第3話 「歴史上の人物って女体化されすぎじゃね?」


「歴史上の人物って女体化されすぎじゃね?」


「………………」

 我々、文芸サークルの会議は大体いつも、こんなユキセさんの一言から始まる。

 サークルの現役メンバーは五人。

 白衣に眼鏡の見た目だけ知的美女のユキセさん。

 なんちゃって大和撫子の腐女子、ミオコさん。

 電波系ゴスロリ少女のツキノちゃん。

 コスプレJKにゃんにゃん娘のヒメ。

 そして、我がサークル唯一の良心たる僕である。

 ユキセさんは何気ない調子で言う。

「織田信長とか、伊達正宗とか、なんで女にする必要があるんだ?」

「いや、それはそういうコンセプトの作品だからでしょう?」

 僕は様々な作品を擁護するために言う。

「なんで戦国武将がビーム出せるんだ、っていうのと同レベルのツッコミですよ、それ」

 と、僕が言うと、

「え?! 戦国武将ってビーム出せないのかにゃん?!」

「………………」

 僕たちはヒメを無視して話を続ける。

 ユキセさんは言った。

「織田信長あたりの女体化はまだいいけど、アーサー王とか女にしてるゲームとかはヤバくないか」

「どうしてです?」

「アーサー王伝説とかきちんと知らない子供はアーサー王は女だったんだと思い込むぜ」

「いや、さすがにそれは……」

 というユキセさんの言葉に反応したのはヒメ。

「え?! アーサー王って男なのかにゃん?!」

「ほら」

「………………」

 僕はヒメから目を逸らしながら続ける。

「でも、女体化だからこそ出来るシナリオ、みたいなのもあるじゃないですか。武士として後を継ぐためには女ではなく、男として生きる必要があったから、とか」

 僕の言葉にユキセさんは更に反論を加える。

「まあ、そういう理由付けがあれば、アリだと思うぜ。それは物語として必然性がある女体化だからな。ただ、最近の作品はシナリオ上、特に理由がなくても『女キャラ少ないから女にしておくか』みたいなのが多すぎるんじゃないかと思うんだよ」

 それは確かに一理ある意見とは思う。

 いつもの癖でユキセさんに反論はしてみたものの、作品によっては「なぜその人物を女体化するのか」とツッコミたくなることもしばしばある。

 僕がユキセさんの言葉にどう答えたものかと考えていると――

「ユキセはん、解ってはらんようやな」

 ユキセさんの言葉に反論したのは、意外にもミオコさんだった。

 彼女の表情は珍しく真剣だ。

「歴史上の人物の女体化には、シナリオ上の理由付け以上に大切な理由があるんや」

 ミオコさんはいつも持っている扇子で口元を隠しながら話を続ける。

「ほう。それはなんなんだ、ミオリン」

 ユキセさんはミオコさんに向かって問う。

「それは――」

「それは?」


「女体化された女キャラクターは、処女であることが保障されるということや」

  

「……は?」

 僕は思わずぽかんと口を開けてしまう。

 そんな僕を尻目にミオコさんは話を続ける。

「考えてもみなはれ。楊貴妃やクレオパトラをキャラクターとして実装するのも一手やろ。それは否定せん。しかし、彼女たちは一つ大きなハンデをせおっとる。それは、史実で結婚しているが為に純血が失われていることが確定しているということや」

「はわわ……」

 ミオコさんの言葉にツキノちゃんは顔を真っ赤にしている。

「もちろん、設定によっては、肉体的な意味での処女膜は再生していることにはできるかもしれへん。しかし、それは偽物や。処女厨にとっては、たとえ肉体関係がなかったとしても過去に主人公以外に男が居た。それだけでアウト。いわんや、結婚なんてもっての他や」

 ミオコさんはぐっと拳を握りしめて宣言した。

「女体化ならばその心配はない。結婚していたとしても女であることを隠すための偽装結婚という設定にすればオッケー。作品によっては、その結婚は女同士のものであったことを強調し、百合路線で売っていくこともできる」

 ミオコさんは自分の席から身を乗り出して叫ぶ。

「つまり、女体化は処女厨を救う切り札なんや!」

 そして、ミオコさんは呆気に取られている僕を指さして言った。

「と、トキオはんが言ってました」

「言ってねえよ!」

 持論を人に押し付けるのは止めていただきたい。


「しかし、意外ですね、ミオコさん」

 僕は言う。

「てっきり、ミオコさんは『女体化なんて邪道! 男はみんなイケメンにして、男同士でくっつけろ』と言うと思ってました」

「トキオはんはうちのキャラクターを少々見誤ってるな……」

 ミオコさんは目を見開いて言った。

「うちは性的なことならなんでも大好きや!」

「ここまで来ると、いっそ尊敬の念すら覚える……」

 ミオコさんの瞳はどこまでも真っ直ぐです。

「で、でも!」

 意外にもここで発言したのはツキノちゃん。裏返る声で彼女は言う。

「た、確かに、アルテミス様も処女神ですし……処女であることが神聖を示す例はたくさんあります」

「ああ、そういう考え方もあるか」

 有名な処女懐胎の例を見れば解るように古代から様々な宗教で処女信仰というものは存在する。それを肯定するかどうかは別の話だが。

「で……ですから……」

 ツキノちゃんは先程までのか細い声を更に潜めて言う。


「ツ……ツキノは処女ですよ……お兄ちゃん……」


「……は?」

 何を言ってるんだ、この娘は……。

 ミオコさんは僕の後ろに回り込んで耳打ちする。

「エロゲのヒロインって処女のわりに、テクニックあり過ぎなこと多いよなあ」

「座ってろ」

 僕はミオコさんの戯言を切り捨てて、ツキノちゃんに向き合う。

「あ……あのね、ツキノちゃん。そういうことはあまり男には言わない方がいいというか……」

「で、で、で、ですよね! ツ、ツキノがおかしかったです!」

「うん……」

 この娘はときどきおかしなことを言いだすな……。

「あれ……急に眠く……すう……」

 次の瞬間、かくんとツキノちゃんの首が落ちる。

 ああ……また奴が来る。

「トキオ、てめえ……」

 一瞬で乱暴な口調に変貌するツキノちゃん。

「なんだよ、ハルノ。今の僕の対応、何がまずかったんだよ」

 ツキノちゃんは二重人格であり、時々このハルノの方の人格が現れる。 

「ダメに決まってんだろ!」

「なにがダメだったんだよ……」

「ツキノをおかしな子扱いしたことを訂正しやがれ!」

「それ言ったのツキノちゃん自身でしょ!」

 それすら僕が悪いのかよ。

「ったく……うちのラブリーエンジェルであるツキノのことは無条件で全肯定しろ。否定することは許さん」

「甘過ぎるだろ」

 大体こいつはツキノちゃんの一人格なのだから、「自分を甘やかせ」と言っているようにしか聞こえないんだが……。

「ちっ……そろそろ時間か……いいか! トキオ、ツキノの言うことは全肯定だぞ!」

 消えかかるハルノに、ミオコさんはぼそりと呟く。

「つまり、ツキノはんが、トキオはんに『抱いて』と言えば、抱け、と」

「トキオ、ツキノの言うことは、ほどほどに聞け」

 なんだ、その理不尽な要求。

「は! ツキノ、また寝てました!」

 当のツキノちゃんは結局何も覚えていないようである。


「ねえねえ、一個質問してもいいかにゃん?」

 次に発言したのはヒメだ。

「質問? なんだ?」

 僕はヒメの言葉に何気なく応じてしまう。しかし、この判断は間違いだった。ヒメは空気を読まない。というか、読めない。だから、当たり前の様にこんなことを言ってしまう。

「『処女』ってどういう意味だっけ?」

「………………」

 僕は思わず黙り混む。

 僕は目線でユキセさんに助けを求める。大体こういうことを説明するのはユキセさんの役割のはず……。

 ユキセさんは僕からの視線に一瞬きょとんとした表情を見せた後、こくりと一つ頷いて親指を立てた。おう……伝わったか……。

 そして、ユキセさんは言う。

「その説明はトッキーが得意そうだな。任せた!」

「ちくしょう! 伝わってなかった!」

 というより、僕からの助けを理解した上で無視しやがったな……。

 彼女は基本的に何事も自身が『面白そう』と感じた方向に動く。きっと僕に説明させる方が面白いと思ったのだろう。

 ミオコさんは、扇子で口許を隠してによによ笑うだけで到底助けてくれる気はないし、ツキノちゃんは顔を真っ赤にして、慌てて僕とヒメを見ているだけだ。

 やはり、僕が説明するしかないようだ。

「なあ、ヒメ……本気で解らないのか……?」

 僕がそう確認するとヒメは言った。

「うーん、なんとなくは覚えてるよ」

「そ、それはどれくらい覚えるんだ?」

 僕の問いかけにヒメは答えた。

「背後に筋肉ムキムキのおじさんが出てきて『オラオラオラオラオラ』って殴る――」

「うん、それはジョジョな」

 音は似ているがある意味対極に位置する存在である。

「えー! じゃあどういう意味だったかにゃん? ヒメ、バカだからちゃんとトキオくんに教えてほしいのにゃん」

「うっ……」

 しまった……。思わずツッコんでしまったが、そのまま勘違いさせて脳内で奇妙な冒険をさせておくべきだったのかもしれない。

 しかし、今更後の祭りである。

「仕方ない……」

 僕は腹をくくってヒメと向き合う。

「処女というのはだな……」

「うんうん!」

 なぜか目を輝かせているヒメに向かって言う。

「い、一度も性行為をしたことがない娘のことを指す言葉だ……」

 そう言った後に僕はそっとヒメの顔を伺う。

 すると――

「ああー、要は生娘のことだね。そうだった、そうだった。思い出したよ」

「え、あ、うん」

「忘れっぽいのなんとかしなきゃねえ」

「お、おう」

 なんだこの反応……。てっきりもっと慌てるかと思ったのに……。

 生娘って言葉の方が難しい気がするとかいうことはともかく、ヒメはあまりに平然とし過ぎているような気がする。

 しかし、よくよく考えると僕はこの娘が生きていたとき、どんな生活を送っていたのかまったく知らない。

 それこそ、恋人が居たのかどうかだって……。

 そんなことに思い至ると、僕は何故だが面白くなかった。

「あれ? トキオくん。どうかしたかにゃん?」

 ヒメが自分の唇に手を当てて、小首を傾げて僕を見ていた。

「なんでもないよ」

 僕はそう言い捨てた。

「そっかあ。処女って生娘のことかあ」

 そして、ヒメは何気ない調子で言った。

「あれ? ヒメは処女だったかにゃん?」

「……は?」

 僕は思わず間抜けな声を漏らす。

「ヒメは、自分が処女だったかどうか忘れちゃったにゃん」

「いや、忘れるようなことじゃないだろ……」

 こいつは本当に何を言っているんだ?

「どうしたら、自分が処女かどうか確認できるのかにゃん?」

 と、ヒメが例によってとんでもないことを言い出すと、

「それは私が説明するぜ! 」

 目を輝かせて叫んだのはもちろんユキセさんだ。

「女性が処女であるかどうかは基本的には処女膜の有無によって判断可能だ。実際には、性行為以外の刺激で膜が破れることもあるし、稀に生まれつき処女膜が存在しない女性もいるが、基本的には処女膜が存在していれば、未通であることの証明はできる。整形手術によって膜を復元したりしていなければだが」

 立て板に水。ユキセさんは専門的な知識をぺらぺらと語る。

 ユキセさんの話はヒメには高度過ぎたのだろうか。ヒメは腕をくんで首を捻っている。

「うーん……。自分ではよく解らないにゃん……」

 そう聞いたユキセさんはすかさず目を輝かせて叫ぶ。

「だったらトッキーに確認してもらえばいいぜ!」

「なんでそうなる?!」

 僕はすかさず抗議する。

「女なんだから、女の身体のことは、あんたらの方が詳しいだろうが!」

「トッキー、それはセクハラだぞ」

「おまえが言うな!」

 僕に対する発言はセクハラじゃないのか。

 そして、話題にされてる当人は、平然とこんなことを言った。

「じゃあ、トキオくん。ヒメのを見て、確認してよ」

「……は?」

 その瞬間、世界は律動を止めた。

 この場に居る誰も身動きがとれなくなっていた。さっきまで僕をからかっていたはずのユキセさんでさえ、ぽかんと口を開けている。

 その静寂を作り出したのがヒメであれば、撃ち破ったのもヒメであった。

「えっと、スカートを上げればいいのかにゃん……?」

 そう言って、彼女は元々短い制服のスカートの裾をそっとつまみ、その下に秘められたものを露にしようとして――

「やめい!」

 僕はその手を押さえて動きを止める。

「にゃ?」

 ヒメはなぜ制止されたのか本気で解らない様子で目を丸くしている。

 僕は暴れる心臓を抑えようと息を整えながら言う。

「ヒメ……。前から言っているが、僕みたいに男が居る場でそういうはしたない真似はやめてくれ」

 僕はじっと彼女の顔を見つめる。

 すると、ヒメはこんなことを言った。

「もしかして、トキオくんはヒメにスカートの中を見せられるのが恥ずかしいのかにゃん?」

「……ぐっ。……そうだよ」

 僕がそう答えると、ヒメは笑って言った。

「ヒメはトキオくんみたいな子供にスカートの中を見られても、別に恥ずかしくないにゃん」

「……ん?」

 こいつ今なんて言った……?

 僕はヒメの言葉の意味が理解できず、首をひねる。

「もう一回、言ってみてくれる……?」

「え? ヒメはトキオくんみたいな子供にスカートの中を見られても恥ずかしくないって……」

「こ、子供って……」

 僕は生きていたときは大学生だった。つまり、幽霊になってからの年齢を含めれば、二十歳手前の歳になる。決して子供と言われるような歳ではない……はずだが……。

 まさか……。

「ひ、ヒメ」

「なににゃん?」

「おまえって、今何歳なんだ……?」

 僕の問いかけにヒメは、答える。

「忘れたにゃん。さすがに数えてられなくなったにゃん」

「だ、大体でいいから」

 そして、ヒメは言った。

「少なくとも死んでから三百年は経ってると思うにゃん」

「三百……?!」

 僕は思わず息を呑む。

 幽霊である僕自身も失念していたが、幽霊に寿命の概念はない。幽霊になること自体には条件があるが、幽霊になった後、いつまで存在し続けられるかは、基本的に本人の心持ち次第だ。心の底から成仏しようと思えば、いつでも成仏できるし、逆にずっと現世に残ろうと思えば、いつまでもこの世界に残ることができる。だから、ヒメが三百年近く幽霊として存在しているというのは理論上はあり得る話なのだが……。

「歳を取るとボケちゃうのがいけないねえ」

「おまえのボケは天然じゃなくて痴呆だったのか……」

 見た目はJK、中身は老人……。

「だから、トキオくんなんて、ヒメからすればまだまだ子供にゃん」

「………………」

 ヒメは実際、いくつなのか。彼女の言っていることは本当なのか。疑いだせばきりはない。

 だけれど、そんなことよりも僕はヒメに子供扱いされたことが面白くなかった。

「子供じゃねえ……」

「え?」

「おまえが本当はいくつなのかは知らんが、僕は子供なんかじゃない」

「………………」

 僕はヒメの大きな瞳から目をそらさずに言った。

 ヒメは目を細めて、どこか悲しげな表情を見せる。なぜそんな表情をしたのか。その理由を僕が知るのは、ずっと後のことだった。

 けれど、そんな表情を見せたのは、ほんの一瞬。次の瞬間にはヒメの顔にはいつものひまわりのような笑顔が貼り付いている。

「なら、尚更、スカートの中を確認してもらわないとにゃん」

「なんでそうなる?!」

「えー。子供じゃないでしょ? なら、ヒメが乙女かどうかも確認できるはずにゃん。大人なら詳しいはずにゃん」

「その理屈はおかしい!」

 大人は全員、非童貞というわけではないだろ。

「さあ」

 ヒメは僕を誘うような笑顔で、またスカートの端を摘まむ。先程のような放埒な笑顔ではない。それは小悪魔の笑みだった。ヒメがそんな顔を僕に見せたのは初めてのことで僕は思わずどきりとする。

 僕が思わず生唾を飲み込んでいる間に、ゆっくりと彼女のスカートの裾は持ち上がり、その中身が露になろうとしたとき――

「ダメでーす!」

 そう叫んで僕たちの間に飛び込んできたのは、ツキノちゃん。

「それ以上はツキノが月に代わって許しません!」

 いつものおっとりとした様子からは信じられないくらいに慌てた様子で声を張り上げる。

 僕はそんな必死なツキノちゃんの姿を見て、我に帰る。

 確かにさすがにこれ以上はまずい! 

 年 齢 制 限 的 な 意 味 で !

 この状況を打破する一番の方法は――

「うおおおおおおっ! 逃げる!」

 僕は霊体であることを生かして壁をすり抜け、大学のサークル棟から脱出。

「うおおおおおおっ!」

 そのまま、夕日に向かってダッシュするのだった。


 その後、僕が居なくなった部室では、

「あ、今思い出したにゃん! ヒメが戦国時代に会った信長くんはビーム出してたにゃん!」

「「「?!」」」

 ヒメは更なる爆弾発言をしていたということです。

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