1.『博打』な『自転車』で『雲』を見る

旅の醍醐味といえば、地図を持たずに見知らぬ土地を歩くことだと僕は思っている。

 何も考えず、適当に歩いて、思わぬ出会いや出来事が起きる。

 それもまた、旅の思い出になる。


 けど別に徒歩で移動しろと言っているわけではない。

 移動手段自体がその土地の名物だったりすることもあるからだ。


 例えば、僕が住んでいた日本には人力車というのがある。

 昔の町並みが残った土地では実際に人が車を引き、公道を走るのを見たことがあった。


 他にも路面電車なんかも珍しい乗り物だと思う。

 ゆらりゆらりと電車の動きに合わせて、窓から町の景色を眺めるなんて考えただけでも最高じゃないか。


 しかしここは異世界。

 文化も違えば、当然乗り物だって変わってくる。

 ましてや別の世界とくれば、見たこと無い乗り物だって沢山ある。


 代表的なのは雛鳥をそのまま大きくしたような鳥類が車を引く、鳥車(とりぐるま)だ。

 中には、実際に空を飛ぶ鳥車もあるらしい。


 あと、人力車に似たようなもので竜車(りゅうしゃ)がある。

 これは竜が車を引くのではなく、人型の爬虫類――リザードマンと呼ばれる種族が引く車だ。

 町中を巡る時なんかは、竜車が活躍する。日本でいう、観光バスに代わるものと考えてくれてもいい。



 はてさて、どうして移動手段についてああだこうだと思考しているかと、それには訳がある。

 僕たちは今、何もない道を歩いている。


 本当に何もない。

 いや、左右を見れば草原が広がっているんだけど、この草原も地の果てまで続いているんじゃないかってくらい広大だ。



「やっぱり歩くのは無謀だった気がします」

「うん、僕もそう思えてきた」



 しかも遮光物がないから、陽射しが当たる当たる。フェルトハットが無ければ、今頃顔面が褐色肌になってしまうところだった。



「今ならまだ、日が沈むまでに町に戻れますよ」

「分かってる。でも、ここまで歩いた数キロ分が全て無駄になってしまう」



 それに、出来るならば自分の足でこの長い道を踏破してみたいとも思う。

 自分の意志でかつ、長い距離でも苦にならない、そんな乗り物はないだろうか。


 ふと、思いつく。

 条件に適した乗り物を僕は知っているじゃないか。



「そうだ、自転車に乗ればいいんだ」

「自転車って何ですか?」

「僕の住んでた世界にあった乗り物だよ。まあ、この世界にはないらしいんだけどね」

「なら意味ないじゃないですか」

「まあまあ。ないなら作ればいい。それだけの話だよ」



 僕はソフィアにニカッと笑ってみせた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 物を作るのには当然材料が必要だ。

 だから結局町に引き返し(ソフィアは「結局戻るんですね」と呆れていた)、使えそうな材料を一通り買い集めた。


 それから数日後。

 僕は自転車を作り上げた。



「これが自転車ですか」



 ソフィアが珍しい物を見る調子で言った。いや、この世界では珍しい物か。

 二つのホイール、チェーン、サドル、ペダル、ハンドル。パっと見、普通の自転車である。


 けど、僕は自転車に詳しい人間じゃないから、細かい仕組みまでは分からない。

 故に本物の自転車を作り上げることは出来なかった。

 ペダルを回しても前に進めないことを考えると、自転車どころか自転車の皮といったところか。


 しかし動けないものを作ったとなると、わざわざ町に戻った意味がなくなってしまう。

 だから僕なりの方法で動かすことが出来るようにした。



「少しだけオリジナル要素があるんだ。後輪に小さなパイプみたいなのが付いてるだろう?」

「これがどうかしたんですか?」

「これはね、エンジンだ」



 しかも特製エンジンだ。


 細かいことは省くけど、ペダルを漕ぐごとに魔力が溜まり、一定の魔力が溜まるとパイプから噴流を吐き出す。

 つまり、ジェットエンジンのような熱機関を簡易的に作り出した、というわけだ。


 ちなみに自転車を作るのにも、魔法を多用した。

 鉄やら何やらを溶かし、曲げ、自転車を作り上げた。



「私、乗ってみたいです」

「ソフィアの気持ちはわかる。けどまだ試作段階だからね。危険だからまた今度だ」



 設計上問題ない……とは思うけど、所詮素人が作ったものだ。

 博打を打っているのと変わらない。


 それに自転車に乗るのも訓練しないと難しいものがある。

 これらの理由から、ソフィアには悪いけど、今回は遠慮してもらった。



「自転車がどんなものか実演してみせるよ。ほら、いくぞ」



 フェルトハットをソフィアに預けて、サドルに跨った。


 まずは一漕ぎ。僕が作った熱機関が動き、ほんの少しホイールが進み出す。

 二漕ぎ。足で地面を蹴ったときぐらいの勢いが出てきた。


 さらに一漕ぎ、二漕ぎ。

 最初は亀よりも遅かったのに、今ではマラソンランナーを越すぐらいの早さだ。



「はは、どうだ、ソフィア。これが自転車だ」

「あ、危ないっ」



 え? と思った時には遅かった。

 勢いに耐えられず、エンジンの片方がズレてしまったらしい。

 お陰で訳の分からない方向に推進力が働き、結果として自転車はバランスを崩した。



「わわわ」



 派手に転ぶ。

 隣には衝撃で部分部分がひん曲がった自転車が転がり、僕は草むらに仰向けに倒れていた。


 でも、なんだか懐かしかった。

 子供の頃、自転車を乗る特訓をしていた僕は何度も何度も転んだ。その度に悔しい思いをしながら空を見上げていたもんだった。


 世界は違えど、空は変わらない。

 青空と、白い雲が僕たちを微笑ましく見守ってくれている。



「だ、大丈夫ですか」



 ソフィアが走ってやって来る。



「ああ、怪我はないよ。それよりご覧。空が綺麗だ」

「…………もう、心配して損した」



 視界が塞がれる。

 どうやらソフィアがフェルトハットを顔に乗せたようだった。



「なんだなんだ旦那達、ピクニックでもしてるのか~?」



 そんな時、後ろからのんびりとした声が現れた。

 二人で声の方を見ると、リザードマンが車を引いてやって来たところだった。



「まあ、そんなところかね」

「あの、席二人分空いてますか?」



 ソフィアがリザードマンに訊ねる。

 彼はおう、と快活に笑った。



「空いてるんですって。いきましょう」

「いや、でも、自転車に乗りたいんじゃなかった?」

「見るだけで満足しちゃいました。完成したら乗せてください」

「はは、まあ、頑張ってみるよ」



 ソフィアが笑顔で駆けていく。

 僕はフェルトハットを被り直して、立ち上がった。

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