Story06 《初日の終わり》
「本当に送らなくて大丈夫かい?」
「はい。ここから近いですし、まだ明るいので」
「そうか、じゃあ機会があったらまた会おう。気を付けて」
俺とゲオルグさんは国王様との謁見後、城内の窓から見える太陽が沈みかけていることに気が付いた。ゲオルグさんは城内の寮に住んでいるらしいから良いものの、俺は宿の場所さえ知らない上にお金がない。
その時ゲオルグさんが、10枚の銀貨と宿の位置が書かれたメモを俺にくれた。正直これからどうしようかと悩んでいたので、有難く受け取らせてもらった。
彼は宿まで護衛するかと申し出てくれたのだが、さすがにそこまでされたら俺の立場が無くなるので遠慮した。
いつか必ず、彼には真っ先に恩返ししよう。そう決意して城を出たのが数分前。
今は、その案内された宿屋の前に立っている。
異世界に来てから、ゲオルグさん以外と一人で会話するのは初めてだ。店員に失礼の無いように出来るだろうか。
僅かな緊張感を覚えつつ、俺は静かに木のドアを開けた。
中は外から見たよりも広かった。木造建築で高級そうな印象は無いが、俺は派手な装飾がされているよりもこっちのほうが好きで落ち着く。
正面のカウンターに向かう最中にふと、壁に張り紙がされているのが見えた。よく見ると現在の金銭のレートらしい。
助かる!正直銀貨10枚がどれだけの価値なのか分からなかったからな。どれどれ……
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金銭レート表(ウォル)
銅貨………1ウォル
銀貨………10ウォル
金貨………100ウォル
貴銅貨……1000ウォル
貴銀貨……1万ウォル
貴金貨……10万ウォル
白金貨……100万ウォル
宿泊料金……・朝夕食付 10ウォル
・宿泊のみ 5ウォル
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見たところ俺が貰ったのは普通の銀貨だ。1枚で10ウォル、つまり所持金は100ウォルか。宿屋に10日も滞在できてしまう金額なのか。ほんとにゲオルグさんには感謝しきれない。
生活費もあるし、全額使うわけにはいかない。とりあえず一週間にしようと思い、俺はカウンター越しに店員に話しかけた。
「あの、部屋空いてますか?」
「はい、現在でしたら108号室と112号室が空き部屋となっております」
「そうですか、なら、……108号室に7日間でお願いします」
「かしこまりました」
そう言って店員は去って行き、108と書かれたプレートの付いた鍵を渡してきた。
「7日間で70ウォルになります」
俺はあらかじめ用意しておいた銀貨7枚を差し出した。
「ありがとうございます。食事は7時と18時に部屋の前に置いておきますので、何か不便があればお申し付けください」
時計によると現在の時刻は6時50分。夕食は貰えるのかな?
「あの、今日の分の夕食は貰えますか?」
「はい、もちろんお届けしますよ」
良かった。正直転移してから水しか飲んでなかったから腹ペコだ。
俺は鍵を受け取り、自室に向かって歩き出した。
「うはぁぁー、柔らかいぃー」
俺は部屋に鍵を閉めた瞬間に布団へダイブ。やばい、ちょー気持ちいい。
飯までは10分あるのだ。もう少しこの布団の感覚に身を任せたい。
本当に、色んなことがあった日だった。自室の布団に入り込んだ昨日の俺は、まさか翌日の夜を異世界の宿屋で過ごすことになるとは思いもしなかった。
母さんや悠太にもう一度会うために、俺は絶対生き延びる。そのためにはレベル上げと、この世界に関する情報が必要だ。ここは恐ろしい程広い王都なのだから、図書館ぐらいあるだろう。そこを探して知識を得る。そして、魔物を倒さずして強くなる方法を見つけ出すしかない。
明日は城下町の探索だな。そんなことを考えていると、扉の奥からお盆を置く音が聞こえた。もう10分経ったのか。
扉を開けて置かれていたものを室内に入れる。この食べ物はから揚げに見えるが何の肉だろうと考えていると、食器に紙が挟まっているのに気付き、その中身を見てみる。
“献立
ナラキア米
味噌汁
フロウルバードのから揚げ”
と書かれていた。フロウルバードって……鳥だよな。どんな鳥なんだよ。名前聞いたことない。
種類が少ないと思ったけれど、このから揚げが結構でかい。しかも3つ。これなら足りないということもなさそうだ。
箸で肉を掴み、一口齧った。その瞬間、何とも言えない幸福感が襲ってくる。
美味い!これほど美味い料理は現実でもあまり食べたことがない気がする。俺は夢中で食べ進めた。
……10分程度で食べ終わってしまった。ほんとに美味しかった。こんなのが毎日出てくるのか、うわあ幸せ。
とりあえず食器は外に出しておけばいいらしい。扉の前にお盆を置き、自室に入って、少し悩む。
やることが無くなってしまった。寝るには早いし――
いや、今日はもう早いけど寝よう。明日早く起きて城下町を探索すればいい。
俺は8時にもならないうちに、消灯して布団に入り込んだ。疲れていたせいか、すぐに眠気に襲われて瞼を閉じた。
俺のこれから始まる、長い異世界生活の一日目が、こうして終わった。
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