第3話『オンボロと呼ばれた隼』

 俺たちはあの呼び出しから数十分後には既に目的の工廠へと到着していた。周囲を小規模工場に囲まれた施設で、他と比べると外装もまだまだ新しい。思うにこの施設だけは最近になって他の町工場を潰したか、空き地になっていた所に新設されたのだろう。カモフラージュの為か灰色に塗り上げられた壁は見慣れたコンクリート製かと思えたが、近づいてトントンと数回叩くとそれが衝撃を吸収する繊維質の何かによって組まれているのだと知ることが出来た。数分待たされた後にその建物の中から一人の事務員らしき男がこちらへとやってくるのが見えた。彼は手元の書類らしきものをパラパラとめくりながら小さく会釈をする。


 「お待ちしておりました。私はこのアスクレウス工廠の管理官をしているウィリスと申します。今回はこの第1軍14大隊下51航空中隊所属4番小隊を担当するように仰せつかりました。」


 と、噛みそうになる程に長い正式名称での確認作業が行われる。灰色のスーツに整った顔と刈り上げショートの若い風貌のウィリスと名乗ったその人は自分の首から提げているICカードをこちらに見えるように摘み上げると、同様にそちらのカードも見せて欲しいと言ってきた。俺たち5人が同じように見せると、ウィリスは暫くそれらを1枚づつ確かめる。太陽光に照らされる度に印字された特殊インクはキラキラと輝いて空軍の符牒と個人識別コードが見え隠れする。ずっと昔から使われている偽造防止機構だが、やはり利便性と手軽さから今も対人での認証において現役で運用されている。最後にまたウィリスはコクリと頷くとまた話し始める。


 「…では第1軍14大隊下51航空中隊所属4番小隊長仙石大佐殿及び小隊員の…」


しかし、言い終わらないうちにそれを遮るように仙石は


 「あー、ウィリスさん、それだと言い難いでしょうから我々の事はRAF隊と御呼び下さい。現に身内でもそれで通っていますから…。それに、私の事はただ仙石で構いませんよ。そちらのほうが気楽ですからね。」


 と割って入った。ウィリスは初めこそ困惑したようだったが、廊下を進んでこの隊についての紹介をしているうちにいつしかそう気兼ねなく俺たちを呼ぶようになっていた。紹介とはいってもそうそう堅苦しいモノではなく、RAF隊の由来はレシプロ式の空軍を意味する〈Reciprocating Air Force〉と皮肉られた事からつけられたとか、地球で従事した際の思い出話だとか、本当にただただそんな程度だった。広大な整備場を数分かけて歩いていると、丁度いくつものガラス窓からその内部を見渡せる遊歩道のような場所へと到着した。そこから見えるのは何十機という最新のマルチロール、所謂攻撃戦闘機の面々がずらりと一直線に並んで整備を受けている最中だった。何百人というメカニックがそこを行き来し、見たこともないような部品と機器がせわしなく働いている。すると突然ルカが「あっ!」と何かを指さして大きく声を上げた。俺もそれに反応するように指先が向く方向を見ると、そこには異質な程に目立つ深緑色の5機のプロペラ機が駐機していた。うち2つは俺と仙石が搭乗する流星改、そして後の3つはKi-43-IIIの開発コードを持つ一式戦闘機〈隼三型〉の姿があった。ノエルは少しばかり笑って小さく呟いた。


「ふふ…確かにこうやってジェット式の中にプロペラ…しかもレシプロ式が混じってるなんて、きっと軍部のお偉いさん方が見たらびっくりしちゃうでしょうね。」


「んー、そりゃそうッスよね。色も形もまるっきり違いますし…。あ、そっか!もうここは地球ですらないんですもんね…。うーん、後で茶色とかの砂漠用迷彩に塗り直しかぁ…。なんだか予想できない仕上がりになりそうッス…。」


 ちょっとだけ残念がるルカはどうもこの塗装がかなりのお気に入りだったらしい。しかし木々はおろか植物も殆ど生えていない火星ではこの塗装が非常に目立つのもまた事実だった。また、機体デカールも傭兵時代は元々の日の丸のままの運用が許されていたが、正式に軍隊に所属するとなるとそのマークも所属航空団の物に変更しなければならない。これだけ愛着の沸いた機体が大きく様変わりするのは俺としても楽しみな反面、不安の方が大多数を占めていた。結局戦争とはそういう事なのだろう。ただ黙々と物珍しいように上から最新型の整備場を眺める俺たちを気遣ってか、ウィリスは整備場へとつながっているというエレベーターを指してある提案をした。


「そこまで気になるのであれば実際に下まで降りて近くで眺めてみますか?アスクレウス自慢のエンジニア達とも交流するいい機会です。どうせといっては何ですが、これからしようと思った話題も整備についてですから構いませんよね?仙石さん。」


「えぇ…そうです。うちのメンバーもなんだか興味津々みたいですから助かりますよ。何せ、ここまで大型の施設にはお世話になったことがありませんから…。」


「それならば話は早いですね。では皆さんはこちらのエレベーターで下へと向かってください。何かわからないことがあれば他の管理スタッフが答えてくれます。彼らは左腕に紫の腕章をつけていますから一目でわかるでしょう。私はいくつか資料を入れてあるデバイスを取ってきますので先に行ってお待ちくださいね。」


「ご丁寧にありがとうございますウィリスさん。ではあちらでまたお会いしましょう。」


 会話を終えるとウィリスはどこか奥の方へと小走りで進んでいった。俺たちは言われるままにエレベーターに乗り込み整備場へと進む。様々な工作機械や積み上げられた工具を避けながら目立つ機体の元へ到着するのにそうそう時間はかからなかった。近づいて見てみると3機の隼の主翼には黄色のテープのようなものが貼られており、そこには整備済の文字が書き込まれていた。しかし俺と仙石の流星にはそのテープはつけられていないままだ。不思議に思ってウィリスの言うように近くで作業を管轄していた紫の腕章を付けたスタッフに聞くと、「その2機は搬入が遅かったのでこれから整備を始めるところですよ」と答える。へぇと相槌を打っていると作業着を着ていない杖国の男性がどこかしらからふいに現れる。年老いた彼はただまっすぐに俺の目を見つめると、一言こう言い放った。


「なぁ、アンタら…悪い事は言わねぇからよ。次の出撃命令が下っても絶対にそのオンボロで飛び立とうとは思いなさんな。3人は間違いなく死ぬ事になるさね。」

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