第8話 当然の如くドラゴンを倒す④
「くるああああ!!!」
ドラゴンは獲物を怯ませる為か、声を上げ、一気に俺との距離を詰めてきた。
横っ飛びをして、ドラゴンの初撃は難なく回避。
「遅い! これならイケるかもしれない... ...」
昔、読んだ本でT-REXは実は狩りが得意でなかった。
という記述があった。
重量で言えば何トンもある身体はあまりに重く、俊敏な動きが出来なかったからだ。
なのでT-REXは狩りは滅多にせず、動物などの死骸を漁っていたという。
ドラゴンとはいえども、その容姿はT-REXそのもの。
辺りは木々に覆われ、背の高い草もあり、身を隠すには持って来い。
空中戦ならば勝ち目はないが、ここでは俺に地の利がある... ...。
しかし、逃げててもあいつの鼻の中に腕を突っ込むことは出来ない... ...。
どうすればいい... ...。
そして、俺は一瞬我に返った。
『あれ? これ、俺、走れば逃げられるんじゃないか?』
ドラゴンの鼻に腕を突っ込むという事に夢中になり、この場から立ち去るという選択肢をすっかり忘れていた。
「逃げるか... ...」
茂みの中で俺は敵前逃亡を決意。
「ぐぎゃあああああ!!!」
すると、突然、ドラゴンが腹を押さえ、地面に顔をこすり付けながら奇声を発した。
一体どうした?
別に俺は大きなハンマーでドラゴンの頭を殴り続けた訳でもない。
しかし、ドラゴンは土煙をあげ、地面でのたうち回っている。
『はやく!』
「おわっ!」
突然、頭の中で女の声がし、驚いてしまった。
『あたしがドラゴンの腹抓ってダメージ与えてるんだから今のうちにドラゴン倒しなさい!』
「え? お前、まさかさっきの少女か?」
『そうよ! いいから早く! このままじゃ、あたしが消化されちゃうでしょ! きゃあ! ふ、服が溶けてきた!』
「服!? 今、どんな状態だ!? 破れたのは上か下か!?」
『そんなのどうでもいいでしょう! 早く倒してったらぁぁぁ!!!』
「俺は鼻をほじる事しか出来ないし、興味もない。御免」
『何、剣士みたいな事言ってんのよ!』
「お前、死んだかと思ったわ。生きてんなら魔法ぶっぱなして早く戻って来いよ」
『それが、襲われた瞬間にCFストーンを落としちゃって! 熱い! 熱い!!!』
「お前、間抜けかよ... ...。ここがベトナムだったらお前、死ぬぞ。あ、もう、死ぬんだったな」
『いいから早く助けてよ! さっきは言わなかったけど、異世界人は無条件で魔法適正があるのよ!』
「ってことは俺も魔法使いになれるってことか?」
『やってみる価値はあるわ! いいから、早く、私のCFストーンを手に取って!』
ドラゴンの腹の中で助けを求める少女の叫び交じりの願いを俺は鼻で笑った。
「はっ! 俺がお前を助けるメリットが見当たらんな」
『メリットって! いいわ! もし、助かったら今すぐあなたを元の世界に戻してあげるから! ね! いいでしょ!』
「弱い! 弱すぎる! お前の命の対価はそんなもんか。そうだな。お前のすべてを俺によこせ、俺の為にお前は生きろ。それが最低条件」
人を使役する... ...。
この行為は現代の社会では法律上禁止されている行為。
六法全書を引けば小難しい文章で書かれている。
俺は人に疎まれながら生きてきた。
何度も何度も噛んだ下唇はいつも鉄の味がしている。
人はみな、俺の事をバカにする。
無能だとかキチガイだとか根暗と言われる。
だが、そういった声に腹を立てている訳ではない。
自分の人間的価値や存在理由が大したものではないことを受け止めているし、罵声を言う奴らに勉強でも喧嘩でも勝てる気もしない。
根っからの負け犬。
それが俺。
そんなクズ人間に使役されるというのはどういった気持ちなのだろうか。
ただただ、俺よりも下の人間を見たことがない。
そいつの気持ちを知ることで俺をバカにするやつらの気持ちも理解出来るのではないだろうか。
それが理解出来た時、俺はもっと背筋を伸ばして堂々と生きることが出来る事がかもしれない。
薄暗く靄がかかるような世界が少しは晴れるかもしれない。
いつかは人を使役したいと思っていた。
だが、犯罪するほどの度胸もない俺の願望はいつしか妄想へと昇華されていった。
しかし、今、そのチャンスが目の前に転がるドラゴンの腹の中にある。
この状況で少女は助かりたいがために嘘をつくと思う。
でも、それでもいい。
一度でも俺に屈するんだ。
それだけでも大きな収穫。
次はもっとうまくやれるキッカケになる。
俺の行いは無駄にはならないはずだ。
『... ...いいわ。ただ、条件があるわ』
条件? この期に及んで何を言う。
『今、私の国は危機的状況にある。それを救うためにあなたの力が必要なの。あたしはどうなってもいい。ただ、私の国を救って... ...』
「わかった」
承諾の言質を取った俺は、少女がドラゴンに襲われていた茂みまで駆けて行った。
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