第4話 序章「ありえない力」
公園に着いたのは、深夜1時過ぎ。
この時間帯だからか人通りは少なく、静けさが辺りを包んでいた。
本当にこんなところで、ケモノ巫女と半魔が戦っているのかと言う感じだが、ケモノ巫女たる私には分かるのだ。
それは辺りから、ケモノ巫女の霊力と半魔の妖気が、ぶつかり合っているのを感じるからだ。
確実にここで半魔たちと戦っている。
そう確信した私は、いつものように【
一瞬で世界は灰色の世界に変わる。
この世界は光の世界、つまり私たちの世界を、光に照らされた影の様に真似て形作る、現実とは違う空間の世界で、植物以外の生命は一切存在せず、さらにどんなに壊しても、一定の時間が経つと元に戻ると言う特徴を持つ。
私たちケモノ巫女は、現実世界が半魔との戦いで被害でないようここで戦うのだ。
と言う訳でこの世界に来た訳だが。
入った瞬間、違和感を覚える。
「…? そんなに妖気は感じない?」
半魔がいる事は感じるが、その数も一匹だし、その一匹も強い妖気は感じられなかった。
「これってやっぱり私…来る意味あったのかな?」
改めて
この程度なら、この場にいる茶乃だけで充分だし、何より最近老巫女様が言っているのだが、少し昔の代くらいから、人間界に攻めてくる半魔の力が衰えつつあると聞いていたが。
確かに、この程度の力の半魔なら私でも簡単に倒せそうな感じがする。
そう言えば家に現れた半魔も、全然妖力を感じなかったし、確かに半魔は力を失いつつあるのかも知れない。
となればもしかしたら半魔とケモノ巫女の戦いも、もうすぐ終わるのかも知れないし、そうなれば子作りしなくて済みそうだから、願わくばそうなって欲しいところだが…。
「
思いに耽っていると、後ろから唐突に声をかけられる。
振り向くと、電話で呼び出してきた本人がいた。
「茶乃ちゃん!」
親友の
ボブヘアーが愛らしい女の子、私と同じく中学二年生だ。
そして彼女もケモノ巫女で、序列は8位、
またケモノ巫女以外の付き合いでも、同じ中学校に通う友達で、文芸部で一緒に小説を書く仲でもあり、よく小説を書くアドバイスも貰っている。
「来てくれてありがとう!」
茶乃は相変わらずの人懐っこい笑顔で近づくとぎゅ、と遠慮なしに手を握ってくる。
握られた茶乃の手はとても暖かく、その心地よい温かみが、自分の頬が熱くしてしまうのを感じる。
「ちょ、ちょっと大袈裟だよ茶乃ちゃん!」
「そうかな?」
「そうよ、そ、それに私が来る意味ってあったの?」
「うんそれは勿論! だって私だけじゃ心細くて…やっぱり知子ちゃんがいないと、だから来てくれて良かったああああ……」
「やっぱり…それが目的なんだね…私より強いのに」
茶乃は自分より序列は一つ上のケモノ巫女だが、元々霊力が弱い私と比べて、その実力は遥かに上だ。
しかし彼女は生来気の弱い性格のため、私がいないとこんな感じになって、まともに戦えないのだ。
私など、よく四天王などのお決まりの台詞である、奴は四天王でも最弱、って言われる一番下の四天王みたいな物なのだから、そんな私に戦いで頼らないで欲しいと思うところはある。
それに私は、ケモノ巫女を辞めたいと思っているのだから。
「………」
「…? 知子ちゃんどうしたの?」
「え…? あ、いや何でも無いよ、ほら半魔を倒しに行こう!」
「あ、う、うん!」
茶乃とはいつも、そんなやり取りをしていた事を思い返すと、何かしんみりとした気分になる。
そして心配になる。
自分がケモノ巫女を辞めて、この街から出て行っても、茶乃は一人で半魔と戦って行けるのだろうかと言う、その心配を。
しかしそれでも私はケモノ巫女、異能力者を辞めて、普通の生活をしたいのだ。
才能も無く、また
いつ追い出されるか分からないボロアパート。
この年で生みたくない子供を生まさせれるかも知れない。
まだ中学の二年生だから、よく分からない事もあるかも知れないけど、だけど、それでも、どう考えても許容出来る物では無い。
確かに茶乃が心配ではあるが、その辛さは自分の中でそれを超えてしまった。
主に子供も生まなきゃいけないと言う事で。
だから茶乃には申し訳なく思う気持ちがあるものの、私はそんな人懐っこい茶乃の顔を見ても、ケモノ巫女、異能力者を辞めると言う決意は、揺らいでない事を再確認する。
そう私は異能力者を辞める。
「あ、
「ん? 茶乃?」
そんな物思いに耽りながら、一緒に半魔がいそうなところまで走っていると、天狐の姿が見える。
狐を思わせる金色の毛が、月の光に反射してキラキラと輝いていた。
月を背に立つ、彼女のケモノ巫女姿は、とても綺麗だった。
「…茶乃、何で序列最下位の無能なんて連れてくるのよ、アタシとあんたで充分でしょ?」
綺麗だが、相変わらず意地悪だった、あうう…。
「ご、ごめんね、少しでも人手がいた方が良いと思って…」
「ふーん…人手ね」
そんな天狐の言葉に、茶乃は申し訳無さげに謝る茶乃。
茶乃も私と同じく、強気な性格の天狐が苦手なのか、天狐には低姿勢な態度を取る。
しかしそんな態度を取る茶乃に対して、天狐の反応は少しよく分からない物だった。
「あんたも大概狸よね」
彼女は茶乃を見て狸と言ったのだ。
狸? 狸とはどう言う事だろうか? 茶乃を守護しているケモノ神の狸である、葉幻狸(はげんり)様の事をさして言っているのだろうか? 何か会話に脈絡性が無いような気もするが、恐らくそう言う事なのだろう。
「な、何の事言ってるのかな~天狐ちゃん?」
「さま」
「え?」
「え、じゃないわよ、序列8位のあんたが序列4位のアタシに、何気安くちゃん付けで呼んでるのよ! 天狐様でしょ!」
唐突に茶乃に様付けを強要する天狐。
「あ、え、えっと、ご、ごめんね…天狐……様」
「ふん!」
「うう…」
それにしょげる茶乃。
そんな茶乃を可哀想に思った私は、苦手ではあったけど、茶乃を救うため、意を決して声をあげる。
「て、天狐ちゃん…同じケモノ巫女の仲間なんだから、何もそんな事をしなくても…」
「…!」
しかしその言葉を聞いた天狐は、当然の如く反省するどころか、一層険しい表情で睨み付けるように私に言う。
「あんたも様付けよ!」
「ふぇい!?」
「当たり前でしょ! あんたは茶乃より序列最下位、さらにケモノ巫女のお荷物何だから!」
「で、でもこの前の集まりの時は、天狐ちゃんって言っても怒らなかったのに…」
「上の御方の前で、そんな事が出来る訳が無いでしょ!」
迫り来る怒涛の荒波のように、天狐は私に文句を言ってくる。
どうやら前の集まりの事での出来事が、かなり腹に据えかねていたらしい。
「…! もしかしてあんた…」
「え」
「アタシが言い返せないの見越して言ってた訳? へええ…良い度胸じゃない」
「え、ええ!? そ、そんな事無いよ!」
天狐は、私のその態度を反抗と取ったのか、指をポキポキと鳴らし、その上高圧的な態度を、さらに高くして私に迫ってきた。
「だ、だから…その…」
「ああん!?」
「ぴ!」
そんな感じに迫る天狐に困っていると。
「で、でも凄いよねこの倒れてる半魔たち、みんな天狐ちゃ…様が倒したんですよね? 流石序列4位ですね!」
「…!」
茶乃が間に入るように天狐に言う。
その茶乃の言葉を聞くと、ピタリと動きを止める天狐。
「ま、まあそんなの当然じゃない、あんたたちには無理でしょうけど、この序列4位の私には簡単な事よ」
そんな茶乃の言葉に上機嫌になる天狐。
なるほど天狐はこう付き合えばいいのかと、茶乃をやり方を真似て私も真似てみるが…。
「さ、流石天狐ちゃ…」
「ん!?」
「さまっ! 天狐様!」
「……まあいいわ!」
「ほっ…」
ちょっと失敗したが、何とか天狐の怒りが収まった事に安堵する。
何故なら実際天狐と戦ったら、弱い私が敵う相手では無いのだから、荒事になったら何をされるか分かった物では無いのだ。
「それで天狐様、残りの半魔はまだいるのですか?」
「ええ、まだ親玉が残ってるわ…まあ親玉と言っても、あの弱っちい半魔の親玉だから大した事は無いと思うけど…」
どうやら敵はまだ残っているらしい。
そう言えば公園内に、一つの半魔の妖力を感じる。
恐らくこれが天狐が言っている親玉なのだろう。
「だけど隠れるのが上手くて、全然見つからないのよね…夢と幻惑が専売特許の、この天狐様の目を欺く何て生意気よね…」
「本当…全く妖力を感じないわ」
? あれ、二人は何を言ってるんだろ、今も公園内には、確実に一つ妖力を感じるのに。
弱い私ならともかく、二人が気づかないのはおかしい。
特に序列4位の天狐が、何故気付かないんだろう。
酷くおかしな光景。
そのおかしさが、あれほど天狐には余計な事は言わないようにしようと、注意していたのに、つい口を滑らせてしまう。
「え? あそこにいるけど…」
「はあ!?」
しまった、と思った時には遅かった、あからさまに不機嫌な顔をして、天狐がこちらに振り返る。
「何言ってるの!? アタシに分からないのに、あんたに分かる訳無いでしょ!」
「知子ちゃん…」
天狐の全否定は勿論の事だが、茶乃も苦笑い混じりで信じてはいないと言った感じだ。
「弱い上に嘘までつくなんて、本当に救いようのないダメ巫女ね!」
「で、でも本当に…」
「はあ!? じゃあどこにいるって言うのよ!? 言ってみなさいよ!」
「そ、それはえーと」
「待ちなさい!」
「え?」
あまりに天狐がまくし立てるので、ならばと言う感じに、場所を指し示そうと瞬間、その天狐が何故かストップをかける。
「もし嘘だったら、あなたケモノ巫女は即刻引退して、子供を作りなさい!」
「えええ!?」
「何よ! あれだけ私に自信満々に言ったのだから、それが嘘だったら当然でしょ!?」
「それはその…」
「早く言いなさい! はい3、2、1…」
「わわわ、そんな…!」
「はい0 さあどこっ! 言わなきゃあんたの負けで、子供を作るのよ!」
「えっと…その」
「どこっ!?」
「じゃ、じゃあそこ…」
「…言ったわね」
その私の言葉を聞いた瞬間ニヤリ、と天狐は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ようやくこれでお荷物なケモノ巫女もいなくなって、本当に良かったわ」
「知子ちゃん…」
「えええ!? 何でそうなるの!?」
天狐はまるで勝ちが決まったかのように、そして茶乃も私が負けたかのような、そんな哀れみの視線を送ってくる。
「何でじゃ無いわよ! あそこには半魔はいないのに、でまかせ言ったあんたが悪いんでしょ! さあハゲオヤジと子作りして、とっとと子供を生んでケモノ巫女を引退しなさい!」
「何でハゲてるオジサン確定なの!?」
「あんたにはお似合いよ!」
「嫌だよぅー! と言うか半魔はあそこにいるのに、何で私が負けた事になるのー!?」
「まだ言うか!」
天狐はやはり信じていなかった。
しかし───。
「ガハハハ! よくぞ我を見つけ出せたな!」
「「え?」」
天狐と押し問答をしていると、不意に後ろから声をかけられる。
それは私の指し示した場所からだった。
そこに半魔は立っていたのだ。
「え…ほ、本当にいたの」
「知子…あ、あんた…」
驚く二人、本当に気づかなかったらしい。
何故私が気づいたのに、二人が気づかなかったのかはよく分からなかったが、しかしそれを口に出したら、また天狐に何を言われるか分からないので黙っておく事にする。
「ちっ…! ああムカつくわね…何でそこにいるのよ…あーもー! とっとと倒して家帰ろ!」
天狐は苛立ちを露に、天狐が持つ
「ほお…」
そんな天狐に目の前の半魔は、親玉らしく不敵な笑みを浮かべる。
「何よ…雑魚の癖に生意気な態度、今日はつくづく雑魚が調子に乗る日ね…本当に不愉快だわ」
天狐はその半魔の態度に、不快を露にする。
しかし───。
「俺が…雑魚か…」
「く…くっく…ははっ…はっはっは!」
そんな天狐の凄みなど、まるでそよ風のようだと言わんばかりに、豪快に笑い飛ばす半魔。
明らかに天狐より、妖力は低い事は明白なのに、あの自身は何処から来るのだろう。
今は力を押さえてるみたいだけど、それを出しても天狐に届かないように見えるが…。
…? あ…れ…? 何で私あの半魔が隠してる力が分かるんだろう。
「こいつ…!」
「…!」
私が何故か半魔の力を読める事を疑問に思うが、不意に天狐が半魔に飛びかかろうとしていたので、そちらに気を取られてしまう。
そんな時だった。
「お待ちください天狐様、ここは私が」
茶乃だった。
「あんた…」
「わざわざ強い天狐様が出る必要は無いですよ、ここは私に任して下さい」
すっかり天狐の家来のように頼む茶乃。
「………ふん、まあ良いでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
「まあ、ここらであんたもそろそろ手柄が欲しいってところ何でしょうけど…」
「な、何の事でしょう?」
「狐に狸の芸当は効かないの…まあいいわ、任せるからには絶対に勝ちなさいよ、負けたらあんたもバカチコ同様、子作り引退だからね!」
「え…!」
「当たり前でしょ、アタシの出番を取った訳なんだから、そしてあんた!」
天狐はびっと不敵に笑う半魔に指をさす。
「誰に舐めた態度取ったのか、アタシより格下に負けて、思い知るがいいわ!」
「く…」
「? 茶乃…ちゃん」
天狐の相変わらずな高圧的な台詞の後、一瞬だったが、茶乃の顔がいつもは見ない、少し嫌な顔をしてるよう見えた気がした。
「じゃあ任したわよ…」
「は、はい!」
しかし茶乃は、その感情を振り払うかのように、力強く返事をし、そして両手を目の前にかざす。
「…は!」
茶乃が念を込めると、今度は茶乃のケモノ巫女の武器、
武器の種類は違うが、天狐の夢霧小太刀のように、幻惑系の力を使って相手を惑わしたり、鋼鉄すら切り裂く木葉を召喚して相手を切り刻む、茶乃の必殺の武器だ。
茶乃はその葉幻朧棍をしっかりと握ると、半魔を強く睨み付ける。
しかし───。
「おいおい、お前一人で良いのか? 俺は三人全員かかって来ても構わないんだぜ?」
「なっ…!」
完全に戦闘態勢になった茶乃にも関わらず、半魔は相変わらず舐めた態度を崩さなかった。
そんな半魔の態度に、普段温厚な茶乃でも感じるところがあったのか、ほんのり顔に苛立ちが表れる。
「そ、それはご忠告ありがとうございます。で、でも貴方も私たち三人を相手にするには、少し妖力が足らないのでは?」
「そうか、だったら好きにすると良いさ…まあ頑張れよ」
「く…! い、行きます!」
茶乃の強気な言葉でも、手のひらヒラヒラと振って、さらに煽るようにする半魔に、ついに痺れをきらした茶乃は攻撃の構えにでる。
茶乃は手に持つ葉幻朧棍を目の前にかざすと、ケモノ巫女だけが使える神術を
「葉幻狸が命じる! 葉幻朧棍よ討敵を裂く葉を放て!
茶乃が言を放つと、瞬く間に木葉で出来た竜巻が現れ、親玉半魔の体包む。
あれに包まれただけで、並の半魔は切り刻まれて肉片とかす。
そうならなくても動きを封じる事が出来るのだ。
そして動きを封じた半魔に向かって、茶乃は続けざまに攻撃を放つ。
「葉幻狸が命じる! 敵を砕け葉幻朧棍!
茶乃が撃つ中で最大の威力を持つ、鋼鉄すら粉々にする葉幻鋼砕撃。
葉幻鋼裂陣で動きを止めて、この一撃でトドメを刺す、茶乃の必殺の連携。
これで倒れなかった半魔はいない。
だから茶乃が勝つと思った。
しかし───。
何で手加減して攻撃するのか?
茶乃の攻撃は、対する半魔に明らかに霊力不足だった。
それでは倒せない、そう私が思った時には遅かった。
茶乃が降り下ろそうとした、神術をまとった葉幻朧棍は、木葉の竜巻に当たる前に、内側から出てきた半魔の腕によって受け止められる。
「え!? うぐっ!」
茶乃がその現状に驚いている暇も無く、半魔のもう片方の腕が、茶乃の腹に痛々しく突き刺さる。
「ちゃ、茶乃ちゃん!」
「なっ…!?」
驚く天狐、確かに驚く事だ、何故茶乃は手加減したままやられてしまったのか?
これも作戦なのだろうか。
「う、うう…」
半魔の腕から力無く落ちる茶乃。
気絶してしまったのかケモノ巫女の変身が解ける。
どうやら作戦ではなく、本当にやられてしまったらしい。
何故あの程度の敵にやられてしまったのか、いつもの茶乃の力なら、負ける敵では無い筈なのに。
敵が弱いから、油断しすぎてやられてしまったと言うところだろうか…。
「バカチコっ! ボヤボヤするな!」
私が茶乃がやられた原因を考えていると、いつの間にか天狐が近づき、必死な形相でそう言っていた。
「死にたいの!? あんたは早く逃げて上の御方にこの事を報告しなさい!」
「え、何で?」
「……何でじゃないわよ! あの半魔の妖力が分からないほどお荷物なの!?」
「あの半魔の妖力って…」
半魔の霊力と天狐は言ってくるが、やっぱりいつもの天狐たちには遠く及ばない妖力しか感じない。
でも天狐があそこまで必死になると言う事は、もしかしたらあの半魔には、弱い自分には感じられない力があるのかも知れない。
「う、うん、分かった…」
そう感じた私は、天狐の言われた通り、上の御方に報告するため、その場を後にしようとするが、しかし。
「一人も逃がさないんだな」
と半魔が目の前に立ち塞がった。
何故だか凄い遅い動きで。
本当に逃がす気が無いのかと思うほど、そんな遅い動きだった。
何でこんなに遅い動きなのか? 半魔も私のような弱いケモノ巫女なら、この程度で良いと油断しているのだろうか。
「とりあえず逃げられると面倒だ…雑魚から潰しておくか」
と半魔は腕を振り上げ力を込める。
やはり物凄い弱い妖力で。
いくらなんでもこんな妖力では、流石に弱い私でも倒せないと思うのだが…。
とあまりに弱すぎる半魔の妖力に、また何故? とつい長考してしまう。
「だからボヤボヤするなって言ってるでしょ!」
そんな感じに半魔の妖力の弱さについて考えていると、唐突に横から突き飛ばされる。
天狐だった。
結果その弱い半魔の拳は、庇った天狐に降り下ろされる事になる。
天狐はその半魔の拳は背中に受け、ぐにゃりと曲がり、そのままあり得ない角度まで曲がると、体はパズルのピースのようにバラバラに四散し、そして煙のように消える。
これは天狐得意の幻惑の術だ。
幻を見せて攻撃を回避したのだ。
そして天狐が幻を囮にして逃げた先は、半魔の背後の右斜め上…。
あれ私、一回でも天狐ちゃんの幻術を見破った事あったっけ───?
「甘い!」
半魔はそう言うと、自身のの背後、右斜め上の空間、私が天狐が逃げた先と考えた空間を鷲掴みする。
すると半魔の手が、何か見えない物を掴む。
するとその掴んだ端から、まるでアニメや映画によく出てきそうな、相手に見えなくするための透明な光学迷彩が剥がれ落ちていくような感じに、天狐の姿を露になる。
「くぅ!」
天狐は苦渋に満ちた顔をしていた。
「2匹め!」
「…!」
半魔はそう言うと、天狐の足を掴んだまま、地面に向かって妖力を込め天狐を叩きつける。
天狐は、幻惑系を得意とするケモノ巫女の特性から、耐久性には優れていないケモノ巫女ではあるが、あの程度の妖力ならいつもの調子で霊力を出せば防げる筈。
しかし今度もまた、茶乃同様、天狐の霊力はあの半魔より小さいまま、あれでは防げる訳がない。
「ぐはっ…!」
天狐の肺から吐き出されるような、そんな苦悶の声と同時に、下のコンクリートが、メキメキと音を上げて大穴が開く。
あんなに弱い妖力なのに、何て破壊力なのか。
これほどの威力なら、さしもの天狐も無事ではすむまい。
実際に天狐は、半魔に片足を掴まれたままダラリと力無くし、既にケモノ巫女の変身も解かれていた。
「ふん、他愛もない…!」
そう言うと半魔はゴミを捨てるかのように、天狐を投げ捨てる。
「天狐ちゃん!」
「最後にお前だな…」
「ひっ!」
二人を倒した半魔は、最後の獲物とばかりに私にも歩み寄って来る。
逃げなきゃ、そう思って後ずさるが。
だけど───。
「…う」
「く…」
気絶しながらも、今も苦しく呻く二人の姿が目に入る。
ここで上手く逃げ出せても、残された二人はどうなってしまうのだろうか。
その考えが、このまま逃げる事を躊躇わせた。
救わなければいけない。
茶乃は親友だし、天狐も意地悪だが死んで欲しいとまで思った事は無い。
そう思った私は、意を決し、二人を助けようと神刀烈火浄砕牙(しんとうれっかじょうさいが)を呼びだし、半魔に向ける。
「は! おもしれえその程度の霊力で俺とやる気かよ」
半魔はそんな私の決意も、軽く鼻で笑う。
当然だ、私より序列が上の、ケモノ巫女二人をあっさり倒したのだ。
例え見ための妖力が弱くても、私が敵う相手では無い。
しかし今考えるべきは、敵う敵わないじゃない、如何にこの状況を打破して、二人を救うかだ。
それにはこの半魔が、何故妖力が低いのにとてつもない強さが出せるのか、色々と分析しないといけない。
弱いからこそ、考えられる事は考え尽くし、知恵を絞らないといけないのだ。
だから私は考えた、この半魔の強さの秘密を。
まず妖力の弱さは、私が弱いからあの半魔の強さが感知出来ない。
大昔の半魔になる前の、強大な力を持っていた純粋な魔族だった時は、そう言った高度な技術で、本当の妖力を隠す術を持っていたらしい。
この半魔の力が感じられないのは、その為だろう。
そして次に、天狐たちがいつもの力を出さなかったのは、そう言った高度な技術で、霊力を抑えられたと言うところだろう。
ともあれ、その二つを分析から考えて、この二人を救うために私がやれる最善の策は、私の最大の神術【
この技は大きな炎の狼を形成し、広域を吹き飛ばす技だ。
勿論倒すのが目的では無い。
烈火浄炎爆牙で爆発させ、それによって起きた爆煙を目眩ましに、二人を助けようと言う作戦だ。
正直強い半魔に通じる作戦か分からないが、自分が出来る事は今はこれだけしか無い。
そう私がやることを結論付ける。
すると───。
「何か必死に考えてる顔だねぇ…」
そう不意に半魔が声をかけてくる。
「弱いなりに知恵を絞ろうとしてる奴の、その考えごと叩き潰すのが好きだから、お前が何をやろうとしているのか見てみたいところはあるが…」
「だが残念だ、あまり時間もかけていられないのでな…悪いがあの世で勝手にやってな!」
そう半魔言うと殴りかかってくる。
作戦はやる前に失敗してしまった、非常に私らしい顛末である。
と言う話では無くて、半魔の攻撃をかわさなくては、あの二人が1発でやられてしまった攻撃だ。
食らえばひとたまりも無い。
そう思った私は、烈火狼の巫女が代々受継ぎし、
たが───。
れ? 剣の形って…構えってどう…やったけ?
思い出せない。
この戦う直前になって気づいたが、子供の頃から修練してきた、烈火破邪刀術の剣技の形が、まるで記憶からすっぽり抜け落ちたかのように消えていた。
「この俺を前にぼーっとするとはいい度胸だな」
「…!」
その事に驚いていると、いつの間にか半魔が目の前に詰め寄って、私を殴ろうとしていた。
やられる───。
剣技の形…戦い方を忘れた私は、刹那の瞬間そう感じた。
しかし、半魔の拳が自身の顔に近づいた時、痛みは感じなかった。
感じたのは頬をなぜる風のような物。
寸でのところで半魔の拳は、私の顔の横を通り過ぎただけで、当たる事は無かったらしい。
かわせた…いやわざと外した? 何故半魔の拳が外れたのか考えたが、よく分からなかった。
理由は分からなかったが、とにかく半魔の攻撃をかわせたのだ。
私は深く考えるのを止めて、当初の作戦通り烈火浄炎爆牙を放つために、距離を取ろうと後ろへと飛び退る。
「なっ!?」
? 驚いている───。
一応全力で飛び退ったが、弱い私のこの一連の動作に、驚く事があっただろうか? しかしそれを気に止めている暇はない。
私は烈火浄炎爆牙を放つ為、握った神刀に力を込め言を放つ。
「烈火狼のケモノ巫女が命ず! 全ての悪しきを
言を唱え、そしてさらに気合こめて叫んだ。
すると───。
「はあああああああ!! …ああああああああ!?」
すると驚く事が起きた。
烈火浄炎爆牙をやるために、霊力込め、炎の狼を形成しようとしたのだが。
普段は、大きくても馬くらいの物しか形成出来なかったのに、目の前に現れたのは、天まで届きそうな、大きな炎の狼が現れたのだ。
「ええええええええ!?」
な、何!? 誰が出したのこの炎の狼!? 私がそんな風に突然起きた想定外の事象に驚く。
驚いていると。
「な、何だ…それは、どうやった、そんな小さな力で!?」
と指をこちらにさし、そしてわなわなと言う感じに、体を震えさせて半魔は言った。
まるでこれを私がやったかのように。
そして続けて。
「嘘だ! こんな力…そ、そうか分かったぞ、これもあの狐の女のような幻覚だな!?」
と結論付けていた。
そうだな? と言われても、この現象が何故起きているのか自分にも分からないので、聞かれても困ると言ったのが正直な話だった。
しかし───。
「さっきの一瞬で移動したのも幻術か、小賢しい真似を…そ、そんな事をしても無駄だと言う事を教えてやる!」
そう半魔は言うと、また飛びかかって来た。
「え!? えっと、どうしよ、どうしよ!」
私は突然戦闘が再開された事に、つい焦ってオロオロする。
「おおおおおおおおっっっ!!!」
「…! わわわ! え、えいっ!」
向けられた半魔の雄叫びに、一層の焦りを感じ、それが引き金となって、私は放った。
烈火浄炎爆牙を。
「…!!」
「なっ」
半魔の声が短く聞こえたような気がした。
その瞬間視界は白に近い黄色の光に包まれ、自身の髪がバサバサと縦横無尽に揺れるほどの物凄い爆風が吹き荒れた。
そしてその光に飲み込まれた場所や石の破片が、ゆっくりとした時間の中で、チリになっていくのが見えた。
そんな非常にゆっくりとした時間の中で、それは続き、そして次第に収まっていった。
そしてその収まった場所。
恐らくは自分が放った烈火浄炎爆牙、その跡を。
その光景に私は息を飲んだ。
ただただ息を飲んだ。
何故ならその場所が無くなっていたからだ。
まるで地平線まで抉られているような、そんな破壊の跡。
それはまるで未来のアニメ出てきそうな、巨大な宇宙船が放った巨大な光学兵器のビーム砲を撃ったような跡だった。
その威力は鋼鉄を切り裂いたり、ちょっと辺りを爆発出来る事が精々のケモノ巫女が出来る芸当と比べると言うか…それ以前の話で、またそんな次元の話では無い。
信じられない。
このあまりにも馬鹿馬鹿しい光景は。
その光景を見て私は。
霊力が低くて、いつも序列最下位で、そんな弱い私は。
だからそんな領域を想像出来ない私は。
この光景を見て、ただこう言うしか無かった。
「何よ…これ」
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