第10話『時代遅れの整備工』

 仙石ははっとしたように目を見開くと、ノエルはその目元を薔薇の刺繍がなされた白いハンカチで優しく拭った。これではいけないとでも思ったのか、また数回深呼吸をして目を瞑ると仙石はまた先ほどのように立ち上がる。ただし今度はルツが起きないように慎重に、慎重に。そうしてまた一行は事務所へと向かう。


 ノエルはドアノブに手をかけて回す。ガチャリと音を立てて軋みながらもアルミ製の扉は大きく開かれた。中にはいくつかのソファーと青々とした観葉植物。中央の木のテーブルには前時代的なペンとメモ用紙が置かれ、壁にはこれまた珍しい紙のファイルがぎっしりと詰め込まれたラックが一面を覆う。他にもどこで受けたのか分からないが数個の賞状やトロフィーも小物として置かれている。ELが照らす自然な光に包まれた部屋は意外とごくごく一般的な仕様だった。


 「おう、おせぇじゃねぇか。何かあったか?」


 さっきと同じ雰囲気でサンディーの声が聞こえてくるが姿は見えない。部屋を見るとすりガラス製の間仕切りが設置されており、そこへぼんやりと人影の姿が確認できた。そして声もちょうどあのあたりから聞こえた。


 「あぁ…すまねぇな。ちょっと手間取っちまってな。」


 「えーと、その声は確か谷戸だったか?まぁいいさ。気にするほどでもねぇや。適当にそこらへんに座っとけ。人数分の席が足りなければ…まぁどうにか考えろ。」


 「ったく…とことん面倒な爺さんだ…。」


 促された通りに置いてある席を見ると3人用のソファーと反対側には一人用のオフィスチェアーがぽつりと置いてあった。お一人用はまぁサンディーが座るとして、あの爺さんの言うようにやはり足りない。周囲を見回して座れそうなのは机ぐらいだが、流石に机に座るのは行儀がどうとかそういう範疇を超える。まぁだいたいこういった場合の割り振りってのは常識的にいけば1つしかない。


 「おう」


 仙石にアイコンタクトを送ると、あいつもわかっているらしくふんふんと再度席の数を数えながらいくらか頷いた。「ほら、ついたぞ。いつまで掴んでるんだ?」とルカをまずはソファーの一番右端へと降ろす。若干腕に力を入れてまだあのままでいようと抵抗された気がしたが、それよりもじわじわと辛くなる腕の筋肉せいでよくわからないままだった。次に仙石がルツを左端に背中からノエルの助けを借りて降ろし、最後に中央にノエルがひょいと収まる形になった。さすがに女の子だけだと隙間が残る。あと一人ならぐっと詰めて座れそうな気もするがそこまでして楽しようという気も無い。ルカとルツは人肌冷めてか固い革張りのソファーの居心地が思いのほか悪かったのか不満げながらも目をこすって大きくあくびをした。


 「おー、どれどれ。今行くわ。」


 そう言うとサンディーは2つのコーヒーと3つのオレンジジュースをカップに入れ、盆にのせてやってきた。机にとんとんとリズムよくそれらのカップを並べると不思議な顔でこちらを見る。


 「あら?そういやお二人さんは座らんのか?」


 「アンタ、そう言うがどう見ても椅子がねぇだろ!どうしろってんだ!」


 「んにゃあ机にでも座ればええやろ。ワシは気にせんで?…まぁええ。全員そろったんなら早速話させてもらうわ。」


 サンディーはボロのオフィスチェアーに座ると、急に神妙な顔つきになり、あの時同じような低い声で話を始めた。


 「ええか、あぁ言ったんはあの工場には旧式を扱う技術なんぞこれっぽちも持ち合わせちゃいないってのを言いに行ったんだ。」


 「しかし…待って下さいよ。あれはたしか最新の…」


 「ああ、そう焦るな仙石。あれは最新だとも。最新の設備だ。だがそういった高度な機械でも再現し得ないのが職人が伝えてきた技術だ。あの圧延鋼も一目見れば同じ厚さだと思うだろう。現にウィリスたちもそういう事にしてスペアパーツを作って備蓄している。だがな、あれは風圧によってかかるエネルギーの差で一部だけ他よりも大きく消耗する部位がある。そこでけは若干だが厚くしねぇとバランスが取れん。」


 「では…あの高温化したエンジンも…」


 「思うに入れてある冷却液の組成が異なるんだろう。今ここで主流なのはエプターワンと呼ばれる高伝導型の混合液だ。こいつは従来品よりも少量で稼働するから作業員もそれだけ水冷タンクに注ぐ分量を減らした。だがそいつは見落としてるんだ、それだけで現在も各機が稼働できているのはエンジンの排熱効率の上昇があってこそ。まだ排熱量も多く、籠りやすい一式戦闘機じゃあ絶対的に足りねぇ。」


 「いいか、あいつらはおめぇらの愛機に現用パーツを組み込んであらぬ故障を誘発させている。どの装置もその時代からある合わせたものを使用しなけりゃならんのは常識、そして今の火星でんなもんで修理が出来るのは俺らぐらいなもんだ。だがな…唯一武装はその範疇に入らねぇ。」


 「おい、入れ。」


 そうサンディーが言うと、さっきと同じ奥の仕切りの向こうの部屋らしき場所から台車を押した少女がこちらへガラガラと音を立てながらやってくる。背中に大きなリュックを背負ったルツと同じぐらいの背丈、動きやすそうな半袖の作業着を身にまとっている。そして台車に積み込まれていたのはよく見る20㎜機関砲、ちょうど流星に装備している物と同じで…。いや、何かが違う。決定的って程では無いがマズルや機構カバーの形式が本来あるべき形とは別になっているのに気付いた。何かのカスタム型かとその機構部に近寄った瞬間、


 「おっと、違いに気づいたらしいな?」


そうサンディーがニタッと笑った。


 「そいつは相手側のプラズマ砲を改造して規格を合わせた砲だ。威力は格段に上がったが反動は今までと同じ。それに弾詰まりも無い。いいモンだろ谷戸?」


 「へぇ、どうしてこんなものをアンタが?…それにその子は?」


 「あぁ、こいつはウチで雇ってるコレクターの一人のミヤだ。」


 「コレクター?」


 「何だコレクターも知らんのか?まったく、ここへ来る前にお前は何を聞いてきたんだ?何も調べなかったのか?」


 「すまねぇな。生憎昔の癖でそういった背景には触れない事にしてるんだ。こちとら傭兵業。もちろん依頼は多々あるが、その依頼が常に正義に基づいてあるとは限らねぇ。場合によっちゃ虐殺やテロに似た事も請け負う。そういったときに雇い主を裏切らんように情報は作戦関係しか仕入れねぇんだよ。」


 「はぁ…まったく、手のかかる奴が来たもんだ…。いいだろう、そう言おうが今の君らは軍属だ。ここであったことを知らんままではこの先話にならん。」


 サンディーは腕を組んで一息つくと目を瞑ったまま語った。


 「いいか、これから話すのはただの老いぼれのつまらん昔話だ。」

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