鈴鳴智子は異能力生活を辞めたい。

てんたま

第1話 序章「私実は異能力者なんです。」

「投下したのは午前の8時ちょっと前、これから電車で会社に向かうサラリーマン、学校に通学する学生などが一番スマホを弄っている時間帯…たぶん」

とある狭い部屋、スタンド電球の明りが机の一点だけを明るくしているその薄暗い部屋で、私事鈴鳴知子すずなりちこ、中学二年14才は一人ブツブツとそう呟いてた。

時間にしてもうすぐ0時になる23時59分。

「まだよ…まだ0時になったらクリックよ…焦ってはダメよ知子…少しでも多くないと精神的ダメージが…!」

「…! ダメダメ! そんな後ろ向きな考えじゃ…今度は大丈夫! だって私が女子中学生って分かれば大丈夫だって茶乃ちゃのちゃんだって言ってたし…そうきっと大丈夫!」

沸き上がる不安を、友の言葉を思い出し抑える。

そして見る、机の上に置いてある田崎のお爺ちゃんのお孫さんが、新しいパソコン買い替えるからあげるよって言われて貰った、私が唯一持っている大事な大事なマイノートパソコン。

そのディスプレイに映る画面を。

それをしっかりと見る。

予定の時間の0時まで数十秒だろうか? はやる気持ちのせいか、その数十秒がやけに長く感じる。

そしてそのはやる気持ちが心を押しているのか、気もかなり昂っていた。

何と言えばいいか。

それはお正月のクジ付き年賀ハガキの当選番号を調べている時のような、もしくはテストの答案を渡される前の時のような、そんな心境。

あの膨らむようなそれでいて締め付けられるような、そんなドキドキが胸を支配する。

そんなちょっとでも針で突かれれば風船が割れるように、今にも破裂しそうな精神状態。

私は今現在そんな心境にいた。

しかしそれも、さもあらん事だろう、何故ならこれから起きるその結果しだいでは、私の人生が大きく変わる事があるのだから。

そんな出来事を目の前にして、たかだか十数年生きたくらいの、まだまだ子供である自分が冷静でいられるだろうか?

もしも同い年で冷静でいられるとすれば、それはIQ300くらいの、その年でハーバード大学とマサチューセッツ工科大学を二つとも合格していて、日本の東大は、ああ滑り止めで受けておいたわ、なんてしれっと言える、まるで何かの物語に出てきそうなスーパー女子中学生くらいだ。

私はそんなスーパー女子中学生どころか、どちらかと言うと少女漫画などに登場しそうな、イケメンにちょっと壁ドンされると、キラキラのフワフワになってすぐにドキドキしちゃうような、そんな多感な時期の、思春期真っ只中にいるただの女子中学生だ。

そう気持ちはただの普通の女子中学生。

そのただの女子中学生である私が、今にも破裂しそうな、心の風船を抱えて冷静でいられる訳が無い。

しかし時は無情だ。

容赦無くその時を迎え、自身の心は針で突かれる。

ピピピ! 突然鳴り響く自分のスマホ。

「来た…!」

少しびくっとしたが、それは自分がセットしていたスマホのアラーム音である事は直ぐに理解できた。

何故なら自分でセットしたからだ。

まあそんな事は当然の話だが、ともあれ予定の時刻であった0時になったのだ。

私は素早く気持ちを切り替え、右手に添えていた、パソコンを操作する為のマウスの左クリックボタンに意識を集中する。

ノートパソコン上に表示されていたマウスのカーソル位置は、とあるwebページの再度読み込みボタン。

そこに合っている事を今一度確認すると、祈るような想いを込めて、ゆくっりと左クリックボタンに乗せていた人差し指に力を込めた。

ゆっくりとしたボタンの音が鳴る。

カチ…リと言うボタンを押す音と戻る音。

とても小さな音だったが、パソコンの静かな機械音しかしないその部屋では、はっきりと聞こえた。

そして再度読み込みボタンを実行した通り、読み込み中のクルクルマークが映し出される。

そこまで操作を完了させると、そのwebページの一番気になっている箇所に視線を戻す。

そこはまだ古いページのままで、0の数字が表示されていた。

このページは朝の8時ちょっと前に開いたページで、それを更新したと言う感じだ。

そう再度読み込みボタンとは、今見ているこのwebページを、ネット上で最新の状態にしてくれる、見る者に新世界を与える魔法のボタンだ。

そのボタンを押した次の瞬間、画面に映し出された古いページは白一色になり完全に消える。

こうなったらもう元のページには戻る事は出来ない。

後は映し出される結果を座して待つしかないのだ。

だからしっかりと見る0の数字の部分を、しかし───。

視界が突然のブラックアウト。

停電ではない。

そもそも停電になってもノートパソコンは内蔵バッテリーで、直ぐには消えたりはしない。

例えこれが田崎さんのお孫さんが使っていた古いノートパソコンでも、いきなり消える事は恐らく無いだろう。

ならば視界が暗くなったのは何故なのか?

それは私が反射的に目を閉じてしまったせいだ。

何故閉じたのか?

それは簡単、結果を見るのが怖かったからだ。

更新ボタンを押した事によりwebページに映し出される、その結果を見るのが怖いのだ。

何度も言うが、その結果しだいでは、私の今後の人生の選択が決まってしまうと言っても過言ではない。

それはきっと、高校生が受験の発表を見に行く心境ときっと同じだ。

お受験が必要な中学校では無かったので、合格発表を見に行くなど未体験ゾーンだから、まあそれは想像の範囲だけど…。

しかし今の気持ちをそんな感じ。

だからwebページに記された結果も恐る恐る見る。

少しずつ目を開ける感じに、見る。

すると睫毛の隙間から、ディスプレイの白色の光がうすらぼんやり差し込んでくる。

そしてさらに目を開けていくと、ディスプレイに映し出された文字が鮮明になっていく。

そしてはっきりと見る。

私が一番気にしていたあの0の数字の部分。

そこの数字は0から二桁の数字に変わっていた。

私はその数字を見た瞬間、自分でも分かるくらい大きく目を見開いて、そして叫んだ……激情のままに。

「14!? たったの14PV!? 嘘…! 朝の8時から夜の0時までの16時間かけて掲載した私の【小説】の合計PV数がこれなの!?」

そう私はある小説サイトに自作の小説を投稿したのだ。

そしてその結果を夜見てみたと言う感じだったのだが、その結果は私の狼狽ぶりをみれば一目瞭然だが、芳しくはない…。

しかしそれでも私はその結果に納得いかず何度も更新ボタンクリックする。

カチカチ、カチカチと何度もクリックする。

「う、嘘よこんな…私言われた事全部やったのに…こ、こんな結果なんて信じられない…!」

「何でよ…どうしてたったこれだけしか…あんなに面白い小説を書いたのに…! 何で! どうして…!」

とりあえず16時間掲載してたったの14アクセスしか無かったのは酷過ぎる。

あまりに受け入れられないその結果に、マウスボタンのクリックは連打状態。

カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…!

嗚咽に近い言葉を発しながら、無意識にマウスのボタンを連打していた。

0時を過ぎた時間帯に、人目を憚ること無く結構な声量で嗚咽を漏らした。

そしてそんな深夜の時間帯にそんな風に騒いでいれば…。

「うるせーぞっっっ!!」

唐突に横からどん、と殴った音が聞えて来る。

隣の住人からの壁ドンだ。

壁ドンで簡単にドキドキしちゃうような、そんな年頃の女子中学生でも貰いたくない壁ドンだ…。

「ひ! す、すみません…」

「毎日毎日…いい加減にしろっ!」

「すみません! すみません!」

「たく…ブツブツ…」

このアパートは古いから壁が薄く、少し高めに声を漏らしただけでも、隣に筒抜けになるから困る。

しかしそれはともかくとして───。

「何でPV数が上がってないのよ…茶乃ちゃんのアドバイス通りやったのに…まず目につくタイトル作りでしょ? やたら長いタイトルにすれば良いって言ってたから、【烈火の退魔巫女は普通の女子中学生でただ普通に青春を送りたいだけなのに妖魔と戦う事を強いられてて辛い件、この私の異能力者生活って間違っているよね?@私の妹がこんなに可愛くない訳がない。】って三時間くらい悩みに悩んで作ったのに…何がいけなかったのかしら…。は! もしかして普通って言葉と私って言葉を二回使ったからいけなかったのかな? 一つの文中に、同じ言葉を繰り返し表記するのは良くないって、そう言えば小説の書き方手引きサイトで見たような…」

「…それと作者が女子中学生って分かると、それだけで見てくれる人もいるって茶乃ちゃんから聞いたから、【書き始めたばかりの中学二年の女の子です。よろしくお願いします きゃぴ☆】って可愛らしく自己アピールもしておいたのに…なんでたったの14PVしか無いの…茶乃ちゃんにあれだけアドバイスを貰ったのに…もしかして私の小説ってそんなに見る価値が無いのかな…うう」

目の奥から熱く、そして心の奥は冷たくなる物が、そんな想いが込み上げてくるの感じる。

それは果てし無い落胆。

意気消沈の四文字、どこまでも落ち込む。

それは当然だ、やるだけの事を全てやりつくしてこの結果ありさまなのだから。

得たい切望が得られない絶望へと変わった瞬間。

まさに、さもあらん、と言う感じだろう。

「茶乃ちゃんにアドバイス貰ってこれじゃ…やっぱり私なんかが小説家になるなんて無理なのかな…ん? あれ…これって…」

「…! 嘘…感想が書かれてる…!? しかも3つも!?」 

胸がトクンと上に向かって急上昇するのを感じた。

体の芯がくすぐったくなるような、何か弾けてしまいそうな、そんな嬉しい胸の高鳴りを私は感じた。

それは当然だ。

結構な数の小説を書いては投稿してきたが、このお粗末なPV数を見れば分かると思うが、作品をお勧めするレビューは勿論、感想すら貰った事が無かったこの私が、小説をサイトに投稿を始めて、人生初の自分の書いた小説に【感想】を貰えたのです。

しかも3つも…!

自然と胸が高まってしまうのもまた、さもあらん、と言う感じです。

興奮とはやる気持ちで、マウスに添えている右手がブルブルと震える。

落ち着いて───そう落ち着くのよ私。

そう自分に言い聞かせ、何とか震える手を上手く誘導し、感想のコメントを開く。

「まず一つ目の感想…」

固唾を飲むゴクリとマウスのカチリの音が同時に室内に静かに鳴り響き、いよいよ感想のコメントが表示される。

前のめりになって映し出された物を見る。

真剣以上の眼差しで。

そんな心境で見た私の小説家人生初のコメントは───これだった。

『おっさん乙』

「…? おっ…さん? おっさん?」

「…」

「ええ~!? 私中学生だよ! 中学二年の女の子だよ! 酷い! なんでなんでオジサンになっちゃうの~!?」

「うるせえって言ってんだろ!」

ガンガン!! また壁に大きな衝撃音が、しかも今回は二回もこだまする。

「ぴっ!」

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 本当にごめんなさい…あわわわ…」

「本当に…いい加減にしてくれよ…明日5時起き何だよ…」

「…ごめんなさい」

最後の謝罪の言葉の後、しばしの静寂が辺りを包み、そしてしばらくするとこちらに向けられていた気配が消えた事が分りはあ…、と安堵の溜息を漏らす。

「き、気を付けないとね…声は小さく…小さく…」

「ま、まあ気を取り直して残り2つも見てみましょう、しかし何でオジサンって思われたんだろう…」

少しの疑問を残しつつも、とりあえず置いといてと言う感じに、私は残り2つの感想も見てみた。

『タイトル長すぎ釣りか?』

つ、釣り? 何で釣り? タイトル長すぎって、長ければ長いほど良いんじゃないの? うーんよくは分からないけど、何かダメ出しされてるような感じだ。

『話にリアリティーが感じられない、完全に経験不足』

「そっ…!」

最後の3つ目の感想を見た瞬間、私はあまりに自分が考えている事とは違い過ぎるその感想に、絶句し、またも大きな声を出しそうになるも、慌てて口を押え何とか自分を諌めた。

自分と考えている事とはあまりに違い過ぎる感想。

的外れ過ぎる感想。

声を出す事は何とか押さえられたものの、それに鼻白む事は止められない。

何故不思議な異能力を使って、様々な冒険や能力バトルをする異能力モノの物語を書いているのに、話にリアリティーが無いとか経験不足とか言われなければいけないのか? そこに痛烈な疑問を感じる、何故なら───。

「私…異能力者なのに」

端から聞いたら、完全中二病認定の痛い発言かも知れないが、しかし本当の事なのだ。

実はこの私が住む、竜ヶ峰市はその昔、世界を滅ぼすと言われるほどの力を持った魔王【皇羅おうら】が、魔族を率いて最初に人間界に攻めこんで来た土地で、そこを守護していた九頭龍姫御子之神くとうりゅうひめみこのがみは、配下の九匹のケモノ神に認められた九人のケモノ巫女を率いて戦いを挑み、長き戦いの果てに、九頭龍姫御子之神の強大な神通力で、この地に封印する事が出来た。

その時、配下の魔族も親玉を封じられたせいか、人間界に留まる事が出来る体を失い、魔界に逃げ帰ったのだが、しかしその後魔族は妖力の大半を使い、人間界に留まる事が出来る半魔はんまと言う存在になって、魔王皇羅を復活させようと度々人間界に攻めこんで来ていた。

目的は勿論、皇羅を封印している姫御子神ひめみこがみ様を殺す事。

そしてケモノ巫女たちは、魔王の封印で一切の力を使えない姫御子神様を御守りするため、代替わりしながら半魔たちと戦ってきたのだ。

私はそのケモノ巫女の一人、烈火狼大神之命れっかろうおおかみのみことのケモノ神を降ろす事が出来る、烈火狼のケモノ巫女にして退魔巫女なのだ。

今でもその半魔の襲撃から姫御子神様が御守りするために戦っている、そんな自分の実体験を元に書いた異能力モノの小説なのに、話にリアリティーが無いとか経験不足とか言われる事に、どうしても納得のいかない物を感じてしまう。

だって実体験なのに、これには人一倍温厚な私でも流石にプンプンだ。

しかし───。

「女子中学生アピールもダメ、タイトルもダメ、最後の自前の経験談ネタもダメ…」

「ああ…! これじゃ小説家になってお金稼げないよー!」

お金を稼ぎたいから小説家になりたい。

この言葉を聞いた者の大半は、お金を稼ぐと言うワードに難色を示し、中学生の分際で何を言ってるんだと感じる人は多くいるだろう。

しかしそれでも私事鈴鳴知子はお金を沢山、それも今すぐに稼ぐ必要があったのだ。

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