第9話『壊れた機体と溢れる想い』

 暫くして運転手がこちらに声をかける。「到着です、我々は暫くここに留まって搬入や移動の予定を組んでおります。宿に戻る際はまたお声掛け下さい。」とにこやかにほほ笑んだ。未だにすやすやと心地よさそうに眠っている三人を起こそうと席を立って後ろへ行こうとした所で仙石にぐいっと腕を掴まれた。彼は口の前に人差し指を立てるジェスチャーをすると、そのまま親指でバスの昇降口を指す。「ふぅん。」俺は小さくそう呟くと仙石と共に車両を降りた。その先に見えるのは開いたシャッターの中規模ないくつかの倉庫。中は非常にすっきりとしているがその床や屋根、さらに言えば壁などは真っ赤な鉄さびに覆われて所々に小さな穴が垣間見える。工場周辺に立てられた電灯のおかげか、天井部分に空いたいくつかの天窓から光が指していた。内部から新しい建材で補強されている部分のおかげでどうにか倒壊する危険性だけは無いと素人目にも言い切れそうだ。


 「なぁ仙石…こりゃどうも…。」


 「ははは、〈新しい〉ってのはどうやら新設されたって訳ではなく、無人化した施設を買い取って再開した事業の経過年数の事だった訳か。」


 「はははって…笑って…いいのか?これ。」


 そう不安げになりながらも話をしていると、先ほどの倉庫のうち丁度目の前の端からあの老人がひょいと現れた。あの時とは違ってオイルまみれの黒くなったツナギに大型レンチを携えている。その姿はあれだけの年齢の経過を感じさせないほどに力にあふれ、若々しい物だった。サンディーはこちらの顔を覗い知るとにかっと笑って近づいて来た。


 「よぉ若けぇの!ちゃんと来てくれるとは嬉しいじゃねぇか。なぁ?隊長さんよ」


 「ええ、こちらこそ。ですが我々も…」

 

 「わーっとる。あんときにワシが言うた事が不思議なんじゃろ?声に出さんでもこれだけ生きとったらそれぐらい察せるわい。がはははは!」


 「おう、そうだよ爺さん。俺はこの仙石と一緒にその真意を確かめに来たんだ。そこまでわかってんなら話は早い、アンタ、俺たちの機体に細工してねぇだろうな?」


 だが意外にも俺がこうやって詰め寄ろうともサンディーは何の動揺する姿も見せない。そればかりか「ほれ、見たことか」とさらに自身気な顔つきへと表情を変化させた。そこからは一切の噓偽りのような物は感じ取れない。


 「ええか若けぇの、あれはワシが手を出さんかったからああなったんじゃ。まぁ、ここで話すのも何じゃけぇ…事務所まで来ぃや。…そういやあの3人のちっこいのはどうしたよ?」


 「んあ?ルカとルツとノエルの事か?」


 「おぉ、そんな名前やったんか…。まぁええが…。」


 「ならバスで眠ってる。初出撃でお疲れなんだ。」


 「ほぉ?そりゃまぁ…。じゃがワシとてあんたらの機体を治すに時間がいる。それにどうやらひどい誤解をしたままの様じゃからの…。そいつらも呼んできてくれ。ワシは先に事務所で待っとる。わざわざ同じ話を何度もするのはお断りじゃからな。目の前の車庫裏なんで、間違えるなよ。」


 「ったく…。そこまで爺さんに心配されなくても行けるさ。」


 「…ふふ。元気な奴らじゃなぁ…。気に入った。」


 そう告げると老人は先ほどの車庫に入ってその裏口と思われる扉から出て行ってしまった。仙石は「はぁ」とため息をついてバスに戻っていく。数分して気だるそうな3人を引き連れて戻って来た。ノエルはしっかりした性格からかもう目を開けているが、ルカとルツに関してはもはや半寝状態でそれぞれルカはノエルに、ルツは仙石の後ろにもたれかかったまま介抱されるがごとくふらふらと進む。あまりのひどさに見かねて俺も駆け寄ると、ルカは「あ…アニキぃ…。」と呟いて俺の背中に抱き着いた。どうやら予想以上に夢の中らしいのだ。


 「ったくしゃぁねぇなぁオイ…。」


 体を反転させ致し方無く俺はルカを抱き上げた。俗に言う所のお姫様だっこといった感じだろうか?本人がこの状態の今だ、無理に背負ってしまえば万が一の可能性として滑り落ちてケガをするやも知れない。別にファイヤーマンズキャリーでも俺自身は一向に構わないのだが、あの方法で年頃の少女を担ぎ上げるのはいささか憚られる。普段使わない筋肉に一気に圧がかかった。


 「お前…割と重いな…。あっ、」


 ついうっかり口が滑って思ったことをさらけ出す。しかし普段は怒って殴りかかってくるはずが、意外にもルカは大人しいままだった。

 

 「アニキ…。さすがにそれは酷いっすよぉ?これでも女なんです…から…。」


 「…怒らないのか?」


 「…今だけは別ッス…。」


 そう言うと俺が表情を確認する間もなく、ルカは俺の首の後ろへと手を回して顔を逸らす。心拍数がトントンと上昇し、体温が天井無しに上がっていく気がする。この人数の前では平静を装うのがやっとだが、堪え切れないほどの心音はきっとルカにも聞こえている事だろう。ふと顔を上げて仙石を見れば器用な手つきでルツを背負い上げていた。…ただし、その後ろからノエルが念の為に支えている形ではあるが…。またも完全に睡眠状態に入ってしまったルツはさておき、仙石はノエルに聞く。


 「今日は…私が気づけなかったばっかりに迷惑をかけてしまった。大分疲れさせてしまっただろう?もう寝たいだろうに…。」


 「まぁ…そういわれればそうですけど…。それぐらいは覚悟の上ですから。それに私は仙石さんを責める気なんてありませんよ。私だけじゃない。ここのみんながです。いつもいつも一人で抱え込むのは…悪い癖です。」


 「…すまない…。」


 「ほら、もうそうやって謝ってばっかり…。やっぱり私じゃ頼りない…ですか?」


 その返しに仙石は暫くの間黙っていた。しかしそれはノエルが残念そうに肩を落として俯き、次の言葉を口にしようとするほんの直前のことだった。


 「…私は…慣れすぎた戦争が怖い。」


 「…えっ?」


 その重く小さな呟きに驚いたのか、ノエルはルツの体重が仙石に全て乗ったことを見計らって前に進み出た。進んでいた足がぴたりと止まる。仙石はがくりと膝をつき、顔をうつ向かせる。ぼろぼろと大粒の涙を流すあいつの姿を俺は今日初めて見た。両手が背中で塞がっているせいで本人はその水滴を拭う事さえままならない。


 「本当はそれでいいんです。」


 ノエルはそう言って優しく微笑むと、涙の伝う右頬にゆっくりと熱いキスをした。

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