第8話 1章「退魔巫女vs超能力者」
だがあまり喋らなかった事から双方あまり面識は無かったと思う。
それが事の成り行きと言う奴で、私の家、アパートに連れて来たのだが。
これもまた事の成り行きで、突然現れた自身を未来人と語る一人の少女アエルス。
そのアエルスが村田さんを包丁で刺した。
本当に驚くくらい突然に刺したのだ。
私はその光景にただただ狼狽えた。
「………な、何で、そんなどうして…」
「…チコ、この女を殺せ! 早くっ!」
「え…!?」
アエルスは凶行の言い訳をするどころか、何と私にも村田さんを殺せと言って来た。
「え、何…言ってるの…? で、出来る訳無いよ、そ、そんなの…」
「ばかっ! もうゲームは始まっているのよっ!」
ゲーム…? それはアエルスが言ってた、未来人がこの街でやっているゲームの事だろうか?
ディマイエンス…未来人たちは、この竜ヶ峰市に住む人間を抽選で引いて、当たった人間同士を戦わせるゲームをやっているらしい。
私はアエルスに抽選で引かれた人間で、その私に対しアエルスがゲームは始まった、村田さんを殺せと言う事は…。
まさか───村田さんが?
で、でも村田さんは普通の人間だし…。
「く…!」
私の躊躇いを感じ取ったのか、一度こちらを忌々しげに見つめるともういいと言わんばかりに、アエルスは刺している包丁をもっと深く突き立てようと力を込めようとした。
「…! だめっ!」
「あっ…!」
そんなアエルスを止めようと、咄嗟に突き飛ばしてしまう。
咄嗟だったからか無意識に力が込もってしまったらしく、結構な勢いでアパートの壁にぶつけてしまう。
「あぐっ…!」
「あ、ご、ごめん…突然だったから…その」
苦悶の声を上げるアエルスに罪悪感覚える。
だがその時───。
「ラッキー」
と声が聞こえてきた、腕の中から。
その場所には村田さんが…と思った時には、既に私の腕から離れアエルスに飛びかかろうとしている村田さんの姿があった。
眠りの術が───効いてなかった…?
どう言う訳か眠らせた筈の村田さんがアエルスに飛びかかったのだ。
未だ壁にぶつかった衝撃で、ゲホゲホと苦しそうにしているアエルスにはそれをかわす事は出来ず、そのまま押し倒されて村田さんに馬乗りされてしまう。
「くはっ」
アエルスはさらに苦しそうな声を吐き出す。
しかし村田さんは、そんな苦しそうにしてきる少女の姿を見ても、慈悲を感じるどころか「ひひっ!」と狂喜めいた笑みを浮かべ、そして───。
「ふんっ!」
「がっ!」
村田さんの左手がアエルスの頬に刺さる。
「はっ!」
「ぐぇっ…!」
村田さんの右手がアエルスの脇腹に沈むようにめり込む。
頬、腹、脇腹、頭、額、頬、頬…と村田さんはアエルスを容赦なく滅多打ちにした。
さながらバリートウードでマウントを取った選手のように。
それでも全く反撃しないアエルス。
いや───出来ないのか?
殴られる度に苦痛の呻きをあげているところを見ると、本当に為す術なくやられている感じだ。
おかしい…ディマイエンスとは、未来のとんでもない技術を使える強い存在では無かったのか?
「あはは、おもしろーい! ゲームが始まると本当に何にも出来なくなっちゃうんだっ!」
…! そうだった、バトルゲームが始まったらゲームの勝利条件であるフラッグの破壊、そのフラッグとなるディマイエンスは、ゲーム中は普通の人間と変わらない存在になるとアエルスは言っていた。
アエルスが何も出来ないのはそのせいか…。
そして今そのゲームが始まっていると言う事は、村田さんは本当にこのゲームに参加…他の未来人のゲームのコマと言う事になるのか…。
人と人同士を戦わせるこのバトルゲームのコマに。
「ねえねえさっきまで宇宙最強だったのに、ゴミだと思ってた原始人にボコボコにされるってどんな気持ち? ねえねえどんな気持ち? きゃはは!」
「くあっ、う、うう…がっ!」
殴られて悲痛な叫びをあげるアエルスにはっとする。
それは戦いに慣れているケモノ巫女の感覚は関係無しに、中学生らしく、純粋に可哀想と感じた心が止めなきゃと、そう思わせた。
しかし普通の人間の村田さん、しかもクラスメイトにケモノ巫女の力を向けるなんて…そう思うとどうすれば良いのか分からなくなる。
分からなかった私は───。
「や…めて、村田さん…そ、そんなちっちゃなお、女の子に…」
少なくとも私が知ってる村田さんは、そんな人に暴力行為をするような子では無いと思ってた。
そのギャップが激しい違和感と緊張感をないまぜにしたような物を感じさせ、村田さんの暴力行為を止める力を弱めた。
私がそんな感じにおたおたしていると。
「チコ…この女を、殺せ…!」
「え…」
アエルスはそんな私にそう言ったのだ。
村田さんを殺せと───。
心臓がドクンと冷たく高鳴り、私は揺れるような戸惑いを覚える。
「だ、大丈夫…死んでも…生き返るから…がっ!」
アエルスは殴られながらも動揺している私にそう言った。
死んでも生き返る───そうこれはそう言う安全なバトルゲームだった。
だけど───。
村田さんを殺す…?
彼女の事は昔から顔だけは知ってる、それだけの仲、友達ではなく知人でもない。
だから村田さんを見ても、あ、村田さんだ、委員長の村田さんだ、とその程度の感情しかない。
だから彼女は私にとって何かを気にするような存在じゃないかも知れない。
でもだからと言って「殺せ」と頼まれて、はいそうですかと殺せる訳がない。
それは必ず生き返ると分かっててもだ。
それに殺すなんて自体…。
…? そうだ───必ず生き返るからって人を殺すなんて…。
私は怪我しても治せる、必ず生き返ると言う言葉で重大な事を完全に忘れていた。
だからって人殺しをして良い訳で無い事を。
そんな当たり前の事を。
死ぬ可能性がある時点で、これは笑ってやるようなゲームじゃなかったのだ、やってはいけなかったんだ。
しかし村田さんは違った───。
私が葛藤してると、村田さんは次にアエルスの首に手をかけ力を込めたのだ。
「がっ…ぐ、ぐぐ…!」
アエルスがさらに苦悶の声をあげる。
「きゃは…!」
村田さんは苦しむアエルスを見ても、楽しそうに笑いながら容赦なく自身の指をめりめりとアエルスの白い首に沈めて行った。
村田さんはアエルスを殺す気で首を締めていたのだ。
「がっ…ひゅー…がぐっ…ぐっ!」
アエルスは小さな口を精一杯開き、舌を突きだして苦悶の表情をする。
「きゃはは! カエルみたいでおもしろーい! 死んじゃえ死んじゃえ!」
村田さんはそんな事など微塵も気にせず、むしろアエルスの苦しんでいる顔見て喜びながら首を締めた。
村田さんはこんな人間だったのか…。
普段の彼女は委員長で優等生なイメージもあった事から余計に驚いた。
そんな光景ただ我を忘れた。
しかし───。
そんな呆けてる自分の目に視界に、はっもする物が飛び込んできた。
それは五つの白い指、アエルスの指だった。
アエルスは悲痛な面持ちで、空を掴むような指を手をこちらに向け。
「チコ………助け…て」
と助けを求めていた。
本当に必死な表情を浮かべ、アエルスは助けを求めていた。
今はそんな事を考えている場合じゃない───。
そう感じた私は二人に駆け寄ると、咄嗟に村田さんを突き飛ばした。
村田さんはそれに驚くような顔を向けると「きゃ!」と、先程の様子とは打って変わって可愛らしい悲鳴を漏らすと、そのままアパートの壁にめり込んだ。
粉々になった砕片が、スローモーションで目の前を横切る。
しまった───ケモノ巫女ままで普通に突き飛ばしてしまった。
霊力で人間の何倍も力を増したその手で───。
アパートの壁にめりこんだ村田さんを見て、普通の人間にしかもクラスメイトにそんな力を向けてしまったからか、得も言えぬ冷たい物が背筋からぞわぞわと登ってくるのを感じ、歯をガチガチと打ち鳴らす。
咄嗟にやってしまった事は言え、ただの人間である村田さんに何て事をしてしまったのか…。
私は頭が真っ白になるくらい動揺した。
しかし───。
「げほ、げほっ! 今が…チャンスだ殺せっ!」
立ち尽くしてる私にアエルスは、咳き込みながらもなおそんな事を言って来た。
「で、出来ないよ…普通の人間なのに、く、クラスメイトなのに…」
「……くっ!」
弱々しく拒否する私を見て、苦虫を噛み潰したような顔を向けるアエルス。
そんな顔をされても、やはり出来る訳が無い人を殺すなど───。
「あれれー? 私を心配するなんて
「なっ…!」
気絶していたと思ってた村田さんは何も無かったかの如く、笑みすら浮かべてそう言った。
私はそれに何故───と驚く。
ボロアパートの壁とは言え穴が開くほどの力で突き飛ばされたのに、普通の人間の、ましてやか弱い中学生の女の子がそんな力で壁に叩き向けられて、何故こんなにも平然としてるのか?
私は唖然とするしか無かった。
「ん? どうしてここまで驚いてるのかな? 鈴鳴さん貴女もこのゲームをやっているって事はそうなんでしょう?」
「そ、そうって何が?」
「何って…貴女も長い時間をかけて強くなってるんでしょう?」
「え…」
私は咄嗟に1万年修行した事を思い浮かべる。
「む、村田さん貴女も…」
「そうよ…私も昨日までの私じゃ無い、五千飛んで14才の村田純子(むらたすみこ)なのよ」
五千…と言うことは、村田さんは五千年修行したと言う事なのか…。
「それでさ普通そこまで生きれば人間って人が死ぬとか殺すとか、そんなちっちゃい事なんか無感情って言うかクールになれる訳じゃん? だから何でそこまで驚いてるか不思議な訳」
「な、何を言って…」
村田さんは何を言っているのだろうか?
1万年生きようが1億年生きようが、人を殺す事に無感情でいられる訳無いじゃないか。
しかしそれよりも───。
「…! む、村田さん…貴女記憶があるの?」
彼女には途方も無い時間を体験した記憶が残っている…?
私は消されたのに何故?
「記憶があるのって…………ああ、そう言う事か、耐えきれなかったんだ……そっか貴女弱いんだね」
「耐えきれなかった……弱…い?」
「………ふぅん、まあいいや…とにかくその女は殺させて貰うわよ」
「!」
村田さんは会話を一方的に切ると、身を起こしまたもアエルスを殺そうと近寄ってくる。
やはり壁にぶつかったダメージは全く無さそうだ。
「チコ…早く奴を殺せ! 殺すんだ!」
するとまた殺せとアエルスは急かして来た。
「だ、だから出来ないよ…そんな事…!」
「くっ…で、でもやらないとお前も…!」
「え…?」
お前も───何なのか?
アエルスのその絞り出すように言った言葉は、何かとても大切な事を訴えようとしているみたいに感じられた。
「私も……何?」
「そ、それは…」
しかし私が聞き返すとアエルスは、はっとした顔になり言い淀んだ。
何だ───何を言いたいのか?
「話してる余裕何かあるのかな!?」
「…!?」
話の途中で村田さんが再び飛びかかって来た。
何だかよく分からないけど、とにかくアエルスを殺させてはいけない。
でも村田さんと戦いたくはない。
そう感じた私は───。
「くっ…!」
「! こ、これは…?」
この世界から消える事にした。
灰色の世界に行く事で───。
ケモノ巫女が戦うための世界───灰影の世界。
そう、アエルスと私だけを対象に小規模な範囲で灰影の世界への門を開き、そこに飛び込んだのだ。
ケモノ巫女や半魔が戦いの場として使っている、現実の世界を模倣する異空間へと逃げ込んだのだ。
ここなら普通の人間は追ってはこれない筈。
「ふう…」
私は当面の危機から逃れられた事で安堵の溜息を漏らす。
しかし───。
「まだ…安心する…なっ!」
アエルスは未だ鬼気迫る表情でそう言った。
「だ、大丈夫だよ、確かに五千年修行したのかも知れないけど、霊力も無い普通の人間何だから…ここまで追っては来れない…」
「ばかっ!」
「え…?」
「お前は普通の人間の可能性を…うっ!」
私の言葉を潰すように言ってきたアエルスだったが、その途中で殴られた傷が痛むのか…苦悶の表情を浮かべる。
「ほ、ほら無理しないで…かなり殴られてたし…」
中学生の力とは言え、アエルスより大きい村田さんがあれだけ容赦なく殴ったのだ、かなりのダメージを負っているのは間違いない。
心配した私はアエルスに手を貸そうとするが。
「か、構うな…ゲームが終われば能力制限も解除されて直ぐに治せる…うっ」
「…と言われても」
彼女は気丈に振る舞ったが、今もよろよろと痛々しく立っている姿は、治るからと言っても無理はさせられない。
「だから大丈夫だって、どんなに修行をしても普通の人間の村田さんには筋トレとか…何かの格闘術? しか出来ないと思うし…そんな力じゃ灰影の世界には来れないんだから…ね? 今は体を休ませて…」
そうだ霊力も無い普通の人間が強くなれる部分と言ったらそれしかない。
そんな物理的な力で異空間に来れる筈がない。
アエルスは一体何の心配をしているのか?
私は本気でそう思っていた。
しかし───。
「へえ…こんな世界があるんだ」
「え…」
振り向くといつからそこにいたのか、村田さんが立っていた。
「どうして…そ、そんな普通の人間には無理な筈…」
「ん?」
村田さんは驚く私に対し、キョトンとおどけるようにする。
私はその光景に漠然とするしか無かった。
そうしていると───。
「無理じゃ…ない…」
私が唖然としていると横から声をかけられる。
アエルスだった。
アエルスは無理じゃないとそう言ってきたのだ。
「え…」
「普通の人間で…も長い時間をかければ…目覚させる事が出来る…力がある…それはESPだ」
「ESPって…」
「そう超能力…!」
「御名答」
アエルスの言葉に、村田さんはニヤリと笑う。
「そ、そんな…超能力なんて…本当にあるの?」
「いやいや鈴鳴さん、貴女がそれを言う? 貴女のその…ケモノ巫女? って言うの? それも本当にあるの? って感じなんですけど、まあ───。」
そう言うと村田さんは腕を差し出すように見せる。
そこにはアエルスに包丁で刺されたかなり深い傷痕があった。
「…? それがどうしたの?」
「この傷ね、本当だったらまだかなり出血してるんだけど、血は出てないよね? どうしてだと思う?」
そう言えば刺してからまだそんな時間も経っていないのに、あんなに深い傷でさっきまであんなに出血していたのに、今は1滴も血が流れていないのはおかしい。
「超能力の一つで、念動、サイコキネシスとでも言うのかしら? その念動の力で出血を押さえてるからよ…ついでにその部分の神経パルスも遮断してるから痛みも感じないわ、ちなみに壁に突き飛ばされた時も念動力をバリアのように張って身を守ったの、それとね………」
「!」
そう言うと村田さんはふっ、と言う感じに忽然と視界から消える。
「ここの世界に来れたのはこの超能力」
そして直ぐ様後ろから声が聞こえる。
村田さんの声だった。
「テレポートって奴よ、この力で鈴鳴さん貴女の気配を追って空間移動したって感じ?」
超能力にはありがちな設定、能力であるテレポート…瞬間移動の力でこの異空間まで追ってきたと言うのだ。
「そ、そんなじゃあ本当に…超能力者」
本当に超能力者…私は神術のような事をしても霊力を感じなかった村田さんの力を見て、そう思わざるを得なかった。
「そう言ってるじゃない」
彼女は当たり前のように言うが私は正直理解が追いつかなかった。
自分の事を棚にあげて言うのは何だが。
昨日まで半魔…妖怪みたいな物と戦っていた退魔巫女だったのに、それが超能力者と言う新たな異能の力を持つ者と、このバトルゲームをやる事になるとは、正直想像だにもしてなかった。
「何を呆けているんだチコ! もはやそいつと力の隔たりは無い、早く殺さないとゲームに負けるぞ!」
「…! で、でもそんな事を言われても…」
確かに灰影の世界まで追ってこられたら、ゲームに勝つには村田さんと戦うしかない。
だけどいくら死なないゲームで超能力と言うケモノ巫女に近い異能の力を持っているとしてもクラスメイトに剣を向けるなど…。
私は深い躊躇いを覚える。
しかし───。
「…く、お前…このまま私がそいつに殺されると………」
アエルスは少し躊躇った後こう告げた。
「………死ぬぞ?」
「え…?」
死ぬと、そう言ったのだ。
「え、死ぬって…え? これって安全なゲームだったんじゃないの…?」
バトルゲームだが、どんなに怪我をしても未来の技術で治せるそんな安全なゲーム、そう聞かされてた。
確かに私を1万年修行させた、こちらの世界では一瞬の時間で1万年の時間が流れ、かつ年を取らないと言う、そんな驚くべき世界を一瞬で作れるほどの技術を持った未来人なら、どんなに怪我しても治せるし最悪死んでも生き返られせる事も出来ると思っていた。
それなのにゲームの負け、つまりアエルスを殺されると、私も死ぬとはどう言う事なのか?
「アエルスが死ぬと私も死ぬって………どう言う事…?」
「…どうもこうも無い、ゲームに負けたらお前は死ぬ、それが嫌ならその女を殺してはゲームに勝て…!」
「そ、そんな急に言われても…」
そうだ、いきなりゲームに負けたら本当は死ぬなんて言われても信じられる訳が…。
「死ぬよ、鈴鳴さん」
「え…」
ゲームに負けたら死ぬ、その疑問の真意を答えたのはアエルスではなく───村田さんだった。
「なっ…!」
それにアエルスは驚く声をあげた。
「驚いた? ああ~そうだよね、そのまま鈴鳴さんが何も分からないままグズグズさせてた方が貴女を殺しやすいし、それを教えちゃうのは変だよね…」
村田さんは何か知っていると言う感じに淡々と話す。
そして、でも───と続けると。
「試してみたいじゃん? どれだけ強くなったかとかさ…私だって楽しみたいのよ、このゲームをね…だから簡単に終らせたらつまらないじゃん?」
「ゲームを楽しむ…?」
「そう楽しむ、だからさっきも超能力で捻りつぶせば簡単に終ったのにあえて殴るでだけで済ました訳、鈴鳴さん私はね貴女ともっと戦ってこのバトルゲームを楽しみたいのよ」
「…! 戦うなんてそんな…!」
「まあ私の主人からしたら勝手な事をやるな、さっさとその女を殺せって怒りそうだけど………」
村田さんは私の事など全く気にかけずに、勝手に話を進めていく。
主人……? 村田さんのディマイエンスだろうか?
「でもまあ私たちの心を動かして目的を達成するのもゲームのうちだから、私が好き勝手やってもしょうがないよね…!」
「なっ………きゃっ!」
そう言って村田さんが手を翳すと、私の隣のアパートの壁が押し潰されるように破壊され大穴が空く。
何の力の気配も感じず本当に突然そうなった。
「これは…」
「念動力…効果範囲半径1メートル、100キロほどの圧力とスピードで【押した】の…どう? 凄い威力でしょ?」
確かに古いアパートとは言え、一瞬で半壊してしまうとは凄い威力だ。それに霊力とは違う力だから感じる事も出来ないのも驚異だ。
何せ何処から攻撃来るか分からないのだから。
しかし───。
それは以前の私だったらの話。
この程度の威力で凄いと明言していると言う事は、それが力の限界、あってもそれを少し上回る程度。
それに攻撃が見えないと言っても、手を翳してから念動力が発動するまで少しの間があった。そう攻撃が当たるまでの時間が今の私に取っては遅く感じるレベルだ。
やはり普通の人間だし、1万年修行した私より五千年少なかった村田さんの力の強さは、ビル群を一瞬で粉々した私よりたぶん劣っている…。
村田さんはその事に気付いていない。
しかしこれはチャンスかも知れない。
力量で上回ってるなら、まだアエルスを抱えてこの場から逃げ出す事は可能だ。
アエルスが死ぬと私も死ぬと言うのは不明確だが、どのみち村田さんとは争いたくはないここは逃げた方が懸命だろう。
そう決めた私は村田さんから逃げ出すための作戦を考える。
そして咄嗟に思い付く。
それは村田さんの攻撃を何回かギリギリなところでかわしている演出をし、私が大した事無いと油断させたら、
そう思った私は「はあ!」と気勢を込めると
「へえ…やる気になったんだ」
そう言うと村田さんは不敵な笑みを浮かべ手を翳す。
「さて五千年鍛えた普通の人間の力って、貴女みたいな…そう霊的な力って奴に効くのかしらね?」
村田さんがそう言うと、自分の回りの空気が空間が震えるのを感じた。
さっきの念動力の攻撃が来る事を感じた。
来る事が分かっていればかわすのは簡単だ、ならば予定通りに。
「くぅ…!」
と私はメキャと周囲を押し潰す念動力を、予定通り大袈裟に苦しそうな声を上げてかわす。
「あれ? よくかわせたね…?」
村田さんは不思議そうな顔をして首を傾げた。
よし…かわせた事を不思議がっている、自分の攻撃をかわせる訳がないと思っている時点で油断をしている事は間違いない。
「ならこれならどうかな?」
村田さんは立て続けにどんどん念動力を放つ。
その度に轟音たて穴だらけになっていく哀れなアパート。
壊れても少したつと元に戻る灰影の世界だから良かったけど、これが現実だったらと思うとぞっとする。
そんな事を気にしつつも、村田さんの念動力を何とかギリギリにかわしているように見せながら、私は技を放つための霊力を神刀烈火浄砕牙に込めていた。
そして時が来る。
烈火浄炎爆牙を撃つことが出来る霊力が溜まったのだ。
元々手加減するつもりだったから、霊力を溜めるのには時間はかからなかった。
準備は整った。
そう感じた私は次の攻撃をかわすと同時に、床に向かって「はっ!」と言う気合の言葉を発し烈火浄炎爆牙を放った。
「え…!?」
驚く村田さん、その顔を最後に爆発が起きる。
烈火浄炎爆牙を放った地面は盛りあがりながら膨らんで行くと、ある一点に達した時大きな火球を吐き出すように弾け飛んだ、その瞬間轟音と共に爆風を巻き起こり、それに砕けた砕片がパラパラと舞いちりながら凄まじい土埃と爆煙が辺りを一瞬で包む。
かなりの威力。
手加減した筈だったが、以前の私の力から考えたら結構な威力になってしまった。
強くなったのはいいが、ずっと弱いケモノ巫女の目線で戦っていたからか、威力の調節がピンと来ない。
ある日突然スーパーマンになった気分と言うのはこんな感じかも知れない。
そんな感じに予想外に威力が大きくなってしまったが、不幸中の幸いと言う奴だろうか?
アエルスから離れた場所で巻き込まない方向で放ったから、アエルスは無傷で済んだ。
村田さんもさっき壁にぶつけた時も念動力で防御した…と言っていたから、たぶん無事ではあるだろう。
まあとにかくよく訳も分からないうちに、自分も相手も死ぬかも知れない戦いをやらされるのはごめんだ。
直ぐにでもアエルスを抱えて逃げよう。
そう思って私はアエルスに近付こうとする。
しかし───。
転んでしまった、アニメで登場する慌てて焦って転ぶドジっ娘のように転んでしまった。
大事な局面で何をやっているのか、いくら序列最下位の弱い巫女だったとは言え、こんなドジっ娘メイドみたいに転ぶ事なんて───結構転んでたような気もするけど、決してドジっ娘では無い………とは思う。
そんな私がここ一番で転ぶなど、なんてヘマをしてしまったのか。
早く立ち上がってとにかくこの場から逃げなければ。
そう思った私は起き上がろうとした。
だが───。
視線が変わらない。
? 目線の高さが変わらない………ではなく。
体が動かない───?
体が動かないっ───!?
私は四つん這いの姿勢のまま、ピクリとも体を動かせなくなっていた。
「な…に…これ…うく」
声もうまく出せない、まるで金縛りにあったように硬直していた。
「この程度の力で動けなくなっちゃうんだ? 霊能力者って案外大した事無いのねぇ…」
「村…田さ…ん…ど…して」
超能力はよく分からないが、どうやら念動力で体の自由を奪われてしまったらしい。
何をやっても指一本動かせない、何と言う力なのか、私の方が五千年長く修行している筈なのに何故───。
何で力負けをしているのか───分からない…分からない…!
それに何故あの視界が悪い爆煙の中超能力を正確に私にぶつける事が出来たのか?
「ば…ばか…だから、肉眼で追えなく…ても、お、お前の…霊力を…探知出来る…奴だったらと…あれほど」
「あ………」
そうだった…目眩ましをしても私の霊力を感じられるんだったら意味が無かったんだ…。
そう言えば灰影の世界まで追ってきた時も、私の気配を感じてテレポートしてきたって言っていたし…村田さんは私の霊力を感じられる事が出来たんだ。
最初から物理的目眩ましは意味が無かったんだ。
何と言う迂闊…そんな事も分からなかったのか…と言うよりもよくよく考えればと言う感じだ。
そんな事を気付けなかった私は馬鹿だ───でも仕方がないよ。
だって超能力者なんて初めての相手、ケモノ巫女序列1位の日酉(ひとり)様のような天才ならともかく、元々弱い上に要領も悪かった私にそんなバトルの案件こなせる訳が無い。
私にはもう何も───出来る事はない、完全に敗けだ。
そしてアエルスを殺されると本当に私も死ぬのだろうか?
確証は無いけど、もしかしたら───と考えるとぞくっとした物を感じた。
小さいながらも確実に、心にじわりと滲み込んでくるような恐怖を───私は感じ始めていた。
「んーこれでチェックメイトか…案外大した事無かったわね、異能力バトルって…」
村田さんの言葉にビクッとする。
「んじゃまー遊びはここまでにして終わらせますか」と言うと村田さんは這いつくばる私の横を通りすぎてアエルスの元へ向かう。
体を動かせない私は目だけをピクピクと動かし、村田さんの姿を追う。
そしてアエルスの前まで行くと片手を上げた。
念動力をやる気だ───。
念動力でアエルスを半径1メートル、圧力100キロを100キロのスピードの破壊力でアエルスを破壊する気だ。
別の次元に世界すら簡単に作れる、そんな強大な力を持っている未来人にして新人類のディマイエンスのアエルスはたぶん無敵だ、しかし───。
ゲームの制限により普通の人間になっている、今のアエルスでは耐えきれる物では無い。
だから確実に破壊される、殺されてしまう。
そしてアエルスが殺されれば本当に私も───。
「や…めて…村田…さん…やめ…」
死にたくなかった私は、村田さんに懇願した。
上手く体を動かせないので、喋るのも酷く訥々となってしまう。
そんな私の言葉でも一応届いたのか「ん?」と気付いたようにこちらに顔を向ける村田さん。
しかし───。
「止めて欲しいの? でもダーメ、待ったは無しだよ、鈴鳴さん?」
村田さんはとても人懐っこそうな笑顔でニコっと笑うと、上げた片手を降り下ろした。
するとアエルスがいたその場所が潰れる。
ズン! と言う感じに地面が陥没するほど潰れた。
私はその光景を大きく目を見開いて、ただただ見つめる事しか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます