第4話『約束された死へ向けて』

 「…へ?」


 ルツが素の返事を返し、それ以外の一同もその声の主に注視する。仮に突発的な死の宣告のような何かを今俺たちが受けたのだとしても全くもって意味が解らない。一歩踏み出し、何か言いたげな仙石を掌で静かに制止させ、老人はなおも話を続けた。正確には誰もそのどっしりとした無言の威圧の前に面と向かって立ち向かおうという気にはなれなかったからだと言った方がより正しいと言える。


 「いいか、その機体ではこの空を飛ぶには余りにも異形が過ぎる。しかし今はゆっくりと説明出来るほどの時間は無い。ただ、もしワシが必要になったんなら此処に来ると良い。真後ろの高速道はいい滑走路代わりになる。くれぐれも用心しなさい。」


 彼は最後に自分をサンディーと名乗り、そのまま仙石の胸ポケットに文字の書かれた紙切れを突っ込んで足早に去って行った。サンディーと入れ替わるように奥からはウィリスがやってくる。手には6枚のデバイスを大切そうに抱えて。


 「あぁ…皆さん申し訳ない。…で?どうです?ここがこれからの皆さんの拠点となりますからね。どうかメカニックとのトラブルだけは出さないようにお願いしますよ。なにぶん最近のパイロットは…こう傲慢というか…。ぶつぶつ…。」


 「は…はぁ…」


 相次ぐ一方的なお話にさすがのルカも押され気味、そんな諸注意のような愚痴のような伝達を一しきり聞いた後に先ほどから我慢していた仙石が今度こそとばかりにウィリスへと質問を投げかける。


 「あー、っと。話の途中で悪いのですが…。」


 「はい?施設の使い方で何かご質問でも?」


 「いえ、そうではないんですが、先ほど私服の老人がここにやってきて…それで」


 最後まで仙石が言い終わらないうちにウィリスは何か思い当たるものがあったようで、少々困った顔をしてあの老人について答えた。


 「あぁ、また来ていたんですか…。」


 「また…とは?」


 「……。パイロットさんたちには関係ない話ですが…。まぁいいでしょう。あの老人はこの施設が出来る前、同じ場所で町工場を営んでいた人らしいです。しかし、有事法の元、工場が一方的に取り潰された恨みか何か知りませんが、今でもこうやってここに邪魔をしに来るんです。本当にこっちとしては迷惑な話でねぇ。確か、あの工場も航空機整備を生業にしていたんだったかなぁ…?」


 「ああ、でも心配ご無用!あんな古ぼけた隙間だらけで不確定な手作業しか出来ない落ちこぼれの小企業なんかとこの国営整備場は全くもって正反対。どんな最新機器にも素早く対応、完璧な作業機械によるミスのない設計。いやぁ…皆さんここに配属されて幸せ者と言うべきですよ。ははは。」


 しかし、高笑いをしていたウィリスは急に人が変わったように、ほんの少しだけ仙石を睨んで詰め寄るようにして聞き返す。見ている俺に対しては何の弊害も無いはずだが、なぜかこっちにまで悪意とか敵意が向けられているように感じる。


 「……。仙石さん。あの老人に何か変な事言われたりしませんでしたか?」


 「いえ…特には…。」


 「なら大丈夫のようです。さて、次はこのデバイスの使い方を…」


 再びいつもの声色と調子に戻したウィリスが「一人につき一台の支給品ですから紛失する事の無いようにお願いします。」と両手に収まるタブレット型のデバイスを手渡していると、突然場内に大きなサイレンが鳴り響いた。それを合図にして、いままでゆっくりと動いていた作業員が一斉にあわただしく移動を始める。最も出口に近い場所に駐機されていた6機の元へパイロットスーツを着込んだ乗員がそれぞれ乗り込む。誰かへ指示する怒号のような声がこだまする中、機体の真下の地面が切り取られたようにゆっくりと沈み込んで彼らは地下へと消えていった。それから1分も絶たないうちに周囲は爆音に呑まれ、数キロ先の地面からまっすぐ天空へと続く6本の飛行機雲がそり立つように形作られていくのが見えた。一連の動作が終了すると再びここはつい先ほどのような機械音が淡々と響く単調さを取り戻した。その時、俺たちの言いたい事をさも察したかのようにウィリスはコホンと咳をしてから


 「あれはこの整備場に設置されている緊急発進システムですよ。」


 そう手元にある自分用のデバイスを眺めながら言った。その姿を真似るように俺も渡されたデバイスを確認するが、そこには何の変化もない。いくらスワイプしたりタグを開いてみても設定画面や今朝のスケジュールが表示されるだけだ。不思議に思って口に出す。


 「こっちの画面には何の変化も無いんだが…?」


 「あぁ、それはそうですよ。こっちは管理官用、それは士官用ですからね。気になるようですから念のために言いますが、今のは本部からのスクランブル指示です。丁度基地にある全航空隊が東側空域の警戒といくつかの任務の為に出払っていたのでこっちまで回ってきたらしいです。うーん、しっかし…ここからの出撃はかなり珍しいのですが…いったい今回はどうしたんでしょうね…。」


 暫く黙り込んだウィリスだったが、考え込んでもどうにもならなかったらしく俺たちを近場にあった鉄鋼材の束を椅子代わりにして座るように頼むと、画面を使って今後の兵装の追加や定期整備の期間などについて事細かに説明が始まった。数十分の打ち合わせの後に長いお話は一旦区切られ、各自個人装備の確認をしてくるように指示された。酸素マスクに飛行服、このサングラスは俺が地球から愛用している物だったが、それらは一纏めになるようにして自分の名前の書かれたロッカーの中に用意されていた。男女別に分かれた更衣室で俺と仙石は共に点検を行っていると突如としてまたあのサイレンが響き渡った。


「またどこかの隊が出撃するのか…。今日は忙しい日だったらしいな」


「いや…谷戸…。これは…RAF隊への出撃命令だ。」


「はぁ?んな訳があるかよ。あんなに駐機していたんだ、あれのどれかが飛んでいくに違いねぇよ。」


 しかし、仙石が手にしているデバイスの画面には確かにRAF小隊長宛の任務詳細とメッセージが表示されていた。間髪置かずに俺の物にも同じメッセージが届く。


「ああもう!こんなに早く出撃なんてフザけてやがる!」


 文句を繰り返しながら目の前の装備へと一気に着替えて更衣室を出るとルカたち3人とばったり会った。彼女たちも既に準備を終えているらしかった。一気に一階へと駆け降りるとあの5機は先ほど出撃していった部隊が機体を並べていた場所にぴたりと移動されている。流星に乗り込んで地下滑走路を突き進んでいる間に思い出したのはサンディーの「3人は間違いなく死ぬ」という言葉の真偽についてだった。

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