#43 Light the Fire

 碧銀の彼女は僕の元を離れ、虫の息の元猟奇的殺人者に向けて軽やかに飛んでいく。

 さ~て、僕は可愛い幼なじみの元にこの面下げて行くとしますか…。


 ここからの展開が大事だぜ? ……。


「やぁ、お姫様。元気してた? 白馬には乗ってない、地位も全く持っていない黒翼のダウナー系王子がお迎えにあがりましたよ」


 僕はやけくそ気味にそう告げて、屋上に降り立つ。

 地表に足をつける際には、苦もなく両翼を背中に収めることが出来た。もう慣れたもんだ。


「いえいえ王子様。こちらこそ見苦しい姿で申し訳在りません」


 やけに気取った挨拶を交わしてみたが、全く様になってやしない。僕達は示し合わせた様に笑う。


 亜希子は屋上の隅っこにある貯水塔みたいなところにぐったりとへたり込んでいる。やっぱり疲れているみたいだ。時間も時間だし、まぁ無理もないのだけど。


 多分さっきの投擲と僕への説教で限界を迎えたのだろう。

 刺激的には程遠い、血みどろの非日常。心身を削るには十分な理由。


 僕は亜季子の左隣に腰を下ろす。そして考える。

 時刻は午前六時と四五分。そろそろだな…。


 今後の段取りスケジュールを考えていたら、シャーロットが華麗に優雅に、大きな音もなく舞い降りた。右肩に簀巻きの彼を抱えて。


「全く…束縛する意味なんてあったのかしら? 控え目に言っても、やり過ぎよ」


 そんな毒を受けて注意して見れば、彼の右半身はほとんど消え失せていた――否僕が消したのだろう。あまり記憶にないけど。きっと僕だ。逆に言えば僕以外には有り得ない。別に逆に言えていないか。


「そんなこと言うなよ。テンションが上がりきっていたんだ、不可抗力だ。それにコイツはコイツで僕と亜季子を消そうとしたのだから、か弱い女の子を守るという騎士道精神に乗っ取った上での正当防衛とも言える」


 些か厳しい言い訳の上に被さる必要以上に厳しい反論。


「それは…どうかしら? どう考えても過剰防衛ね。騎士道精神を持つものが、他者を傷つけることを善とするものなのかしら? 大体貴方はか弱い私に平気で攻撃を叩き込んでいたのだから、トンデモなく怪しい理念ね。もしかしたら案外あれが貴方の本性なのかも…」


 シャーロットは肩をすくめ、本来の調子で冷たく言い放つ。どうにも手厳しいね。


 しかし、彼女の身にある生傷…いや誤魔化すまい。僕がつけた傷が相当に生々しい。目を逸らしたい衝動に駆られる。

 だけど、そうもいかない。そうしてはならない。それは僕の罪を立証する物的証拠。黒歴史化した覚悟の証。両者における自業自得。


「それを言われると本気で辛いな…僕を持ってしても返す言葉がない」


 直近の黒歴史の贖いは本当に困難で、不可能的ですらあるから。でも、


「君には本当に悪いと思っているよ。まぁ僕なりに騎士道精神それを稀釈した上で解釈した結果ってことでお茶を濁さないか? ってかさ、そんなことより、荷物はその柵のところにでも適当に置いて、こっちに座れよ」


 僕は左手で隣を叩いて、彼女を促す。


「まったく…勝手な人ね。まぁ、そこが好きなのだけれど」


 やめろよ、普通に照れるじゃないか。

 呆れ顔を作りながらも注文通りシャーロットは彼を適当に放り投げ、僕の隣にちょこんと座る。投げられた彼が切なげな呻き声をあげた気がしたけれど、多分気のせいだ。


 これでひと通り舞台は整ったかな?


 一区切りとばかりに僕はポケットから見慣れた箱を取り出し、煙草をくわえる。

 それから亜希子から投げつけられた、かつて彼女に貰ったライターで火をつけようと思った…のだけれど―――


「なぁ亜季子、シャーロット。良かったらさ、火を点けてくれないか? 二人でさ」


 二人の周囲に疑問符が浮かんでいる。衛星のようにくるくる周回している。戸惑っているのが手に取るように分かる。でも、これくらいのワガママは許して欲しい。


「頼むよ」


 ライターを差し出してお願いすると、最初は渋っていたものの、口々に毒やら恨み節を吐きながら、真に嫌々ながらも了承してくれた。


「それ位いいけどさ、いい加減健康に悪いしやめなよ? てか、人があげたライター落としてんじゃねぇし! 私のプレゼントを雑に扱わないでよ!」

「全く……この娘との共同作業というのは気が進まないけれど……それが貴方の望みで、貴方の為になるならば私は喜んで…」


 そうして僕の煙草の先にはつつがなく火が灯った。はあ……美味い。

 ありがとう。

 煙を吐いて、感謝と謝罪を捧ぐ。


「でも、ごめん。本当に」


 罪に塗れた翼が背中から現出する。不意を突かれた二人の目は点描の様だ。

 本当にごめんなさい。


 吐き出された黒羽が二人を外れた異能の力で縛る。それが彼女たちの四肢の動きを封じるのを確認した。これで、しばらくは大丈夫だろう。


 辛うじて満身創痍ながらも立ち上ろうと藻掻く、今尚現状に抗おうとするシャーロットを必死に抱きかかえ、やっとの思いで校舎内に入る…って、おいおい、そんなに暴れるなよ。マジで危ないって!


 さて、ここなら問題ないだろう。いい感じに暗いし、何より亜希子からは絶対に見えない。


 そこでそっと、幻影の女性に口付けをする。


 真に勝手で唐突で、ムードもへったくれもない最低の行為だが、これで僕の考えは伝わっただろう。先程と同様に腕の中で物凄いジタバタ暴れているが、その形相が意味するものが明らかに違うから。


 ごめん。口には出さずに心の中で再度謝罪し、改めて彼女の口を塞ぐ。


 殺したわけじゃないし、三度キスをしたわけでもない。

 数分前と同じように物理的に、物理を越えた異能的にハズれた力で声帯を縛り、声を出なくしただけ。

 悲しいことだけど、彼という仇のお陰で随分僕は化物としてマイナス成長したんだよね。


 必要な事は伝えるけど余計なことを口にされると困るから。


 これからのことは、彼女の願いにそぐわないから。


 僕は再び屋上に戻って紫煙を吐き、灰を落とす。それは命の砂時計。

 安全柵の方に向かって歩いていく。より詳しくは、その近くに転がっている猟奇マンの元に。


 気絶している彼の腹部を蹴り、気絶から強引に目覚めさせる。あくまで吹き飛ばない程度の力で。彼を消してしまわぬ程度の力で。


「やぁ元気? ちなみに聞くけどどんな気持ちだい? よく眠れたかな?」


 苦しげな呻き声と共に、彼は覚醒めざめた。

 ということは、さっき聞こえた気がした呻き声はやはり思い過ごしの幻聴だったということだ。


「くそっ…最悪だ、クソガキが! 加減ってもんを知らねぇのか? 最近のガキは躾がなってねぇな。人の痛みを想像出来てねぇ」


 加減…ね。それを知らないってのは罪なのかな? 人を喰うよりも悪いことなのかな?

 わからない。それは僕の罪なのかな? ならば僕は罪を贖うために、更なる罪を重ねよう。勿論こんなの最終的に罪を残すだけの無意味の羅列。何度めかの言葉遊びだ。


 再び蹴る。今度はさっきより強く力を込めて。込めたのは果たして力だけか…。


「さぁね、心に闇を抱えたゆとり世代の少年は総じてキレると怖いらしいんだよね。僕も心の奥底に化物を飼っている現代の悩める少年ってことなんだろ? それに、元々僕は育ちが悪いんだ」


 心も何も。僕の全部が化物なのだから、これは皮肉。更にもう一度キック。

 亜季子が悲鳴をあげてようと藻掻く様を確認したが、口を塞いでいるために声になっていない。だから、これも気にしない。


「それでストレス社会である現代を生きる繊細な少年は罪人をどうするんだ? 恨み骨髄、私怨を晴らして、その果てに消すのか?」

「いい読みだね。そうだ、アンタは跡形も無く消える。結果的には正解だ。当然だろ」


 でも微妙に違うんだ。差異を取り違えてる。

 決定的な『それ』は僕の役じゃない。つまりはさ、


「直接的に手を下すのは僕じゃない。残念ながらそんな権利は罪人ぼくにはないんだよ。僕は罪を暴くだけで、口惜しいことに実際に刑を執行するのは別のヤツさ」


 裁判官と死刑執行人ぐらいの差異がある。結構明確な差がね。


 まだ無駄口を叩く元気があるのか、彼は僕を嘲笑わらう。


「なんだ? 閻魔様でも呼ぶってのか? 傑作だな。王子様は残虐なくせに、随分とメルヘンな思考回路をお持ちなんだな。とっとと綺麗なお花に囲まれた童話の世界に帰れ」


 彼は力なくカラカラと笑った。自嘲のような笑い。嘲笑するような声。


 一体何を嘲笑わらっているのだろう? 僕のことか? 自分のことか? それとも理由なんてないのか?


 例えどんな理由を含んでいようとも、もうすぐその笑顔ともお別れなのだけれど。


「メルヘンチックなのはほっとけ。幾つになっても男は少年の心を忘れたら駄目なんだぜ? ちなみに僕の少ない交友関係の中に閻魔様はいないな。もっと身近なやつさ。皆が知ってる超有名人。誰よりも生活の近くにいて、偉大なやつ。時間には結構正確でね、そろそろ来ると思うんだけど…」


 さぁ、裁きの時だ。何度も重ね重ね言うが、罪には罰だろう?


 僕はわざとらしく芝居掛け、抑揚を大きくしながら彼に喋りかける。


「そう言えばくだらない無駄話やしょうもない諍いばかりで、朝の挨拶をしていなかったね。聞くところによると、挨拶って社会の中で割と重要かつ必須な技術スキルらしいんだよね」


 尤もそれを習得する必要など、僕にもアンタにもまるでないのだけどね。今更詮無き話。けれど、不要だけど大事なものってのもあると思うんだ。そんな二律背反を含んだ言葉。


 彼の乾いた笑いが止まり、顔が青ざめる。お、ようやく気づいたか。


 アンタに手を下すのは、人間が…いや母なる地球が限りなく恩恵を受けている天体。有り得ない程のエネルギーを蓄え、爆発的に発散させる恒星。約一億五千万キロ先から波及する熱線。


 僕は明確な悪意を持った笑顔を振りまきながら、彼に正答を提示する。


「友達がいなくて、親にも見捨てられたアンタは知らないかも知れないけどさ。太陽が昇って朝がきたのなら、まずは『おはよう』だろう? 知っていたか? 年上のお兄さん」


 どこまでも広がる透明な灰青色の空に眩い暁が差し込んだ。

 その幻想的な光景のバックグラウンドには、果てしない絶叫が響き渡る。

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