#20 Sweet Misery

 白銀の月の様な髪に、深海を表現したみたいな紺碧の瞳。記憶にある通りの彼女。何故かやたらと露出度の高いキャミソールみたいなワンピースみたいなドレスのような服一枚(僕はあまり女物の服に詳しくない)のだけれど、概ね記憶通りだ。


「えっと、君は…シャーロット…だ……よね? って言うか、ここは死後の世界?」


 周りを見渡したが、先程まで僕がいた公園だとは思えない。似ても似つかぬ風景。余りにもかけ離れている。今見ているこの景色が現世のそれだとは到底思えない。


 体感的にも著しく異なっている。先程までの公園は身を裂くような寒さだったのに、ここは暑くもなければ寒くもない。精神と時の部屋じゃあるまいし、有り得ないだろ。


 時間だってそうだ。さっきまで夜だったはずなのに、明るいわけでもなく暗いとも言えないこの場所は…確実に僕の知っている公園ではない。


 そして記憶の片隅の更に片隅に仕舞い込んでいたシャーロットのことを久しぶりに考えていたらなんと本人登場…あーなんだこれ夢か?


「だいた…うわぁっ」


 そこまで思い当たった所で、シャーロットであろう少女が僕にハグ、もとい全力タックルを仕掛けてきた。


 幼い少女に押し倒される高校生男子は僕以外にそうはいないだろう…哀しいけれどシチュエーション的にもキャラクター的にも、そんな男子高校生が僕以外にもゴロゴロいるとは思えない。


 なんせ僕はされるがまま、なされるがままだ。

 これ幸いとばかりに、彼女はすごい頬を摺り寄せてくる。摩擦による発熱を感じるのは気のせいか?


「ゆきと~。会いたかったよぉ~。無事で良かったぁぁ。あぁぁぁぁああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあ…」


 なにこれ? 状況がさっぱり分かりません。

 とりあえず、残念ながら僕は年上好きなので一切の興奮はありません。むしろ状況とか環境とかの意味不明さに軽く目眩と恐怖を覚える。


 と言うか触覚が生きていて、感覚器官が正常ならば、僕は死んでいないのか? ならば、どうして先刻の公園にいない? 何故なになんで?


 とりあえず、一つずつ整理していくしかないな。

 ひとまず起き上がり、一つ咳払い。一瞬の掌握。


「えーと、君はシャーロットで間違いないよね? 僕のこと覚えてる?」

「そうだよぉ~、ゆきとぉぉぉぉぉっ~」


 高速での頬ずりを止めることはなく、甘い声で答える。


 こんなに幼い子だったっけ? そりゃあ、まあ若干の思い出補正はあるだろうけれど、もっと儚げで物静かで。それに射す陰があって―――相対的にかなり大人びた感じの少女だったと思うんだけど…。


 ま、いいか。過去は図らずも美化されるもんだ。切り替えていこう。


「じゃあシャーロット。改めて聞くけれど、その…僕は、死んだのか?」


 努めて平坦に軽く尋ねたつもりだけど、イメージ通りにきちんと言えたかは自信がない。

 を真面目にちゃんと、平静かつ冷静に言ってのける程に僕の精神は強くない。幻影肢の様に胸が痛む。どっち付かずの曖昧なファントムペイン。


 だってこれは核心に迫る質問だから。あー、イライラする。煙草吸いたい。


「何言ってるのぉ~、ゆきとは死んでないよぉ」


 は? 彼女は本気のキョトン顔。僕は多分それ以上のキョトン顔。


「ちょっと待て! どういうことだ! 僕は…僕はっ!」


 思わず声を荒らげてしまった。抱きついている女の子を強引に振りほどく。

 僕が生きている? だったらさっきまでのは本当に夢だとでも言うつもりか? 悪夢にしても限度があるぞ。悪趣味過ぎる! あんなリアリティのある夢などあってたまるか!


「やめて、いじめないで」


 少女はへたり込んで小さな肩を震わせ、懇願する。人形のように整った顔が醜く歪み、うっすら瞳に涙を浮かべている。


 僕の中の醜い激情が一瞬にして引いていくのが分かった。

 幼い女の子を怯えさせて、泣かせて、挙句謝らせて……何をやっているんだ僕は。ダサすぎる。


「…ごめん。シャーロット。大きな声を出して悪かったよ。でも、君が嫌いで苛めているわけじゃないんだ」


 なるべく、優しい声でゆっくりと謝った。年下を相手に会話するのには慣れていない。家に居るのは姉だったし、今までに『そんな機会』は、ほとんどなかったから。


「だから、ゆっくりでいい。教えてくれるかい?」


 一応微笑んでおいた。精一杯の営業スマイル。

 それが効いたかどうかは謎ではあるけれど、彼女はポツリポツリと口を開いてくれた。


「えっとねぇ、う~ん…なんて言うのかなぁ。だからね、ゆきとはしんでないけど、しんでるし…しんでない?」


 イマイチ要領を得ない。そんな言葉を探しまくる程に難しく複雑な状態なのかな、現在の僕って。それとも彼女が年相応、見た目相応に馬鹿なのか?


「う~ん。ちょっと待ってね」


 そう言うと立ち上がった。


「別に焦らなくていい。君のペース…でも、いい……よ?」


 フォローを入れようと思ったのだけれど、口が動かなくなった。その映像に目を奪われたのだ。


 少女の身体が奇奇怪怪に動いている…いや、皮膚が有り得ない程に蠢いている。果てしなくデジャヴ。瞬間的に思い出す。僕を刺したやつを。


 しかし、不気味に蠢いていたのはほんの数秒で、僕が言葉と思考を失っているその一瞬の後に。彼女の形が安定した。


「―――シャーロット…?」


 間抜けにも激しく既視感のあることを聞いてしまったが、それも許されるだろう。余りに逸脱している現実に直面した時、人は皆こうなるのだから。


 なぜなら、彼女が文字通りから。

 小学生ぐらいの女の子が――おそらく僕よりも年上の――ナイスバディでセクシーなお姉さんに姿を変えたのだ。

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