『速水少尉の従軍記録Ⅱ』 

 2機は再び飛行機雲を引き連れて遥か8000m上空を飛行する。ここまで高度を上げて航行できるのには大きな理由がある。それはこの副動力機関が試験型核融合炉を採用しているからだ。旧来より航空機には燃料という大きな壁があった。長く飛ぼうとするほど大きく重く、機体は鈍感になる。小型機であればそれはなおさらで、航続を削ってでも機動力を上昇させるのがベーシックな設計思想だった。しかしそれを変えたのがこの動力であり、もしこれがジェットエンジン式であれば、きっと私は今頃このだだっ広い荒野を徒歩で這いずり回るハメになっていた事だろう。


 『あー、あー、管制応答せよ。繰り返す、管制応答せよ。』

 

 無線には先程から一定間隔で小隊長の声が流れる。どうも先程まで繋いでいたアエリア管制からの返答がめっきり無くなったらしい。


 「小隊長殿、どうです?繋がりそうですか?」


 『さっぱりだ。考えにくいがあっちでも何かあったんじゃないか?』


 「まさか…そんな訳が…。」


 暫くの間静寂が続く、あの惨劇の後だ。意気揚々としていたのも行きばかりで、過度の精神疲労とショックで双方ともがただただ黙り込む。しかし、その沈黙を破ったのは他ならぬ小隊長の一声であった。


 『なぁ…速水…。俺の見間違いであって欲しいんだが…』


 「…何でしょう?」


 『お前、さっき俺が射撃許可しないうちに撃ったよな?…聞かせてくれ、一体何を仕留めたってんだ?』


 「…いえ、何も。ただの試射ですよ。」


 『ほぉ…?じゃあお前がターンする前にいたあの市民はどうしたんだ?』


 「…。」


 その言葉に私はまたも黙り込んだ。あぁ…確実に、あの光景は見られていたのだ。

その瞬間脳内にあの時の光景がフラッシュバックした。何もかもが驚くほど鮮明に蘇ってくる。それは心の奥に押し流そうとした罪の意識も同じことだった。今更、弁解など出来る訳がない。民間人の射殺、それも大口径砲によるものとなれば間違いなく軍法会議で終身刑の判決を下されるだろう。しかし、あれが私に出来る最善の方法だった。幼い彼女をあの場所で救えないのなら、いっそ引導を渡して楽にしてやるべきだと、その時は信じて疑わなかった。しかし今になってみれば、現地の医療機関はまだ稼働していたかも知れないし、進駐軍が彼女を見かねて治療したかもしれない。そう、まだあの少女には十分なほどの可能性と未来が残されていたにも関わらず、私はそれを考えうる限り最も残酷で惨い仕打ちをしたのだ。それはもう言葉で言い表せない程で、もしあの斉射で即死せずに弾丸が急所から外れていたら…。彼女は…彼女は…。そこまで来て、なんとか保ち続けていた私の理性は一瞬で砕け散った。


 未だ無意識のうちに右手が動く。私の機体は編隊から外れ、隊長機の真後ろについた。照準器の丁度真芯の位置、ここからならまず撃ち漏らすことは無い。調子の良い事に無線も先程から繋がってはいないではないか。唯一死地から帰還した〈幸運なパイロット〉その事実を誰も疑おうとはしないだろうし、証拠を取ろうとしても機体は火星の砂の中。証明のしようもない。私の中で既に安寧への筋書きは完成していた。

あいつさえ今ここで落としてしまえば全に片が付く。ジリジリと指先がトリガーに触れる、この間数秒。人差し指に力が入りかけたその時、また無線が響いた。


 『俺をここで墜としたいのなら好きにしろ。そうした所で、お前の罪は消えやしない。仮に軍事法廷を逃れようと…だ。だが…あの判断は間違っちゃいなかった。』


 「え…?」


 『…ちっこいのはあの射撃でバラバラだ。見る限り間違いなく即死したさ。俺たち以外の僚機と同じくな。…それでも救いたかったんだろ?あの地獄から。』


 「…でも私は後戻りの出来ない選択を―――」


 そう言いかけた時、別の入電を知らせるランプが煌々と光った。あわててチャンネルを合わせると酷く落ち込んだ雰囲気を吹き飛ばす様に高い女性の声で連絡が入る。


《こちらルナ。都市防空兵器が既に無力化され、反撃の余地がありません!付近の航空隊に支援を要請します!シドニア空域東部に敵機18を確認!邀撃して下さい!》


 その言葉ははっきりと聞こえた。我々はどうやら気づかぬうちにアキダリア空域を越え、このエリアまで入り込んでしまっていたらしい。続いて目前のレーダーに赤い点が次々表示された。小隊長はただ一言『行くぞ』とだけ呟き、敵機へ向かって機体を大きく反らす。私もそれに追従するように後に続いた。気づいた頃には彼に対する憎悪も、軍規に対する反感も何もかもがどこかへと消えてしまっていた。


 彼はくるりと反転し、一気に高度を速度へと変換して真っ直ぐに突っ込んでいく。相手方もこちらの機体に気がついたらしいが攻撃してくるような気配はない。すると彼は少しだけ嘲って言った。


『あれは旧式爆撃機だな…いいか速水、このまま真後ろからぶち抜いてやれ!編成を崩さないあたりよほど重要な兵器を運んでいるんだろう。一発も落とさせるな』


「ッ…了解!」


 一糸乱れぬツーマンセルでの対空戦闘。短距離ミサイルの射程に入るなり一斉に弾頭をぶちまける。何本もの航跡を空に残し、次の瞬間大きな空振を伴って炸裂した。2機で計8発のミサイルはECM妨害を受けながらも6つがそれぞれの目標に命中、破損した敵機は煙を吹き上げながら墜落していく。


『残り12機!機関砲で対処しろ!』


 護衛機も持たない部隊など、こちらから見ればいいエサだ。圧倒的な技術差で敵部隊は1機、また1機と叩き落されていく。しかしやはり数が多すぎた。どれだけ高精度な射撃を行っても2機1600発弱の弾丸では撃墜に至るまでの絶対的な数量が不足していた。交戦開始から約6分、その大多数は撃破したがあと一機という所で全ての弾薬が尽きてしまった。いくらトリガーを引こうとも聞こえてくるのは空転音のみ。最後の小都市ルナまでの距離は既に残り6キロあまり、今から地上で補給を受けようとしても駐機中に巻き添えになるだけだ。


「小隊長…もう…これ以上はダメです!全ての武装が尽きました!」


慌てふためく私を余所に、何故か彼は落ち着いた声で返した。


『そう慌てるな。速水、偵察情報はまだそのブラックボックスに残ってるだろ?』


「…えぇ…確かにありますが…それが…?」


『なら良い。お前だけはそいつを持ち帰るんだ。俺には小隊員3人を見殺しにした責任がある、このまま帰って祝福を受けるわけにはいかないんでな。』


「待って下さい!それって…」


 そう私に告げると、彼は最後の敵機へ向かってオーバーロード状態で接近していった。だが運の無い事にほんの少しだけ時間が足りなかった。何故なら既に爆撃機の下部ハッチが開き、対地攻撃用兵装は既に自由落下状態へと移行していたのだから。

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