第12話 「トナカイカーブと、ツーリングにおけるランデブー」
「おっ。やっぱり理解も早いし、きわめて感度が良いねぇお姉ちゃんは。
そういうことだ。
30歳になったばかりだというのに、何が楽しいのかあの野郎、
年配の客しかやって来ない路地裏で、古ぼけた居酒屋を営業していやがる。
じじぃやババァの相手をする前に、もう少し青春を謳歌しろってんだ。
若いうちは、刺激のある生活ってやつを楽しまなきゃ嘘だろう。
お前さんは、実にナイスボディで、ピチピチだ。
誰が見たって、女の魅力が満載だ。
あんたのその魅力で、他の女に興味をしめさない頑固者の康平の目を
覚ましてやってくれ」
「ふぅ~ん・・・・。他の女に興味をしめさないのか、康平は」
「おう。あいつはいまだに、昔の女に片思い中だ。
もうひとつ、お前さんへアドバイスがある。
バイクっていうやつは、ハンドルでカーブを曲がる訳じゃねぇ。
体の傾きで曲がるものだ。
カーブにさしかかると、遠心力が働らく。
ライダーを外側へ放り出そうという重力のことだ。
重力に逆らってカーブを旋回していくためには、内側に向かって身体を倒す。
躊躇しちゃいけねぇ。
思い切り内側へ身体を倒す必要がある。
バイクというやつは、身体を倒して重心を変えるだけで曲がることが出来る。
2輪というのは、そういう乗り物だ。
嘘じゃねぇ。
この先のカーブで、そいつを実行してみな。
右のカーブで康平が右へ体を倒したら、お前さんも同じように右へ身体を傾ける。
バイクの傾きと2人の重心が一致すれば、よりスムーズに
カーブを抜けることができる。
より快適なツーリングを、二人で楽しめることになる」
「あら。初めて会った私に、そこまで親切にアドバイスしてくれるのには、
なにか下心でもあるのかしら?」
「おっ、ねえちゃん。
やっぱり察しがいいねぇ。それも図星だ。
お前さんは器量がいいけど、それ以上に頭も良さそうだ。
俺。頭の良さそうな女が、大好きなんだ。
康平には内緒だぞ。
色気で迫って康平の反応がないようなら、脈がないと思って諦めろ。
いまだに高校時代の女に未練を残している証拠だ。
康平のことは諦めたら、すぐさま俺に連絡しろ。
悪いようには絶対にしない。
お前さんは、俺のタイプだからな。あっはっは」
「あらら・・・・ご忠告ありがとう。よく考えておきます。
じゃ、ごちそうさま。
美しい奥様と、可愛い双子の娘さんたちに、よろしく。
是非また、遊びに来たいと思います。あなたはとってもチャーミングだもの!」
笑顔の貞園が、スクーターの後部座席へ走る。
エンジンをかけて待機をしていた康平が、五六に振る。
ゆるやかにアクセルを開けると、スクーターが駐車場からすべりだす。
貞園が慣れた仕草で、康平の腰へ両腕を回す。
インカムを通して聞こえてくる貞園の声が、甘えた感じのささやき声になる。
「ここから先が難所なの?。
最高到達点まで、一気に登っていくと聞きました」
「もう少し登っていくと、トナカイと呼ばれている
ヘアピンカーブ群がやってくる。
そこが赤城山の、登りの正念場だ。
72ある赤城のカーブの中で、もっとも腕が試される場所だ。
中速から高速まで、スピードを自在に操る必要がある」
「暴走族の、腕の見せ場ということかしら?」
「このあたりから、障害物がなくなって見晴らしが良くなる。
四季を通じて、見える景色が最高なる。
だが高速で走る連中は、景色を楽しむどころじゃない。
迫り来るカーブに対応するため、忙しく、アクセルとブレーキを操作する。
2輪のバイク族もそうだが、4輪車に乗るドリフト族たちにとっては、
ここはドライビングテクニックの、絶好の見せ場になる」
「ふぅ~ん。このあたりが、噂に聞くドリフト走行の聖地なのか。
ということは康平くんも、後ろのタイヤを滑らせながら、ここから先の坂道を
全速力で、勇猛果敢に攻めていくつもりなの?」
「そうして行きたい気持ちは山々だが、今日はまずい。
大切なワインをこれ以上、こぼすわけにはいかないだろう。
このあたりから周囲が開けて、すこぶる展望が良くなる。
カーブを曲がるたびに、新しい景色が目に飛び込んでくるはずだ。
難所は同時に、景観にもすこぶる恵まれているんだ。
雲と同じ高さを行くから、目の下には最高の景色がひろがる」
康平のスクーターが、前方のつづら折れに向かって速度をあげていく。
木々の間から、赤茶色の岩肌が迫って来る。
トナカイカーブの上にそびえる岩山だ。
赤城の山塊の中でここだけ、赤茶色の岩肌が露出している。
赤城山がかつて活火山だった名残だ。
岩壁の麓を縫うように、まるでトナカイの角のように複雑に曲がっていくのが
トナカイカーブだ。
カーブは47番から67番まで、20個余り続いていく。
難所は、別名「トナカイ・ヘアピンカーブ」と呼ばれている。
赤城山の登りで最大の難所だ。
トナカイのカーブ群をクリアすると、道はなだらかな登りの傾斜を取り戻す。
のこりのカーブは、あと5つ。
山肌を尾根に向かって斜めに駆けあがると、最後のカーブへさしかかる。
標高1300mにある、最終カーブからの展望は素晴らしい。
さえぎるものは一切ない。
晴れていれば群馬県下はもちろん、遠くに埼玉と東京の市街地まで
見ることが出来る。
トナカイ・ヘアピンの入口にさしかかった康平が、ブレーキをかける。
少し速度をゆるめたあと、右カーブに向かって自分の体を右へ傾けていく。
その瞬間。康平の動きにあわせて貞園も右へ体を傾けていく。
最初のカーブをすり抜けた瞬間、早くも次の左カーブが迫ってくる。
ここから、カーブが更にきつくなる。
ぐるりと大きくクリアした瞬間、今度はS字のカーブが目の前にあらわれる。
康平が身体を傾ける前。貞園がカーブに合わせて先に身体を傾けていく。
「うまいもんだな。いつのまにそんな高等テクニックを覚えたんだ?」
「五六さんに、教授されたばかりです。
ついでに、あなたに振られたら速攻で、俺のところへ来いと言われました。
うふふ。口説かれてしまいました、初対面の殿方に・・・」
「油断も隙もないなぁ・・・・君も、五六も。
それにしても君は、カーブの反応がいいね。おかげで運転がし易くなった」
「いいわよ。もう少し速度をあげてよ! 快適だもの、最高です~」
「ワインをこぼすわけにいかないが、そいうことなら君の協力に甘えよう。
久しぶりのランデブー走行だ。久しぶりに血が騒いできたぞ。
筝と決まれば、遠慮はしない。いくぞ貞園。
ここまでは抑えて橋ってきたが、ここから先は全開のアタックだ。
最高到達地点まで、一気に登って行くぞ。
後部座席から協力、よろしく頼むぜ!」
「ねぇ、康平。ランデブーって、いったいどんな意味があるの?」
「ランデブーは”あいびき”だ。いわゆるデートをするってことだな」
「あら、いつのまにデートをしているの、私たち?」
「このスクータに乗った時点から、俺たちのデートははじまっている。
ランデブーの代わりに、タンデムという言い方をする。
バイクに2人で乗るという意味だ。
俺たちの呼吸もぴったりだ。
このまま、もうひとつの最速のタイムがたたき出せそうだ。
いくぜ貞園。俺たちはもう、怖いものなしの最強コンビだ!」
「いいわよ、全開で飛ばしても。
でもお願いだから、あたしのワインを、全部はこぼさないでね。
あたし。スクーターの後部座席って、実はまったく初めての体験なのよねぇ、
ホントは、少々怖いのだけど、うふっ・・・」
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