10)「カミノ・レアルの町」

 ミッシェルたちは、馬を調達するとカミノ・レアルの街に向かって出発した。

 旅費節約の為、手に入れたのは気性の荒いマスタングだったが、教授は、それを楽々と乗りこなしてみせた。教授は見た目によらず、馬の扱いに長けているようだった。

 荒れ地を抜けて町を目指した一行は、途中、農家らしき一軒家を見つけて立ち寄った。

「やあ、ごきげんよう」

 コールは、農作業をしている男に声をかけた。

「やあ」

 男は、作業を止めて返事をした。

「あんたら、どっからきなさった」

「ロスアラモスからだ。カミノ・レアルの町に行きたくてね。あんた、近道なんか知ってるかい?」

 農夫は、眉をしかめた。

「谷を抜ければ幾分早く着けると思うが……何しにいくんだい?」

「人探しだよ。あの町に行って帰ってこなくてね。だからこうして探しにきたんだ」

「その人が戻ってこないのは気の毒だと思うが、町へは近づかない方がいいよ」

「駅でもそんな事を言われたよ」

「あそこには、おかしな連中がいるんだ」

「駅員は誰も住んでいないと言ってたぞ」

「いるよ。不気味な連中が。とにかくおかしいんだ」

「よかったじゃない。話を聞ける相手がいてさ」

 ミッシェルが言った。

「お前は、黙ってろ」

「とにかく、悪いことは言わないから町へ行くのはよしなって」

「いいや、これも仕事でね。ところで、よかったら水を分けてくれないかな。馬に水を飲ませたいんだ」

「家の裏に井戸があるから、そこから汲めばいい」

 農夫は、そう言うとに戻った。


「どう思う? おかしな噂ばかり耳に入ってくる」

 ミッシェルが言った。

「怖気づいたのか?」

「そんなんじゃないけど……どうも嫌な予感がするんだよ」

「不安が何の役に立つんだ? それよりさっさと出発して日が暮れるまえに着くんだ。野宿はしたくないからな」

 一行は、馬に水をやると再び、カミノ・レアルの町に向かった。



 そしてようやく三人が、カミノ・レアルの町に到着したのは、夕暮れも近かった頃だった。

 駅員の言うとおりゴーストタウンの様な寂れた町だったが、人がいないわけではないらしく、通りを馬で進むと建物の陰から人影が度々見えた。

 通りに面したいくつかの店も看板を出しているが、客が入っているようには見えない。最も今は夕方だ。単に客足が遠のいている時間帯なだけなのかもしれないが、それにしても人気を感じられなかた。

「寂れた街だね」

 ミッシェルが通りを見渡しながらコールに言った。

「立ち寄る人間が少なければ金を落としていく人間もいない。仕方がないさ」

「で、どうするの?」

「まずは、保安官事務所に寄ってみよう」

「でも、場所を聞くにも人がいなさすぎだよ。本当に人が住んでるのかな?」

「視線を感じる。お前も分かっているんだろ?」

「まあね」

 ミッシェルは、建物の二階をチラリと見た。

 窓に敷かれたカーテンが僅かに動いたのが見えた。確かに人はいるようだ。

 コールは馬の歩みを遅らせて後ろからついて来るカッシング教授の横に並んだ。

「さて、教授。町には着いた。俺たちは、保安官事務所に寄るつもりです。あなたは、どうしますか?」

「私も保安官事務所までご一緒したいですな。何しろ初めての町ですから私もいろいろ聞きたいのでね。とはいえ、本当に人の姿が見えないですな」

 カッシング教授は、フェルトハットをかぶり直しながら通りを見渡した。

「たしかにね。でもまあ、いずれ誰かに会うでしょう」



 三人は、保安官事務所は、すぐ見つかった。

 中を覗いたが誰もいなかった。

 机の上にはマグカップが置かれている。

「保安官はお留守のようだね」

 ミッシェルは、マグカップの中を覗いてそう言った。カップの中は何かが飲みかけだった。中の液体は黒くコーヒーのように見えたが少し赤みがかっていた。

 不自然さを感じたミッシェルは指先をカップの中の液体に触れてみた。

「これは……」

 ミッシェルが中の液体に違和感を感じたその時だった。

「あんたら、なんだ?」

 事務所の出入り口から声がした。

 見ると入り口にテンガロンハットをかぶった男がライフルを向けている。胸には保安官バッヂを付けている。どうやら彼が保安官のようだ。

「あんたが、この街の保安官かい?」

 コールは、銃を抜きかけていたミッシェルを手で制すると入り口に立つ男に尋ねた。

「ああ、そうだ。で、あんたら何者だ?」

 警戒しているのか、保安官の持つライフルは下げられていなかった。

「勝手に入ってすまない。ちょっと聞きたい事があって立ち寄ったんだがね」

「よそ者だな。どこから来た?」

「俺たちは、イリノイ州のシカゴから来た探偵社の人間でね。鉄道会社に頼まれて不審な列車と行方不明者のことを調べにやってきたんだ。俺は、コール・ソントン。こっちは仲間のミッシェル・ナイト。それからこっち紳士は、ミスター・カッシング」

 カッシング教授は帽子を取ると軽く会釈した。

 保安官がミッシェルの方を見た。ミッシェルは、挨拶代わりの笑顔を見せたが、それと分からぬようコルトのグリップに手をかけていた。

 閉鎖的な田舎町ではたびたび行き違いがある。ミッシェルが経験から学んだことだった。

「探偵社?」

「人に頼まれていろいろ調べるのさ。シカゴのピンカートン探偵社だ。知らないかい?」

「都会のことは疎くてな」

「ジェームズ・ライリーとヘンリー・アダムズという人間を知らないか?」

「聞き覚えのない名前だな。何者なんだ?」

「同じ探偵社の人間でね。1ヶ月ほど前にこの街に来たらしいんだが連絡が取れなくなったんだ」

「どこか他の町へ行ったんだろ」

「そうかもしれないけど、さっきも言ったが、連絡が取れないんだよ。それで向かった先の手がかりを探しているってわけだ。些細なことでも何か知ってる事があったら教えて欲しいんだが」

「すまないが、覚えがないんだ」

「そうかい。なら町で少し聞き回らせてもらうよ。構わないかい?」

「まあ……いいが、騒ぎは起こしてくれるなよ。この町の人間は静かに暮らしていたいんだからな」

「心得てるよ」

 コールはそう言って片目を瞑ってみせた。

「そうだ。教授も何か聞くことがあるんでしょ?」

 保安官をじっと見つめ、様子をうかがっていたカッシング教授は、ミッシェルに声をかけられ、思い出したように尋ねた。

「あのですな……最近、この町に大量の荷物が届けられたことは? あるいは見知らぬ人間の出入りが多くなったことはありますかな?」

「あんたら以外に?」

「そう、私たち以外にです」

「最近はないね」

「本当に?」

「こんな町だ。よそ者がいたらすぐ分かる。ましてや人数が多ければすぐ俺の耳に入ってくるし、俺も気が付く。最後によそ者を目にしたのは、2年ほど前だな。まだ駅が生きていた時だよ」

「そうですか……」

「大量の荷物なんてのも覚えはないな。知り合いでも引っ越してくるはずだったか?」

「まあ……そんなところです」

「荷物については、雑貨店が郵便局代わりをしている。今日はもう閉まっているから明日、聞いといてやるよ」

「それはご親切に」

 教授はニッコリとしながら保安官に礼を言った。

「コールさん、ミッシェルさん。私の用事は済みました。さあ、行きましょうか、お二方」

 そう言うと教授は、保安官事務所から出て行ってしまった。

「なんだい、呆気ないんだな」

 ミッシェルが少し呆れ顔で言った。

「それじゃ、いこうぜ、コール」

「ああ……」

 三人は、保安官事務所を出た。

「どうにも無愛想な保安官だったね」

「これだけ寂れた町だ。気も病むってもんさ。それに俺たちはよそ者だしな」

「それにしても気持ちが悪い奴だった。本当に保安官なのかねえ……?」

「保安官バッヂは付けてたろ」

「気がついてないの? 机の上のカップに入っていたの……血だったよ」

「血?」

 コールが驚いた顔でミッシェルを見る。それを聞いていた教授の目も一瞬鋭くなった。

「お気づきでしたか。さすがですな」

 教授が言った。

「先生も気がついていたの? 血をカップに入れてるなんてイカれてるよね」

「気のせいだろ?」

 コールが眉をしかめながら言った。

「いや、あれは確かに血だった。それに変な臭いもしてた」

 その時、教授が口を挟んだ。

「お二方は、人間の血だけを食とする者たちがいるのはご存知ですかな」

 それを聞いた2人は顔を見合わせる。

「ヨーロッパにはそんな悪趣味な連中がいるの?」

 ミッシェルが聞いた。

「まあ、そんなところです。古来より血は生命の源とされています。それにメキシコより南にいる先住民たちの中には敵の血を飲むことで力を得るという概念を持った一族もいると聞いていますしね」

「うへ……野蛮な話だね」

 ミッシェルが眉をしかめながら言った。

「世界中にそのような話や伝説はあるんです。実は、人の血を吸うことで長年生きながらえている種族がいると私は信じているんですよ。おそらく彼らは、聖書より古い時代から存在しています。そん連中がこのアメリカが渡ってきているとしたら……」

 教授の顔は真剣だった。冗談で言ってるわけではなさそうだった。

 その時、この学者が何を研究しているのかを察した。

「聖書より古いって……教授、アメリカでは、そんなこと口にしない方が身の為ですよ。特に南部に行ったら絶対言わない方がいい」

「ご忠告感謝します、コールさん」

 コールの忠告にカッシング教授は笑顔で返した。

「さて、あの保安官もあてにならなさそうだ。雑貨屋に話を聞くというのも怪しいものだ。あとは自力で調べてみますよ」

 そう言って教授は肩をすくめた。

「おっと、忘れるところだった。これはお約束のお礼です」

 教授は、金をコールに渡した。

「こんなにですか?」 

意外にも金額はコールが予想していたより多い額だった。

「旅費もあるでしょうに、こんなに貰えませんよ」

 コールが遠慮がちに言ったがカッシング教授は首を横に振った。

「いえいえ、慣れない土地で随分助かりました。あなた方は、相応の仕事をしてくれた」

 そう言って金を持ったコールの手を差し戻す。

「私はこの町にしばらく滞在するつもりですが、あなた方もまだ町にいるなら、またお会いする事もあるでしょう」

「そうですね」

「ああ、それから、もしこの町で手に負えない事が起きたら力になりますよ」

「そ、それはどうも」

 どう考えても荒くれ者相手に過ごしてきたコールやミッシェルに手に負えない事が、この目の前の老人に手に負えるとは思えない。

「でも大丈夫ですよ。俺達、大概のことには慣れていますから」

 そう言って、コールは、ガンベルトに手をかけ、わざと銃を見せた。

「かもしれません。でも世の中、想像の及ばない出来事も多いものです」

 ミッシェルが眉をしかめる。

「それでは、失礼いたします」

 カッシング教授はそう言って会釈するとその場を立ち去った。

 小さな町で泊まれる宿も限られているはずだ。

 教授の言うとおり、またすぐ顔を合わせる事になりそうだ、とミッシェルは思った。


 「さて、どうしようか?」

 ミッシェルが伸びをしながら言った。

 町へ到着したばかりで、ピンカートン探偵社の調査員の手がかりは得ていない。鉄道会社に無断で路線を使用している列車のことを調べるにも、まわりは、暗くなりすぎていた。道を歩く人の姿も見当たらない。

 そん時、二人は、暗い町の中でわずかに光がある場所を見つけた。

「とりあえず、あそこに行こう」

 コールが通りの先にある店を指差した。

 それは陰気臭い酒場だった。

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