第2話 序章「異能力者生活も存外辛い。」
「千年修行しても無理じゃな」
「う…」
長巫女様の言葉が耳を貫き胸を刺す。
「そ、そんなになのですか…?」
驚愕するようにそう言葉を漏らすのは、我らケモノ巫女が御守りしなければいけない今の代の九頭龍姫御子之神である
薄暗い部屋でも見事な照り返しが映える美しい黒髪、そしてその黒髪の間から覗かれる、白雪にも似た白い肌と整ったご尊顔、そんな美し過ぎる顔に、見て分かるほどの苦渋の皺が走る。
「はい…お館様、
「そうですか………では?」
「はい、知子には早々に子供を作らせて、その子に神を移らせないといけないかと…」
子供を作ると言う言葉に体が震え上がるのを感じる。
ケモノ巫女は、子を成すとその子供が生まれた瞬間、宿っていた神がその子供に移る。
そうやって先祖代々神を受け継いできた訳だが、どうやらそれを利用して、とっとと次の強い世代に交代しようと言う話らしい。
しかしだからと言って中学生の身で子供を産まなきゃいけないと言うのは、当然だが躊躇いを覚える。
いや冗談では無い。
本来なら、上の御方たちが話している間に、口を挟む不遜は許されない事と知りつつも、私は挟まずにはいられなかった。
「あ、あの…」
「? なんじゃ知子」
「わ、私まだ中学生何ですけど…」
「だからどうした?」
「え…? えっと…中学二年生何ですけど?」
「だからそれがどうかしたのか?」
「…!」
長巫女様の言葉に絶句する。
確か日本では、普通中学生が子供を生むのはおかしい事であると記憶していたと思ったが、それなのに老巫女様は、まるでこっちが変であるように、キョトンとした感じで、だからどうしたと言う。
中学生が子供を生む事に、何らおかしい事は無いかのように、本気でそう言うのだ。
もしかして私は、いつの間にか概念の違う、パラレルワールドに飛ばされてしまったのだろうか?
そんな疑念を頭に掠めつつも、私は必死な思いで、長巫女様に訴えを続けてみた。
「だ、だから14才ってそんな結婚も出来ない年齢なのに…こ、子供を生むだなんて…」
「なんじゃそんな事を気にしておったのか」
「え?」
長巫女様の意外過ぎる言葉に、つい無意識に間の抜けた声を返してしまう。
「ん? 知子お前まさか…」
「は、はい?」
「世界を守る事と、そんなくだらん決まり事を天秤にかけておるのか?」
「く、くだらない!?」
青い果実過ぎる乙女の貞操を、くだらないと言う言葉だけで片付けられた事にただただ絶句。
「…本当にそう思っていたのか…やれやれ」
「良いか? お前ら九人のケモノ巫女が、お館様を守りきれなかったら魔王【
「知子、お前にはそのケモノ巫女としての強さがあると自負出来るか?」
「それは…ありません」
「ならば分かっているじゃろう? 確実に子の霊力が強くなる殿方と結ばれて、子を生むしか無い事は? 結婚して名も戻さないといかんし」
ケモノ巫女は子を作る事で、宿っている神を子に移す事が出来る。
私は霊力が弱いし、
「は、はあ…でも…子供はちょっと早いかと…」
「昔10で嫁に行って、12で子供を生むなんて当たり前じゃったんじゃ、早いなんて事は無い! お前は二年遅いくらいなのじゃぞ?」
「い、いや~その、む、昔は昔で今は今…みたいな…?」
「ちょっと知子! さっきから長巫女様の御言葉に逆らってるんじゃ無いわよ!」
「ぴ!」
「あ…て、
怒るように会話に割り込んで来たのは、こちらも御子奈様に負けじの美しい金髪を、愛らしくツインテールにまとめた、知子と同い年くらいの少女。
彼女も私と同じくケモノ巫女で、名は
彼女は夢と幻惑を司る狐のケモノ神、
ちなみに烈火狼大神之命は火を司る狼のケモノ神だ。
「で、でも天狐ちゃん、中学生で子供なんて…」
「あーら、役立たずな貴女でも、最後に私たちの役に立つ事が出来たのだから、それを提案してくれた長巫女様に感謝して、とっとと子供を生んで人生の墓場にでも行きなさい!」
「じ、人生の墓場!?」
また天狐の意地悪が始まった。
私たちケモノ巫女たちは、ケモノ神を受け継いだ時から、半魔と戦う訓練をするため、赤ちゃんの頃からこのお屋敷に集められるのだが。
当然その事から同い年の天狐とは、幼い頃からの付き合いだった。
しかしいつの頃からか天狐は凄い意地悪になって、今に至っては私が困る事ばかりするようになっている。
子供の頃はあんなに仲が良かったのに、原因はやはりあれなのだろうか。
「でも天狐ちゃん、あのその…」
「うるさいわね! 序列最下位が4位のアタシに逆らう気!?」
「いやでも逆らうとかそんなじゃなくて…あうう」
「そうやって言ってる時点で逆らってるって言ってるのよ! ダメチコの癖に生意気ね!」
「これ天狐…気持ちは分かるが今は御前の前じゃ…控えよ」
長巫女の言葉に、二人の会話はピタリと止り、辺りを静寂が包む。
「………はい失礼しました長巫女様」
「何せケモノ巫女の名を汚した、あの薄汚い女の娘の分際でと思うと、つい…」
「うむ…」
天狐が私突っかかる理由はたぶんこれだ。
天狐が言う薄汚い女、それは私のお母さんの事。
元々烈火狼のケモノ巫女は代々序列1位に君臨し続けた、言わばケモノ巫女のエリート的存在だった。
その事から私のお母さんも強かったのだが、しかしとんでもなく放蕩的な性格で、長巫女様や上の御方の言う事など一切聞かず、自分の旦那は自分で決めると言い、必ず霊力が落ちる子供が生まれる男の人…つまりお父さんの子供を身籠り、そして生まれたのがこの私鈴鳴知子なのです。
そして確実に霊力が下がると言われてた通りに、私の霊力は烈火狼様がいなければ、神を持たない下巫女、ケモノ巫女より下位の巫女たちより霊力が低くなってしまい。
さらにお母さんは、神聖な烈火狼様の姓を、父方の姓である鈴鳴に変えてしまうなどやりたい放題やった事で、
またお母さんはそんな滅茶苦茶な事をやった後、お父さん共々行方不明。
そのあまりに人として責任を欠いた行動は、実の娘である私でも嫌悪を感じる物だった。
しかし私もそう思っても、その所業をやったお母さんの娘、そして霊力が低い事から、生まれた時から九龍院家から望まれない忌み子として、相当疎まれていた。
実際そのせいで、普通ケモノ巫女資格者は、九龍院家のお屋敷に住む事が許されるのに、私は中学生に上がったら、九龍院家から少し離れた場所にある、築50年四畳半の古いアパートに追い払われてしまったのだ。
それが今現在の私の立場である。
たぶん天狐が意地悪になったのは、その事を理解したからなのだろう。
私はケモノ巫女史上、もっとも相応しくない人間であると、九龍院家全員からそう思われている。
その理解だ。
その理解をしてから、天狐は私を蔑むようになったのだろう。
あんなに昔は仲が良かったのに…。
何だかそう考えると悲しくなってくる。
私がそんな事を考えているその時だった。
「しかし私も知子ち…知子とは同意見です、いくら使命とは言え、その…子供を無理矢理作らせるなんて酷いと思います」
「…! み、御子奈様…!」
私か半ば諦めてしょげていると、思わぬところから助け船が出る。
それは敬愛するお館様、九龍院御子奈様だった。
いつも私が困っていると、何かと助けてくれる御子奈様は大好きだった。
「! こら、バカチコ! お館様を下の名前で呼ぶ奴があるか、お館様か姫御子神様と敬意を持って呼びなさい!」
私の失言に、敏感に反応した天狐ちゃんから怒りの言葉が飛んでくる。
「あう! しまりました…ご、ごめんなさい…お館様」
「え? い、いえ…その別に…」
あからさまに嫌な顔をするお館様。
お館様も、流石にこんな私に下の名前で呼ばれるのは嫌だったようだ…これは大失敗、お館様とも昔仲が良かったから、ついその癖が出て分別を忘れてしまった。
これは天狐の意地悪抜きでも、しっかりとしなくてはいけないと感じる。
「しかし…最近半魔の力が衰えてるとは言え、戦えるマトモなケモノ巫女は、常に用意しておく事に越した事はありません」
「力が衰えてるいるなら良いではありませんか…それに知子以外にも戦えるケモノ巫女は8人もいるのですから、無理に急いて用意する事は無いでしょう」
「しかし…ううむ」
長巫女様はそれでも納得出来ないように首を捻らせると「そうじゃ!」と思い付いたように声を上げる。
そしてこう告げたのだった。
「下巫女の中で一番強い序列1位の下巫女と戦って勝ったら、子作りする事は無しにすると言う事はどうじゃろう?」
「えええ!?」
お館様の言葉で助かったと思ったら、長巫女様はさらにとんでもない提案してくるのだった。
「
「いいえこれはいくらお館様の言葉で聞けません」
「何故なら、ケモノ巫女とは下巫女より強い力を持っているから、ケモノ巫女の名を名乗れるのです、最低でも下巫女よりは強い事を証明しなければ、同じケモノ巫女は当然、下巫女も知子がケモノ巫女の座にいる事は納得しないでしょう」
「そ、それは…」
お館様は長巫女様の言葉に、痛いところを突かれたように困った顔をする。
「良いですな?」
「は、はい」
「お館様…」
頼みの綱だったお館様も、長巫女様の勢いに気圧されて、仕方無くと言った感じに首を縦に振る。
しかしだからと言って、そんな話を勝手に進められてはやはり困る。
まだ異性とキスすらした事がない、何度も言うが中学生の私が、そう言った段階を越えていきなり子作りしろなんて言われて、はいそうですか、などと納得出来る訳がない。
だから例えお館様の助けが無くても、私は訴え続けなければいけない。
そういくらここは普通と違う、私の書いている小説のような、異能力者が全ての
普通の世界の普通の認識を。
私は諦めない! そう諦めてはいけないのです。
女子中学生の貞操は、地球より重いのだから。
「ちょ、ちょっと待ってください…! そんな勝手に…」
「ええいうるさいぞ知子! 誰が親無しのお前に、住むところと生活費を出してやっていると思う!」
「…!」
「……お前の体はお前の一人の体じゃ無いのじゃ、この話を呑めぬと言うなら、今すぐ住んでいるところのアパートも解約じゃ、施設でも何処へなりへと去るが良い!」
「そ…んな」
駄目でした。
所詮はバイトも出来ないたかだか中学生の身、自活するだけのお金を稼ぐ能力が無い私の乙女の貞操など、地球どころかそこらの石ころより価値は無いらしい。
「どうするのじゃ!? 今すぐ出ていくのか、それとも下巫女序列1位と戦うのか? 早く決めるのじゃ!」
長巫女様は容赦せずに追い討ちをかけてきた。
その私はその追い討ちに、泣く泣くこう答える。
「じゃ、じゃあ…戦う方向で…」
「…! うむ、それでこそ元序列1位のケモノ巫女じゃ、期待しておるぞ、カカカ!」
「元は余計です…うう」
子作りするか家を出ていくか、究極の二択に迫られるこの異常な世界に、ただただがっくりと項垂れるしか無かったのだった。
異能力者なんて…辞めたい…。
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