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 中央線快速東京行きに乗り込む。なんだかやたら人に見られるような気がして、今隣に弥生ちゃんがいることをはっと思い出す。いつもましろと歩くときは真っ先に周りの目が気になったが、今はそんなことを気にする余裕はなかった。


 早川が示した場所は同じ都内で三十分もあれば着く場所だ。少し先に電車に乗ったはずのましろにもすぐ追いつけるはずだ。そう思った矢先、停車駅でもない場所で電車が急停車した。勢いでよろける弥生ちゃんの腕を掴んで支える。随分細身な感じがした。弥生ちゃんは体勢が整うと、恥ずかしそうに腕を引っ込める。


『ただいま、横須賀線で発生した人身事故の影響により、運転間隔の調整を行っております。お急ぎのところ恐れ入りますが、発車までしばらくお待ちください』


 車掌の淡々としたアナウンスが流れると、車内がざわつき始めた。


「え、今なんていった?」


「くそっ、急いでんのに」


「人身って……自殺?」


「最悪ー」


「自殺なら他人に迷惑かけないようにやれよ」


「ねぇ、知ってる? 電車で自殺する人って家族に恨みがある人らしーよ」


「あ、もしもし、××商事の鈴木です。すみません、電車止まっちゃったんでアポ遅れます」


「えー、なんで」


 ひとつの命が消えたかもしれない瞬間に、人は自分のことしか考えない。上京したての頃は違和感を抱いていたのに、いつの間にか自分もそちら側になっていた。だが、ましろの父親が人身事故だと聞いたからか、今はこの車内の雰囲気に吐き気がしそうだった。弥生ちゃんの方を見ると、顔から血の気が引いていて少し震えているように見えた。


「弥生ちゃん、大丈夫?」


 こくりと小さく頷くも、寒気を抑えるように体を縮こめている。気分が悪いのは分かるが、少し異常なくらいだ。


 やがて何事もなかったかのように電車が動き出し、ざわめきも収まっていった。少女の顔色は一向に良くならず、次の駅に止まったタイミングで一度降りてホームのベンチで休ませることにした。


「ごご、ごめ、ごめんなさ、い」


「いいよ、気にしないで。俺はましろを探しに行くから、気分が良くなるまでここで休んでて。時間かかるかもしれないから、先に帰れる?」


 今は時間が惜しい。こうしている間にもましろは当てずっぽうに人の心を読んで混乱に陥っているかもしれなかった。弥生ちゃんもそのことは理解しているのか、俺の提案を否定せず申し訳なさそうに俯いた。


「もしかして、電車は苦手だった?」


「……う、ううん」


「そっか。まぁ人身事故なんてあったら普通は気分悪くなるよな。きっと平気でそのまま電車に乗れてる方がおかしいんだ」


 俺たちが降りたのとはすれ違いで、遅延で待っていた人たちが大勢乗ったので、今ホームは閑散としている。弥生ちゃんは話すことに苦手意識があるのか、口数少なく大人しいのでましろとはまるで対照的だ。ましろが彼女に冷たく当たっていたのは、単純に性格が正反対だからなのではないかと思えてきた。


「そろそろ次の電車が来るから、俺は行くね」


「……み、見たの」


「え?」


「ち、小さい頃、見たの。じ、じじん、人身事故。目の、前で」


 少女は声を震わせる。ようやく整ってきた息が再び荒くなってきている。


「もしかして……その時のこと、思い出しちゃった?」


「うん……」


 弱々しく頷く。彼女をここに置いて行くことに罪悪感を覚えたが、ましろの方も早く見つけてやらないといけない。少しでも気がまぎれるようにと、彼女の黒髪を撫でた。


「それはキツかったな……。そんなの見たらずっとトラウマになりそうだよ」


「でも、でで、でもね、そ、それだけじゃ、ないの」


「ん?」


 ホームにアナウンスが響く。遠くで電車が近づく音が聞こえてきた。対抗するように弥生ちゃんは精一杯声を張り上げた。


「自殺じゃっ……な、ななか、なかった。誰も、信じ、信じて、くれなかったけど……そ、その人、わ、私のこと、助け――」


『間も無く、東京行きの電車が参ります。白線の内側でお待ちください』


 電車がホームに入ってきた音で、弥生ちゃんの小さな声がかき消される。少女の長い前髪が風で浮き上がる。そこに隠されていた瞳は、ましろと同じ澄んだ色をしてこっちを見ていた。


「弥生ちゃん、その話また今度聞かせてもらってもいいかな? 俺は信じるからさ。ましろも、きっと」


「……うん。ま、ましろちゃん、みみ見つけてきてね」


 自殺じゃなかった。その言葉を何より信じたいのはましろのはずだから。俺はもう一度弥生ちゃんの頭を撫でると、電車に乗り込んだ。


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