2.『船』の上で『角』の取れた『呉服屋』と僕は出会う

 旅の楽しみ方や目的は、当然人によって変わってくる。

 

 僕だったら、見たこともない土地を見て回るワクワク感、思いがけぬ出会いやイベントに遭遇して、旅の思い出を積み重ねていくのが、とにかく楽しい。

 

 勿論人によって楽しみ方が全て違うだなんてこともあり得ない。

 僕と同じ考えの人だってたくさんいるだろう。

 現に僕とソフィアにも訪れた土地の料理を食すことや、絶景を眺めることといった共通の楽しみ方がある。


 ではソフィアはどうかというと、彼女は思い出を形にして残すのが好きらしく、可愛い小物によく手を伸ばしている。

 また、女性らしいというか、そこでしか売ってないような服やアクセサリーもよく見ている。


 まあ、僕もフェルトハットが市場に並んだら食い入るように見てしまうんだけど。

 異世界じゃそもそもフェルトハットが売り物として並んでいるのが珍しいから、ついつい気になってしまう。


 脱線してしまった。

 話を戻そう。


 旅先で買った小物や服――つまり形に残る物はどうしているのか、気になる方もいるだろう。

 実は、僕は別荘を所有していたりする。それもかなり大きな。


 異世界での旅を始める前、自分の魔法を活かして稼いだお金で買った。

 その別荘にはいつでも帰れるよう、転送ポイント(場所を記憶しておくためのマーカーと思ってくれたら良い)を設置してあるから、荷物を整理したい時に転移魔法を使って度々帰る。

 お陰で立派なお屋敷は、大きな倉庫みたいになってしまっているけど……。


 多種多様なソフィアの服についてもその別荘にて保管している。

 彼女は僕みたいに自由に魔法を使えないから、転送石を渡してあった。

 転送石さえあれば僕と同じように何時、どんな時でも別荘と行き来できる。

 町から町への移動、何日も道を歩き続ける日があるけど、そんな時でも毎日ソフィアの衣装が違うのはそういった事情があるのだ。


 その日の気分によって服装が変わるソフィアだけど、港町に来ると決まって着る、特にお気に入りの服があった。

 それは、本来異世界には存在しないはずの浴衣だった。

 

 青く輝く海に溶け込むように、彼女は蒼い浴衣を着る。

 そして、毎回、はにかみながら僕にある質問を投げてくるのだ。


 今回はその浴衣をくれた、ある呉服屋との出会いをお話しよう。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 異世界でも大陸から大陸に渡るには移動手段が限られる。

 船や飛行船といった手段だ。

 

 僕たちは海を渡るため、大型の帆船に乗っていた。

 その時乗ってた船はかなり豪華な帆船らしく、色々な施設や見所があったけど、本筋とは関係なので省略する。


 僕とソフィアは暇な時間、気がつくと甲板にいることが多かった。

 特に何かをしたかったわけじゃない。

 潮風を浴びながら、意味もなく広大な海を眺めるのが好きだったのだ。

 

 いつものように何をするわけでもなく、目を閉じて風に当っていると、突然切羽づまった声が飛んできた。



「由紀江……由紀江か!?」



 僕たちは後ろを振り返り、声の主を見た。

 声の主は五十歳ぐらいのおじさんだった。

 彼は、こちらを……より正確に言えばソフィアの方を目を見開かんばかりに見つめていた。しかし、その瞳は次第に失望の色に染まっていった。



「由紀江って私のことですか?」

「ああ、いや……申し訳ない。私の見間違いだったようだ」



 おじさんは肩を落として踵を返した。

 僕は彼の背中に声をかける。



「待ってください。あなた、その顔……それに今呼んだ名前……。もしかして日本人じゃないですか?」



 すると、おじさんは驚愕に満ちた眼差しをこちらに向けてきたのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 おじさんの名前は康夫(やすお)といった。



「まさか、こんなところで同郷の者と会えるなんてね……」



 康夫さんは同じ境遇の人間と会うのはこれが初めてだったそうだ。

 僕は僕で、懐かしさから、つい気を緩めすぎてしまった。

 

 この世界にやって来てからどう生きてきたのか。どんなことがあったのか。

 僕たちは初対面とは思えないほど、色々なことを語り合った。



「なるほど。それで君たちは一緒に旅をしているんだね」

「ええ。目的もなく、各地をぶらついています。康夫さんはどうやら違うみたいですけど」

「ああ。私はね、元の世界に帰る方法を探しているんだ。今のところ成果は全くないが」



 けれど、行きの道があるなら帰る道があるはず。

 康夫さんはそう言って力強く笑ってみせた。



「あの、私からも質問していいですか?」

「ああ、構わないよ。何だい、お嬢ちゃん」

「元の世界に帰りたいっていうのは、さっきのユキエって人が関係しているんですか……?」



 本来ならあまり詮索すべき事じゃないかもしれない。

 だが、先の切羽づまった声を聞いて、他人事とは思えなくなってしまったのだろう。

 ソフィアはそういった性格だ。



「そのとおりだよ、お嬢ちゃん。……そうだな、折角同郷の人間に会えたんだ。少しだけ身の上話をしてもいいかい?」



 頷くと、彼は穏やかな声で言葉を紡ぎ始めた。



「私はね、呉服屋をやっていたんだ」

「呉服屋?」



 ソフィアが首をかしげる。



「前に僕の住んでた世界の歴史を話したことがあったね。日本の江戸時代に特に栄えていたんだ。今でも和服……日本の歴史ある服装のお店として残っているんだ」

「詳しいね。どうやら、私が説明する必要はないらしい。……私のお店は江戸時代から代々受け継いできたお店でね。小じんまりとした店なんだけど、今でも常連さんが結構いるんだ」

「歴史のあるお店なんですね」

「うん。私も親父や……代々店を継いでくれた人達の思いを感じてる。この仕事に誇りを持っているんだ」


 

 でも、と康夫さんは続けた。



「仕事とは別に古臭い習慣が残っていたのか、私の父は信じられないくらいの頑固者でね。子供の頃はこんな大人になってたまるか、なんて思ってたのに、父と同じような頑固者になってしまった。血は争えないのかねえ」



 大人になって初めて分かることもありますよ、と僕は励ました。



「それに、今の康夫さんは全然頑固者とは思えません」

「この世界に来て角が取れたんだよ。……っと、私のことはいいんだ。とにかく、頑固者だった私は娘の由紀江と酷く仲が悪くてね。あいつが結婚したいという相手を連れてきたときも怒鳴るばかりで、あいつの気持ちは何一つ考えちゃいなかった……」



 康夫さんの言葉には後悔の念が溢れていた。



「だから私は元の世界に戻って、今度こそ由紀江と向き合おうと思うんだ。そのために私は帰る方法を探してみせる。問題は帰ったところで由紀江が私と向かいあってくれるかどうか分からないってところなんだ……」



 晴れない顔で、聞いてくれてありがとう、と康夫さんは頭を下げた。

 そんな康夫さんを見て、僕はついお節介を焼いてしまった。

 


「……僕には子供がいませんから、康夫さんの気持ちを理解することはできません。まして、康夫さんが憎々しいと感じている頑固者にも、良いとも悪いとも言えません。これは僕の勝手な意見ですけど、失礼を承知で言わせてもらいますね」



 僕だってそれなりの人生を経験してきてはいるつもりだ。

 人と人が通じ合うための方法を少しは知っている。



「由紀江さんにはきっと、言葉で説明するより、形で想いを伝えるべきだと僕は思います。康夫さんが誇りを持っていたという和服をプレゼントしましょう。康夫さんが、知らぬ内に父親から誇りを受け継いだように、すぐには無理でも、きっといつか康夫さんの想いを受け取ってくれるはずです」

「私もそう思います。それに私も和服が欲しいですし!」

「……それはソフィアの感想だよね」

「バレちゃいましたか」



 えへへ、とソフィアは微笑んで見せる。

 僕たちのやり取りを見ていた康夫さんは声を立てて笑い始めた。



「全く、こちとら真剣に悩んでいるのに。そんなのお構いなしか」

「のんびり旅をしているせいか、態度も鷹揚になってしまっているみたいで……その、すいません」

「ははは、謝ったりする必要はねえ。それよりもお嬢ちゃん、和服が欲しいって言ってたな?」

「言ってましたけど……まさか!」

「ああ、そのまさかだ。お嬢ちゃんに和服を作って上げよう。といっても、お嬢ちゃん達は旅の最中だって言うからな。ガチガチの和服より、浴衣の方が動きやすいだろう。お嬢ちゃんに似合いそうな、青い浴衣を作ってあげよう!」



 康夫さんはニカッと笑ってみせた。

 話し方も最初と違って砕けている。恐らくこちらが本当の彼なんだろう。



「ですが康夫さん、浴衣を作るっていっても生地はどうするんです?」

「ああ、それは……船を降りてから考えよう」



 そのような話の流れになって、言葉の通り、船を降りた後に僕たちは手分けして浴衣の生地となるものを集めた。

 その後も、生地を織るための道具の調達するなど、制作秘話は盛りだくさんではあるけど、それはまた別のお話ということで。



 宣言通り、青い浴衣を作り上げた後、康夫さんとは別れた。

 理由は、旅をする目的が違うから、だそうだ。

 目的が違えば道が分かたれることもある。これも、旅の楽しみといえるだろう。


 ソフィアは康夫さんの浴衣をいたく気に入り、最初にお話した通り、あれから港町に来る度に着ている。

 そして、はにかみながら僕にこう質問するのだ。



「ねえ、どうです? 似合ってますか?」



 その度に僕はフェルトハットを目深に被り直し、視界を塞ぐ。

 恥ずかしくてソフィアの顔を見れないからなのだけど、その意図が彼女に伝わっているかどうかは、僕には分からなかった。



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異世界ダイアリー ~僕の異世界旅行記~ 高木健人 @takaken

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