第8話『青い夕焼けに照らされて』

 ガタガタと音を立てて揺れる機内、速度は少しずつ下がり続けてぴたりと停止した。風防を後ろに引き下げて大きく息をする。誘導員が曳くままに俺と仙石は列になって最も奥にある簡素な格納庫へと機体を停めた。ひょいと降りるとマーシャラーは物珍しそうな目でこちらを覗き込んだ。


 「これは…相当古い機体ですね…。私も長い間こうやってこの職務についてはいますが…いったいいつごろから運用されているんです?」


 「あぁ…軽く1世紀と少しってところだな」


 「い…1世紀!?どうしてそんなものがまだ動くんです?信じられない。」


 「あぁ、皆そう言うよ。実際の所こいつにはもう初期から残っている言える部品なんざ残っちゃいないだろう。何百回と同じパーツを作って貰っては組み込んでる。俺が地球で無茶してた頃はずっと1つの作業所だけに依頼していたんだ。何十年と親子代々続く所で…コイツが今日も飛べているのは彼らのおかげさ。」


 マーシャラーは感心したように数回頷くと「ここからは我々にお任せ下さい、他の方が休憩室でお待ちです。」と付属する建物の1階を指差した。俺が「ありがとう」と一礼してその場を去ると、彼はてきぱきと翼を畳み込み、カバーを掛けて大型の輸送トラックの荷台に載せていく。重い外ベルトを外して窮屈なスーツから体を開放すると数時間ぶりにやっと地面に帰ってこれたという実感が湧く。専用入り口から指定された場所へと向かうと、既に仙石とルカ、ルツ、ノエルの4人はそこにいた。


 「アニキ…お帰りなさいッス!」


 いの一番に話しかけてくるルカにノエルはちょっかいを入れた。


 「あらあら…ルカちゃんったらそんなに我慢して…。無線が繋がらなくなった時はもっと大げさに泣きそうになっていたじゃない?『アニキが帰ってこなくなっちまうかも』って。」


 「ちょ…ちょっとノエルねぇさん!それは言わない約束だってさっきぃ…」


 「でも…ルツは…仙石さんも帰ってきて嬉しーけど…な?」


 その頃、ルツは仙石の腹部へと自分の顔を押し当てて抱きついていた。2人ともそれなりに身長差があるせいか、知らない人間が見れば親子のようにさえ思えるだろう。仙石はそんなルツの頭をゆっくりと撫でて「よく頑張った。今日もお疲れ様と微笑みかけた。実際の所ルカやルツ、ノエルたちの本当の意味での両親というのはあの日以降行方知れずだ。戦災孤児としてまだ幼かった3人を「この空域は私が飛んだ場所、だからこそ私には不幸な彼女たちを幸せにする責任がある」と引き取ったのもあの仙石という男だった。はっきり言ってしまえばあの時から俺達の契約形態はフリーランス、俗に言う雇われ兵士だ。傭兵なんて言い方もされるが、それほど格好の良いモノではない。ただ私欲とか名声とか金といった思い思いの目的のために飛ぶだけで、そこで発生した副次的な被害については誰も目もくれようとはしない。した所で何の意味もないからだ。だいたい新参ほどそれを気にするが、数戦から数十戦の命削る機会に出逢えばそんなことは何を言われずとも自ずと観する。


 だがこの男だけは違った。無駄に義理堅いと言うか、本人なりの正義を突き通す人間だった。だからこそあれから十数年経った今でもあの子たちは仙石の事を親同然に慕っている。その点で言えば俺の扱いは兄貴とか伯父とかそんな感覚なのだろう。


 大きく頬を紅潮させたルカはさっとノエルの後ろへと身を隠す。ノエルはまったく仕方がないなという顔でこちらを見た。それになんだか少し笑いが込み上げて、あやうくこの空気をぶち壊してしまわぬように堪えるのが今日一番難しかった気がする。


 「あぁ…ところで、今後の事なんだけれど…。」

変わらず安心しきった留津をゆっくりとなでながら仙石は破損した機体についての話を切り出した。


 「谷戸には既に伝えてはあるが、今回の出撃で各機少なからず損傷を受けてしまったと思う。私の機体だけは一見無事なようだがいずれ放置していればガタは来るだろう。そこで…サンディーの新しく置かれた工場へ搬入しようと思う。もう夜だが、今日はあと少しだけ付き合ってくれ。」


 その言葉に皆はただコクリと頷いた。5人で基地を出ると完全に日は暮れていた。闇夜に続く電燈の光は煌々と輝く都市へと大動脈のように続く。駐車場には5台の大型トラックともう1つのマイクロバスが止まっていた。その運転手は車内からこちらを見つけると帽子を少し上げて挨拶し、ドアを開けた。乗り込んだバスとトラックは車列を組んでサンディーの整備場へと向かう。車中で彼と話している安全のために速度をいつも以上に落として走るため、到着もそれだけ遅れるらしいと聞いた。振り返ると後部座席の倒した3連シートでルカたちはぐっすりと眠っている。慣れない環境での緊急任務だ、よほど疲れてしまったのだろう。よく見れば真ん中のノエルのそれぞれの手をルカとルツが優しく握っているのが何とも微笑ましい。


 「仙石…もうあいつら寝ちまったな。」


 「むしろあの年でこんな場に居ることが不釣り合いなんだ。…私はあの子たちに普通の女の子として青春したり、だれかと笑ったりして居て欲しかったんだけれど…。どこかですべきことを間違えたんじゃないかって毎日のように思うんだ。」


 「はは、まだそんなこと考えてたのか?お前が飛ぶ姿を見て、憧れて、ここを目指したのはあの子たち自身じゃないか。覚えていないのか?俺たちが地球であの子たちを初めて乗せてやった日、どれだけ楽しそうにしていたことか。それにああやって空を目指したのはもうひとつ理由があるんじゃないかと思うぜ?」


 「もうひとつの理由?」


 「なんだ?気づいちゃいなかったのか?まぁ、そうだろうな。お前は自分が思っているよりもあの子たちに大事にされてるんだぞ?」


 「つまり…どういうことなんだ?」


 「あぁ…そう大声出すな。あの子たちが起きちまうだろうよ…。ったく…。でもまぁこいつは秘密にしとくよ。お前がいずれ自身で気づくべき事だ。今にわかるさ。」


 「そう…なのか?」


  残念そうな顔の仙石を見るのはいささか久しぶりのような気がする。しかしまぁこれでいい。3人にとって仙石は今や親代わりなんて軽いもんじゃない、あいつらも1人の女の子としてこの恋愛感情ゼロの救いようのない男の事を見ている気がする。まぁいつになるかは予想もつかないけれど。

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