第6話 1章「未来人からゲームのお誘い」
「やっと帰れた…」
そう無意識に言葉が出てしまうほど、眠くてしょうがなかった。
結局自宅のアパートに着いたのは午前の3時、朝には学校に行かなくてはいけない事を想像すると、後何時間寝れるのかと頭を痛くさせる。
ケモノ巫女をやっていると、
しかし使命とは言えまだ中学生なのに、こう深夜に駆り出されるのが当たり前になっているこの環境は、どうなんだろうと思う…。
いやどう考えてもおかしい。
これが噂に聞くブラック企業と言う奴なのか。
社会に出る前から、そんな厳しさを味あわされるわ、中学生で子供を産めと言われるわ、本当に実際の異能力生活と言うのは、散々な事しか無い。
ラノベのように、すぐに女の子に囲まれてきゃっきゃうふふする夢の展開にはなったりしない…まあ私は女の子だからそっちの方面は別にどうでも良いけど。
まあリアルは何事もリアルになると言う事だ。
ああ…早く異能力者を辞めたい。
なので小説で自活出きるお金が稼げるよう、執筆の続きを頑張りたいところだが。
だけど今日は眠すぎてもうダメ、一刻も早くベッドに入りたい。
そう思った私は、ケモノ巫女の変身を解く。
姿は家から出る前の、シノムラで買ったパジャマ姿に変わり、烈火狼様も体から離れる。
「わんっ!」
「うん…おやすみ烈火狼様」
おやすみの挨拶をすると、烈火狼様は専用の寝床で丸まって眠る。
それを見届けた後、私もベッドに向かうが、部屋の寒さに体がぶるっと震える。
季節も11月の終わりを迎えた冬で、さらに竜ヶ峰市は東北に位置する地方の街だから、安物のパジャマと築50年のすきま風だらけのアパートでは、布団に入って無いとそうとう寒い。
いや布団に入ってても寒い。
きっと布団も冷たくなっている事だろう。
そう言う場合、私はよく布団の中でドライヤーを使って温めるので、ドライヤーを携え布団にもぐったのだが。
「あれ……何か温かい…はあ」
何故だか分からないが布団の中は温かった。
「なにこれ…メチャクチャ温か…い…ふにゅ」
寒さに耐えきった体に染み込む温さ、そして柔らかさがさらに夢心地へと誘う。
温かい…柔らかい、ん? 柔らかい…。
あ、そっか抱き枕か…この抱き枕温かくて柔らかーい、特にこの両手にフィットする、ふにふにしてほんのり盛り上がってる部分の柔らかい手触りは最高だ。
ああ~…ずっとふにふにしていたい。
「ふにふに~うひゅひゅ」
「ん…」
髪もサラサラで凄い良い匂いがするぅ…最高な抱き心地。
はあ…良いな…この温かさ、何だか子供の頃、御子奈様に抱きついた時のような気持ちいい温かさだ。
そうこれはまるで人間に抱きつているみたいな…心地良い人肌。
え…人肌?
「鬱陶しい…気安く抱きつくな」
「…え? だ、誰!?」
突然耳に入る知らない声にはっとする。
死ぬほど眠くても、流石に幼い頃から戦闘訓練をしているだけあって、異常な自体にすぐに頭を覚醒させると、ばっと肌布団を撥ね除けベッドから飛び退る。
「わんっ! ぐるる」
烈火狼様も異変に気付き、身を起こして唸りつけた。
そして二人は視線を集中させた。
布団の中にいた謎の物体。
肌布団が無くなって、ベッドの上で露になったそれを。
それはしばらくするとモソリと動き、上半身だけを起こす、するとコバルトブルーの柔らかそうな碧髪がサラサラと流れ、それが月明りに反射してキラキラと冷ややかな輝きを見せた。
さらにその髪から覗く白い肌も、闇夜に浮かぶ月のようにほんのりと蒼白く光り、それらが相まって幻想的な光を生み出していた。
一言で例えるなら蒼の幻想。
それは息を飲む美しさで、私はその美しさに目を奪われ、眠かった時よりも我を忘れてしまった。
そしてその蒼の幻想はこちらに目を向けてくる。
ぼーっとした
そんな目でじっと見られると、心の奥まで囚われるような気がして、頬が熱くさせる。
だけど。
だけど着ている服と言うか水着が、何故か旧スクール水着、略して旧スクなのは何故なのだ…。
私は美しい碧髪の少女のそこだけに深い疑問を覚えた。
「わんっ!」
隣で吠える烈火狼様。
その声に、はっとして我に返り、そして思い出す。
上の御方に報告しなければいけなかったもう1つの事。
この謎の半魔の事を。
しまった…あの時ちゃんと報告して他のケモノ巫女に来てもらうべきだった。
あまりに色々な事がありすぎて、この事をすっかり忘れていた事に歯噛みする。
だが今はそんな事は言っていられない、この情況をどうやって切り抜けるか。
私は弱いなりに、精一杯思考を巡らせた。
そしていざとなったら辺りを爆発させる神術、【
「目眩まし……単純な手…おバカ?」
「え!?」
「何を驚いている…私は心が読めると言った」
「あ…」
そう言えばそうだったような気がする。
「それに精一杯考えて、目眩まししか思い付かないなんて、生まれてこの方どれだけ逃げる戦いしかして来なかったのだ。それに肉眼的な視界を奪っただけで、もしも相手がお前の霊力を追ってくる敵だったらどうするのだ? それでTHE・ENDだぞ。お前はもう少し頭を使うべき」
「な…な…」
何かよく分からないけど、半魔に戦い方を物凄い駄目押しをさせれている。
何なのだこの状況は。
「お前は私の物なのだからしっかりしろ」
「はあ…?」
私が半魔の物と言うのはどう言う事なのか。
……そう言えばこの半魔が眠りにつく前に、何かされたような気がする。
もしかして私を自分の物にしたと言うのは、何か半魔の恐ろしい術を体内に仕込まれたのだろうか。
まさかあの巨大ビーム砲みたいな烈火浄炎爆牙を撃てたのも、莫大な霊力を放出出来たのも、そしてその強力な霊力を出しても気づかれなかったのも、全部その術のせいだったのか。
そしてその術を仕込まれた事により、私はそのうち強大な半魔と化してしまい、最後には御子奈様、ケモノ巫女達の最後の敵になる。
そんな最弱ケモノ巫女だった私が、何とラスボスになると言う衝撃な展開に…。
「何か話を壮大に盛り上げているが、全然違うぞ」
「は…!?」
また心を読まれてしまった。
しかも小説の物語を考えている時のような、ちょっと妄想が入った予想だったので、それを読まれるのは少し恥ずかしい。
いや小説って、人に読ませるのって勇気がいるじゃない?
そう言う感じ。
「…自分に降りかかっている事柄なのに、よくそんな客観的に考えられるな。ともあれ今お前が考えている事に符号する部分もある」
符号…合っているって事?
「だがお前は重大な間違いをおかしている」
「間違い…そ、それは何ですか半魔!」
「それだ」
「え?」
「私は半魔などと言う低級な物では無い」
半魔ではない?
目の前の美しき【蒼の幻想】はそう答えた。
「…痛い名前を付けるな」
「む…」
目の前の半魔は、私が付けた名前が気に入らなかったのか、少しジト目気味にこちら見てそう言った。
何故この素晴らしいネーミングセンスが理解できないのかさっぱり分からない。
「それで素晴らしいと思える、お前のセンスの方が分からんが…」
片手で頭を抱え、軽く理解不能なジェスチャーを示す蒼の幻想。
「だから蒼の幻想は止めろ…それに私の持っている情報だと、中学生の時にそんな事を思うのは中二…」
「わー、止めて! 私に向けてそのワードだけをは言わないで」
「モガ…」
何となく痛いそれだと決めつけられたく無かった私は、慌てて【蒼の幻想】の口を塞ぐ。
「ふぁから(だから)…ほぉいうのが(そういうのが)」
「分かってる! 分かってるけど現実で言われるの恥ずかしいの! 本当に恥ずかしいの!」
「ふぁから(だから)…ぶわ! ええい鬱陶しい! はむ!」
「…! か、噛んだー!?」
私は唐突に半魔の攻撃を受けた、噛まれたのだ。
雪を思わせるその白い指から、ぷつりと言う感じに珠のような血の雫が滲み出る。
そして恐らくは毒だろう、噛まれた箇所か青紫色に…!
「いやそんな血が出るほど強く噛んでないし、毒なんて注入して無いし、さらに白雪の指とか、こいつ脳内妄想まで美化してきたぞ大丈夫か?」
「う…も、もう心を読むな! ひ、卑怯だぞ!」
また恥ずかしい妄想を読まれてしまった事に、顔が熱くなるのを感じる。
「も、もうそんな事はどうでも良いです! えーと私を強くしたのは貴女ですか!?」
私は恥ずかしさを誤魔化す為にか、気になっている事を適当に聞いてみた。
すると───。
「そうお前を強くしたのは私」
意外にあっさりと答える半魔。
「え? ど、どうやって…」
「単純だよトレニーング、和風なお前の言い方だと修行か、それをやった」
「は?………う、嘘いつの間にそんな…」
「さっきお前に手を翳しただろう?」
そう言えばそんな事をやっていたような…。
た、確かにあの時変な違和感を感じたけど…でも千年修行しても強くならないと言われた私が、あの一瞬で何が出きると…。
「一瞬では無い、通常空間および地球標準の体感時間的に、お前は1万年の時間を経験している」
「……………は?」
「だから1万年修行させた」
「……………は?」
「だから1万年修行させた」
「……1万年も?」
「そう」
「……………は?」
「会話を戻すな」
1万年修行させたから強くなった。
と言われてもにわかには信じがたい話だ。
しかしそれなら千年修行しても強くならないと断言された私でも、強くなれたと言う話も少し納得できる。
流石に1万年と修行すれば、いくら才能無くてもね…。
だが───。
「い、1万年って、そんな時間を過ごしてる割には、時間とか流れて無いし、だいたい私お婆ちゃんとかになって無いけど!?」
「普通のホモ・サピエンスがそんな時間を普通に体験したら、お婆さんどころか化石になってるだろ…お前は老化と言う概念が無い、1万年がこちらの世界では1秒に感じる私が作った擬似世界に飛ばして、そこで修行させたのだ」
ホモ・サピエンス…?
何で人間の事を、そんな生物学的名称で呼ぶのだろう。
「…? よく要領は得ないけど、つまり年を取らない、精神と時的な空間に行ってたって事?」
「そう」
「それはまた随分…」
…ご都合主義的な空間だ。
「で、でも私に修行してた記憶が無いけど」
「消した」
「はあ?」
せっかく1万年も修行したのに、記憶を消したら意味が無いのではないか。
何故そんな事をしたのだろうか?
「純粋な戦闘的技術面だけは消していない、1万年過ごした記憶や思いでだけを選んで消した」
「な、何で記憶を消したの?」
「お前の私生活に支障が出るからだ」
「私の生活に?」
1万年修行した記憶がある事で、何故私生活に支障が出るのか?
どうしても意味が分からず首を捻らす。
「…考えてみろ、1万年分も時間体験をし成長したお前だぞ? 別人になるに決まってだろ。そんなのがいつも通り14才の生活を送れると思っているのか?」
それは確かに…1万年も年取ったら、私がこのままお婆ちゃんになるよりも、別人に変わっていてもおかしくない。
そんなのが普通に中学生活を送れる訳が無い。
それを考えれば記憶を消されてて良かったかも知れない。
だけど───。
それよりも気になるのは。
「い、一体何の目的があって私を強くしたの? あ、貴女一体誰なの?」
「何かと問われれば私は人間だ」
「に、人間…?」
異能力者の私でもびっくりするような力を使えて、ただの人間とはどう言う事なのか。
「ふ、ぶさけないで! あんな力を使えるのにただの人間な訳無いでしょ!」
「いや人間だよ」
「だ、だから人間は私で…あなたはその…半魔か、よく分からない人間じゃない何かでしょ!」
「いやいや…お前はホモ・サピエンスで私が人間」
「はあ…?」
「だからだな……じゃあお前は、例えば北京原人の事を人間と呼ぶか?」
「? 北京原人は北京原人でしょ」
「それと同じ感覚だよ、私が人間でお前はホモ・サピエンスと言うのは」
「…益々意味が分からないですけど」
「…これで分からないとは、お前は本当に下等サピエンスなのだな」
そう碧髪の少女は言うと、露骨に嫌な顔をする。
下等サピエンスと言う言葉の意味はよく分からないけど、とにかく馬鹿にしてる風に感じがしてむっ、とする。
しかしそんな私の態度など気にも止めず、碧髪の少女は「これで分からなければ何と言えば分かるのか」と顎を擦りながら唸っていたが、しばらくして何か思い付いたのか、何かを閃いた風にポンと手を鳴らすと、私に向かいこう言ってきたのだった。
「私は未来人だ」
「………………未来…人?」
未来の人と書いて未来人。
主に私が住む現在では無く、未来の時間を生きる人をそう呼ぶ。
碧髪の少女は、私たちケモノ巫女が戦う半魔では無く、自分は未来人だとそう言うのだ。
「え? 未来人…? いやいや…これは退魔巫女の話であってそもそもジャンルが違うし…」
衝撃的な事実に錯乱して、何かメタい発言をしてしまう。
「とは言え私は未来人なのだ、飲み込め、話が進まん。あ…未来人と言っても、ホモ・サピエンスではない、まあその派生から生れた新人類と言う感じ」
「未来人で新人類?」
「そう…だから私から見たらお前は原始人になるのだ」
「なるほど…ってだからって原始人は酷いよ!」
「いや…だってホモ・サピエンスって死骸を貪ってるし、何か匂うし…充分原始人だと思うけど」
「し、死骸なんかたたた食べないし! なな何か匂うって酷いよ! び、貧乏だけどお風呂は毎日ちゃんと入ってるもん!」
「そうか? 抱きつかれた時正直臭くて死ぬかと思った」
「なっ!」
よく漫画などで、加齢臭が臭いって言われて落ち込むオジサンの表現など見た事はあったが、今そのオジサンの気持ちがよく分かる気がした。
人から臭いって言われると、こんなに心がヘコむのか。
「臭いから、思考性電子情報物理実現化能力、通称イマフィリティ能力で、未来の空気しか通さないハイテク鼻栓を生成して鼻に詰めておきましょう」
「もの凄い未来ぽい技術を使って煽られてる!? と言うか臭く無いから!」
「煽ってはいない、私は現実的な危機から身を守っただけ」
「危機的臭さなの!?」
私はその言葉に反応して、つい自分の体の匂いを嗅いでしまう。
うん臭くは無い。
でも自分の体臭って自分じゃ分からないって言うし。
でも回りのみんなに疎まれてても、流石に臭いまで言われた事無いし。
でもでももしかしたら、気を使われて言われて無かっただけかも…いや、だったら天狐ちゃんが真っ先にからかってくる筈、それから結論するに………うん私は臭くない…!
「大丈夫未来の空気以外100%カット&鼻に詰めても目立たず、そして外れにくい万能鼻栓を詰めてるから…もう匂わない」
「臭い事をまず否定して! と言うか何なのその死角無しの高性能鼻栓は!」
「後おまけ機能で、水の中でも呼吸可能になる」
「全然オマケになって無いよその機能…と言うかもう鼻栓はいいから!」
「実はこの鼻栓には…」
「だから良いって!」
「………」
少し声を大きな声で止めるように言うと、碧髪の少女は無表情のまま、深夜の通販番組よろしくな解説をピタリと止める。
ようやく気分の悪い、検討違いな事を言う少女を黙らせた事にほっ、と安堵の溜息を漏らすと、私は質問を再開させた。
「分かったわ…貴女は半魔じゃなくて凄いテクノロジーを持った未来人で新人類で、その技術を使って私をあり得ないくらい強くした…そう言う事ね?」
「あり得ないほどでは無い、正直あれだけポイントを使ってあれしか強くならないとは想定外だった…」
「ポイント…? …ってあんなビーム砲みたいな攻撃が出来て、あれしかってレベルなの?」
エ⚪ァのヤ⚪マ作戦時に出た、でっかい荷電粒子砲レベルの破壊力に見えたけど、それでレベルが低いとは、どれだけレベルの戦闘をご所望なのか。
「うん? 地球が簡単に破壊出来るくらい?」
また心を読まれた! では無くド⚪ゴンボールクラスの戦闘レベルをお求めですか!?
うん確かにそれと比べると、ちょっと地表を削れる程度じゃ全然レベルが低いよね。
「後、それは最低でも欲しいレベル、本当は360秒で太陽系を全破壊出来るくらいの戦闘力は欲しい」
戦闘力って言っちゃったよ! と言うかハードル高過ぎ! 言ってる次元が違いすぎ!
にわかには信じられない話だ。
しかし私を簡単に強く出来た事を考えると、あり得ない話じゃ無いかも知れない。
未来人だし、髪の毛も蒼いからドラ⚪もんぽいし、何か便利道具的なあれで何でも出来そうなイメージがある。
しかしそんな容易にインフレが起きそうな絶大な力を手に入れて、この子は一体何を目指しているのか…。
「ゲームに勝つためよ。それぐらい強ければ流石に勝てるからね」
「ゲーム?」
「そ、ゲーム、実は私たち未来人は、この竜ヶ峰市であるゲームを始めてね。それはこの街の中から抽選でホモ・サピエンスやその他種族を引いて、その引いた者を強くして戦わせるゲームをやってるのよ」
「え?」
引いたホモ・サピエンス同士を戦わせるって…ホモ・サピエンスって人間だよね…?
それってつまり…。
「に、人間同士で戦うって事…?」
「そう」
「こ、殺すの?」
「嫌?」
「あ、当たり前でしょ! そんな…」
「ふーん、平和ボケしてるホモ・サピエンスと違って、お前は少しは戦いの場にいるから、他者と戦う覚悟くらいあったかと思ったけど」
「そ、そりゃ弱くても覚悟くらいはあったけど、こ、こんないきなりゲームだ殺しあえって言われても納得いかないわよ!」
私はその許容できない話に、当然の如く抗議の声をあげた。
ゲームで殺し合うなんて、そんな事はあってはいけない。
碧髪の少女はそんな私の態度を見ると、伏せ目がちに見つめてくる。
その目には何とも言えない感情のような物が伝わってきて、私はその目に気圧されて、つい息を飲み言葉を失う。
そしてそんな私を見る碧髪の少女は一つ嘆息すると、言葉を続けた。
「…安心して、死ぬほどのダメージを受けても戦いが終われば再生出来るし、戦闘中の痛みも消す事が出来る…現実で戦うけど完全なゲーム」
と碧髪の少女は言った。
ダメージを受けても回復出来る、痛みも消せる、それは確かにゲームをやっているのと違わない。
しかし───。
「で、でも…そ、それが本当と…言う証拠は無いです…」
さっき気圧された事で言葉に力無いが、何とかまだ納得のいかない疑問をぶつけた。
「………」
「あ、あの…?」
疑問をぶつけたが、碧髪の少女は無言のままこちらを見つめるだけ。
碧髪の少女が問いかけに、全くモーションを起こさない事に一瞬の戸惑いを覚えた。
しかし次の瞬間、碧髪の少女は突然ひとさし指で横一線に空を切った。
すると何かキラリとした物が光ったように見えると、自身の額に熱い物を感じる。
「いた…!」
額に走る激痛、咄嗟にその痛みの場所を触るとヌルっとした感触が返る。
そしてぽたぽたと赤い滴が落ちるの見えた。
切られたのだ碧髪の少女に。
「がうっ!」
私が攻撃された事を理解して、怒った烈火狼様は身を乗り出して、碧髪の少女に飛びかかろうとする。
だが───。
「静かに…」
「…!」
そう碧髪の少女が言うと、今にも飛びかかろうとしていた烈火狼様は、不思議な事に急に大人しくなり、お座りのポーズで碧髪の少女を静観する。
「いい子」
「きゅーん…」
烈火狼様は主人を忘れてしまったかのように、碧髪の少女に従う。
そしてそれを見届けると碧髪の少女は、今度はこちらに向き直り、ベッドの上からふわりと飛ぶと、私の目の前に立った。
「ひ…! こ、来ないで」
「じっとして…」
「あ…!」
碧髪の少女がそう言うと、今度は私が身動きが取れなくなった。
これで烈火狼様の動きを封じたのか。
私は動けない事で酷い焦燥感を感じていた。
しかし碧髪の少女は、そんな私にも容赦なく手を伸ばしてきた。
殺される…!
そう思い目をぎゅっとつぶり、その時を待った。
しかし次に私が感じたのは、ふわりとした心地良い肌触りが頬を包み、そして額にはほんのりと熱い感触がした。
私は何事かと恐る恐る目を開けると、目の前には恐らくは碧髪の少女の首と胸が見えた。
そしておでこに感じる熱い感触、ほんのりと熱い息遣いを感じるこの感触は。
つまりこれは───。
碧髪の少女は、今私の額におでこにキスをしていたのだった───。
「な、な、な」
キス…された? 女の子が女の子に…え? 何、何をしてるのこの子は?
現状を把握すると、私の頬がカーッと熱くなるのを感じる。
私は突然の事に頭が真っ白になった。
そんな感じに戸惑っていると───。
「治った…」
「へっ?」
と碧髪の少女は不意に言ってくる。
「な、何が…」
「傷…治ったでしょ?」
「え? あ、ほ、本当…痛くない…な
治ってる!?」
「ね? 怪我をしても直ぐ治るから大丈夫でしょ」
なるほど私に怪我をさせたのは、直ぐに治せると言う事を教える為にやったのか。
だがそれにしても、いきなりそんな事をしなくてもと、ちょっとむっとした物を感じ、頬膨らませる。
すると───。
「ゲームで死んでも大丈夫な事を信じさせるために、実際にお前に怪我を負わせて治します。って言っても簡単に了承してくれないでしょう?」
「当たり前でしょ! ってだから心を読まないでよ」
「でも分かったでしょ? これで死んでも大丈夫だって」
「それはそうだけど…でもあんな小さな傷を治しただけで…死ぬほどの傷が治る証明にはならないし…それに痛かったし」
「…痛みを消すには」
「え?」
痛みが消えてなかった事に不満げな声をあげると、碧髪の少女は少し困った顔をしているように見えた。
自分で戦いの痛みは消せると言ってたのに、何故困るのか?
それに傷は治したのに、何故痛みを消す事はやってくれなかったのか?
もう傷の痛みも引いているので、そこまでは気にしなかったが、私はそれに少しの疑問を覚えた。
「…いえ何でも無いわ、まあでもあれで信じてくれないなら、首から下を破壊して再生でもすればいいの?」
「く、首から下!? い、いえもう分かりました」
「遠慮しなくても良い、それに断頭されて首だけになっても、直ぐには死なないから安全よ?」
「だ、断頭されてる時点で安全じゃ無いですよ! 分かった信じますからもう良いですよ」
「じゃあゲームで私の為に戦ってくれるのね?」
「それは…」
私は言葉を詰まった。
大怪我してもゲームが終れば治してもらえる、痛みも感じない、そんな安全なゲームならまあやってあげても良いって思うけど、でも───。
「話は分かったけど…でもやっぱり私は付き合えないわ」
「ん? 何故?」
「いや…心読めるんなら、変なところで誤魔化さないでくださいませんか? 私は小説書くのと、ケモノ巫女のお仕事で忙しくて、そんなゲームに付き合ってる時間なんて取れませんよ…」
「何だそんな事か」
「そ、そんな事って…」
碧髪の少女の素っ気ない言葉に、自分の頑張っている事を馬鹿にされてるような気がして、少し憤りを覚える。
「そんなに怒るな…別にお前の夢を馬鹿にした訳じゃない」
「じゃあどう言う意味ですか! どうせ私の小説なんか売れっこ無いから無理だってそう言いたいんですね!? えー分かってますよそんな事…」
「だから怒るな…私が言いたいのはそこではなく、もしもゲームに勝てたら………何でも望みを叶えてやる」
「どうせ才能なんか無いですよ………え?」
「願いを何でも叶えてやると言ったんだ」
「願いを何でもって…ほ、本当にですか!?」
願えば何でも叶う、そんな7つのボールを集める的な話に、私は強い興味を引かれた。
「未来の技術で大抵の事は…まあ私にお前の子供を生めと言われると困るが…」
「え…い、いや何で私の願いが、貴女に自分の子供を生ませるってなるんですか!」
「さっきベッドに入ってきた時、私の体をベタベタ触ってきただろ? ホモ・サピエンスは生殖行為をする時そう言う事をすると、私のデータベースに記憶してあるのだが…」
「あ、あれは…貴女がベッドで寝てたのを忘れてただけであって…それに女同士で子供は出来ません!」
「出来なくは無い」
「え? そうなの?」
「お前の遺伝子と私の遺伝子を組み合わせた細胞を、私のお腹で育てれば良いだけの話だろ? それくらいの遺伝子工学など簡単だ」
「へ、へー…未来だと女の子同士でも子供を作れるんだ…凄いですね」
「で、でもそれを願われるのは流石に困るんだが…」
と碧髪の少女は頬を染め、視線を外しながらそう言う。
さながら満更では無いと言う感じに。
「いや願わないから! と言うか本当に嫌なの!?」
「嫌だけど、何でも願いを叶えると言った手前、お前がそれを望むなら私も応えるしかあるまい」
「いや望みませんから…」
私の望まないと言う言葉を言うと、今まで花も恥じらう乙女よろしくな態度を取っていた碧髪の少女は、急に真顔に戻り「そうか」と言ってこちらに向き直りそして「では他に何か願いはあるのか?」と聞いてきた。
何か願いがあるかと聞かれれば、私の中ではあれしかない。
ケモノ巫女を、異能力者の生活を辞めても普通の一般家庭並みに生活出来る環境が欲しい───だけど。
「別にいちいち聞かなくても、心を読めるなら貴女なら分かるんじゃないの?」
「それは違う」
「え?」
心を読めるなら、言わずとも私の望みは分かるのでは無いかと思ったが、碧髪の少女は違うと言った。
「今はそう思ってても、後から違って来るって事もあるでしょう? 口に出して初めて本当になる事もある、だから言ってみてお前の願いを」
「私の…願い」
「そう願い」
「本当の…」
「本当の」
碧髪の少女はおうむ返しに応える。
その言葉の流れが、私が願いを口にする事を自然と導いた。
「私は…ケモノ巫女を、異能力者を辞めて普通に暮らしていける環境が欲しい…」
「それがお前の望みで良いのね」
「出来るの…?」
「お前がその世界を望むなら」
「う、嘘じゃ無いですよね? 本当ですよね…?」
「私たちの技術は、お前を1万年修行させた疑似空間、つまり人工的な世界を作れるまでに達している、お前が望む世界を作る事くらい造作も無い」
そう言われれば確かに…他の世界を作れるなら、私の望む世界も作れるかも知れない。
つまり私が異能力者を辞める事が出来る世界も作れると言う事になる。
「わ、私やります…! 是非やらせてください」
「…そうか、まあお前は下等サピエンスだが感謝はしてやろう」
「う…その下等サピエンスって言うのは止めてください、私の名前は知子ですよ
「スズナリ…チコ?」
「はい! 気軽に知子って読んでくださいね…えーと蒼の幻想さん」
「お前も変な名前を付けるな…」
「だって私貴方の名前知らないし…」
「私の事はアエルスと呼べ」
碧髪の少女がそう言うと、旧スクの胸白地の名前入れのところに【あえるす】とひらがなで浮かんできた。
ただの旧スクかと思ったら、あれも細かいところで未来の進んだ技術が組み込まれてるらしい。
ともあれ───
「あえるす───アエルス?」
「そうアエルス」
「そっかアエルスか…じゃあ今後ともよろしくね!」
「ああ」
私はその
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