第8話 現在、すれ違い
「どうしてなんだ兄さん……!」
トキヤは悪鬼と見紛うばかりの凄まじき形相で僕を睨みつけている。
そりゃあ、そうか……。
本来、霊を滅する立場であった陰陽師であったはずの僕が幽霊に身を落としているのだから。身内の不始末と考えれば、こんな表情にもなるか……。
弟のトキヤとは、およそ一年振りの再会だった。
僕は死んで幽霊になったことを自覚した瞬間、真っ先に実家から離れた。陰陽師であった父や弟に見つかれば、滅されると思ったからだ。
陰陽師はすべての霊を滅ぼす使命を負っているというわけではない。むしろ、人に害を為さない霊に関しては放っておくことも多い。慈善事業ではないのだ。霊を駆除することが自分たちにとって益があればそうするし、なければ無視する。清掃を生業にしている人だって、汚れた場所を見つけたとして、仕事でもないのに掃除をするなんてことはあまりないだろう。それと同じだ。
だが、身内が霊になったとなれば話は別だ。
身内の尻すら拭えない家だと思われれば、業界内での信用に関わる。だから、陰陽師が霊に身を落としたときは自ら消えるか、身内によって滅されるかのどちらかの結末をたどるのが普通だった。
だから、僕は身内に見つからないように山奥に隠れ住んでいたのだった。
ユキセさんに説得され、ヒメたちのもとに戻ろうと決意した直後、ヒメを滅さんとするトキヤを見つけてしまった。
なんという運命の悪戯だろうか。
今、目の前に居る存在と向き合うために、過去、顔を背けてきた関係を清算しろということだろうか。
「トキヤ……」
僕は中学生になった弟に向かって言う。
「僕はもう死んだんだ……だから、もう放っておいてくれないか……?」
僕は弟と争いたくなんてなかった。
「もう僕は陰陽師でも、おまえの兄でもないんだ……」
「……何を言ってるんだよ、兄さん」
「すまない……」
僕は思わずトキヤから目を逸らす。
トキヤからほとばしる殺気に僕は戦慄を覚える。
「……そんなことを言う兄さんは見たくなかったよ」
そう言って、トキヤは僕に背を向けた。
「トキヤ……」
僕を見逃してくれるのか、そう期待しかけたときだった。
「兄上」
トキヤは僕の呼び方を改める。
瞬間、膨れ上がるトキヤの霊力。
「決着をつけましょう、我々の過去と、そして、この現在に」
作ったようないかめしい口調。トキヤは昔から時々こんな話し方をすることがあった。それは、奴が陰陽師として振舞う覚悟を決めた印――
トキヤは僕に背を向けたまま、掌に乗っていたものを見せる。
「……っ! それは?!」
「これはそこの女の魂の欠片です。今し方、兄上に式神を振りほどかれる直前にもぎ取りました」
トキヤの上に薄ぼんやりとした丸い球体が見える。あれがヒメの魂の欠片……。
「滅することには失敗しましたが、霊体からこれだけの量の霊魂を引きぬかれれば霊体を維持することは困難でありましょう。これを戻さねば、そちらの女は夜明けを待たずに消滅することは必定であります」
「……!」
トキヤの言葉ははったりではない。ヒメの霊体は明らかに普段よりも薄れている。いつ、消滅してもおかしくないような状態だ。
「我は我らが幼き日に通った小学校の屋上で兄上をお待ちします。……その女が大事なら取り返しにくることです」
「待て!」
「『火』『爆』」
短い詠唱と共にトキヤは何かをこちらに投げる。
瞬間、
ドガンッ!
はぜる轟音と爆風、熱と奔流が僕たちを襲う。
「きゃあああっ!」
「ヒメ!」
魂の一部を抜かれ弱っているヒメはそのあおりをまともに受け、吹っ飛ばされる。僕は飛びついて彼女を抱きとめる。
「トキヤ!」
爆煙が晴れた先には、もう誰も居なかった。
「小学校の屋上……」
暗い夜空、あざ笑う様な大きな月だけが僕たちを見下ろしていた。
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