第7話 1章「急変する事態」

「それで戦うゲームっていつやるの?」

アエルスの話を聞き、未来人たちがこの竜ヶ峰市に住む人間を抽選で引き、その引いた人間同士を戦わせるゲーム。

どうやらそのゲームに置いて、アエルスの手駒になってしまったらしい私は、絶対に死ぬ事も殺す事も無い安全なゲームである事と、さらにアエルスを勝たせれば、未来の技術で何でも願いを叶えてくれると言う報酬があった事で、ゲームに参加する事にした。

しかし戦えと言われても具体的に何をすれば良いのか?

そんなゲームをやるにおいて、誰しもが感じる疑問にアエルスはこう答えた。

「バトルはこのゲームに参加している、私たちディマイエンス同士が出会ったら始まる。それまでは何もしないで良い」

「ディマイエンス…?」

「私たち新人類の生物学的な名前、正しくはホモ・ディマイエンス、私たちを指す名称としてとりあえず使った」

「へー…貴女ディマイエンスって言うんだ…」

「そう」

「ねえ?」

「何?」

「ディマイエンスってどう言う意味なの?」

異能力系の小説を書いてる身としては、このディマイエンスと言う言葉は、どこかセンス的に引かれる物を感じ、私はその意味を聞かずにはいられなかった。

「…最後の知恵者」

「最後の……知恵者?」

「そう、私たちはディマイエンスは、人類種からこれ以上無い最終的進化を果たした新人類種として作られたから、それで最後の意味を込めてそう名付けられた」

「え…? 貴女って作られたの?」

「うん、普通の進化じゃ私たちの領域までは届かないから」

「それも未来の遺伝子工学ってやつで?」

「ううんそれ以外にも、次元とかESPとか様々な分野の複雑な技術が合わさって出来た感じ」

「ほ、ほおー…」

最後の方は良く分からなかったけど、この子は作られて生まれてきたのか。

そう思うと急に不憫に思えてくる。

「それは価値観の違い、私が生れた時代では自然出産は廃しされ、機械で子供を作るのが当たり前、だから私は可哀相では無い」

「そ、そうなんだ…分かったけど、心を読んで会話するのそろそろ止めて…」

「それよりもゲームの事なんだけど…」

「え、あ、はい…」

心を読むのを止めて欲しいと嘆願してみたけど流された。

人の心を読むのも未来じゃ当たり前なのか…でも過去にいる間はこちらのルールに従って欲しいと辟易する。

「バトルのルールは、フラッグを先に破壊したら勝ち、そしてそのフラッグとは私たちディマイエンス」

「え? 破壊って…ディマイエンスを倒すの?」

「そう」

「そうって…ディマイエンスってそんな簡単に倒せるの?」

ビル群を跡形もなく消し去るほど力でも弱いと言うアエルスの言葉から察するに、ディマイエンスと言うのは私が敵う相手じゃないのでは…?

それを破壊って。

普通に無理ゲーと言う奴なのでは? と感じるのだが…。

「バトルが始りフラッグと化した私たちは、力も耐久性も普通のホモ・サピエンスと変わらなくなる。それを如何に敵から守りつつ、相手のディマイエンスを倒すかがゲームの内容」

とまたまた心を読みながら説明するアエルス。

心を読むのを止める気は無さそうだ、ともあれ───。

「ふーん…まあゲームの内容は分かったけど、じゃあ普段は何もしなくても良いのね?」

「うん…普通に生活してて良い…ただ」

「ただ」

「回りには、チコが前より強くなっている事は隠しておいて」

「? 何で」

「ゲームが不利になるから」

「ゲームが…不利?」

何故私が強い事を回りに知られると、ゲームが不利になってしまうのか?

強さを知られてしまう事自体に、何の意味があるのか少し考え、ある答えに行き着いた。

「私が弱いって分かったら…狙いうちされるから?」

記憶は無いが私はアエルスによって1万年修行させられたらしく、前の私から考えるとあり得ないほどの力を手に入れた。

それでもこのゲームの中では大した力では無いらしい。

ビル群を消し飛ばす力と言うバカバカしいレベルでもだ。

あれでまだ弱いと言う話なら、他のディマイエンスにはもっと強い人間が付いていると言う話になる。

そんなのに見つかったらどうなるか…即刻ゲームオーバーは目に見えているだろう。

「それもある…だけどそれだけじゃない」

「それだけじゃない? なら他にはどんな理由が?」

「それは…えーと…」

「?」

何故かそこで言い淀むアエルス。

「そのえっと…もう! とにかくそう言う事だから、お前は強くなる前と同じように生活してて!」

「ええ!?」

突然、怒るようにして会話を切る。

何か怒らせる事でも聞いただろうか───。

「…心を動かすと言うのはこんなに難しい物なのか…」

「え?」

心を動かす───。

アエルスは不意にそう口こぼしたが、一体どう言う事なのだろうか。

まあそれも何かしらゲームに関係している事なのだろうか?

まあ私がゲームをしてる訳じゃないから、ゲームの事を深く知っても意味は無いだろう。

それよりも───。

「ま、まあ力を隠すのは分かったけど、弱い私がある日突然、自覚無しに強くなったのを隠すのって…正直そんな境地に至った事が無いから分からないと言うか…経験が無いと言うか」

「安心しろ、そう思って…ポイントアイテムを使って、お前の霊力を認識出来ないようにしておいた」

「霊力を…認識出来ない?」

「そうお前の力を回りに悟られないように、前と変わらない霊力にしか認識出来ないようにしておいた」

前と変わらない…?

…! そ、そうかだからあれだけ霊力を高めたのに、長巫女(ちょうみこ)様や回りのみんなは、強くなった私の霊力に気付く事が出来なかったのか…。

「まあそう言う事だから、お前はバトルが始まるまでは、強くなった事を隠す事」

「分かったけど…でも何で強さを隠す必要があるの?」

「いいから…お前は私の言う事だけ聞いていればいい…私は眠いから寝る。何せお前の修行に1万年も寝ないで付き合ったのだからな。だから私は今凄い睡眠欲を欲しているのだ」

「い、1万年も寝て無いの? そ、それは大変だよね…ど、どうぞゆっくり休んで下さい」

「ふん…」

アエルスは不満そうな鼻息を一つ鳴らし、超能力? みたいな力で、私が飛び起きた時吹き飛ばした肌布団を引き寄せると、こちらの事などお構い無くベッドの上ですうすうと寝息を立て始めた。

「はは…」

その遠慮の無いアエルスの姿に、ほんの少しの苦笑を漏らす。

ともあれ───。

本当に私1万年も修行してあの力を手に入れたんだ。

アエルスはゲームの中では大した事は無いって言ってたけど、今までちょっとした爆発技使える程度のご町内クラス退魔巫女が、ガ⚪ダムクラス退魔巫女になったのだから、凄いと感じざるを得ない。

何たってビル群を吹き飛ばしてしまうのだから。

まあ現実世界に影響が無い灰影の世界でしか使えないが。

それにしても本当に凄い力だ。

あんな弱かった私でも、1万年も修行するとこんなに強くなれるのか…そう1万年も…1万年…ん?

そう言えば記憶は消えてても、私は1万年過ごした事に変わり無いよね?

1万年の時間の流れの中生きて来たって事で、それはつまり───。

「一万飛んで14才おめでとう…」

「言わないでーっ! と言うか何なの、この知らなかった方が良かった過ぎる真実っっっ! 私まだ中学二年生なのに、一万飛んで14才になっちゃったよー!」

「お婆ちゃん」

「お婆ちゃん言うなーっ!」

「ロリババア」

「ロリババアってレベルの年齢じゃないよ! と言うか寝るんじゃ無かったの!?」

寝ると言ってた癖に、何故か絡んでくるアエルス。

「ああもういいわ…! 今日はもう寝よう遅いし…ってもう朝の四時半じゃない…!」

と言いながら、私はベッドに潜り込む。

「…狭い」

「これは私のベッドです。文句言ってないでもっと詰めて下さい」

「ん…」

そう言うとアエルスは、意外と素直に奥の方へと詰めてくれた。

はあ…今から寝て…学校に登校する時間まで、後…何時間眠れる…か…。

───。

──。

─。


****


「ふぁ…」

朝の教室で眠そうにあくびをする。

結局あれから二~三時間ほどしか眠れなかった。

そう時間的に考えると、さらに眠さが増してくる。

今日一日は厳しい学校生活になりそうだ…。

そんな事を考えながら私は気だるく机に突っ伏していた。

すると不意に声をかけられる。

「チコちゃんおはよう、眠そうだね」

「おはよー、いや~そうなんだよ………!?」

そんな朝の挨拶に呼ばれ振り向いてみると、そこには黒髪清廉な美しきお館様である御子奈みこな様が、こちらを覗きこむように立っていた。

「って御子奈さ…むぐ」

様と言おうとした口を、御子奈様は人さし指で塞ぐ。

「あ…そうでし…じゃなくて、そうだったね御子奈ちゃん!」

「はい良く出来ました」

御子奈様は私と同じく中学二年生で同じ学校に通いクラスも一緒の同級生だ。

しかし私たちケモノ巫女の当主である、強大な力を持った九頭龍姫御子之神くとうりゅうひめみこのかみを宿す龍神巫女で、さらに九龍院くりゅういん家の当主でもある。

しかしそう言った事情は勿論学校では内緒になっており、恐れ多い話ではあるが、御子奈様から普通の同級生として接するように言われている。

だから私も普段はそのように話していた。

「いや~あの後もさー、色々あってさ…結局二~三時間くらいしか寝れなくて…もう眠くて眠くて」

「そうなんだ…確かにばあやたちの話も長引いちゃったものね…」

ばあやとは長巫女ちょうみこ様の事だ。

学校でそう言ったケモノ巫女関連の言葉は出せないので、こう言う感じに言い換えている。

「あ…そうそうチコちゃん」

「ん、何?」

御子奈様は何か思い出したかのように鞄をゴソゴソと探ると、1通の茶封筒を取り出す。

「それはまさか…!?」

「うんそうだよ、はいチコちゃん今月の生活費」

「やっぱり…! やったー! ありがとうー!」

私は九龍院家を追い出されアパート暮らしをするようになってから、その生活費面は毎月御子奈様から頂いている。

一応銀行の口座もあるので振込みも出来る筈なのだが、何故か御子奈様が手渡ししたいと言うご要望だったので、こう言う形で貰っている。

私はその茶封筒を嬉々として、ニコニコとお優しく微笑まれてる御子奈様からありがたく受けとると、ほんの少しの違和感を覚えた。

「あれ? いつもより厚い…?」

「うん、チコちゃん小説書くのに語彙力をつけたいから、本を一杯読みたいって言ってたでしょ? だから一杯買えるように今月は多くしておいたわ」

「え、本当!? ありがとうー! 御子奈ちゃん大好き!」

「うふふ」

突然のサプライズに素直に喜ぶ私。

これだけあれば

そんな私を見て御子奈様もどことなく嬉しそうに見つめていた。

しかし───。

「いけません」

「て、天狐ちゃん…あ!」

突然横から天狐ちゃんが現れると、さっと私の手から茶封筒を奪い取った。

夢霧天狐ゆめぎりてんこ、私と同じケモノ巫女だ。

「ちょ、ちょっと天狐ちゃん…そ、それは私の生活費…だよ、か、返してよ」

突然生活費を奪う天狐ちゃんの暴挙に、当然返すように訴えてみるが。

天狐ちゃんはそんな私の言葉など無視するかのように、茶封筒から現金を引き抜くと。

「家賃管理費込みで五万円、光熱費水道電話代一万五千円、食費三万円、お小遣い五千円、計十万円もあれば充分、後は返却ね」

と、数えるように現金を私の机に並べていく天狐ちゃん。

「そ、そんな…あうう」

「て、天狐ちゃん…? そ、そんないきなりか、可哀想…か、返してあげて?」

「九龍院さん」

「は、はい」

「チコにはまあ…色々ありますが、中学生一人が暮らすのに五十万円はあげすぎです! そんな年から贅沢させてたら教育上よくありません! 残りの四十万円は私が責任を持って九龍院家に返しておきますから」

「で、でも…チコちゃんが…」

「いいですね?」

「…はい」

しゅんとする御子奈様。

「チコも欲しい本があるなら、お小遣いの範疇で買いなさい!」

「は、はい…!」

至極もっともな意見に、私も天狐ちゃんの言う事を黙って聞くしか無かった。

まああの天狐ちゃんが、お小遣いの事まで考えてくれた事を僥倖とするか。

それにしても───。

「そ、そう言えば天狐ちゃん体よくなったんだね! もう大丈夫? あの時は大変だったね!」

昨晩、恐らくは強かった半魔の攻撃を受け、重体となっていた天狐だったが。

その後九龍院家に運び込まれ、回復を得意とするケモノ巫女の神術で治療を受けていたが、どうやら学校に出ているところをみると治ったみたいだ。

しかし治ったとは言え、数時間前まで重体患者。

私は心配して聞いてみたのだが。

「ぐ…」

天狐ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をして、こちらを睨み付ける。

「何…それ? もう上から目線な感じで言ってる訳?」

「は?」

「その余裕な態度…あれでしょ、私は無様にやられて…あんたは無傷だからもう私より序列は上って言いたいんでしょ!?」

「そ、そんな事言ってないよー!? そ、それに序列とか言っちゃ駄目だよぅ…!」

何度も言うがケモノ巫女の存在は知られてはいけないので、普通の人しかいない場では、その関係の話はご法度だ。

意地悪ではあるが、さっきの生活費を計算した細かさで分かる通り、意外とキッチリとした真面目な性格である。

その彼女が我を忘れて怒っているところをみると、よほどあの半魔に破れたのが悔しかったのだろう。

まあ負けん気も強いからなぁ…あはは…。

ともあれ、そんな天狐ちゃんの態度に「序列?」「喧嘩でもしたのか?」と注目が集まってしまう。

これはいけない、何とか天狐ちゃんをなだめなければ、そう思った瞬間だった。

「おーい何騒がしくしてるんだ席に着けー」

教室の引戸がガラガラーっと勢い良く開き、クラスの担任が入ってきた事から、天狐ちゃんは、はっとすると「く…」と少し呻いてから大人しく席に座る。

回りも騒ぎが収まった事から、私たちに興味を無くした。

私はホッとした安堵を覚える。

「何してんだお前ら…?」

しかし一体どう言う状況があったのか、イマイチ把握出来ない担任は不思議そうな顔をこちらに向けてくる。

「あはは…」

「ふん!」

天狐ちゃんは不機嫌に鼻を鳴らし、私は苦笑する。

「何だまたお前ら喧嘩したのか…そうなのか九龍院?」

「い、いえ…そんな事は無いと思いますが…」

私と天狐ちゃんの間にいる御子奈様は誤魔化すように言う。

ちなみに私たちの席順は、一番後ろの席で、御子奈様を中心に左の窓側が私の席で、天狐ちゃんは右側の席になっている。

また茶乃ちゃのちゃんも同じ学校だが、違うクラスだ。

「そうか…まあいいや夢霧あんまり鈴鳴を苛めるなよー」

「なっ! 人聞きの悪い、苛めなんてそんな低次元な事しませんよ!」

「村田ー号令」

「はい…きりーつ」

「む、無視しないでください…もう!」

強気な態度でも、簡単にあしらうかのようにする先生に、諦めてみんなに習って起立をする天狐ちゃん。

その後は礼、着席のいつもの流れでHRが始まるのだが。

「はー眠い…」

何か無性に眠そうにしている先生。

私も眠い分何か親近感を覚える。

「ジャコちゃん…何か眠そうだねー!」

クラスのいつも軽そうな感じの男子生徒がはやすように言った。

「ジャコちゃん言うなー、まあ今日五時起きで眠いんだわ…しかも私のアパートの隣に住んでる奴が夜中に騒ぐ非常識な奴で寝れなくてな…ふぁあ~」

…? えっと何か身に覚えがあるような?

まあ…気のせいだよね、うん。


****


その後、何か一日中天狐ちゃんに睨まれ続けて大変だったが、何とか一日の学校生活を終わらせ、帰りに夕食の材料買い、近道である商店街近くの公園を歩きながら帰路に着いていた。

「もやし~もやし~安くて多くて美味しいもやしは最高~♪」

傍からみたらちょっと悲しくなる鼻歌を歌っていたが、気分は高揚していた。

なぜなら今日はもやし炒めに豚コマを入れられるのだから…!

生活費を貰ったばかりだったので、いつもはただのもやし炒めだったけど、今日は奮発して豚肉をいれる事にしたのだ。

そんな贅沢が出来る事に心を踊らされていたのだが、ふとある事に気付く。

あ…あの子の食事。

私は家にいるアエルスの事を思い出した。

そうだいつまで家にいるのか知らないが、アエルスの食事はどうしたら良いんだろう?

と言うか今は一人分の食費しか貰っていないから、よくよく考えたらあの子の生活まで面倒見る余裕が無い。

そう考えると天狐ちゃんに没収された多すぎた生活費、五十万まるまると言わないけど、後プラス五万円くらいは必要だったかも知れない。

どうしよう、いまから本家に行って天狐ちゃんに返してもらおうか?

でもその理由はどうするか…。

猫か犬の餌代が欲しいとか? いやいやどう考えても捨てなさいって言われるだけだよね。

じゃあどうすればいいか、うーむ。

私がそう道端で頭を悩ませていると。

鈴鳴すずなりさん」

「え…? きゃ!」

急に声をかけられ驚く。

「ご、ごめん驚かせちゃって」

「む、村田さん」

声をかけてきたのは村田純子むらたすみこ

私のクラスの委員長で、あまり話はした事無かったが、一応小学校からの付き合いで、幼馴染の間柄だ。

ちなみにケモノ巫女とは関わりの無い普通の人間で、たまに半魔に襲われてたのを助けたりした事もあった、他のケモノ巫女が、だけど。

そしてその時の記憶は、茶乃ちゃんの幻惑の神術で消しているから、私がケモノ巫女である事は知らない。

そんな程度の付き合いだった村田さんが、どうして声をかけてきたのか。

「あ、あれ村田さん、こんなところでどうしたの、何か珍しいね」

「あ、うん、そのね最近鈴鳴さんこっちの方で見かけるから、家近いのかなーと思って…」

「うん、最近こっちの方に住んでるんだ」

「やっぱりそうなんだ!」

普段話さないのに、突然声をかけてきたのはそれが理由か。

いつも帰り道に、私をよく見かけるようになったから声をかけてきたらしい。

しかし九龍院家を追い出されて、一年半前くらいにはもうこっちの帰り道を通ってたから、もっと見ててもおかしくないと思うけど、うーんそれでも最近見かけたって感じなのかな?

「ねえ鈴鳴さん!」

「え?」

そんな事を考えてると、村田さんは不意に声をかけてきた。

「な、何?」

「ねえ今から鈴鳴さんの家に遊びに行っても良い?」

「え…!?」

あんまり話した事も無いのに、何故突然私の家に来ると言う話になるのか。

と言うか、あんなところに住んでいるなんてあまり知られたくないし、何よりアエルスなんて見せられない。

一人暮らしの家に、あんな旧スクぽい水着を着た少女がいるなんて何と説明すれば良いのか。

となれば私が取る選択の道は一つ。

「い、いや~遊びに来てくれるのは嬉しいんだけど…今部屋が散らかってるから…ま、また今度ね?」

とはぐらかしてみるが。

「ええ~、私そんなの気にしないよ、と言うか私が掃除してあげるよ!」

だから何でそんなにフレンドリーなの!?

私たち最後に話したの確か小学四年生の時だよね!?

「ねぇ~良いでしょ? 鈴鳴さん…このとおり!」

「え、ええ~…」

何か凄い拝み倒してくる村田さん。

何でそんなに私の部屋にこだわるのか凄い謎だ…。

ともあれ一体どうやって断れば良いのか…。

私は何故か執拗に部屋に来たがる村田さんに困り果てていた。

その時───。

「…!」

「? え…な、何これ、景色が…灰色になっていく」

こ、これは灰影はいえいの世界!?

近くに半魔の妖力を感じる…。

これはケモノ巫女が開いた灰影の世界じゃない、これは半魔が開いた物だ!

半魔は人を襲う時、この灰影の世界に引きずり込む。

何故なら半魔は昔の大戦で、現世に存在出来る体を失った事から、現世では妖力を使う事は出来なくなってしまったからだ。

だから半魔は人を襲ったりケモノ巫女と戦う時は、現世では無い世界、灰影の世界でおこなうのだ。

「ばうっ!」

「な、何のこの赤い犬は…」

烈火狼れっかろう様!」

私の守護ケモノ神(がみ)烈火狼様は普段は目立たないように、灰影の世界で私の傍にいる。

その事から世界に入った瞬間すぐに現れた。

「え? 鈴鳴さんの犬なの? 犬に様付けって…」

「…! えっとごめん村田さん…!」

「え? あ………」

私は咄嗟に簡単な神術で村田を眠らせた。

これ以上ケモノ巫女の事を知られないようにするために。

「烈火狼様!」

「わんっ!」

私は村田さんを眠らせると、烈火狼様に合図を送り、烈火狼様をその身に降ろして、ケモノ巫女の姿に変身し、そして神刀烈火浄砕牙しんとうれっかじょうえんばくがを携え攻撃に備える。

すると半魔の妖気を感じる方から、パチパチと拍手する音が聞こえる。

見れば優男やさおとこみたいな容姿の半魔が拍手をしていた。

「見事見事、流石はあの剛魔ごうまを倒したケモノ巫女、見事な変身ぶりだ」

「ご、ごうま?」

「君が倒した半魔だよ、君にとって倒れた敵など覚える価値も無いって事かい?」

半魔はやれやれのと言う感じにそう言った。

ああ…なるほど昨日倒したあの強かったかも知れない半魔って剛魔って言う名前だったのか。

「しかし…君を見れば見るほど妙な話だな」

「え? 何が?」

「私と対峙しても一向に霊力は低いままだし、そんな霊力で一体どうやったらあんな破壊力をだせる烈火浄炎爆牙れっかじょうえんばくがを出せるのか…とても興味深い」

「え? 私の技の名前を知ってるの? と言うかあの時見てたの? 他には誰もいなかったと思ったけど」

「ああ…遠見の術で見てたからな…そして技の名前も知っている。何故なら我ら半魔は勝つために、数百年かけて姫御子神(ひめみこかみ)を守るケモノ巫女を研究してきたのだからな!」

「す、数百年も…!?」

そんなに調べられてたんだ私たちの事を。

「そうだ、我らは魔王【皇羅おうら】様を取り戻すため、お前らを調べる以外にもありとあらゆる事をやったのだ」

「ありとあらゆる事?」

「あの忌まわしき神薙かむなぎで、我ら魔族がこの現世に存在させる体を失うのを防ぐため、半魔となってその妖力の大半を失った事により、当時のケモノ巫女に手も足も出せなくなってしまった」

神薙、確か大昔の魔王との戦いの時に、魔族が現世に存在出来る体を失わせる事ができたと言う伝説の神術で、恐らくは初代姫御子神様が使ったとされてるけど、一切の詳細は不明となっている。

「その神薙で弱り勝機を失った我らはやり方を変えたのだ」

「へ、へー…やり方変えたんですか…」

元々弱いケモノ巫女だったから、そんな序列1位とかと話してそうな話題を話されても、何か困る…。

「そこで我らは数百年間、お前たちに格下の弱い半魔をぶつけ続ける事で弱体化させる事を狙った! 戦うレベルの基準が弱ければ、それに合っていくと思ったからな、」

「うわ…凄い地味…」

「そして策は見事成功し、今のお前たちは、昔のケモノ巫女と比べて格段に霊力が落ちたのだ」

「すご! 本当に効くんだそう言うのって…何か執念の勝利って感じ…」

「しかし鈴鳴知子すずなりちこお前は一体何なのだ?」

「はい?」

半魔はそこまで話すとびっと指さして、よく分からないような物を見る目で、私に聞いてきた。

「鈴鳴知子、お前はケモノ巫女の中で類を見ない霊力の弱さと才能が無かったケモノ巫女だった筈」

「わ…悪かったわね」

分かってはいたけど、こうまで露骨に言われるとイラっとする。

「今も限りなくミジンコに近い霊力のお前が、何故あのような強大な烈火浄炎爆牙を出せたのだ!? さあ答えてもらおうか!」

「それは…」

あれ? そう言えば理由は分からないけど、アエルスがゲームが不利になるから私が強くなった事は内緒にしなきゃいけなかったんだっけ?

だとすると昨日の烈火浄炎爆牙は見られたのは不味かったか。

でも私の霊力は認識出来ないんじゃ無かったっけ? どうして烈火浄炎爆牙は見えたんだろう。

まあともあれ───。

「いや、何でって聞かれても普通言わないですよ」

漫画とかで、どういった能力なのかを、能力者自身が話して教えてくれる演出があるけど、普通自分の不利になるような事は言わない。

だから、言わないよ、って返しておけば良いだろう。

「普通言わない───つまりそれは裏を返せば何かある事なのだな?」

「え?」

そう言う話になっちゃうの?

何だろうこれ、理詰めで追い込まれてるみたいで嫌だなぁ…。

たぶん今の私なら簡単に倒せるから、この半魔この場で倒しておいた方が良いかな…?

そう思いジリ、と間合を詰めると。

「おおっと私は戦い専門じゃ無いんだ」

と言ってまるでトカゲかヤモリのように這いつくばり、シュルシュルと後ろに下がり距離を取る。

「戦い専門じゃない…?」

「そうだ私は監視・観察する事が専門だ、鈴鳴知子…お前は前以上に観察してやるぞ…」

「前以上って…前々から私を見てたって事…!?」

「そうだ!」

「い、一体何を見てたの!?」

「それは…」

「そ、それは」

私はこの半魔に一体何を見られていたのか、ゴクリと固唾を飲む。

「土曜日水色、日曜日黄色、月曜日白、火曜日ピンク、水曜日水玉、木曜日白…」

「はあ?」

私の何を観察していたのか聞くと、突然曜日ごとに色を言い出してくる半魔。

私は言葉に意味が分からず、首を捻っていたが、次の半魔の言葉で何を言っているのかを理解した。

「そして本日金曜日は青と白のシマシマだ!」

「んなっ…!」

私は反射的にスカートの上から、下半身を隠すように両手で押さえた。

そうこの半魔が私のどこを観察していたかと言うと…。

「きゃあああ! 何で私のパンツの柄なんか観察してるんですかっ!?」

「いや~お前って霊力低いし才能も無いから、見るとこなくて暇潰しにな…ちなみにオールシノムラ製」

「そ、そんな事まで言わなくて良いです!」

ただの変態だった。

「まあそんな感じだ、私はお前の事をず~っと闇の奥から見ているぞ…そしてお前の強さの秘密を絶対に突き止めてやるからな…」

「あ…! ま、待て!」

半魔そう言い残すと、まるで闇に溶けるように消えていった。

幻惑の術だろうか? 既に妖力は全く感じない。

しかし天狐ちゃんより気配を感じらない不可視の術とは…。

ずっと弱かった私は、強者だった経験がないから良くは分からないけど、強さだけではどうにもならない物がある事をほんの少し感じた。

それにあいつに強い事を知られてるって事は、既に半魔に知れ渡ってる可能性は高い。

それから考えると、もう強い事を秘匿するのは無理なのでは無いだろうか。

まあなるようになってしまった物は仕方ないが…。

それよりもこれはどうしようか?

私は今も昏睡して倒れてる村田さんを見やる。

咄嗟に眠らせたは良いけど、ちょっと見られちゃったから、ケモノ巫女の存在を知られてはいけない事から、記憶を消さないといけない。

しかし記憶操作の神術は、幻惑系の天狐ちゃんか茶乃ちゃんしか使えない。

だから呼び出して待つのが賢明なのだろうが、この冬の寒空、現実世界を模倣する灰影の世界も同じく冬の寒さがあり、普通の人間の村田さんを、このままここで待たせるのは酷と言う物だろう。

「仕方ないか」

私は一つ嘆息すると、村田さんを抱き抱え、ケモノ巫女の力でひとっ飛びで自分のアパートまで帰った。

昨日は眠くて気づかなかったけど、強くなったおかげか、私のスピードもやっぱり前より速くなっている。

これも強さを隠すために、気を付けないといけないかも知れない。

まあそれは今後気を付けるとして、今は村田さんの体が冷えないように中に入ろう。

しかしドアを開ける前に思い出す。

アエルスはどうしようか───その事を。

………まあでも村田さんは眠ってるし、後はアエルスの問題だけだから、大丈夫か…。

そう思い私はドアを開けた。

すると───突然青い何かが飛び出しドン、と私にぶつかって来た。

私は何事かと思って眼下を見下ろして見ると、そこには碧髪金眼の少女がいた。

それはアエルスだった。

「な、なんだアエルスかどうしたの? いきなり…飛び出して…?」

私はそこで何かの違和感に気付いた。

その違和感とは何か落ちる音。

水ぽい何かが、自分の足元に落ちる音が聞こえてきたのだ。

「何…?」

私は呟きながら音の出どころを見ようと、足元に目を向けて見ると、そこには小さな水溜りが出来ていた。

赤い───色の…。

それは今もポタリポタリと赤い雫がそこへと落ち、赤い水溜り───血溜りを大きくしていった。

そして私は一切の痛みを感じていない。

だからこの血の持ち主は…。

私はぶつかってきたアエルスと───村田さんが接触している部分を恐る恐る見る。

そして理解する───血溜りが出来た原因を。

私はその原因を───光景を見て、はっとして目を見開いた。

大きく開いた目には、刺すように鋭い光りを感じる───それは包丁だった。

私の料理包丁…それをアエルスはしっかりと握り───村田さんを刺していた。

「え…?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る