第7話 当然の如くドラゴンを倒す③
「... ...」
小説でも漫画でもアニメでも映画でもドラマでもミュージカルでも登場人物が絶叫するシーンは子供でも重要なシーンだと理解する事が出来る。
ああ。こいつは今、嬉しいんだな。
悲しいんだな。
悔しいんだな。
というのが絶叫により誇張される為、人の気持ちが分からない奴にとっては分かり易い良い演出だ。
しかし、実際、本当に心から驚くと絶叫ってしないもんだ。
喉元をえぐり取られたかの如く声が出ない。
今、目の前で物語の重要なポディションである少女は赤いドラゴンに丸呑みにされた。
少女を丸吞みにしたぐらいではドラゴンの気は済むことなく、ギロリと俺を睨むと「次はお前だぞ」と言わんばかりに涎をダラダラと垂らしながら、一歩一歩を踏みしめるようにこちらに近づいてくる。
スピルバーグであれば「こんな死に方が理想的」などと発言するかもしれないが、俺にはそういう趣味はないし、あわよくば老衰で痛みなく死ねたらと考えていたので今のこの状況は死を迎えるには最も不適切なシチュエーションだ。
上空を見ると赤い影は雲のようにチリジリになり、ぽっかりと空いた隙間から陽の光が漏れている。
ドラゴンはこの自身の分身を上空に作り、獲物が油断したところで背後から襲うという作戦を企てていたのだろう。
考えが甘かったというか、こんな作戦をドラゴンが行うなんて想像もしていなかった。ドラゴンを獣の類だと思い、勝手に頭が良くないと思い込んでいた俺の完全なる敗北。
「ハハハハハ」
俺は涙を流しながら笑った。
普段、笑う事が少ない俺は死ぬ間際にどんな笑い顔をしているのだろうか。
疑問に思うが、それを確かめる手段はない。
どうせ、俺はここで死ぬのだ。
そうか死ぬのか... ...。
それを自身に言い聞かすように心の中で呟くと、自然と背中の発汗や足の震えは止まった。
そういえば、人間はこんな下らない事を言う生き物だ。
”死ぬ前に何がしたい?”
恋人や家族と過ごす、家でジッとしている、美味しい物を食べる、犯罪を行う等々、死の間際、人それぞれやる事は様々だろう。
それらの選択肢に不正解はない。
死ぬ前だ。
好きな事をしたほうがいい。
好きな事... ...。
今思えば、俺に好きな事なんてあっただろうか?
漫画やアニメは良く見るが、好きなことですか?
と言われれば首を傾げてしまう。
好きな事というか暇潰しという言葉の方が適切。
好きな事も見つけず、鼻糞ばかりほじくっていた俺の人生って一体なんだったのか... ...。
虚しさから再び泣きそうになるが、それをグッと堪えた。
いや、待て!
ここで俺が鼻糞をほじっていた事に虚しさを感じてしまったら、俺の人生まるで馬鹿みたいじゃないか。
天国や地獄なんて概念は全くもって信じないが異世界という非現実世界は存在している。
天国や地獄だって空想の産物とは言い切れないぞ。
こんなに報われない人生があってたまるかよ!
そこで俺は自身でも驚く天才的な考えを閃く。
「ドラゴンの鼻の中に腕突っ込んでやるか... ...」
古今東西、津々浦々、地球史の歴史の中でドラゴンの鼻の穴に腕を突っ込んだやつはいるか!?
答えはNOだ。
もし、天国や地獄があったとしよう。
そこには歴史上の偉大な人物などがゴロゴロいる。
やれ、「俺は革命起こした」「俺はこんなもの発明した」「大金持ちだった」等と発言するやつはごまんといる。(だろう)
偉人達の中でそれらの自慢は「ふーん」程度に終わってしまう話題。
しかし!
長い歴史の中でも異世界に連れていかれて、ドラゴンの鼻の中に腕を突っ込んで死んだ奴がいただろうか!?
俺は得意げにその事を話すことによって、死後の世界で人気者になれるのでは!?
「はっはっ! クレイジーボーイ!」とか言われるんじゃないか?
いや! ない! そんなんで人気者になれるわけがない!
しかし、それを否定する事も出来ない!
なぜなら、死んだあとは誰も知らないから。
俺に今できる事は何だ?
魔法も使えない。
伝説の剣も持ってない。
あるのは己の体と培ってきた鼻をほじる技術のみ... ...。
これで死んでも恥じる事はない。
曲がりにも俺は伝説の生物ドラゴンに丸腰で立ち向かったのだ。
己の勇気を誇れ!
ドラゴンとの俺との間は10m程の距離に迫っている。
鼻息も感じる事が出来る距離。
だが、不思議と俺は落ち着いてる。発汗もせず、心が穏やか、こんなにも落ち着いた気持ちになるなんて久々だ。
「来いよドラゴン。お前の鼻ほじくり回してやんよ」
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