第9話 覚悟と想い

「行かなきゃ……」

 僕はゆっくりと立ち上がる。

「ヒメの霊魂を取り戻す……!」

 ヒメが霊としての存在を保つためには、トキヤが奪っていった霊魂が必要だ。霊魂という霊体の核が分断されている現状は、バッテリーに異常をきたしたパソコンのようなものだ。いつ動かなくなってもおかしくない。

「待って……」

 ヒメは弱弱しい声を上げる。

 彼女は未だに地面に座り込んでいる。それだけ、今の状態が悪いということだろう。

「危険だよ……。あの陰陽師は不意打ちとはいえ、ヒメの霊魂を奪うような相当な術師で――」

「うるせえ、そういうテンプレ展開は要らねえ」

 僕はヒメの戯言を切って捨てる。

 ヒメはぽかんとした顔を浮かべる。

「『テンプレ』……? 今は揚げ物の話はしてないにゃん!」

「それは天ぷら……。今はど寒いコメディを展開してる時間はねえから黙って聞け」

 僕は言う。

「おまえ、戦いに行くなとか、自分のことは放っておけ、とかベタベタに手垢がついた台詞を吐こうとしただろ」

 ヒメは一瞬気まずそうな顔を浮かべた後で、唇を尖らせて呟いた。

「……でも、それ以外に何を言えばいいのさ」

 ヒメは言う。

「ヒメはトキオくんに危険な真似をしてほしくない……」

「……まあ、ここからの僕の返答には色々なパターンが考えられる。『弟との決着をつけるのは兄の役目だ』とか言って自分の問題にすり替えるか、『こういうのは男の役目だ』とかフェミ気取り野郎になるとか……。けど、今の僕はそのどちらでもない」

 僕はヒメの瞳を見据えてはっきりと言う。

「僕はヒメともっと話していたい」

 こんなことを女の子に向かって面と向かって言えるようになるなんて、昔の僕では考えられなかったことだ。

 ……これも誰かさんの影響かな。

「それを邪魔しようとするバカが出た。だから、そいつをぶん殴りたい。それ以上でも、それ以下でもないんだよ」

「………………」

 ヒメの透き通る金色の瞳がきらりと光る。

「あと、勘違いしてるみたいだから言っとくぞ」

 僕はトキヤが消えた方角を見据えて言った。

「きちんと勝算はある」

 そして、僕は走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る