第6話『最も幸運な不死の鷹』

 「ブレイク!ブレイク!」


 それに呼応するように大きく叫んだ。仙石が俺をタニと略して呼ぶ時はかなり本気になっている証拠だ。はるか後方から近づく2つのミサイルはぴたりとこちらの背後につくような射角で速度を増しながら入ってくる。だがそれがこちらとしては一番見切りやすい。2機はフラップを着陸まで引き延ばし、エアブレーキをかけてスプリットSの機動を行う。高い遠心力から生み出される正のGに体を押しつぶされそうになりながらもただ地面へと重力と共に落ちる。こちらの挙動の変化に追いつくようにミサイルもぐにゃりと半円を描き迫る。高度20mに差し掛かった時、2機はまた水平飛行状態へと姿勢を戻していた。その瞬間、真後ろで2つの爆発音が響いた。亜音速で飛翔する兵器はその速度上旋回半径が大きく伸びる。それは地面付近で再度ターンを行って対象を狙うにはあまりにも無理があった。地面に叩きつけられた弾頭は2次的な着発信管の作動によって岩石を巻き込んではじけ飛んだ。


 「ふざけんじゃねぇ!今のは一体何だ!?俺たちは任務を中止しちゃいない!」


 「落ち着け、タニ。どれだけ高速で飛翔しようとこの距離をあの短時間で移動するなんて不可能だ!これは友軍施設からの発射なんかじゃない。」


 「じゃあなんだって言うんだ!?俺たち二人が警戒していてあそこまでAAMに接近されていたなんて事が過去にあったか?管制もなぜこれを警告して来なかったんだ!?まだここは防空警戒網のエリア内の筈だ。」


 「いや…そうじゃない。そう出来なかったんだ。チャンネルを合わせてみろ。どこもひどい雑音しか返って来ない。ここら一帯に何らかの強力な妨害が働いてる。」


そこまで仙石が言った時にヘッドフォンの向こうからもう一つの男の声が聞こえる。


 ≪正解だ。≫


「ッ…誰だアンタは!どこにいやがる!」


 手元に目を落とし、近距離レーダーの画面を見ると、そこには敵機の赤丸が何十とエリアを埋め尽くすかのように表示されていた。しかしさらに注視して観察するとそれらは一定間隔で反応が消えたかと思うとまた別の場所にテレポートしたかのようにしてまた表示される。そこからまた縦横無尽に移動しているようだがその動きは余りにも不自然すぎた。


「おい!仙石!この空域にまだいくつも反応があるぞ!」


「いや、こいつは電子妨害だ。よく見ろ、確かに動いてはいるがそれぞれの動きがめちゃくちゃだ。たった2機に対し多数で攻撃を仕掛けるってのに編隊単位で動かなければ逆にお互いの足を引っ張ることになる。この動きは単独戦闘のモデルだ。」


「ってことは無線に続いてレーダーまでイカれたって訳か。しかし…あの機体は光学迷彩でも装備してやがるんじゃねぇのか…?」


≪…今更気づこうが手遅れだ。追加の部隊も手土産に叩き落してやろうと思ってみれば…飛んで来たのは骨董品だな…。これじゃあ撃墜記録の足しにもならん…。≫


「どこの人間か知らんが…この機体をナメるのはあまりお勧めしないな」


 仙石は見知らぬ声に向かって淡々と挑発を繰り返す。その言葉に乗せられてか「だったら今すぐ地獄へ叩き落してやる」と声だけの相手は激高したように話した。そこまで来て仙石は一気に此方へニアミス寸前まで距離を縮めると無線機の前でバツ印を作り、次に右腕でまっすぐ前をさし3回腕を振った、そして最後に腕を数回円形に動かす。俺はコクリと頷き右腕を上げ、了解のジェスチャーを返した。それを見届けると仙石は編隊を解除し、一気に高度を上げる。

 あの動きは各隊で決めている指示法で、それぞれ無線機を使用するな、3キロ先まで直進しろ、格闘戦に移れ。の意味合いを持っていた。あちら側からすれば既にこのエリアの電子通信を全て掌握している状態だろう、そんな中で無線を経由して指示を送りあうなど愚策そのものだ。次に自分はこう動くのでどうぞ撃ち落として下さいと言わんばかりの行為。しかしこれには十分な弊害もあった。お互いが目視で手の動きがわかる距離まで接近しなければそれ以上の意思の疎通は不可能になる。その為何があっても絶対に指示は守らなければならない。


 仙石機は俺の真上までぴたりと付くとそのまま機首をこちらに向ける。気づいた時には数発の弾丸がそこから発射され、俺の機体の右翼燃料槽をぶち抜いていた。ほんの数センチ先で弾ける弾丸と破片。4発の7.7㎜弾はそこにくっきりと弾痕を残し、同口径の空いた穴から大量の燃料が空中にまき散らされる。


 「おいおい…マジかよ…フラップも油圧系も掠らずにタンクだけ打ち抜く技術はすげぇが…これじゃあ俺は空戦どころじゃねぇ…だがあいつの事だ…きっと何か…。」


 ≪おいおい、逃げ切れないと解ったら同士討ちか?とんだバカが増援に来たもんだ。これじゃあポワローの奴らも浮かばれねぇなぁ?お望み通りそのオンボロから叩き落してやろう。≫


 後方からジェットエンジンの音が聞こえるが姿はそれでも見えない。肉眼でもレーダーでも観測できない何かが俺の機体へ向かって近づいてくる。だがその時だ。さっきまで黙っていた仙石が予想だにしなかった事を口にする。


「…見えた。」


 その声に機体を反転させて後ろを向くと、ちょうど燃料が飛び散ったエリアに何か黒く汚れた何かのシルエットが見えた。流星の死角は後方下部…さらに地面が近く、目視できる砂煙を上げないために敵機の高さは制限される。と、するとアタック可能なのはその45度前後に限られる。仙石はこれを狙ったのだろう。


 真っ黒になった機体が誘導を失って航路を変える。きっとセンサー系統に油がついて異常信号を発したのだ。それを逃すまいと今度は仙石の20㎜機関砲が火を噴く。放たれた弾丸は機影の中央にいくつかの有効打を与える。「クソッ」とまたあの声が発された後に光学迷彩が無力化され、今まで隠されていた全貌がそこに現れた。それはエルロンロールでこびり付いた燃料を吹き飛ばすと、見えてきたのは鷹のデカールと統合政府側で運用されている物と酷似した機体。側面に描かれた番号は02番。その姿に俺はどこか見覚えがあった。いつかの従軍記録に添付されていた写真と同じ、英雄と称えられた〈速水大尉が愛用していた試験機の姿〉そのものだった。

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