第2話 「探偵って事件に遭遇しすぎじゃね?」


「探偵って事件に遭遇しすぎじゃね?」


「………………」

 今日は「面白い物語を作り隊」(名称変更手続き申請中)の週に一度の定例会の日。現役メンバーである五人全員が部室に集まっていた。

 サークルの現役メンバーは五人。

 白衣に眼鏡の見た目だけ知的美女のユキセさん。

 なんちゃって大和撫子の腐女子、ミオコさん。

 電波系ゴスロリ少女のツキノちゃん。

 コスプレJKにゃんにゃん娘のヒメ。

 そして、我がサークル唯一の良心たる僕である。 

 いつものように、既存の作品に文句をつけているのは、我々のサークルのリーダーであるユキセさんだ。ユキセさんはぶかぶかの白衣の裾をいじりながら言う。

「だって、そうだろ。依頼を受けて事件を解決するパターンはまあ解るぜ。でも、探偵が出かけた先とか、家の近所とか事件発生し過ぎだろ。どれだけ世紀末な世界に住んでるんだよ」

「まあ、確かにそうですけど……」

「たとえば、コ○ンくんなんかは、あそこまでいくと、むしろアイツが事件の裏で糸を引いてるんじゃないかって思えてくるよな」

 確かに件の少年探偵などは、作中の時間経過と歴代被害者数を考えると毎日三人以上、探偵の周りで殺されてる計算になるからな……。

 ユキセさんが言っているのは、ある意味では真っ当な疑問とも言える。

「まあ、死神じみてるなとは思いますが……」

「実は探偵が犯人を何らかの手段で操って、人を殺させてるんじゃないか?」

「なんですか、何らかの手段って……」

「見せただけで人を犯罪に走らせるような電子的なドラッグとか、映像を見たら洗脳されて殺し合いしたり、自殺しちゃうような超高校的な技術で操ってるとか?」

「……そんな手段があったら推理漫画としては破綻するじゃないですか」

 いや、そんな技術が出てきた推理物はありましたけどね……。

「でも、薬飲むだけで高校生が小学生に変わっちまうような世界だぜ?」

「た、確かに……!」

 確かにそんなファンタジックな技術がある世界観なら洗脳技術くらいあってもなんら不思議ではない……のか……?

 僕がコ○ンくんの世界観について思い悩んでいると、

「そういうので言うと、うちも思う事はあるなあ」

 次に発言したのは、大和撫子(見た目だけ)のミオコさんである。

「なんで殺される人ってダイイングメッセージとか残すんやろなあ」

「犯人に一矢報いるためじゃないんですか?」

 と、僕が言うと、

「そんなんしてる余裕あったら、助けを呼んでみるとか、止血してみるとか、生存確率を少しでも上げた方が得策やと思うけど」

「それはそうかもしれないですけど……」

 ダイイングメッセージでもないと事件が盛り上がらないでしょうが。

「それに死にかけてる割には大層な暗号残しはる人も多いし……本当に死にかけてるときに考えたの? って感じの」

「ふ、普段から『殺されるときはこういう暗号残そう!』とか考えてるんですよ、きっと」

 さすがに本気でそんなことを考えてる人間とはお付き合いしたくはないが。

「それにもう絶対に助からないと悟った時点でそんな暗号を考えるよりは――」

 ミオコさんは何でもないことのように言った。

「最後の自慰行為にでも勤しんだ方が建設的やないやろか」

「……なに言ってるんですか」

 また変なことを言いだしたよ……。

「どうせ死ぬんやったら楽しんで死んだ方がええやろ?」

「事件現場がカオスなことになりそうですね……」

 自慰行為をしたまま死んでいる死体なんて出てきた日には迷宮入り必死だよ。

「まあ、ミオリンの言う事にも一理ある」

 と、言い出したのはユキセさん。

「生物は死を目前にすると性欲が高まるっていう説もあるからな」

 ユキセさんはそんなことを語りだす。

「本当ですか?」

「ああ、遺伝子を残そうとする生存本能が働いて、子孫を残そうとする働きが高まるそうだ」

 確かにそう言われると、納得できない話でもないように思えてくる。

「童貞のトキオはんなんかは、余計にビンビンになってまうんやろなあ」

「どどど童貞ちゃう……童貞ですけど、ビンビンにはなりません!」

 やはり、僕は正直者のようです。


「ヒメヒメは、ミステリーに対する疑問とかツッコミってあるか?」

 ユキセさんは、にこにこと満面の笑みで黙って話を聞いていたヒメに話を振る。

「ヒメかにゃ?」

 ヒメはいつものようにあざとく語尾でかわいこぶってから答える。

「ん~。ヒメは頭よくないからミステリーとかあんまり解らないんだよねー」

 確かにヒメが好んで読むのは頭を使わないで済むコメディやベタベタな恋愛物ばかりだ。推理物など彼女の好みの対極に位置するものだろう。

「えー。なんか一個くらいあるだろ」

「んー。ごめんにゃん。思いつかないにゃん」

「まじかー。ないかー。」

 そう言って、ユキセさんはあっさり引き下がる。この人は食い下がる時は無駄に食い下がるのだが、引く時は拍子抜けするくらいにあっさり引き下がる。そこそこの付き合いになるはずだが、彼女の考え方は未だによく解らない。

 ヒメは言う。

「もしも、ヒメがミステリーでよくある『絶対の孤島』に閉じ込められて」

「たぶんそれ、『絶海の孤島』」

「そこで殺人事件なんて起こったら、絶対殺されてしまうにゃん」

「おまえみたいなタイプは意外と生き残りそうだけどな」

 という僕の言葉にユキセさんとミオコさんは、

「逆に私らの中で一番死にそうなのはトッキーだな」

「犯人が残した証拠とかに中途半端に気がついてしまって口封じにやられるタイプやね」

「ぐぬぬ……」

 確かに自分の殺される姿が容易に想像できてしまうから反論し辛い……。

「にゃはは。じゃあ。ヒメがトキオくんが殺されない様に助けてあげるね」

「……ヒメに助けられているようじゃ、人として終わりだな」

「にゃはは。ほんとだね」

 僕の憎まれ口にヒメは笑って返す。

 そして、そのまま彼女は続けて言う。

「でも、ヒメは殺人事件とかに巻き込まれても、みんなと一緒に居れば助かると思うんだよね」

「え?」

「だって、全員で一緒に居たら、その中に犯人が居ても誰も殺せないにゃん」

「……まあ、確かに」

「お! それいい! ナイスツッコミ! よっしゃ、それ採用だ!」

「何に採用するんですか……」

 なぜかユキセさんは嬉しそうである。

「確かに一理はありますけど、自分以外が全員共犯という線もありますから、全員で居れば安心とは一概には言えませんよ」

「ふむ……」

「全員が信じられる相手だという前提がないと取れない方法ですよ」

 と、僕がミステリー作品を一応擁護すると、

「大丈夫にゃん」

 ヒメはにっこりと笑って言った。

「少なくともヒメはトキオくんを信じるにゃん」

「………………」

 ヒメのこういう言葉には他意はない。そう解っているのに、少し心がぐらついてしまう僕は愚か者なのだろうか。


「つ、ツキノも推理小説に関してはちょっと思うところがあります!」

 妙な空気になりかけた場を打ち破るようにツキノちゃんは勢いよく手を上げて発言する。

「おっ。じゃあ、次はツッキーのターンな」

「つ、ツキノが気になるのは犯人の動機です」

「動機?」

「はい。推理物に出てくる犯人さんはくだらない理由で人を殺そうと過ぎだと思います。本格将棋ゲームの開発中に『待った』の機能をつける様に提案されたから、とか、ハンガーを投げつけられたから、だとか」

「いや、あの辺りのは色々複雑な前提条件があってのお話だし……ね……」

 まあ、それでも確かにそんなことで殺すなよと思う動機も多々あるが……。

「ツキノだったら、もっと真っ当な理由で人を殺します」

「いや、まず殺しちゃ駄目なんだけど……」

 この子は本気で言ってそうで怖い。

「もっと、タナトス様に捧げて寿命を得るためとか、悪魔べリアルから真実を引き出すため……とかだったら納得できると思います!」

 ツキノちゃんの目はあくまで真剣である。

「生贄なんて動機の方がぶっ飛んでるでしょ……」

 僕がそう言うと、

「はうあ~。す、すいません、アルテミス様にイーピゲネイアを捧げようとしたアガメムノーンの顛末を考えれば、生贄なんて安直に捧げるべきものではないですよね……」

「いや、もう何を言ってるのか一つも理解できないんだけど……」

 この子と僕の話が噛み合う日はいつか来るのだろうか……。

 僕の困惑をどう取ったのだろうか。ツキノちゃんは何故か慌てた様子で言う。

「ご、ごめんなさい。ツキノの様な愚かな子羊が生贄などと生意気なことを言ってしまって……」

「いや、別に生意気とかそういう話じゃ……」

「お、お詫びにトキオおにいちゃんに、ツ、ツキノを生贄として、さ、さし出します!」

「……は?」

 この子はいったい何を言いだしている……?

 いつの間にか僕の背後に回っていたミオコさんが僕に耳打ちする。

「ここの選択肢で、ツキノルートかハルノルートか決まるからセーブしときや」

「うるせえ、メモリーカードごと叩き割るぞ」

 この人はいつも余計なことしか言いません。

 僕は改めてツキノちゃんに向きなおって言う。

「いや、生贄ってどういうことなの……?」

「い、生贄ですから。何をされてもいいです……」

「何を言ってるの……?」

「ツ、ツキノはトキオおにいちゃんにむちゃくちゃにされてもいいと言ってるんです!」

 ツキノちゃんのあまりに大胆な発言。

 いや、待て。こういうのは大体勘違い系のアレだ……。

 ラブコメでよくある奴だ……。

「あ……い、いつものアルテミス様がどうとかそういう系の話……? 西洋系の神話はあんまり詳しくなくて」

「そ、そうじゃなくてツキノの身体をトキオおにいちゃんの、す、好きにしてもいいと……そういう……話で……」

 ツキノちゃんの声は段々と小さくなっていき、最後には掻き消えてしまった。

 彼女の顔は真っ赤になっている。

 いや、この子は本当に何を言ってるんだ……。

 確かにツキノちゃんはかわいいけど、そういう意味で見るにはさすがに見た目が幼すぎるというか……いや、彼女が何歳なのかまったく知らないので、実は僕とそれほど歳は違わないのかもしれないが。

「や、やっぱり、だ、ダメですか……?」

 目を潤ませ、涙目で僕を見るツキノちゃん。そんな姿を見ると……まったく心を動かされないと言えば嘘になる。

 しかし、やはり、それはダメだろう。

「気持ちだけ受け取っておくよ」

 ツキノちゃんが嫌いとかそういう話ではない。

 こんなにも楽しく会話をしていると忘れてしまいそうになる。


 ――僕たちは死んでいるんだ。


 ユキセさん以外のメンバーは幽霊だ。

 僕はそれぞれ皆がなぜ死んだのか、どうしてここに集まっているのか。僕はその理由を知らない。それを知ることで今のこのくだらなくも、心地よい時間が崩れてしまうことを恐れていたから。

 でも、すくなくとも言えるのは、幽霊の僕たちには未来なんてものはどこにもないのだということ。

 そのことは誰よりも僕がよく知っている。

 ここに居る僕たちはあくまで命の残骸に過ぎないのだ。


「そう……ですか……」


 きっとさっきのは彼女なりの告白だったのだろう。それくらいは流石に解った。

 でも、僕は彼女の気持ちを受け入れる気には到底なれなかった。

 なぜなら、愛は永遠を望む行為だから。

 生者のための世界のエラーでしかない死人の僕たちが永遠を望むことなどあってはならない。

 少なくとも僕は頑なにそう信じていた。


「き、気にしないでください! ツキノがおかしなことを言っていました。わ、忘れてください!」

 ツキノちゃんは妙な空気になりかけた場に気を使ったのだろうか。そんなことを言って、笑顔を作った。

 そんな笑顔に罪悪感が生まれないかと言えば嘘になる。

 しかし、だからと言って僕は先程の自分の言葉を翻す気にはなれなかった。

 そんなことを考えていた時だった。

「あれ……また眠く……すう……」

 ツキノちゃんの首がかくんと落ちる。

 これは奴が来るサイン――


「おい、トキオてめえ……!」


 急に乱暴な口調に変わるツキノちゃん。いや、こいつはツキノちゃんのもう一人の人格、ハルノの方だ。

 ハルノは幽霊らしく部屋の中央に置かれていたボロボロのテーブルを透過して、僕の目の前に現れる。

 基本的に霊体は物に触れることはできないが、霊体同士なら干渉しあう事はできる。

 ハルノは眉間に皺を寄せて、目を大きく見開き、僕の胸倉をぐっと掴んで、ヤンキー顔負けの声音で言った。

「ツキノを泣かしてんじゃねえよ……!」

 二重人格なので顔は紛れもなくツキノちゃんと同じもののはずなのに、表情と言葉遣いが違うだけで完全に別人にしか見えない。

「泣かすな、たって……じゃあ、ツキノちゃんの言うことを受け入れればよかったのか?」

「ツキノに手出すんじゃねえよ……!」

「なんだ、その二重拘束ダブルバインド!」

 どっち選んでもアウトじゃねえか。

「ぐちゃぐちゃ言うな」

 そして、ハルノは吐き捨てるように言った。

「いっぺん死んどけ」

 残念ながらもう死んでるんだよな、と僕が応じる間もなく、

「ぐはっ」

 僕はハルノの正拳突きをまともにみぞおちにくらう。

 ……霊体であっても一応感覚はあるんだぞ。

 僕がハルノの一撃で地面に横たわった瞬間、

「ちっ、時間切れか」

 そう吐き捨ててハルノの人格は消え、ツキノちゃんの人格が戻ってくる。

「はっ! ツキノ、また寝てしまってました!」

 おなじみの台詞を吐いて、ツキノちゃんは目の前で地面に横たわる僕を見下ろす。

「きゃああああああ! 殺人事件ですぅぅぅっ! トキオおにいちゃん死んじゃダメですぅぅぅっ! 犯人はいったい誰なんですかぁぁぁっ!」

 いや、犯人はおまえだ。

 僕はツッコミを入れる気力もなく地面から天井を見つめるのだった。

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