ep20/25「墜奏のレイヴン(後編)」

 ――――もっと、力を……!


 春季の願いに応えるように、エルンダーグの背面に突き出していた2つのこぶが鋭利に伸びていく。硬化した肉で薄く覆われた角は、僅かに脈打ちながら骨ばっていった。それが高熱を湛えて赤熱する度に、エルンダーグは飛翔速度を更に苛烈なものとしていく。

 機体は残光を描き、外訪者アウター数千体の群れを縫うように駆け回っていた。


 遅い。何もかもが遅い。

 当のエルンダーグから見れば、周囲の時間はまるで凍り付いているかのよう。

 異次元の域に達する超高速戦闘についていけるのは、もはやエルンダーグとレイヴンだけだ。それ以外はあらゆるものが鈍足と化して、亜光速で飛来する線孔シャープに貫かれていく。

 極彩色の嵐さえ避けていくエルンダーグは、大きく拳を振りかぶる。今にも爆発しかねないほどに震え出す拳は、山をも砕く膂力でレイヴンを捉えようとしていた。


 エルンダーグの接近に気付いたレイヴンもまた、拳を握り込んで応じる。

 渾身の力で引き絞られた拳を艶めかせ、エルンダーグへと突き進む黒い巨躯。プラズマの軌跡を描いていく両機は、外訪者アウター同士の狭間で激突していた。


 マッハ1000以上に及ぶ相対速度を莫大な運動エネルギーと変え、深紅と漆黒の拳は打ち付けられる。途端に生じたのは、湖さえも一瞬で蒸発させかねない熱の奔流。核爆発の如き熱量を弾けさせた拳は、超高温の只中に融け落ちていく。

 音無き真空すら揺るがすほどの激突が、目も眩むような閃光となって弾けていった。

 エルンダーグの右前腕、そしてレイヴンの左前腕、示し合わせたように肘から先を失った二柱の魔神は、光の暴威から抜け出して来る。


 人ならざる魔神と、人ならざる大烏。

 互いの腕を砕いて飛びすさる両機は、もはや人が造り出したモノとしての域を超えてぶつかり合う。数千体にも達する群れの中で暴れ狂う魔神は、外訪者アウターを足場に鋭利な軌跡を描いていった。

 エルンダーグとレイヴンが、マッハ数百以上の超高速で繰り広げる死闘。その余波に巻き込まれただけで、外訪者アウターは次々に屠られていく。外訪者アウターの群れを貫く2本の光跡は、膨大な挽き肉ミンチを残して群れの外へと飛び出していった。


「待てよ……!」


 エルンダーグが追い上げるのは、外訪者アウターの群れを後にするレイヴンの背中。

 いつしか二柱の魔神は火星宙域を突き抜け、激闘の舞台を空白地帯へと移していた。もはや外訪者アウターも見当たらなければ、邪魔な障害物もない。互いにそれを望んでいるかのように造り出された舞台は、地球と火星の狭間を満たす無音の海だ。たった二機だけの決闘が、果て無き真空に返り血を撒き散らしていく。


 満身創痍のエルンダーグに、既に吹き飛ばされた右肘から先は存在しない。もはや構えられなくなったブリッツバスターには頼らず、機体は愚直なまでの突進を仕掛ける。

 背中に2本の角を輝かせ、猛然と加速し続けるエルンダーグ。

 プラズマの尾を曳く彗星と化した機体は、レイヴンの背面へと突っ込んでいった。分厚い装甲を歪ませるほどの激震、鉄骨が捩じ切れるような衝撃と共に、レイヴンの左脚が根元から引き千切られる。そこから噴き出す循環液を浴びながら、エルンダーグはなおも格闘戦を挑む。


 しかし、レイヴンも黙ってはいない。

 敵は残った右腕を振るうと、エルンダーグの腕をギリギリと軋ませていった。


『分かっているんだろ……自分についた嘘なんてなあ!』

「お前を……否定しなきゃ、もう帰れない!」


 赤黒い血泡と共に、春季の思いが魂から絞り出される。

 度重なる機動で疲弊した春季は、薬物の覚醒作用に意識を支えられていた。ずたずたに引き裂かれた身体になおも鞭を打ち、その覚悟で身体を燃やす。

 大烏を倒すために。

 そして、冬菜の元へ帰る為に。


「その通りだよ。お前は、間違ってない……だけどッ!」


 人間であることさえ捨て去っていく春季は、隅々まで薬物に浸った身体を更に酷使する。有り得ない方向にねじ曲がった腕は操縦桿に張り付き、もはや殆ど感覚のない脚はそれでもフットペダルを踏み込んでいた。


「約束、したから……!」


 取り付いたレイヴンに向かって、エルンダーグが音をも凌駕する速さで左爪を突き出す。しかし、隻腕のレイヴンは脚部を振るい、巧みな重心移動で突きを躱していた。

 しかし、春季の紫瞳は、回避の後に生まれる隙を見逃さない。

 唸る左腕を伸ばしたエルンダーグは、追撃とばかりに背からパイルバンカーを振り下ろした。超音速で真空を裂く鉄柱は、レイヴンの左肩を叩き斬るように分断。真っ二つの肉塊から迸る体液が、渾身の力で鉄柱を振り抜くエルンダーグの装甲を濡らしていった。


 エルンダーグが力を引き出せば引き出すほどに、外訪者アウターの肉塊は装甲と溶け合って形状を変貌させていく。背に突き出し始めた2本の角は、太陽表面よりも高い温度で蒼白く輝き出していた。

 もうレイヴンを逃しはしない。裂帛の気合を込めて踏み込まれたフットペダルは、異形の角を輝かすエルンダーグに渾身の電力を叩き込む。光の奔流を噴き出して爆発する推進力は、瞬間、レイヴンの反応速度をも超える加速で機体を押し出した。


 一瞬の内に、エルンダーグが激烈な速度へと叩き上げられる。

 ばちん。体内で心臓が弾けた衝撃にゾッとする間もなく、身体は勝手に跳ね上がっていた。

 冷えた脂汗が額に浮かび始め、胸は針を突き立てられたような息苦しさに貫かれる。補助心臓に支えられる意識で、春季はなんとか操縦桿を握り込んでいた。あと1分だけで良い、それだけ意識が保てばいい――――。

 満身創痍の身体を晒すレイヴンは、もはや目の前。エルンダーグが突き出していた鉄柱は、真っ直ぐにその黒い装甲へと吸い込まれて行った。あと数十m、コンマ数秒とかからずに走り切る距離を前に、突如として150mの鉄柱が吼える。


 パイルバンカー、射出インジェクション


 炸裂。およそ70mにも亘って伸び切った杭が、遂にレイヴンの装甲を叩き割る。エルンダーグの速度をも上乗せされた一撃は、堅固な装甲をも易々と砕き貫いていた。

 痙攣したかのように震えるレイヴンの背中に、追い打ちをかけるようにエルンダーグが激突する。身体全体を使って押し込んだパイルバンカーで、傷口は更に抉じ開けられる。レイヴンの奥深くまで食い込んでいった杭は、装甲下の繊細な内部構造物をずたずたに引き裂いていた。


 ――――これで、終わりだ。


 目の前で串刺しにされた大烏の姿に、春季は声にならない叫びを絞り出す。血でべっとりと濡れる指が、力強くトリガーボタンを押し込んでいた。

 途端に作動したパイルバンカーの破砕システムは、小惑星をも砕く威力を解放。レイヴンの身体に深々と突き立てられた鉄杭から、必殺の対消滅弾頭が撃ち出されていた。

 触れた物質を光に変え、質量エネルギーの全てを引き出す対消滅反応。それに巻き込まれてしまえば、熱核弾頭など比較にもならない破壊力に襲われる。

 この距離で撃てばただでは済まない。そう覚悟していた春季の視界は、しかし、予想外の激震に呑まれてブラックアウトしていった。


「ぐッ……!」


 突如として列車に撥ね飛ばされたような痛みに、全身の砕かれた骨が軋む。

 前方へ吹き飛ばされる春季は、機体ごと固い衝撃に襲われていた。衝突事故の如き激震で揺れる視界の中、ヒビ割れたモニターに映る光景が僅かに見える。殆ど潰れかけた眼に映る光景は、春季の理解をも超えるものだった。


「え――――」


 側面モニターには、もう一体の・・・・・レイヴンが現れていた。


 その手前に舞っているのは、轟々と回転しながら離れていくエルンダーグの右腕。虚空へと投げ出された紅腕は、もう一体のレイヴンによって切り落とされた後だ。

 パイルバンカーで串刺しにしているはずのレイヴン、そして突如として現れたもう一体のレイヴン。決して残像では有り得ない敵によって、右腕は肩からごっそり抉り取られている。


 まるで理解が追い付かない。

 有り得ない光景を目にする春季の思考は、もはや停止寸前だった。

 途端に極彩色の光・・・・・が目の前で弾け、串刺しにしていたはずのレイヴンは逆光に消え去っていく。敵機を飲み込む虹光に巻き込まれ、パイルバンカーの穂先も鋭利に抉り取られて行った。

 レイヴンが消えて行ったのは、間違いなく空孔ホールの中だ。

 そこに確かな手応えを感じ取る春季は、止まりかけていた思考に火を灯す。


 一体何が起こったのか。それ以上の疑問を一瞬で排除するやいなや、春季の足は咄嗟にフットペダルを踏み込んでいた。

 極彩色の光球から瞬時に離脱したエルンダーグは、完全に片腕を失った身で飛翔する。左手にはパイルバンカーを手にしているものの、既に先端が消え去った杭では使い物にならない。大きく傷付いた身を引きずるように、紅い魔神は猛然と敵に向かって行った。


 今、黒い敵機の姿は、背後から出現した一体の他には見当たらない。

 鉄杭を突き刺していたはずのレイヴンは既に消え失せ、今いるのは二体目のレイヴンのみ。しかし、その胸部には大穴が深々と口を開け、噴き出す循環液は瞬く間に凍り付いていた。

 致命傷を負いながらも、レイヴンの眼に宿った鬼火は絶えようとしない。

 悪鬼さながらの様相を見せ付けるレイヴンは、機体全体に無数の亀裂を刻んでいる。まるで遺跡のように風化し切った風貌は、触れれば今にも崩れそうなほどだ。


 もはや満身創痍を超え、翼が朽ち落ちるほどに傷付いたレイヴン。

 パイルバンカーを放棄し、片腕を残すばかりとなったエルンダーグ。

 再び弾かれたように飛び出す二機が描くのは、絡み合う螺旋の軌跡だった。

 レイヴンへ肉薄、エルンダーグが豪速の拳を振り下ろす。ミリ秒の次元で交錯する拳が装甲を打ち据え、至近で散った破片に自らも傷付けられていく。1時間を1秒にも圧縮するかのような死闘は、エルンダーグの背に生える角を更に白熱させていた。


 ――――応えてみせろよ。


 負けられない。こんなところで、止まってはいられない。

 既に潰れた心臓は止まり、春季の意識を保っているのは補助心臓だけだ。たった10秒の間にも朦朧としてくる我が身を呪い、春季は壮絶なデッドレースに意識を没入させていく。胸に抱く覚悟だけが、心身ともに流血する彼を突き動かしていた。

 冬菜の元へ帰る為なら、何が敵になっても良い。

 そう覚悟したのなら、自分の弱さでさえも敵なのだ。たとえ冬菜を呪いから救う事にはならなくとも、その胸に秘めた誓いだけは揺るがない。疑念、不信、ありとあらゆる人間らしい迷いさえ切り捨てれば良いのなら。たった、それだけで良いのなら。

 もう、迷う弱さなんて要らない。


「僕は……お前とは違う!!」


 自分自身の弱さたるあいつ・・・を、ここで殺す。

 その覚悟を喰らって咆哮するエルンダーグは、遂に背中の双角を解き放っていた。青白く輝いていた角は一瞬の内に弾け、内からはずるりと骨が引き出されていく。蛹のような殻を砕いて伸ばされたのは、全幅300mにも達する灼熱の翼だった。

 羽ばたく姿は、血を吸った死神の如く、彼岸花の如く。

 宇宙に叩き付けられた大翼は、禍々しい大輪の花となって魔神を飾る。


 もはやエルンダーグは、紅いレイヴン・・・・・・と呼ぶべき姿に変貌していた。

 遂に怪物へと堕ち切ったエルンダーグは、骨翼に僅かな肉片を纏わせて流星と化す。あのレイヴンと同じ姿、同じ力、強大な重力制御能力を手にしたエルンダーグは、遂に同じ高みに立ったレイヴンへと突撃をかけていった。

 猛烈な加速をみせる中、パイルバンカーは捨て去られる。唯一残った左拳に何かを握り込みながらも、エルンダーグはそれを悟らせもせずに加速し続ける。

 もはや、次の一撃は有り得ない。

 何もかもがこの一撃で決まる。

 因縁極まる死闘の終わりに奔る炎が、春季を体内から燃やし尽くしていった。


「これでエエェ――――ッ!」

『終われエエェッ――――!』


 エルンダーグの左腕は莫大な電力に震え、不気味なまでに溜め込んだトルクを一気に吐き出した。ぴったりと閉じ合わせた爪が瞬時に真空を裂き、一直線にレイヴンへと突き出される。相対速度は光速の0.1%以上、瞬時に炸裂した破滅的なエネルギーが、熱核弾頭じみた閃光で闇を染め上げる。

 束の間、辺りからは闇が追い出されていた。鏡合わせの姿と化した二柱の魔神は、互いに真っ向から一撃を叩き付ける。虚空に莫大な熱と光が弾けると、そこには組み合うように激突した二機の姿だけが残っていた。


 互いに脇腹を狙って撃ち出された豪腕は、それぞれの腹部装甲を穿っていた。レイヴンの右腕が紅い装甲を突き破り、エルンダーグの左腕は黒い装甲を貫いたまま動かない。

 しかし、相打ちであることを否定するように、紅い魔神は全身全霊の力を振り絞る。

 レイヴンには無く、エルンダーグにはある切り札。分厚い装甲をたちまちの内に突き破り、レイヴン体内の奥深くまで達した拳には、小惑星をも砕く対消滅弾頭が握られている。最後に残った腕を犠牲にしてまでも、必殺の爆弾は確実に握り潰されていた。


 ――――起爆。


 次の瞬間、レイヴンの体内奥深くで業火が弾けた。

 数億度にも達する火球に呑まれた左腕は拳から消滅し、閃光が体内を食い破る。体内に太陽を宿したレイヴンは、今度こそ臓物の一片さえ残さずに焼き尽くされていく。主を失った黒い右腕だけが、エルンダーグの腹部に突き刺さったまま取り残されて行く。

 死の安寧を拒み、永劫の呪いに取り込まれた大烏レイヴン。人の身では背負い切れない後悔を解き放つように、怪物は炎の中へと沈んでいった。

 超高熱で散り行くガスの嵐は、さながら爆風のようにエルンダーグを飲み込む。業火と衝撃の嵐に晒されるエルンダーグは、瞬く間に数百km以上の距離を吹き飛ばされていった。


「う、ぐ……ッ!」


 視界は白光に焼かれ、聴覚は轟音に埋め尽くされる。

 地獄の釜のように熱されたコックピットがオーブンと化す中、春季は砕けるほどの強さで歯を噛み締めていた。そうまでしてやっと耐え切った振動の嵐は、真空の海に音一つ伝えずに消え去って行った。


 そしていつしか、宇宙の果て無き広大さが虚無を運び込んで来る。

 虚空に漂う金属片と、暗幕を汚す白煙。両腕を失ったエルンダーグは、太陽よりも熱く過熱した翼を背に佇んでいた。

 魔神の眼には淡い光が灯り、薄煙の中に人魂のような輝きが揺らめく。エルンダーグの全身に埋め込まれた排熱口からは、轟々と灼熱の蒸気が吐き出されていく。無音の宇宙も、そしてエルンダーグ自身さえも、春季に死闘の終わりを告げているようだった。


 もう、終わったのだ。

 死闘の存在を物語るのは、数多漂う残骸と、エルンダーグに突き刺さったままの黒い右腕。それ以外は口を噤み、闘いの存在を語る物は残っていない。レイヴンなど幻だったかのように、冷酷なまでの静けさが春季を押し包んでいた。

 大烏と共に葬ったあいつ・・・も、彼に話し掛けて来る事は無い。もう二度と。


 春季の身体は猛然と再生を始め、破裂した心臓も徐々に鼓動を強めていった。それでも未だ満身創痍の身をシートに預けた春季は、機体と癒着し掛けた身体を引き剥す。全面を肉に浸食されたコックピットの中で、静けさに浸りながら天を仰ぐ。

 彼はレイヴンとの死闘の末に、一縷の希望を見出そうとしていた。

 ある種の感動に満たされていく身体は、久しく失っていた体温を取り戻し始める。堪え切れずにいる彼の肩は、喜びでむせび泣くように打ち震えていた。


「そっか……違うんだ。空孔ホールの本当の意味は―――――」


 人形スワンプマンが行使する空孔ホール、そして大型の外訪者アウターが使う線孔シャープ。そのどちらも、空間を抉り取るという意味では全く同じものだと教えられてきた。実際、数多の激闘を乗り越えて来た春季でさえ、そうだと思い続けて来た。

 しかし、それは少し違っていた・・・・・・・のだ。

 外訪者アウター以外でただ一人、彼は地球上の科学者たちでさえ届かなかった真相に辿り着いていた。外訪者アウター最大の特徴、空孔ホールに込められた本当の意味を理解した春季は、震えが止まない身体を抑えつける。絶望から希望へと反転していく思いは、鮮烈に燃え滾る炎となって春季を破裂させようとしていた。

 レイヴンと同じ地平へと立った今なら、一度だけなら、可能かもしれない。


「これなら……本当に・・・フユを助けられる」


 地球を目指すのは、ただ最後の時を過ごすためではなくなった。諦めではない、絶望でもない。今度こそ冬菜を呪いの運命から救い出す為に、希望を以て地球へと帰るのだ。

『きっと助けてみせるから』

 脳裏に蘇るのは、旅発つ前に残して来た言葉。

 分厚い鉛ガラス越しの冬菜に、遺言のように置いて来た決意。

 しかし、もう違う。永劫の時を巡る呪いの輪廻から、本当の意味で救い出せる。

 冬菜に告げた約束を真実にする為に、春季は迷いなき瞳を地球に向ける。真っ暗な背景に佇む青い星は、全く違った鮮やかさを以て輝いていた。

 そこにあるのは、何を犠牲にしても勝ち取るべき希望の光だ。


「僕はもう迷わない、諦めもしない……フユ、必ず助けてみせるから」


 ――――待ってて。


 新たな光を宿す春季の紫瞳は、揺るがぬ意思を以て虚空を見つめる。

 そこに浮かぶのは、あまりに懐かしい惑星の青さ。そして、地球の周りで不自然に煌めく10の光点。そのどれもがプラズマ流の輝きだと気付いた瞬間、春季は自分が過去に置き去りにされたことを意識せずにはいられなかった。


 ゲートを4回通過する間にも、太陽系では80年近い年月が経っている。

 その間に人類が開発した兵器の中には、今まさに迫ろうとしている巨大人型兵器もあったに違いない。そう考えてしまえば、こうしてエルンダーグを目指して来る意味も明快だった。

 合計で10機。数万kmの彼方から迫って来る機影は、まさに白いエルンダーグとでも呼ぶべきものだ。整然と列を成して進み行く様子は、まさに天意を告げる御使いのようでもあった。


 その白い天使達に向けて、紅の魔神が音無き咆哮を轟かせる。

 ただ一人の幼馴染を救う為に、孤独な少年は叛逆の狼煙を上げていた。

 原型機エルンダーグを葬る為に遣わされた、量産型巢襲機サーペント。最後の敵たる人類との戦端は、火星宙域で開かれようとしていた。


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