依存

@kador

第1話

 「いらない」と言われ続けた少女はいらない少女になる。

 「使えない」と言われ続けた少女は使えない少女になる。

 「価値が無い」と言われ続けた少女は価値が無い少女になる。

 ついに「いらない」とも「使えない」とも「価値が無い」とも言われなくなった少女は何になればいいのだろうか。家族から見向きもされず、自分の世話をするはずの者からもその者以下に見られ、扱われ、その理由を少女は分からないまま、捨てられる。


 「アンジェ、貴様は天界には要らない。地に堕ちるがよいわ」







 悪魔とは一体何か?

 人間種の天敵。天界の者にとっての有害。世界の病原体。その全てに厭忌が含まれるのは確かなことだ。人間と天界からの全ての憎悪を一身に受けた存在。それが悪魔だ。


 しかし天界からの加護を受け、寵愛を受けた人間の中にもマイノリティは存在する。悪魔を崇拝する者、天界を忌み嫌う者。それらは口で神を愛し、心で悪魔を崇拝するのだ。


 悪魔を召喚することは意外と簡単だ。その悪魔に適した魔法陣を血で描き、頭を垂れ、祈るのみ。

その者達の願いを悪魔は叶える。その願いに応じた代償を払わせて。



 召喚された大悪魔、オルコは大きなため息を吐く。オルコのため息は白い息となり、空中で霧散する。

 周りは雪で覆われており土が見える気配もない。下に雪以外で見えるものがあるとすれば近くを流れる小川ぐらいだろう。


 初めての体験というのは良い事ばかりではない。今回のオルコはそのいい例だ。初めての人間以外からの召喚だ。

 背中から生えた二対四枚の羽が主よりも存在を放っている。それらは雪と同化してしまうのかと錯覚してしまうほどの白さ。聖なる白と言うべきこれは天界でもそうやすやすと見られる代物ではない。


(それなりの身分の天使か)


「貴様が我を呼んだのか? して何用か?」


 いつも通りではない召喚者にいつも通りの台詞で尋ねる。仮に人間であろうと天使であろうと悪魔には関係の無いことだからだ。大事なのは欲なのだから。


「お腹が空いたの」


「へ? ……腹が空いたというか。では願いは食物ということだな?」


 素っ頓狂な返事の声を出したオルコだったが、すぐに改める。


「何が良い? この国の王しか食うことの出来ない物か? それとも天界でも限られたものしか食うことの出来ない果実か?」


「あそこの、魚」


 天使の少女が指をさした方向を見るオルコ。その目に捉えたのは小川を細々と泳ぐ大きくも小さくも無い魚達。


「魚か。あれでいいのか? 貴様の身の丈ほどの魚でもよいが」


「あれでいいの。大きいの、食べきれないから」


 オルコは手を肩の高さまで上げ、指を鳴らす。その音が雪によって澄み切った大気を震わせ、耳障りの悪い不協和音を奏でる。


 変化は起こる。小川を泳いでいた魚が急に空中に浮きあがる。小川から飛び出し、ゆっくりとオルコの手元に近づくと、どこからともなく出てきた串が魚に突き刺さる。そのまま、魚が串を軸に一回転する。それが終わったときには魚はすでに香ばしい匂いの溢れる焼き魚となっていた。


「ほれ、これがいいのだろう」


 オルコは串を持ち、焼き魚を手渡す。少女は一連の動作をその瞳で興味深そうに見つめていたが、焼き魚を手渡されたことによって我に返る。


「ありがとう」


 少女は小さく感謝を述べるとその小さな口で食べ始める。


 ゆっくりとした食事が終わったことを確認したオルコは、今回の本題へと話を移行させる。


「それでは、代償の話だが……」


(さて、どうしたものか。身体の部位で代償を支払わせるとしてもあの願いじゃあ足りない)


 ふと、問題の少女を見るオルコ。そこの少女は何かを言いにくそうに、しかし言いたげに口を小さく開けようとして、閉じる。


「どうした?」


「……あの、あのね、代償、私をあげる」


「そんな趣味はないが……」


「? 部下として、使って」


「眷属、というわけか」


 オルコは少女を値踏みするような眼つきで眺める。その嫌悪感を抱くような視線を少女は無表情で受け止める。未だ少女は無表情。


(魔力は悪くない。綺麗に澄み切っているのはいただけないが総量は目を見張るものがある。身体は脆弱ではないのなら無問題。顔も嫌悪するようなものではなく、むしろ良いといえる。精神面はあまり分からないが、それはまぁなんとかなる)


 様々な思考を巡らせたオルコだったが、ある大昔の逸話を思い出し口元を歪める。


「別に構わない」








 バタバタと階段を慌ただしく降りる音がその家に響く。

 森の奥深く。誰も立ち寄るはずのないその場所に家は佇んでいる。一見すると質素に見えるが、しかし小汚いという印象を受けるわけでもない。不思議な家がそこにはあった。


「おいアンジェ。あれを取ってくれ」


「はい、コート」


 アンジェは自分よりも大きいコートを持ち、オルコの元へ向かう。

 オルコの眷属となった少女、もといアンジェは初めの頃とは見違えるように生き生きとしている。といっても無表情なのは変わらず、瞳だけが生き生きとしている。


「それじゃ行くぞ。緊張すんじゃねぇよ」


「別に、してないし」


「可愛くない奴だな」


 オルコはコートを羽織った後、すぐにアンジェを引き寄せる。

 オルコとアンジェの周りを赤黒い魔法陣が回転し、それが五個に分裂。各々が意思を持っているかのように動き、その魔法陣の中心にいた二人は召喚される。


 召喚による頭痛を隠すように頭を掻いたオルコはあたりを首は動かさず、目だけを動かして見渡す。


 そこは立派な部屋だった。白を基調としてある壁。青い絨毯が引かれており、その上から血で書かれたオルコの魔法陣。素晴らしいと嘆息する。

 目の前には高価な服を着た、いや服に着られた中年の男性が居たのをようやく確認するオルコ。


「貴様か。して何だ? 願いというのは?」


 オルコは声をいくらか低くし、その男性に問いかける。


「おお、本当に召喚が出来るとは……。皆の者! これが力だ!!」


 男性は、召喚したことに興奮を抑えることの出来ないようだ。興奮が高すぎて、誰にでもできる召喚で騒いでいる。この手の者がオルコは心底嫌いなことをアンジェだけが知っている。


 アンジェは心配そうにオルコを見つめコートの裾を握るが、オルコはそれを振り払い、小声でアンジェに言い捨てる。


「大丈夫だっつーの。てか、俺の心配をするくらいならこの状況を一歩下がってよく見てろ」


 アンジェはこくりと頷くとコートを握っていた手を離し、少しオルコから離れる。


「して、願いはなんだ? 早く答えろ」


「ああ……私の名はサイだ! 私の妻を生き返らせてくれ!!」


 サイは興奮冷めやらぬまま、別段オルコが聞いていない名前も添えて大声で叫ぶ。本当に止めてくれとオルコは心の奥底から願うがそれが聞こえるはずもない。


「ほう。死者の蘇生を望むか」


「不可能なのか!?」


「可能だ。だがもう少し声を抑えよ。話はそこからだ」


 オルコの指摘でようやく自分が大声ばかりを発していたことを理解したサイは荒げていた息を整え、ゆっくりと話し始める。


「それなら早くしてくれ。早く妻を……」


「ふ、まあ良いだろう」


 オルコは軽く指を鳴らす。その不協和音にその場の者、オルコとアンジェを除く全員が顔を顰め、耳を塞ぐ。


 その音はゆっくりと大きくなり、おぞましい音に何人かがその場にしゃがみ込み、頭を両手で押さえる。耳を塞ごうと、頭を押さえようと、その音は脳を揺さぶる。


 オルコに近かった者達が狂ったように叫ぶ。その両目からは血が垂れており、耳を塞いでいる手の爪から血が溢れ、流れ落ちる。


 地獄絵図とも言えるような部屋の中心に、流れ出た血が吸い寄せられていく。ある程度の量によってできた血の球は空中に浮き、魔法陣を描き始める。


 完成した赤黒い魔法陣の中心から一人の女性が産み落とされる。


 これが最上位の悪魔が使うことのできる、人の欲によって生み出される奇跡だ。

 人の願いを人の力を使い叶える。これが奇跡と呼ばれる所以は、この工程に何者も干渉が出来ないこと。そして、願いの上限がないこと。


 完成された妻を見たサイは頭が割れるような頭痛を忘れ、妻の元へ向かう。


「さて、これで彼女の器は完成されたわけだが」


「器、ですか?」


「ああ、これからが代償であり工程の一つだ」


 オルコは口角が上がりそうになるのを必死に堪え、台詞に笑いが混じらないように注意する。


「貴様にしてもらうことは実に簡単。自分の寿命を彼女に捧げるのだ。貴様が捧げた年月分、彼女の寿命も延びる。だが、もしこれで貴様の寿命が潰えた場合、両方が死ぬ。もちろん貴様の寿命は言わぬ」


「そんなッ!!」


 笑顔が消え、悲壮感漂う表情になったサイ。その表情を見たオルコは幸福感と満足感が同時に襲って来ることを感じる。これが悪魔にとっての普通なのだからおかしいことではない。


「さあ、どうするかね? 我はどちらでも良いのだが?」


「……分かった。やろう」


 悲壮感は何処へやら。今のサイは覚悟を決めた一人の男となっていた。妻を救うために弱さを絶ち斬ったようだ。


「では、どれほどを捧ぐか?」


 オルコの軽い問いは、覚悟を決めたサイに重くのしかかる。当然と言えば当然か。自分と愛しき自分の妻の命両方が懸かっているのだから。

 無限とも言える時間が経った。その部屋に居た者はその全員が声を一言も発さず、倒れた者から滴る血液のみがこの世界に音があるのだと再認識させてくれる。


 考えても意味が無い。そうと分かってはいても簡単に考えることを放棄できる者はいない。やがて、弱々しい声がその声量とは反対に部屋に響く。


「五年と、……二か月だ」


「残念だ」


 指を鳴らすとサイは溶ける。ゆっくりとした速度ではない。あり得ないような速度で身体が溶けていき、その場には黒い液体と衣服だけが残る。


「こんな終わり方か。アンジェ。帰るぞ」


「うん」


 アンジェはペンギンのようにトテトテとオルコに近づき、腕に抱き着く。それを確認したオルコは自分の家に自分を召喚し、帰る。


 見慣れた我が家に帰ってきたオルコはそのまま、近くのソファーにどっかりと座り込む。アンジェは急いでキッチンに行き、紅茶を持ってくる。


「おう、気が利くな」


「うん、眷属だから」


 アンジェが眷属となって二年と少しが経つ。

 眷属は様々な形がある。奴隷として酷使する者、弟子として鍛える者。アンジェは後者だ。


「ちょっと、聞いてもいい?」


 アンジェは自分の分の紅茶をカップに注ぎ、オルコの隣に座る。


「なんだ? 珍しいな」


「あのサイって人の寿命ってどのくらいだったの?」


「十八日」


「……短いね」


「ああ、それが分かったからあの代償にした。誰が分かるかよ。自分の寿命が後十八日って」


 オルコは嬉しいのだろう、饒舌に語る。クククと本当に嬉しそうに笑い、その笑顔が消える様子も無い。アンジェはそれを不思議そうに見つめる。


「なんだ、面白くないか?」


「ううん、オルコが嬉しいのなら私も嬉しい。だけど、面白いって、どういうことなのかなぁって」


「そうだな。なんか勝手に笑いがこみ上げてくるんだよ、それが面白いだ」


 オルコの雑な説明に納得をするアンジェ。

 和やかな雰囲気の中、唐突にオルコが「ん?」と変な声を出す。


「どうしたの?」


「また召喚だ。しかし、この反応は……」


 ソファーから立ったオルコは、アンジェを掴み自分の近くに置く。どうやら今回もアンジェを連れていくようだ。


「戦闘準備だ。召喚されてからなにが来るか分からんからな」


「うん、分かった」


 魔法陣に囲まれた二人は抗うこともなく、召喚される。


 一瞬の出来事だった。もはや壁と言えるような魔力弾の雨嵐が襲い掛かる。

 オルコは地面に手をつき、障壁を発動。その全てを余裕をもって受けきる。そしてオルコが親指だけを突き出し、下に振り下ろすと空を埋め尽くしていた天使の半数ほどが羽虫のように落ちる。


「おい、戦闘準備しておけと言ったよな?」


「準備はしていたけど、対応は、出来なかった」


「間抜けか!」


 アンジェはゆっくりとした動作で魔法陣を両手で描く。腕を円状に回し、彼女の背丈ほどの大きな魔法陣が完成。その魔法陣から巨大なレーザーが飛び出る。そのレーザーは宙を薙ぐ。それが掠った建物は吹き飛び、その衝撃で地面が抉れ、当たっていない天使が墜落していく。

 直撃した天使はその姿を確認できない。きっと綺麗に消滅したのだろう。


「アンジェか!?」


 戦場となった天界で、アンジェは聞き覚えのある声を聞き、その小さな身体を震わせる。そしてオルコの背中に隠れる。


「どちら様で?」


 オルコの問いを無視し、その者はアンジェにずっと話しかける。話しかけるというよりも糾弾に近い。アンジェはその声を聞くたびに震え、怯える。その様子からよろしい仲ではないことは流石のオルコでも気付く。


 オルコは素早く錬成した魔法をその者に放つ。アンジェに話しかけていたため、気付くことは叶わずに横腹に着弾し壁まで吹き飛ぶ。


「アレは誰だ?」


「兄、です」


 俯いたアンジェは普段以上に弱々しい声で呟く。

 その態度にオルコは憤りを覚える。


「それがどうした! お前は俺の眷属なんだからしゃんとしろ!!」


「うん、分かって、いるんだけど」


 アンジェは動けない。五分前までしっかりと動いていた腕はおろか指すらも動かない。逃げるための足も、見ないための首すらも動かない。それなのに勝手に身体は震える。


「お前が決着を付けろよ。お前の問題だ」


「うう、でも……」


 オルコは背中に隠れているアンジェの頭を掴み上げ、正面に持ってくる。アンジェは痛がる素振りは見せるも、無理矢理手をはがすような真似はしなかった。


「なら、俺が理由をやる。俺のためにアレを殺せ」


 沈黙。オルコはアンジェが話すのを待ち、彼女は黙り込む。やがて……彼女は意を決す。


「うん、分かった」


 アンジェは魔法陣を描く。さっきまでとは違い手も足も全てが動く。それどころか、これまでで一番手早く魔法陣を描き切る。

 未だ砂埃が散り切っていない壁に向かって放たれる無慈悲な魔法。全てを焼き切り、建物を破壊し、命を散らせるその魔法はたった一人に向かい放たれたのだ。


「アンジェ貴様ッ!! 実の兄を殺すとはこの出来損ないがッ!!」


 天からゆっくりとした降下をしてくる高齢の男性。その額には皺が刻まれており、アンジェに怒りをぶつけている今、その厳つい顔は余計に厳つく見える。

 背中からは二対四羽が生えている。オルコにとっては想定外もいいところだ。


「これは大物だねぇ、まさか『柱』がくるとは」


 オルコはその笑みとは裏腹に焦る。

 身体をブルリと一度震わせると、その背中から悪魔の羽を生やす。異形の羽が三対六枚生えている様は中々の畏怖を生み出す。


「六枚……。なるほど、大悪魔クラスか。ここで狩らせてもらう!!」


 オルコとその天使は空中へ跳ね上がる。戦闘機よりも早い黒き閃光と白き閃光が時折ぶつかり、火花を散らす。


 螺旋状に飛び回り、互いに背後を取ろうとするドッグファイト。俊敏がものをいうこの戦いはオルコが圧倒的に有利……なはずだった。


 もしここが天界以外ならオルコは押し負けなかっただろう。だが、天界というフィールドは天使に味方をする。


 墜落したオルコに白き閃光が迫る。

 オルコは、墜落の衝撃で視界がぼやける。頭を押さえ、必死に視線を動かすが遅い。


(もらった!!)


 確信した勝利は、横から撃たれたレーザーによって脆くも崩れ去る。

 予想すらもしていなかった介入に、驚愕の表情をして視線を動かした彼が見たのは、二対四枚の天使の羽と一対二枚の悪魔の羽を生やしたアンジェだった。


「その姿は……?」


「私は、オルコの眷属」


 それを聞いた彼は、オルコの方へ顔を向け、叫ぶ。


「お前は自分が何をしたか分かっているのか!? 災厄を呼ぶつもりか!!」


「天界を滅ぼす伝説が本当かどうか確かめたくてな」


 昔のことだ。聖なる羽と穢れた羽の両方を持った少女がいた。彼女は、悪魔と天使のハーフだった。だが、そんな彼女が満足な待遇を天界で望めるはずも無く地上に堕とされる。

 だが、天界はその判断を悔いることになる。その少女が、自力で天界まで登り、怒りの炎で天の全てを焦がしたのだ。


 この逸話を思い出したのもあり、オルコはアンジェを拾うことにしたのだ。


「此奴はなアンジェ! お前で検証をしているんだぞ。お前はモルモットだ、それでいいのか!?」


「私は、オルコに拾われた。オルコに救ってもらった。オルコの役に立てるのなら、本望」


 彼女の瞳は純粋な狂気。純粋であり、それ故に恐ろしい狂気が混じっていた。それはその行為を悪と思っていない狂気。きっと彼女は、オルコのためならばどんなことでもするだろう。そう思わせるほどの瞳だった。


「アンジェ! 父親を殺すつもりか!? 親殺しは大罪だぞ!」


「あなたよりも、オルコが大切。だから……死んで?」


 アンジェは、墜落した自分の父親に六本のレーザーを放つ。そのどれもが掠っただけで死を予測するような熱量。

 アンジェの攻撃は彼の命を、周りを巻き込んで散らせる。そして天界の一角に死の雨を降らせる。


 オルコは、敵の援軍が来ていることに気付く。これ以上の戦闘は不味い。そう考えたオルコは走ってアンジェの元まで行く。そしてすぐにアンジェを掴むと自分を家に召喚する。


 急いでする召喚とは不出来である。

 家に響き渡る衝撃音。天井すれすれに召喚された二人は重力に捕らわれ、落ちる。


 先に落ちたオルコの上に落ちるアンジェ。クッションは偉大だ。

 アンジェが降りるとようやく起き上がるオルコ。


「なるほど、天使の羽があるから天界でも力を失わなかったのか。便利だな」


 冷静な分析を行いながらお気に入りのソファーに座る。テーブルに置かれていた紅茶を飲むが、冷えていて飲めたものではない。


「アンジェ」


「うん、入れ直すね」


 注がれた温かい紅茶をオルコは飲む。 

 その温かさで喉を潤し、大きな息を吐くと、オルコは話し出す。


「アレが言うことは本当だ。お前で検証をしていこうと思っていた」


「うん」


 淡々と返事をするアンジェに、それを当然と考えているオルコ。眷属が主に楯突くなどあり得ないことなのだから。


「だがな……」


「止めなくて、いいよ」


 オルコの言葉を遮ってアンジェは断言する。主の言葉を遮るなど言語道断だが、今回はそれにオルコは苦笑を漏らす。


「……ああ、無論だ。やめるつもりなどない」


 オルコはアンジェの頭を無意識に撫でる。猫みたいに気持ちよさそうにするその表情からは不安など感じ取れない。


「もし俺が死んだらお前が大悪魔の地位を継ぐか?」


「私も、死ぬ」


「おう、そうしろそうしろ。そしてあっちでもお前は眷属な」


「うん!」


 アンジェは嬉しそうに頷く。その姿は告白が成功した少女のようだ。

 幸せは人それぞれ。ここまで尽くせる人を見つけた彼女は幸せの部類に入るのかもしれない。

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