#42 Title of Mine

 救われぬ幽霊シャーロットの未練に止めを刺すその直前…彼女の喉元を掻き切る寸前のこと。冷たい額に何かが当たった。


 っていうか凄い勢いで飛んできた。


 硬くて、手にすっぽりと収まりそうな小さな金属製の何か。何だ?

 そう考えたとき僕の人並外れたハ上にズレた羽は既にその投擲物を掴んでいた。

 それが地面に落ちる前に、その失くしたと思った僕のライターが手元に戻って来た。


 瞬間、本能的に判断を下した。あぁ亜希子か……。


 僕は叫ぶ。


「おい亜希子! 痛いじゃん。人に向かって金属の塊を投げるなんてどんな了見だよ! 普通なら死んでるぞっ? そんなに殺人者になりたいのか? お前、どうかしてんのか?」


 僕は屋上の彼女に叫び、直後に自身のその発言の矛盾に気づいた。


 あぁもう、そういえば僕は人間ヒトじゃなかったな。

 ならば人を守るために草案された法律が僕を守らなきゃいけないはずがない。必要すらない。それが化物ぼくの権利を守り、亜季子に罰を与える道理などない。


「どうかしてんのはユキの方だろ! そもそもアンタがそう簡単に死ぬわけないし、私も死なない! ってか時効とかふざけんな! 私の…私のファーストキスを返せ!」


 よりにもよってそこに突っ込むのか。場にそぐわぬカードに少し頬が綻ぶ。


「マジか…冥土の土産にそれ位いいだろ? ケチな女はモテないぜ?」


 そう、あの時あの場所で、亜季子と結婚の約束をしたとき。

 僕らは互いのファーストキスを奪いあった。


 その淡い…と言うよりも甘酸っぱい思い出が――実際に結構昔のことなのだけど時間の概念的な意味合いではなく――ひどく遠い過去に思えた。


「アンタに言われたくないわよ! この根暗!」


 あちらも負けじと叫び返す。

 朝方なのに元気だね。少しは近所迷惑とか騒音問題とかに気を配れよ。窮屈な現代を生きるには結構重要な配慮スキルだと思うよ?


 我が幼なじみの将来を案じながらも、自らを根暗と称され若干カチンときて反論。


「根暗は言い過ぎじゃないか? クールとかクレバーって呼んでくれよ。それに知らないかもしれないけど、自分で言うのもあれだけど僕は結構人気あるんだよ?」


 本当に自分でいうのもあれな内容。

 幼馴染から返ってきたのは驚愕の真実。


「そんなのは勿論知ってるよ。アンタは別段鈍感ってわけじゃないけど、デリカシーがないこと。中学の時は言い寄る女の子ほとんど全てに手を出したこと。今はクラスの女子に『ダウナー系王子』って呼ばれてること…ユキのことなら何でも知ってる。全部知ってる。余す所無く知ってる。知らないことなんてない!」


 ちょっと待て、強気な物言いの割に結構語弊がある感じだぞ。事実と異なってる。言い寄る女全部に手を出すとかどんな鬼畜だよ。


 一応訂正しておくと、確かに全員と付き合ったけれど、全員手も繋がずに速攻フラれたし。


 先輩にも後輩にも同級生にも。

 みんなに似たような台詞を吐かれてフラれた。苦い思い出。当時は結構泣き明かしたもんだ。


 その苦い過去の思い出も悪くないと思える現在の心境は如何程のものなんだろうね。悟りの境地?


 更に流せない問題がひとつ。僕って今のクラスでそんなあだ名で呼ばれてんの? 何それイジメ? 大体『ダウナー』とか余計なお世話だよ。こればっかりは熱い議論を展開させる必要がある。

 

 だが、それはあくまで平時での場合だ。非常時である今は譲歩して、それを飲み込もう。


「曲解だよ。事細かく色々と弁明してもいいけど、お前の言う事は間違いばかりで話にならない。正しいものがほとんどない」

「なら真実のアンタを私に教えてよ。いっつも嘘と冗談の煙で隠したアンタの本心を! 面倒臭いしがらみを全部ぶっ壊した本当のアンタを。何にも遮られていない、ただの東雲雪人アンタを私に見せてよ…」


 やっぱり解らない。無茶苦茶だ。どんな感情論。不条理で驚くほどに辻褄が合っていない。論理的に全く納得がいかない。





 でも、そんな筋の通らない言葉に明らかにココロを動かされた僕は……やっぱり馬鹿だ。


 何があっても揺らさないと決めていたのに。誰によっても波風なんて立つはずもないと思っていたのに。




 外れた何かが噛みあった気がした。





 僕を悩ませるのは今も昔もいつも亜季子だ。僕が人でなくとも、生き物ですらなくなっても、それは変わらない。


 現状の僕への最大限のレスポンス。

 それは確実に幸福を逃がすであろう深い溜息。


「わかった降参、僕の完敗だ。謝るよ。今からそっちに行く」


 両手を天に掲げ、負けを認める。あぁ、かっこ悪い。致命的にダサい。僕の覚悟なんて所詮この程度。このレベル。


 けれど、最初から知っていたろ? 東雲雪人ぼくは意志薄弱で嘘ばかりな人間性だって。一貫して一貫性がない。軸がブレブレ意志薄弱。こんなもんだよ。

 なんてことは無い。バケモノになってもその軽薄さはなんら好転しなかった。人間を脱しても、僕は自分ぼくをやめられなかった。自己変革は夢のまた夢。なんとも情けない話である。


 でも、僕はそんな汚れを喜んで引き受けることにしよう。不覚にも生き恥をベットしたことで、やるべきことが閃いた。


 仮にそれが歪曲し倒錯した結果誕生した出来の悪いマキャベリズムだとしても、僕にとって有益かつ唯一無二の道だと思うから。


 賭けた代償は決して安くないけれど、悪くないリターンだ。

 僕がすべきことは地球滅亡(笑)なんかじゃない。もっと別のこと。


 さぁ、この物語の結末を書きなおそう。そのためには、


 まず…


「シャーロット。ごめん。我を忘れてた。本当にごめんなさい」


 僕は亜希子との痴話喧嘩(自分で言うのは不服だけど、多分傍から見ればそうでしかなかった。身悶えするぐらい不本意だけどきっとそう)を呆然と眺めていた彼女に向けて頭を下げる。


「え? え、あああ。うん」


 唐突な僕の謝罪に戸惑っている。明らかな狼狽。

 それを気にも留めずに、僕は謝罪の言葉を一方的に投げ続ける。会話のキャッチボールの成立に気を配っていない自分勝手で独りよがりな謝罪の意。


「本当にごめんなさい。謝罪しながらなんだけど、許しは請わない。許して貰う気なんて毛頭ない。それでも、僕は全てを謝る。もう君を消したりはしないと誓う。言葉だけでもそんなこと二度と言わない」

「あ、はい。コチラこそすみません。テンション上がっていました」


 シャーロットは雰囲気に流されたのか、ペコリと体をたたむ。

 でも、君への贖いは出来ないし、更に負担をかけるからそれは受け取れない。

 体面上は謝罪の意を示しながらも、心の中では罪を償う為に更なる罪の計画を立てる僕は相当に嫌な性格だと自負している。死んでも性根は改善しない悪例。


「いや、これこそ本当に君が背負うことじゃないんだ。だから謝らなくていい。そんな必要なんてミジンコほども存在し得ない。悪いのは僕だけな…ん…って?」


 言い終える前に彼女は僕に飛びついてきた。もう何度目だったっけな?

 そして今度は幼女の姿ではないことに加え、僕のテンションも通常時とほぼ等しいので、なんかもう色々とヤバい……のだけど、そんな心境じゃない。テンションは普段どおりでも状況はいつも通りとは言えない。


 彼女は僕の胸で声にならない声で泣きじゃくりながら、高速で頭を振り出す。長い銀髪をこれでもかと振り乱す。どうでもいいけど、これクセなのか?


「ごめんな…こんなにも、君を泣かせてごめん」


 遠くから『罪な男~年上女性を泣かせてる~女たらし~スケコマシ~』っていう幼なじみに凄く似ている声色で汚く罵られている気がしたけど、一貫してシカトした。


 しばらく――とは言え、そんなに長くはない時間が経つ。その間、シャーロットはずっと涙を滝のように流していた。

 つまり彼女が泣き止むのを―――それなりに落ち着くことを僕は待っていたのだ。


 ちなみにその間僕はと言うとひたすらに心を無にする作業とこれからの算段を立てることに没頭していた。所謂『禅』の心境ってヤツ?

 もしかすればそれとは全然違うかも知れないが、下心の他にも色々と思うところがあっての行動だと声を大にして主張する。


 しかし、こうやって触れているにも関わらずシャーロットが何のレスポンスも起こさない所を見ると、僕の考えは彼女に漏れていないし、伝わっていないようだ。

 肉体接触による意思疎通をコントローラブル出来る程に僕はバケモノとしての階段を上がったってことなのだろう。


 ならば、好都合だ。行動を起こそう。



「そろそろ落ち着いた? ならさ、早速だけどシャーロット、あそこで朽ち果てて、死にかけの男を連れてきてくれないか? 多分もう攻撃する余力なんかないと思うけど、一応縛ってからね。頼むよ」


 僕の貧相な胸元にうずくまったままでいる彼女に優しく囁く。

 命令出来るような立場ではないので、お願いする形だ。うんうんと、しゃくりなのか首肯なのか分からないが、彼女は頷く。

 泣きながらずっと抱きついているもんだから、僕の服はもうよれよれのぐちゃぐちゃだ。まぁいいけどね。今更服なんかどうでも良い。


「はい」


 そして今度は声を出して答える。うん、いい子だ。左手で彼女を撫でようと思ったのだけど、やめた。今は不安要素をなるべく消しておきたい。僕のために。僕だけのために。


 さぁ、ココからが最後のお仕事だ、気合入れろよ?

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