bに入っていった。

正志が教室に入った瞬間、今まで騒いでいた生徒が静かになり、教室の隅に集まった。

「おいおい、これからお前等の救世主になる俺様に対して挨拶もなしか」

正志が嘲笑うと、教室に怒号が湧き上がる。

「ふざけるな。一体何が目的だよ。俺達が止めてやる」

一際体格のいい男子生徒と、その取り巻きらしい2人の生徒が殴りかかってくる。正志が軽く念じると、殴りかかろうとした体勢のまま固まった。

「馬鹿には躾が必要だな。お互いの歯を一本ずつ抜け」

正志が命令すると、体が勝手に動く。

「な、なんだよ……なんで体が勝手に!」

「やめろ!ギャァァァァァ」

普段では絶対に出せないような力で、互いの歯を一本ずつ強引に抜きあう。

生徒たちは床を転げまわって苦しみもがいた。

それをみて戦慄する他の生徒達。

正志は余裕たっぷりに彼らを見回すと、口を開いた。

「まあ、現実がわからない馬鹿は放っておいて、助かりたかったら一人生贄によこせ。お前達の中で最も嫌われている奴をな。一人を犠牲にして後は助かるんだから悪くないだろう。一時間以内に校長室によこせ」

正志が言うと、教室はシーンと静まり返る。


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