第5話 帰宅
そして、一ヶ月ぶりに家に帰る。
(ふう。なんだか懐かしく感じるな。こういうところは人間の感情のままか)
そのまま家に入ると、テレビの音が聞こえてくる。
リビングに入ると、珍しく妹の澄美がいた。
無言で入ってきた正志をみて驚く。
「キャッ あんた誰よ。出て行かないと警察を呼ぶわよ」
澄美し正志を見て、大げさに騒ぎ立てた。
もはや正志は、妹が見てもすぐにはわからないくらい、すっかり様変わりしていたのである。精悍な顔に筋骨隆々とした体。何よりも全体の雰囲気が異質だった。
「ふふ、とうとう自分の兄の顔も忘れたか」
正志は冷たく笑って、妹を見下す。
「兄・・?」
しばらく見つめて、声をあげる。
「…………なんだ、バカ正志か。あんた病院抜け出してどこいってたのよ、それにひどい臭い。ホームレスにでもなったの?」
上から目線でバカにする。確かに正志の体はイノシシの血にまみれ、異臭を放っていた。
「バカ正志、ね。久しぶりに会った実の兄にかける最初の言葉がそれか。躾がなってなかったな。教育してやろう」
その言葉と共に、澄美の顔面をビンタする。
「いたっ!え?」
あまりに意外な行動で、澄美は頬を押さえて呆然とする。
「何するのよ!」
次の瞬間、猛然と殴りかかってきたが、正志に軽くかわされた。
「え?」
反撃をかわされて、澄美は混乱する。今まで彼女は正志を兄として認めてなかった。一家の鼻つまみ者で、皆から苛められるどうしょうもない人間だと思ってたのである。自分より下の立場の人間だから、平気で馬鹿にできる。そういう対象が自分に何かしてきるとは想像すらできなかった。
だから、いきなり顔を思い切り殴られた時、痛みより意外さで呆然とした
「痛いバカ正志。なにすんのよ」
我に返って喚きたてるが、再びビンタされる。
「痛い!痛い!」
澄美が泣き喚くのもかまわず、正志は殴り続けた。本気で殴りつけると殺しかねないので、充分に手加減しつつ、また表面が腫れ上がる様にコントロールしていた。
しばらくすると、澄美の真っ赤に顔が膨れ上がった。
「いた……やめて……もうやめて……顔を殴らないで……お願い。明日も撮影があるの……こんな顔じゃ……」
どんなに泣き喚いても、正志は殴りつけるのはやめない。
しばらくして、澄美はついに気絶してしまった。
「ふん。これくらいにしておくか。『状態保存(セーブ)』」
正志は気絶した澄美の顔に、精神プログラムを注入する。澄美の晴れ上がった顔は、時間が経過してもそのままの状態で続いていた。
「……はっ?」
澄美の意識が戻ると、目の前で腕を組んでいる正志がいた
「とりあえず……お兄様に土下座して、今までの態度を謝れ」
正志は今までとは別人のように、不敵な表情で笑った。
「あ、あんたなんか……ぐっ」
反抗しようとすると、容赦なく腹を殴られる。
「ご、ごめんなさい」
正志のあまりの容赦なさに屈服して、土下座して謝る澄美だった。
「ふん。ならばまずメシを作れ。ラーメンでいいぞ」
テーブルにふんぞり返って言う正志。
反抗しようと思ったが、また殴られるのが怖かった。初めて感じる兄からの恐怖。屈辱を感じながら、無言でラーメンを作る。正志は無言でラーメンをすすった。
澄美はその姿を不気味そうに見る。
「私にこんな事して、ただで済むとはおもってないでしょうね」
しばらくして、悔しげに澄美が言う。
「ただでは済まない?面白い。それで、どうなるんだ?」
正志は平然と笑う。
「決まってるじゃない。私の顔はアンタなんかの何倍も大事なのよ。もしこの事が原因で、アイドルになれなかったらどう責任とるの?」
すこし勢いを取り戻して、澄美が言い立てる。
「くく、心配しなくていいぞ。お前の顔はもう腫れたままだ。その不細工な顔じゃアイドルなんかにはもはやなれはしないだろう。お望みどおり責任とって、一生俺のペットとして飼ってやろうか。」
倣岸に言い放つ。
「は、腫れたままって? ど……どういうことよ? 」
「お前が気絶している間に、俺の手を通してソウルウイルスを侵入させて、治療の人体プログラムをいじった。今の腫れた顔がスタンダードになるように、カラダに覚えこませたから、治療されることはない。今後はブサイクなままですごすがいい」
「はっ、何を言っているかわかわないわ。とうとう苛められすぎて、気でも狂ったの?」
嘲笑う澄美だったが、正志は平然としている。
「ハハハ。俺が苛められていたという認識があるわけか。確かにな。親からも兄妹からも幼馴染からも苛められるクズが俺だよ。お前らのおかげさまで、とっくに狂ってるさ。全人類をギロチンにかける取引をした時点でな。だが、俺は今の自分が気に入っている。お前らに都合のいい正常なんかに付き合う気は無い」
正志は笑い続ける。澄美は正志が発狂していることを確信し、心底から恐怖を感じた。
「何言っているの?まあいいわ。正人お兄ちゃんやお父さんやお母さんに言いつけてやるから。アンタ、お兄ちゃんに散々殴られるでしょうね。お父さんは怒って、家から追い出すかもね」
必至に恐怖心を押さえつけて、虎の威を借りて脅しつける澄美。正志に周囲の力を借りて仕返しすることを思い、口元が歪んでいる。
これで脅すことができると思ったが、正志は不気味な笑いを浮かべたままだった。
「ふふ。まあ見ているがいいさ。追い出される……か。果たしてどちらがそうなるか」
まったく動じない正志をみて、背中に悪寒が走る澄美。こいつは本当にあの卑屈な兄なのだろうかという疑問がわきあがってきた。今までとはまったく態度が違う。妹である自分も、兄である正人も、両親も恐れていない。
「……あんたに、何があったのよ」
ついに澄美は震える声で聞いた。
「ふふ。お前の猿並みの知能じゃ理解できないだろうが、ある取引を通じて、偉大な存在に進化したのさ。お前等にとっての化物にな」
凄みのある顔で笑う。澄美の背中の悪寒はますます酷くなった。
しばらくして、兄の正人が帰ってきた。
玄関が開く音を聞いて、澄美し脱兎のごとく駆け出す。
「正人兄ちゃん。お願い、助けて」
正人を見るなり、澄美は泣きながら抱きついて訴えた。
「おい!どうしたんだその顔は」
澄美の腫れた顔をみて驚く正人。
「ぐすっ・・バカ正志に殴られたの。止めてっていっても何回も・・」
大げさに泣き崩れる澄美。全身で正人に媚びていた。
「なんだって!とうとう妹を殴るようなクズになったのか!」
それを聞いた途端、正人はリビングに駆け込む。
そこには正志がソファーに座っていた。
「正人、帰ってきたか。まあそう怒るな。馬鹿で傲慢な妹に対しての躾さ。もっとも、あいつだけじゃなくて家族全員にしなきゃならんがな」
ソファーにふんぞり返っているたくましい男は、怒り心頭に達している正人をみてふてぶてしく笑う。
「貴様……本当に正志なのか? 」
弟のあまりの変わり様に驚く。彼は以前とまったく違ったたくましい姿をしていた。
「ああ。心も体も生まれ変わった。まあ血縁上は貴様の弟になるが、今じゃ意味がないな。もはや遺伝子から違う存在になったんだから」
クククっと笑うが、その顔は確かに正志だった。
「わけのわからないことを。それより、よくも澄美を殴ったな!」
いきなり正志に殴りかかる正人。
正志は笑顔を浮かべながら、余裕でかわした。
「!?逃げるな!卑怯者!」
さらに連続して殴りかかるも、指一本触れられない。まるで幼児がプロボクサーに殴りかかり、簡単にかわされるようなものだった。
「グッ! 」
バランスを崩したところで、足を引っ掛けられて転ぶ。額がテーブルにあたり、血が流れる。
「どうした、元兄貴。さんざん威張っていたお前がその無様な姿か」
正志が挑発し、後頭部を容赦なく踏みつけてきた。
「くそ!ばかな。お前ごときに」
あまりの屈辱に、正人の顔が憎悪にゆがむ。
「くくく……そうだよ。俺ごときに貴様はいいようにされているんだよ」
強い力で後頭部を踏みにじる。正人は屈辱にもだえたが、どうがんばっても体を起こすことができなかった。
「くそっ!」
「残念だなあ元兄貴。今の俺は生物の頂点に立っている。所詮玉遊びしかできない程度の小僧の動きなんか、止まってみえるぜ。そろそろお遊びはお終いにするか。ソウルウイルス侵入。人体プログラム侵蝕。命令、四肢停止」
正志が独り言を唱える。
「ふざけるな」
起き上がり、再び殴ろうとしたが、両手両足が動かなくなった。
「な・・なんだ。何をしたんだ」
「別に大したことじゃない。ソウルウイルスを侵入させて、お前の四肢の自由を奪った。今日からお前の両手両足は二度と動かないだけさ。将来有望なプロ野球選手候補から、タダの芋虫になったのさ。今後はお前が吾平家のお荷物だ。せいぜい寝転がって喚くがいい。アーーーッハッハッハ」
狂気の表情で笑い続ける正志。それを見ていた澄美が真っ青になっていった。
「い、いやーーーーーー!」
頼りにしていた兄が蹂躙されるのを見て、澄美は恐怖のあまり、部屋に逃げて閉じこもる。
(なに、なんなの? アイツは本当にあの正志なの?私達はこれからどうなるの)
恐怖のあまりベッドにうつぶせになって泣きじゃくる。
(だ、大丈夫。お父さんとお母さんが帰ってくれば、きっと叱ってくれる。今までだって、どんな事があってもかばってくれたんだから……)
必死に自分に言い聞かせる。今までどんな事があっても悪いのは正志で、両親は自分に味方して正志を怒鳴りつけてくれた。今までの経験にしがみつき、状況が変わったことを認めず、部屋の中で震えていた。
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