第6話 登校

夜になって両親が帰ってくる。床に転がって泣き喚く正人と、それを面白そうに踏みつけて笑っている正志かリビングにいた。

「と、とうさん。助けてくれ。体が動かないんだ。コイツが変なことを俺にして……」

なきながら助けを求める正人は、涙と鼻水で顔中ぐしゃぐしゃになっている。

自慢の息子のそのような姿をみて、父親の龍二が声を張り上げた。

「どうした。何があったんだ」

異様な光景に驚いたが、父親の威厳をもって正志に怒鳴りつける。

「ふふ。見ての通りさ。お前の自慢の息子は今日から何も出来ない赤ちゃん同然さ。せいぜい可愛がるがいい」

「何を言うか!」

怒鳴り上げ、いつものようにビンタをしようとする。

しかし、その手が掴まれ、逆に締め上げられた。

「は……離せ。痛い。痛い」

骨が潰れるメキメキという音。ベキッという音がして、腕がありえない方向に曲がる。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

腕を押さえてうずくまる龍二の顔面に、正志は蹴りを入れる。メキっと音がして、鼻が折れ、歯が飛ぶ。。

「まったく、こんな雑魚から俺が生まれたと思うと、自分が情けなくなるぜ」

「くっ……いたい!貴様、父親にこんなことして!今すぐ出て行け!」

激痛を抑えて気丈に睨みつけるが、正志は平然としている。

「父親だと? 笑わせる。今まで父親らしい事をしていたとでも言うのか?まあいい。これからたっぷり役に立ってもらう。ソウルウイルス注入。痛みにもだえるがいい」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

龍二は床を転げまわって暴れる。

母親の涼子は青い顔をして、正志と龍二を見比べていた。

正志はそんな母親にも近づき、手を触れる。

「いたっ!」

一瞬で激痛が走り、涼子は床に崩れおちた。

「さて、元母親。アンタはどうするね?」

「……どうするとは?」

「この雑魚二匹を病院に入れて話を表にださないか、警察でも呼んで表沙汰にするか。どっちでもいいけど、後者を選んだ場合、あんた等全員自殺してもらうことになる。あんたも既に俺のウイルスに感染している。生かすも殺すもすべて俺の手のひらの上だ」

狂気の表情で母親を睨みつける正志。

「あんた、何を言ってるのよ。気でも違ったの?」

「ふふ。娘と同じ事を言うか。まあ狂ったかどうかはともかく、お前等の自殺はこんな風にしてもらうことになる。首を絞めろ」

命令する正志

「何を・・ガッ」

正志の言葉を聞いたとたん、自分の体がいう事を聞かなくなる。

自分の手が勝手に動き、喉元を力いっぱい締め付けていた。

「こ、これは…こんなことありえない!」

「これが俺の得た能力の一部さ。死にたいならこのまま自殺してもらうけど?」

必死に首を振る涼子。その顔は窒息寸前で苦しそうに歪んでいた。

「ならば、さっさと後始末をするがいい。クックック……」

次の瞬咳き込みながら、自分が生んだ子供を悪魔を見るような目で見た。

(そ……そんな。お父さんたちまで……逃げなきゃ!)

その様子を澄美は隠れてみていたが、玄関に向かおうとする足が止まる。

(い、いや!なんで動かないの?助けて!)

立ち尽くしたまま足がとまる澄美。

「愛しい妹の澄美さんよ。お前さんにもソウルウイルスを注入している。逃げられんよ。お前には俺の奴隷として、今までの事を償ってもらわないとな。涼子。お前もだ。とりあえず、明日家族の預金全部を俺の口座に移せ。逃げようとしたら、自分で自分の首をしめるように脳にプログラムをインストールしている。今日からはお前らは俺の家族ではなく、奴隷だ」

リビングから正志の声が聞こえてくる。

(あ、あいつは悪魔に魂を売ったんだ……。助けて神様。何もしていない私達家族に、なんでこんな不幸が……)

絶望のまま立ったまま涙を流し、虚しく神に祈る澄美。

リビングでは涼子も同じように涙を流していた。

結局、表ざたにはせず、涼子が手配して二人を病院に入院させるのだった。


澄美は正志と顔をあわせることを恐れ、部屋から出てこなくなった。

涼子は正志を恐れ、家に帰ってこなくなり、病院に寝泊りするようになった。

家族へ復讐の結果は孤独。しかし、正志はむしろ心地よく感じていた。

(さて……。今日から本格的に『救世主』としての人生が始まるな。具体的には何をしたらいいか……)

涼子に命令して銀行からおろしてこさせた3000万を見て考える。

(こんなはした金じゃ何もできないな。いや、そもそも金なんてのは人間同士のトラブルを避け、円滑に取引を行なわせるための物だ。新人類である俺にとっては全く意味がないな。この金は元手にする程度だな。まずは自分に従う人間を集めないと。その為には少々突飛でも全国に俺の名前が知られるようにすればいい。一億二千万人の日本人のうち、100人に1人でも俺に人生を賭ける奴が出れば、充分にノルマ達成だな。とすると……)

これからの計画を練る正志。

(くくく……。決まりだな。人間のルールに沿ったやり方なら下策もいいところだが、俺はもともと人間社会をぶちこわす存在なんだ。何の遠慮もいらない)

一人で悦に入る正志。夜は静かにふけていった。


家族への復讐を果たした数日後、何ヶ月かぶりに学校に行く。

(ククク……。お前らの平穏な日常は今日で終わりだ。その事を知らずに平和を享受している。愚か者達め)

一人でブツブツといいながら歩く正志。今まで憂鬱だった通学路も、全然違った景色に見える。

例のごとく周囲の生徒たちはその姿を不気味そうに見ていた。

教室への扉を開けた瞬間、クラスメイトからの視線が集中した。

「ゴヘイだ」「生きてたのか」「またきやがった」

正志は平然と教室を見回し、自分の席をみる。

なんと、机の上にはまだ花瓶が乗っていた。以前なら見るたびに嫌な気持ちになった正志だが、今はそれをみてニヤニヤと笑いがこみ上げてくる。

「何~?あいつニヤニヤ笑っているよ。気持ちわるい」

さっそく見咎めて、美香が笑う。

「車に引かれた時に頭でも打ったんじゃない?ま、以前からおかしかったけどね」

「たしかに。あれ以上おかしくなんてならないか」

里子と弓のかけあいに、キャッキャと笑いあう女達。

「ほんと、あいつ来て欲しくないわよ。最近姿見なくてせいせいしてたのに」

憎々しげに言う弓。正志を貶めれば貶めるほど、周囲から同意を得られて幼馴染だったという過去が帳消しになる。その為、正志が何をしたわけでもないのに、心の底から憎しみを感じていた。

「でも、またどうせすぐ来なくなるんじゃない?工藤君たちが教育してくれるわよ」

嘲笑う里子。スポーツ選手のさわやかな精神は、正志に対しては発揮されないようだ。自分の手を汚さず、誰かに苛めをやらせて、それをみて笑う楽しみを享受している。

「呼んだ?」

その時、明るい声で工藤啓馬が女子に話しかける。


「別に~。ただ、また誰かあいつを追い出してくれないかなって。みてるだけでキモいし」

里子が聞こえよがしに言う。

「任せとけって。俺達正義の戦士が、邪悪なナメクジを退治してやるよ」

鳥田光利が太った体をゆらしてアピールする。

彼らが好き勝手に言ってる間に、正志は学校中にソウルウイルスを散布していた。

ソウルウイルスはエネルギー体なので、半径500メートル以内なら壁もすり抜け、本人に気づかれることなく人体操作プログラムをインストールできる。彼らは気がついていないが、正志の意思によって自由に操れる。正志がひそかに作業を終えた頃。ホームルームをするために体育教師の岡田泰が入ってきた。

がっしりとした体、明るい好青年を装っているが、クラスをまとめるためイジメを放置している卑怯者だ。

「出席をとる……なんだ、吾平、生きていたのか」

残酷な言葉を投げかける。いい年をして自分の言葉がどう相手を傷つけるか理解していない。本人は冗談のつもりだったのだろう。教室中が笑いに包まれる。

正志は今まで我慢していたが、これ以上猿たちの集団にいるのが耐えられなくなってきた。


笑いが収まるのを待って、正志は目の前の花瓶を持ち上げる。以前の二倍の筋力で岡田に向けて全力投球した。

「ぐはっ!」

花瓶はすごいスピードで飛んでいき、見事に岡田の鼻に直撃した。

鼻血をだしてよろける岡田教師。

『何をする!」

「ふふ。イジメを放置しておいて、何をするもないだろうが。これは俺なりの礼だよ」

岡田をせせら笑う正志。

「貴様……教師に向かって! 停学ものだぞ」

鼻を押さえて脅しつけるが、正志は恐れ入らない。

「停学? ハハハ……そんな次元の話じゃないんだが。なんなら体罰でも加えてみろ。教師という権力をふりかざさないと、怖くてケンカもできないのか? まあ、かかってきたら俺は遠慮なくお前を半殺しにしてやるぞ。いや、これからお前等全員生き地獄に叩き込んでやるんだがな」

正志はふてぶてしく挑発する。

その言葉に激怒した岡田が近寄ろうとすると、突然その足が止まった。

「なんだと。お前、……え?これは……何をした!!足が……動かない」

正志は立ち上がり、棒立ちの岡田を思い切り蹴り飛ばした。

壁にぶつかって動かなくなる岡田に目もくれず、正志はそのまま壇上にたった。

あまりにも異常な光景に、静まり返る教室。

「ふふ、次はお前たちに礼をする番だな。お前達は俺に対しての苛めをやりすぎた。だが寛大な俺は謝罪するチャンスを与えよう。このホームルームの5分はお前等にとって最も人生で大切な時間になるだろう」

冷たい笑みを赤べたまま、正志は続ける。

「その場で全裸になって、土下座しろ。それだけで今までの事は綺麗さっぱり許してやろう。本当に今まで俺にしたことを悪かったと思っているなら、なにも仕返しされないうちに謝ることができるはずだ。しかし、もし謝らなかった場合、一生に渡って生き地獄が続く。仕返しされた後の謝罪など、どれだけ後悔していようが結局は自己保身からくるものだから、俺は絶対に許さない。決めるのはお前らだ」

壇上から傲慢に言い放つ正志。屈強な教師を蹴り飛ばした時に一瞬静かになったものの、その言葉を聞いたクラスメイトが大笑いする。

「ナメクジがなんか言ってるぞ」

「とうとう狂ったみたいね」

「バカって言葉すら生易しいね」

弓を始めとするクラスの殆どが笑っている。

「どうやら、また病院に帰らないといけないみたいだな。今度は頭の方の病院にはいりな。俺が手伝ってやるよ」

工藤啓馬は立ち上がろうとするが、足が動かない。

「……え? 」

異変に気づきはじめる生徒達。座って足を動かすのはできるのに、立ち上がろうとすると足が動かなくなるのだ。

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