第5話 1章「気付かれない最強」
「それで…
蝋燭の火がちろちろ揺らぐ、
「は、はい、ふ、二人は襲ってきた半魔に倒されました…」
私はあの半魔が、謎の現象で吹き飛ばされた後、九龍院家に戻りその報告をしていた。
「………そうか、してその半魔は、二人より強い妖力を持っていたと言うのだな」
「えーと…たぶん強かったと思います…」
「なんじゃ歯切れの悪い、単純に半魔の妖力が二人の霊力を超えていたかどうかだけの話じゃろ、…どうじゃったんじゃ?」
それだけの力の見極めなら、弱い私でも出来るだろう、とそんな感じに聞いてくる長巫女様だったが。
と言っても私が感じた半魔の妖力は、とても弱く小さい物で、そして何があったのか分からないが、いつもの天狐たちの霊力と比べたら、その半魔の妖力は確実に下だった筈なのに、何故か天狐たちは、霊力を小さくしたまま…やられた。
それから考えると、天狐たちは実力を出して無かった訳だから、それと比べて半魔の方が妖力が強かったと断定して良い物なのだろうか? これはそんな単純な話では無いような気がする。
しかし何と報告すれば良いのか───。
「これ! 何をトロトロしている、お前は深く考えず、見た事だけを報告すれば良いのじゃ!」
長巫女様は私が黙考してる様を見て、痺れを切らしたのか、急かすように言う。
それに驚いた私は焦り、とりあえず長巫女様に言われた通り、見たままの事を報告する。
「は、はい! えっと半魔の妖力は凄い弱かったです! でも何故だか天狐ちゃんたちの霊力はそれより小さくなってました」
「何! ふーむ…その半魔の妖力は、天狐たちより弱かった筈なのに、天狐たちの霊力はそれより弱くなってた、お前はそう言うのじゃな?」
「は、はい! そ、そんな感じです!」
「…霊力を封印する半魔と言う事か…厄介な」
長巫女様は困ったように唸りながら顎をさする。
そのまま何やら黙考する。
「あ、あの…」
「……まあお前の話は分かった、じゃがそれよりも一番分からん事があるのじゃが」
「へっ?」
「お前はその半魔から、どうやって二人を助け、逃げ延びる事が出来たのじゃ?」
「あ…えっと」
これは本当にどう報告すればいいのか。
見たままと言うなら、私が出した、いつもは半径数メートル位しか吹き飛ばさない霊術【
…そんな話は絶対信用して貰えないよね。
と言うか消去法で、あれをやったのは自分って結論付けたけど、それでもいまだに半信半疑だ。
と言うかそんな事を報告したら、ふざけてるのかと怒られそうだ。
それも当然だろう、私自身何で出来たのか分からないのだから。
しかしあの現象を起こせた事に、ただ一つだけ思い当たる事がある。
それが正しければ、私が半魔の妖力や天狐の霊力を、小さく感じた事にも理由がつく。
そう思った私は、ある期待を込めて、長巫女に尋ねてみた。
「あ、あの…長巫女様、その前にちょっとお聞きしたい事があるのですが…」
「? なんじゃ」
「えっとですね…」
「じゃからなんじゃ」
「その…あの」
「…ええいもどかしい! 何かあるなら早く言わんかっ!」
「ひ、す、すみませんっ!」
それを聞く事は、長年弱いままのケモノ巫女だった私には、深い躊躇いを覚える事だったので、つい言い淀んでしまった。
しかしまた会話を伸ばす真似をしたら、次は叱咤では済まないだろう。
そう思った私は意を決して言う。
もしかして。
もしかして自分が強くなっているかも知れない。
その可能性を───。
「あの…今の私って、もしかして強くなってたりしてます?」
「はあ?」
長巫女様から出る間の抜けた声。
回りの他のケモノ巫女からも、口にこそ出さないが、チラチラと見ているような、そんな奇異の視線を感じる。
万年序列最下位のケモノ巫女が、何を言ってるのだろうと言うところだろうか。
そう思うと、後からジワジワと恥ずかしくなって来た。
可能性があるとは言え、何て事を言ってしまったのだろう。
いつもこういう場では、上位の序列のケモノ巫女と長巫女様、そして御子奈様たちが話し合い、物事は決めていた。
同じケモノ巫女でも、弱い私はその決まった物事を、ただ言われた通りやるだけの、何か進言するなんて恐れ多いただの影の存在。
生まれてこの方、何かを率先して発言する事などやった事も無いし、そんな度胸もないのだ。
そう基本的に私は、引込み思案で気弱な性格。
しかしそれも仕方が無いと言うところだろう、何故なら小さい頃から、ケモノ巫女や九龍院家からは疎まれ、何も発言させて貰えない環境で育ったのだから。
そんな私が、自分が強くなったから半魔を撃退出来かもと、よくよく考えたら大胆な発言をしてしまった。
普通に考えたら、千年修行しても強くならないと断言された私が、何もしてないのにあんな次元を超えた強さになってるなんてあり得ない。
そんな夢みたいな事を、こんな真面目な場で言うべき事では無かった。
回りの視線も、どんどん痛くなってくるのを感じる。
そしてその視線を感じるたびに、顔は熱いくらい熱を帯び、体もどんどん固くなっていく。
もうこの場から消えたいと思うくらいに、カチコチに固くなる。
しかしそんな時、その空気を壊すかのように、不意に声が響く。
「強くなったって…僕よりもかい? 知子ちゃん」
私はその声に、はっとして顔をあげた。
視線の先に移る、その声の主は
「ま、まさか!
私は手をバタバタと降り、日酉の言葉を否定する。
「…クス、そんなに謙遜する事無いんだよ?」
「い、いえ謙遜なんてそんな…」
「いや謙遜だよ、僕はね? 知子ちゃんなら、いつか僕より強くなるって思っていたからね」
「そ、そんな日酉様…か、かいかぶりです…」
日酉様の褒める言葉に、頬が熱くなるのを感じる。
日酉様は中学生の私と違って、社会人の大人のケモノ巫女で、いつも何か分かっているような飄々とした態度を取る、どこか憧れを感じさせる女性だった。
「日酉まで何を言い出すのじゃ…知子がそんな事があるわけ無いじゃろう」
「かも知れません、ですが長巫女様、可能性が全く無いと言う訳ではありません、仮にも過去常に序列1位だった
「しかし今は、知子の強さより、天狐たちを倒した半魔の行方、その話じゃ」
「まあそれもそうですが、でもそれで知子ちゃんも話やすくなるみたいだし、良いじゃないですか、そうでしょ知子ちゃん?」
「は、はい!」
突然会話を振られてびっくりし、つい上ずった声が出てしまう。
しかしそれにしても、何で日酉様には自分の考えてる事こうまで分かるのか。
その自分を分かってくれる事が、何か自分の胸を、ほんのりと温かくしてくれる物を感じさせた。
その気持ちは上手く形容できないけど、胸の中に嬉しいが詰まった感じだった。
「むう…まあ序列1位のお前の言う事を無下にも出来んし…、仕方無い知子!」
「は、はい!?」
「お前の力量、この婆が今一度見てやろう!」
「ほ、本当ですか!?」
「良かったね知子ちゃん」
「あ、はい! 日酉様ありがとうございます!」
「礼なんて良いよ、僕はいつでも知子ちゃんの味方だからね」
「あ…」
ニコリ、と私に向けられた日酉様の微笑は本当に綺麗で、それが私に向けられた物だと思うと、トクンと胸を高鳴らさせ、頬熱くさせるのを感じさせた。
そして日酉様は、そんな私の心境も読み取ったのか、何か気付いた感じにこちらを見ると、こちらに艶っぽい視線を送ると、そのまま口漏らすように言った。
「ふ…可愛いね♪」
「…!」
その言葉に、さらに頬が熱くなるのを感じた。
「そ、そんな…わ、私が可愛いだなんて…」
「ふふ」
ケモノ巫女序列1位で憧れだった人に、そんな事を突然言われるとは思って無かったので、つい焦ってしまった私を、日酉様はさらに意地悪っぽく笑う。
その笑みに私は、わあ…とただただ感嘆の溜息を漏らすしか無かった。
しかしそんな感じのやり取りを、やっていると。
「ひ、日酉さん! これ以上の無駄話は止めてください!」
と、
「おっと失礼」
「むうぅ…」
何だかよく分からないが、御子奈様は日酉様に対しむうう、と唸るくらい物凄い不機嫌になっていた。
あそこまで怒るとは。
普段温厚な御子奈から考えると、考えられない光景だ。
と言うか、私も無駄話をしていたから、そんな他人事では無く、自分も御子奈様の怒りを買ってしまったのでは? と、そこに気付いた私は、御子奈の今の心境を推し量るべく、恐る恐ると言った感じに御子奈を見た。
そんな私の視線に気付いたのか、御子奈様はすぐにこちらに顔を向けてくる。
きっと日酉様のように、怒った顔を向けてくるに違いない。
普段御子奈様に怒られた事が無いだけあって、いざ怒られる事を想像すると体を震える。
しかしケモノ巫女の総大将にして、
そしてついに御子奈と目が合う。
その御子奈の顔はやはり怒って…はなく笑顔だった。
いつもの優しい笑顔を向けてくる。
あれ怒ってたのでは無いのか? 何かよく分からないが御子奈は怒るどころか、嬉しそうな笑顔をこちらに向けてきた。
何か小さく手も振っている…よく分からない。
「やれやれ…ズルいなぁ…まあ、知子ちゃんは
「へっ…特別?」
「わ、わわわ! 何を言うんですか日酉さん!」
御子奈様にとって私は特別、それは一体どう言う事なのだろうか。
身分は違えど、友達に思ってくれると言う事なのだろうか? でもそう言われた直後の御子奈様は、お顔を真っ赤にして怒ってるので、それはきっと違うだろう。
「あ、あのね? ち、知子ちゃ……知子、それは違くてね? そのね」
「こりゃ、いい加減にせんかおまえら! 知子の力量を測るのじゃろう!! 知子さっさと準備せんか!」
「は、はい!」
最後に私に向かって、御子奈様が何か言っていたが、その言葉は長巫女様の怒号でかき消され、よく聞こえなかった。
「では知子、おのれの力量を測ってやる、心を集中し霊力を高めるのじゃ」
「は、はいお願いします!」
御子奈様が何を言ったのか気になるが、今は目の前の事に集中しなくてはいけない。
そう思った私は、長巫女様に言われた通り精神を集中し気を高める。
「すぅ………はああああっ!!」
いつものように、霊力が内側で高まっていくのが感じられる。
その最中、私はある事を考えていた。
もしも私が本当に強くなっているならば、霊力の弱さを理由に、ケモノ巫女を引退しなくても良くなるのではないか。
子供を生まなくても良くなるのでは無いか。
その事を少し期待していた。
その期待を込めて、私は高まった霊力を気合いの声と共に解放した。
すると期待は確信へと変わった───。
ごう、と部屋に風が吹く。
私の体外から出ている霊力が、凄まじい勢いで放出されたのだ。
それはまるで、乱気流とハリケーンが、荒々しいワルツを踊っているかのように吹き荒れた。
普段どんなに霊力を高めても、ほんのり光る程度の、そんな蛍みたいな輝きしか無かった事から考えれば、、その放出された霊力の量は、見た目からして明らかに尋常ではなかった。
座っているケモノ巫女や長巫女様、そして御子奈様の髪は激しく揺れ動き、皆その力に飛ばされないように、座したまま何とか堪えているように見えた。
自分ではこの霊力量が普通なので、前と比べて、どれほど強くなったか分からなかったけど、この見た目なら、絶対に前より強くなっている。
そう私は強くなっていたのだ。
この見た目の霊力量なら、もしかしたら日酉様が言うように、序列1位を超えているかも知れない。
そしてこれだけの強さがあるなら、ケモノ巫女も引退せずに済む。
そう確信した私は、嬉々として長巫女様に結果を尋ねた。
「ど、どうですか長巫女様、私の霊力は!?」
「知子お前…!?」
「は、はい」
「いつもと変わらんな」
「え?」
「じゃからいつもと変わらん弱い霊力じゃなと言っている。それなのに何をそんな嬉しそうな顔をしている」
「な、何を言って………!」
この霊力が見えないのか、そう思ったのだが、凄まじい霊力の波動が吹き荒れているのに、奇妙な事に長巫女様の顔は、驚きを一切滲ませていないそれだった。
よくよく見ればまわりのケモノ巫女も、そして御子奈様も、今にも私の霊力で吹き飛ばされそうになりつつも堪えていたが、依然座したままで姿勢を変えず、さらに顔は平然としていたのだ。
吹き飛ばされそうになっているのに、正座したまま表情も変えないで、堪えるなんてあるのだろうか?
その光景は、今目の前で起きている事が見えない、もしくは本当に気付けない感じになっているような、そんな奇妙な光景に見えた。
何故こんな事が起きているのだろうか?
今私が出している、この霊力は幻なのだろうか? それともここにいる全員が私を担いでいるのだろうか。
「知子、もう気が済んだか?」
「あ…」
現状に呆けていたら、不意に長巫女様に声をかけられ我に返る。
「………残念じゃが、お前はやはり千年修業しても強くはならん、諦めるのじゃ」
「……本当に」
「? なんじゃ」
「いえ…何でもありません」
いくら霊力を高めても、誰も分かってくれない現状に、何故そんな事が起きてるのか、よくは分からなかったが、とりあえずこれ以上やっても理解はしてくれなそうなので諦めた。
放出してた霊力も、沈んだ気持ちを表すかのように、しゅんと消し、力無く、項垂れるようにその場に座る。
そんな気落ちしている私に、御子奈様は心配するように「知子ちゃん…」と言っていたような気がしたが、応える気力も無くなっていた。
得も言えぬ気怠さが体を支配する。
もしかしたら自分が強くなっていてケモノ巫女を辞めなくても良いかも知れない、その希望が大きかった分、失望も大きかったみたいだ。
そしてその後は、長巫女様が気にしていた天狐たちを倒した半魔の事は、自分の力を確証出来なかったので、一応巨大な炎の狼が現れて、それが半魔を消し去ったかも知れない、とありのままを報告した。
勿論その話は、長巫女様に追及を受けたが、それ以上はよく分からないと言うと、長巫女様は残された謎に頭を捻らせていたが、とりあえず一応全ての事柄は報告したと言う事で、その日の集まりは解散となった。
今日は本当に色々な事があった。
強い半魔が現れたり、自身の霊力がとてつもなく強くなってたり、またその霊力を誰も気付けなかったりと、とにかく不可解な事が多かった。
これは一体何なのだろうか、しかし半魔退治と上の御方の報告で、深夜の中頃まで時間がかかってしまったせいで非常に眠い。
こんな眠い中では考えも上手くまとまらない。
それによく寝て育たないといけない、成長期の中学生には、この夜更かしは非常に辛い。
何か考えるにしても明日にしよう。
今は早く帰って寝なければ………。
しかしその時私はある事を思い出した。
あれ…そう言えば、何かもう1つ報告しなければいけない事があったような……。
と、何か報告し忘れていたような気がした。
そんな事がふっと脳裏に浮かんだが、しかしすぐに眠気によってでかき消されてしまった。
うん明日頑張ろう。
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