第14話 「湖畔に残る現代の神隠しの話と、恋人たちのヤドリギ」


 「赤い傘をさした中年の主婦が、忽然といなくなった事件が、それだ。

 今から10年ほど前の話しだ。、

 千葉県から夫と娘、叔父と叔母、義母を伴った一行が、三夜沢の赤城神社の

 別宮へ、ツツジの見物にやってきた。

 せっかくだから、山頂にある奥宮へ行こうということになった。

 車を飛ばし、大沼の湖畔まで登ってきた。

 だがあいにくの雨のため、奥宮の赤城神社に行くのは夫と叔父の二人だけで

 あとは全員が残り、車の中で待機することになった」


 「神秘的な雰囲気を持つ、雨の山頂での出来事ですか・・・

 ミステリーの要素は、充分に満たしていますねぇ」


 「しばらくしてから主婦が、「折角だから、お賽銭をあげてくる」と、

 財布の中から、お賽銭を取り出した。

 2人のあとを追い、小鳥ヶ島へ向かう赤い橋を神社に向かって歩き始めた。

 主婦は、赤い傘を差して、ピンクの派手なシャツに黒のスカートという、

 遠くから見ても、すこぶる目立つ格好だった。

 神社に向かったはずの主婦の姿を、娘さんが、境内とはまったく別方向の場所で

 佇んでいる姿を、偶然に目にしている。

 そしてそれが、家族が目撃した主婦の最後の姿になってしまった」


 「えっ、別方向にたたずんでいる主婦を、娘さんが見ているの・・・

 あら、やっぱりミステリアスですねぇ。展開が」


 「戻らない主婦を心配した家族が、手分けしてあたりを捜索した。

 しかし結局見つからず、警察へ通報することになった。

 10日間で延べ100人あまりで、付近の一帯を捜索したがやはり見つからない。

 赤城神社の周辺は、よく整備されていている。

 危険な場所や、道に迷うような箇所は一切ない。

 ゴールデンウィーク中だったため、人出もおおかった。

 だが不審な人物や、それらしい物音を聞いた人もいなかった。

 20件ほどの情報が群馬県警に寄せられたが、、発見に結びつくような

 有力なものはなかったそうだ」


 「ゴールデンウィーク中なら、たくさんの人が居たはずです。

 誰も見ていないなんて不思議ですねぇ。

 ほんとうに誰も、主婦の姿を見ていないのでしょうか?」


 「失踪から7か月ほど経ってから、当日撮影されたビデオが公開された。

 その日、偶然に撮影されたものが、テレビ局へ提供された。

 そこに、主婦らしい人物が映っていた。

 赤い傘を差しだしている姿が、かすかにだが小さく写りこんでいた。

 撮影された場所は、ここだ。

 ここにはかつて、赤城神社の本宮が建っていた。

 だが、傘を差しかけられていた人物は、名乗り出てこなかった」


 「当事者が名乗り出たくないということかしら・・・

 それとも本当に、神隠しなおかしらねぇ」

 

 「失踪後。数回にわたり無言の電話が、自宅にかかってきている。

 発信先が「大阪」と「米子」という確認はとれた。

 家族はその後も、必死に主婦の行方を捜した。

 だが10年が経ったいまでも、主婦は発見されていない。

 10年前の大沼で突然発生した、現代版の神隠しということになるねぇ」



 「科学で解明できない、空間や時間の歪みがあるという話は、

 聞いたことがあります

 タイムスリップなどもそのひとつというけど、へぇぇ、今でもあるんだ。

 神隠しなどという、古風な、神がかった現象が・・・・」



 かすかな水音を立てながら、大沼の湖面へ注ぎ込んでくる覚満淵からの流れを

悲しそうな顔で貞園が見つめる。

大沼と覚満淵は、もともと一つの地形を成していた。

立ち並ぶお土産屋とホテルによってすっかりと遮られているが、もともとは

ひとつの火口湖として存在していた。

人の手によって開発されるまで、手つかずの秘境として長い歴史を刻んできた。


 太古の面影を残しているのは、かろうじてつながっている一本の水路だけだ。

覚満淵を潤してきた冷たい水は、雪解けの水と一緒になり涸れることなく、

大沼へ向かって小さな流れを作りだす。



 「貞園。神隠しの話は、すこしばかりショッキングだ。

 だがここには、恋人たちのための、とっておきの神話もある。

 それが大沼のヤドリギの伝説だ。

 ヤドリギの下でキスをした恋人たちは、永遠に結ばれるという、

 古い、いいつたえが有る」



 「あら。そちらは、きわめて明るい話ですねぇ。

 神隠しの話には胸が痛むけど、愛のヤドリギには、私の心もときめます!。

 でもヤドリギって・・・・こんな山奥にもたくさん有るの?」


 「赤城山には、ヤドリギがたくさんある。

 標高1000mを越えている赤城山には、ミズナラの木がたくさん生える。

 ミズナラは、冬になると葉を落とす。

 葉を落とした枝の先に、鳥の巣のような形の緑のかたまりが有る。

 緑の小枝のかたまり、それがヤドリギだ。

 欧米ではヤドリギの不思議な生態から、神秘的な植物として、

 いろいろな伝説が語り継がれれている。

 西洋ではヤドリギの下で恋人たちがキスをすると、永遠に結ばれると言う

 そんな言い伝えが有るそうだ。」


 ヘルメットを脱いだ康平が、湖畔を囲む木々を指さす。

大沼の湖畔には、ミズナラやカシ、アカヤシオなどの落葉樹の巨木と、

樹齢を重ねた古い木々が立ち並んでいる。


 「見てわかるように、湖畔に生えているのは落葉樹ばかりだ。

 そのせいで、本来は見つけにくいヤドリギが、真冬になると見つけやすくなる。

 ミズナラなどに寄生する、ビャクダン科の常緑樹のことをヤドリギと呼ぶ。

 ミズナラの枝から水分やミネラルを吸収して、長い時間をかけて育つんだ。

 ミズナラが、青々と茂っている春から夏に見つけることは困難だが

 冬になるととつぜん目立つようになる。

 冬でもヤドリギは、紅葉や落葉をしないため、青い姿のままで生き残る。

 すぐに簡単に見つけ出すことができる。

 ヤドリギの成長は非常に遅い。

 赤城山では樹齢の長いミズナラの大木に、好んで寄生して育つんだ」



 「なるほど。ということは、ミズナラの大木を探していけば、今の時期でも、

 そのヤドリギを発見することが出来るわけなのね!」



 「見つけられない事は無いが、地元の知識がないとまず無理だな。

 見ての通り、俺たちの周囲は緑の木々ばかりだ。

 最初のチャンスが、同級生の五六が居た標高1000mの駐車場にあった。

 「姫百合駐車場」から少し歩いたところに、ミズナラの林がある

 そのなかに一本だけ、際立った老木がある。

 老木の枝の中に、緑色が特に濃いかたまりが見える。

 それがヤドリギだ。

 急がしいカップルは、ここで大急ぎでキスを済ませていくそうだ

 ただし、駐車場が近過ぎるため、ギャラリーたちもすこぶる多い。

 老木の下でキスするのは、かなりの勇気と根性を必要とする」



 「集団監視のなかで、誓いのキスか。

 う~ん。私でもそれには、少しばかり抵抗がありますねぇ・・・・

 他にはないの?。もっとプライバシーを守ってくれそうな、ヤドリギが」



 「格好のポイントが、これから行く覚満淵にある。

 誰にも内緒だぜ。つい最近、俺が発見したばかりのホットポイントだ」



 「早くそれを言ってちょうだい、康平。

 大沼の観光も神隠しの話も、すっかり飽きたから、すぐそこへ行きましょう。

 恋人たちに幸運をもたらしてくれるという、そのホットなポイントへ。

 善は急げだ!。レッツゴー!!」

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