からっ風と、繭の郷の子守唄

落合順平

第11話 「とうもろこしの正しいむき方と、五六からのアドバイス」


「トウモロコシってやつは、採りたてが一番うまい。

 次の日になると鮮度が落ちてくる。味も、一段階落ちて不味くなる。

 と説明しても、都会の人にはわからねぇだろう。

 都会の人がトウモロコシを口にするのは、出荷してから3~4日後だ。

 本当に上手い物は、現地でしか食えねェ。

 それが日本の流通の現実だ。

 だいいち。素人衆は、トウモロコシの皮の剥き方がなってねぇ。

 まったくもって下手くそだ。

 バナナのように上から皮を剥いているが、これが大きな間違いだ」



 赤いシャツの男が、抱えてきたトウモロコシをテーブルの上へドサリと置く。

『プロは、こうやるんだよ』と、包丁を取り出す。

トウモロコシの根元の部分に、包丁を当てる。

実と茎のギリギリの部分に刃を当てて、スッパと切り落としてしまう。


 『こうして下からむくのが正解なんだ』下側から、皮をはぎ取る。

『もうひとつ。裏技がある』濡れたふきんを手にすると、上から下に向かって

ぐるりとトウモロコシを擦りあげる。

ひげはもちろん、細かい毛まで綺麗にこすり取ってしまう。



 「どうだ。簡単だろう、お姉ちゃん。

 プロはこうやって仕事をする。

 露天商の見習いの頃、先輩達から教わったむき方だ。

 鮮度のいいトウモロコシを、速攻でむいたら、すぐに焼き始める。

 遠火の強火ってやつが一番いい。

 まず最大火力で、2~3分くらい焼く。

 焼きムラがないように、少しづつ回転させながら焼きあげる。

 あとは火力を弱くする。それが無理なら、火からトウモロコシを遠ざける。

 大きさにもよるが、12分から15分ぐらいで焼き上がる。

 仕上げに、刷毛で、しょう油をたっぷりと塗る。

 ここが、この仕事の一番の肝心な部分だ。

 醤油はケチらずに、つけすぎるくらい、たっぷりと刷毛で漬ける」



 「あら。そうすると大量に醤油を消費することになりますねぇ・・・・

 赤字になりませんか、たっぷり醤油を使ったら。

 儲からないと困るんでしょ、テキ屋さんのお仕事は?」


 

 「おっ、お姉ちゃん、良い質問だ。

 焼きトウモロコシは、実は、焦げた醤油の香りを嗅がせて商売するんだ。

 客を屋台に引き付けて、なんぼの世界だ。

 トウモロコシというやつは、いくら焼いても大した代物じゃねぇ。

 甘いわけでもないし、インパクトも無い。

 テキ屋が露店で売るには、不向きな商品なんだ。

 そこで考え出されたのが、醤油を焦がして、香ばしくするという方法だ。

 焼いているうなぎの香りを、店先に流しているウナギ屋と、まったく同じ発想だ。

 醤油をつけずに、焼き上がったトウモロコシがここにある。

 食ってみな。採りたてのトウモロコシは、醤油なんてものは必要ないのさ。

 醤油はあくまでも、お客を集めるための演出だ。

 商売の裏側なんて、そんなもんだ。

 どうだ。炭火で焼いただけでも、俺のつくったトウモロコシは旨いだろう」



 「ほんと。目からウロコです!

 甘いし、柔らかい。みずみずしい上に、食べごたえがあって美味しいわ」



 「当たり前だ。ものも違うんだ、お姉ちゃん。

 このあたりで栽培しているトウモロコシは、生でも食える品種ばっかりだ。

 あ、おっといけねえゃ・・・・

 初めて会ったばかりのお姉ちゃんに、商売の裏側をばらしちまったぜ!」

 

 立て続けにとうもろこしを平らげた貞園が、満足そうに目を細める。

「もう満足。トウモロコシで腹いっぱいになったなんて、生まれてはじめてです」

微笑みを見せる貞園に、「そいつは良かった」と赤いシャツの男が笑う。

焼きたてのトウモロコシを、五六が次々にビニール袋へ詰め込んでいく。


 「こいつは青い服の店長へ、お土産だ。

 座席の下の収納スペースへ放り込んでおいて、持ち帰ってくれ。

 ちゃんと届けてくれよ。お姉ちゃん」



 「ありがとう。

 顔は見るからに怖いけどあなたって、本当は紳士なのね。

 よかったわ。康平くんのお友達が、みんな優しい人たちばかりで」



 「なかなか面白い事を言うおねえちゃんだな。

 俺の名前は、五六(ごろく)。

 6人兄弟で5番目の男の子という意味だ。

 酔っぱらったオヤジが面倒だからと、適当につけた名前だ。

 冗談みたいな名前だが、それでも最近はそれなりに気に入っている」



 「ユーモアたっぷりのお名前です。

 康平とあなたって、小さな頃から仲が良かったのですか?」


 「俺たちは、ガキの頃から近所で育った。

 2人ひと組で育ったようなものだ。

 俺がグレて、テキ屋の世界に足を踏み入れた時、山ほどいる同級生の中で、

 いままで通り付き合ってくれたのは、康平だけだ。

 付き合い始めてかれこれ30年。俺たちは兄弟のように生きてきた。

 ところでそういうお前さんは、いったい、いつから康平と

 付き合っているんだ」



 「あら。わたしたちは、たったさっき行き会ったばかりです。

 迷子になった私を、広瀬川まで案内してくれたのがはじまりです。

 スクータで買い出しに出かけるというから、面白そうだと着いてきました。

 いつの間には、こんな山奥で焼きトウモロコシを食べる羽目に

 なっちゃっいました。」



 「なんだって。あの康平が、お前さんをナンパをしたのか・・・・

 へぇぇ。信じられん話だな。

 お姉ちゃん、ちょっとこっちへ来てくれ。すこし内密の話がある」


 

 「内密のはなし?」



 「こっちだ」と五六が、屋台の裏側を指さす。

康平は離れたところで、スクーターの点検をはじめている。

そんな康平の様子を横目でたしかめた貞園が、五六に呼ばれるまま、

屋台の裏側へ回りこんでいく。

裏で待機していた五六が、ポケットをさぐり、タバコを取り出す。

あわてて火をつけると、煙を思い切り、胸の底まで吸い込んでいく。



 「あのなぁ。

 康平という男は、女に関しては昔から奥手なんだ・・・・

 アレルギーみたいなものを、持っている。

 高校時代に、好きになった女学生がいたんだ。

 だがいつまでたっても告白することができず、悶々と過ごしていた、

 暗い時期があった。

 卒業後。その女学生は、県外に就職してそのまま行き先が不明になった。

 それでもあいつはその女のことが忘れられず、いまだに未練を持ちつづけている。

 そんな康平が、おねえちゃんに声をかけるのは、晴天のヘキレキだ。

 2輪の後ろへ女を載せるなど、ありえない話だ。

 康平が別の女を連れてくるのを、俺は生まれて初めて見た。

 今でも、びっくりしたままだ。

 あんたたちはもしかしたら、運命の出会いというやつかもしれねえな。

 大事に付き合ってくれ。いい男だ、康平は。

 悪いなぁ、無理に引き止めちまって。話はそれだけだ」



 「康平クンには、意中の人がいるの。へぇぇ・・・

 私なら、意中の人を乗り越えられるという意味かしら?

 責任重大ですねぇ。よし、この貞園が康平クンを誘惑しちゃおうかしら、

 うっふっふ」

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