Story03 《ヴァレスティアへ》
「し、死ぬかと思った……」
森に入って30分。
俺は、先ほどの砂浜まで戻ってきていた。
だって、強すぎる、魔物が!
20分前――
俺は早速、草の影で動く物体を発見した。飛び出したのは眼の赤い兎のような動物。名前やHPは表示されなかったが、代わりに頭上に【Lv.62】と表示された。
……は?62?強くね?
俺は鉄の剣が創造不可能だったことを考慮して木製の短剣を作り出し、思い切り兎に投げつけた。しかし、外見ではふさふさの毛がまるで鋼鉄であるかのように俺の短剣をはじき返し、粉砕させた。勿論ダメージは僅かにも与えられなかったようだ。
木剣が当たってこちらを向いた兎は、光る赤い眼で俺を睨みつけた。途端に俺は立ったまま動けなくなった。後になって考えれば、あれは威嚇系のスキルだったのだろう。
俺は咄嗟に口の中にスタン回復ポーションを召喚した。実際には「なんかこの状況を打開できるもの!」としか念じていないのだが。スタンは数秒で治るし、そもそもスタン中は手足が動かせないためポーションの価値はレベル1でも作成で出来る程度だったようだ。正直助かった。
そして俺はすぐさま逃走を選択し、全速力で逃げ出した。【疾走Ⅰ】が効果を発揮してくれるかと思ったが、実感がほとんど感じられなかった。敏捷値が上がれば変わるのかね。
――そして、今。
俺は最初に降り立った、もとい落下した地点で水を召喚して飲んでいる。一旦落ち着いて、この海岸からの脱出を考える。
暫く考えたが、結局この世界に住人が居ることを信じて、どこかの街に向かうしかないだろう。逃げ切った後に少し森の様子を見てきたが、始めの街周辺のモンスターの上位互換と思われる、見た目は可愛らしいのにレベルは60超という化け物達が闊歩していた。そして全員共通して眼が赤かった。
なぜ最初の街に転移しなかったし。あ、出現場所は完全ランダムなんだった。誰だよこのシステム作ったやつは。
到底、今俺の創れるものではあの化け物共には勝てない。そう判断し、他人に助けを求めることを選んだ。まあ、この森が人通りの全くない裏山とかだったらお終いだけどね。
恥を承知で街までの行き方を教えてもらい、そこで情報収集等をするしかあるまい。
俺はもう一度、森に続く道を歩き始めた。
――1時間後。
俺は見た目によらず飛行速度の遅いレベル65モンスターに追われている。
この蜂みたいなの、妙に索敵範囲が広いし、敵対時間が長い。10メートルくらい離れてても普通に発見して追いかけてきたし、かなり長い間逃げ回っているが一向に諦める気配がない。幸いスピードは大したことないが、羽音を立てて接近してくる致死の針には恐怖しか感じない。
まずい。疲れて足がもつれてきた。
そう思った瞬間、俺は他のよりも大きく張った木の根に躓いた。
立ち上がることもできず、蜂が毒針を突き刺すのをただ待つことしか出来ない。俺は死なないと決意した。だけど、もう身体は動こうとしない。
針が俺の足に突き刺さる――その寸前、何かが聞こえた気がした。
「――我が刀身に光を宿せ、
確かに、男の声でそう聞こえた。すぐさま、眩い光が俺の身体を掠めた。その光が胴体に命中した蜂は、恐ろしいほどの勢いで近くの木に叩きつけられた。木が揺れて葉が数枚落ちた。
俺は咄嗟に光が差した方向を見た。
やはり、男が立っていた。歳は20代前半くらいだろうか。全身を青の刺繍が入った金属鎧に包み、左手には翼と剣を模したエンブレムが彫られた大盾、右手には同じ紋章が柄に彫られた銀色の長剣が握られている。魔物と退治するその姿は、まるで王国の騎士のようだ。両眼から発せられる畏怖すら覚えるほどの眼光が、俺を刺そうとした蜂に向けられている。
「魔物とは言え、女の子を傷つける奴には容赦しない」
そう言い、もう一度浮き上がりつつある蜂に向かって走り出す。しかし物凄い速さだ。一瞬で零距離まで接近した彼は、右手に握った剣を振りかざし、先ほどの言葉と類似した台詞を放った。
「我は光、貴様は闇!
銀色の長剣が鋭く発光し、刀身全体から光線が迸った。先程とは比べ物にならないほどの衝撃が大地を揺らし、彼は剣を振りきった姿勢のまま硬直していた。
その数秒後、大蜂は音もなく2つに裂けた。双方の死体は地面に落下し、地面に溶けるようにして消えていった。
彼はふぅ、とひとつため息をついてから剣を鞘に戻し、こちらに向き直った。
「間に合って良かった。君、怪我はないか?」
「いえ、おかげさまで。助けて頂いて、ありがとうございました」
すると王国の騎士然とした男性は、俺の身体を見て笑った。
「良かった、怪我もしていないみたいだな。……ところで、君はどうしてこんな所に居るんだ?ここはもう素材集めなんかで来るところじゃないと思うけど……」
あ、この時になんて言うか考えてなかった。異世界から転移してきた、なんて言えるわけがない。うーん――。
「み、道に迷ったんです」
間違ってはいないぞ。実際街がどこにあるのか分からなかったし。
「迷ったって……ここは道に迷う確率は高いけど、地図か探索スキルか、転移魔法でも使えばすぐに帰れるだろう?もしかして、どれも持っていないのか?」
俺はその問いにこくりと頷く。
「そっか……じゃあ今の戦闘レベルはいくつ?」
少し躊躇ったあと、1です、と答えた。
騎士は驚いた顔をしながら固まった。そして俺のほうへ駆け寄り、強く俺の肩を掴んだ。
「――今すぐ街へ戻ろう。俺も行く」
「えっ、あなたは他の用事で来たのでは……」
「そんなの失敗したって言えば済む話だ。でも君を此処に置いていくことはできない。絶対にだ」
彼はとても真剣な眼をしていた。俺はただ頷くことしか出来なかった。
「ここから北側に一時間程進めば〈王都ヴァレスティア〉に着く。君の事情については歩きながら聞こう」
ヴァレスティア。この世界と同じ名前だ。つまり首都と考えていいのだろうか?
彼は俺の肩から手を放し、森の奥へと進み始めた。慌てて俺もそれを追った。
俺と白銀の騎士は、より暗く、より深い森の中へと進んでいった。
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