雪の戯れ歌唄い

遊月

雪の戯れ歌唄い

 鼠色した雲が低く垂れ込め、今夜はついに雪かと思われる空の下。



 太郎さんは、お母さんから頼まれたおつかいを済ませ、家路を急いでおりました。

 山茶花の植わった角を左に曲がればもうじきお家に辿り着く–––というその時、太郎さんは山茶花の前で佇み顔を寄せ合って話をしている、自分と同じ年頃のふたりの子どもを見かけました。

 ひとりはおかっぱ頭、もうひとりは、腰まで伸びた豊かな黒髪をした女の子です。太郎さんは何の気なしに話しかけました。


「やあ君たち、見かけない顔だけれど何処から来たの? こんな夕暮れに、いったい何をしているの?」


 太郎さんの言葉に、女の子たちは揃っておもてを上げました。


「何処って」

「ずいぶん遠くからやって来たのよ」

「何って」

「あたしたち、何も悪い事していないわ」


 交互に口を開くふたりの顔を見て、太郎さんは驚きました。何せふたりは、髪型以外まったく瓜二つの双子だったのです。団栗のような大きな丸い瞳も筋の通った鼻梁はなも紅い唇も、着ている物も声も仕草もそっくり同じです。


「あたしは小鳥ことり

「あたしは小華こはな


 おかっぱ頭の女の子が小鳥、長い髪の女の子が小華と名乗りました。変わった名前だな、と思いつつ、太郎さんはふたりに言いました。


「ほら君たち、空をご覧。こんな空合そらあいの日は雪の精が舞い降りてきて子どもを食べてしまうと言うよ。危ないから早く帰らなくっちゃ」


 天の雲を指して言う太郎さんに、双子は「まあっ」と声を揃えました。


「誰がそんな嘘を? あたしたちの好物は、子どもなんかぢゃないったら」

「しっ、ことちゃんたらお喋りね」

「だって」

「いいからお黙り」


 小華が、小鳥を諌めるように鋭く言いました。太郎さんは答えようがなく、手にした荷物を持ち直しました。


「この先は僕の村があるばかりだよ。……ああ、村の誰かに用事があるのかい? それなら僕、案内しようか」

「いいえ、あたし達なら平気よ。でもご親切に有難う」


 丁寧に答える小華を余所に、小鳥は山茶花の赤い花びらをむしっては口に運んで頬張っています。


「……君、それ美味しいの?」


 訝しげに尋ねた太郎さんに、小鳥はにっこり笑って頷きました。小華は辟易したような表情です。


「お花と見れば喰べてしまうの、ことちゃんの悪い癖なの。–––そんな事より太郎さん、雪の精とやらが来て食べられてしまう前に、あなたも早くお帰りなさい」

「え? ああ、そうだね」


 僕は名前を教えたかしら、と太郎さんは不思議に思いましたが、いよいよ日が暮れてきたので慌てて駆け出しました。



「……親切な太郎さん、」


 後ろから呼ばれて振り返りましたが、山茶花の曲がり角には双子の女の子たちはおろかもう人っ子ひとりおらず、其処には雀にでも食い荒らされたように山茶花の花びらが散っておりました。

 太郎さんは怖くなって、膝をがくがくと震わせながらお母さんの待つ家へ急ぎます。

 村には冷たい風がびゅうびゅうと吹きすさび、太郎さんが家へ飛び込んだ頃には、白い雪が風にちらちらと混じり始めました。



「あたしたちの好物はね、今の太郎さんみたいな子どもぢゃないの」


 くすくすと笑い声が響きます。


「さっきの太郎さん、あたしたちが見えるなんてきっと将来大物になるわね。十年後辺りには美味しく熟していそうよ。どう? はなちゃん」

「そうね。ぢゃあこうしましょうか。十年後の今日もし再会出来たなら、その時は太郎さんを美味しく頂戴しましょう。ねえ? ことちゃん」


 ふたりがさざめくように笑う度、風は強さを増してゆきます。


 山茶花の花びらも、村の小道も家々の屋根も、降る雪に静かにその身を委ねるばかりでした。




 -終-

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雪の戯れ歌唄い 遊月 @utakata330

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