第陸話

「なるほど、時雨君か……。いい名前じゃないか」


及川は一頻ひとしきり頷くと、此方を見た。


目がすっと細められ、自分へと向けられる視線は鋭さを増す。


「では、互いの名を知ったところで本題に入ろうじゃないか。──まず、一つ目だ、君は何処から来た。まさか、この国のものではないだろう?」

「自分は流れ者だ。留まっている処はない」

「では、君が旅する目的とは?」

「……強くなるため、だな」


本当の目的ではないが、間違ってはいない。自分はあいつを守れるくらい強くならなくてはならないのだ。


それをずっと昔に別れたっきり見ていないあいつの顔を思い出しながら答える。


「では、剣は誰に習った?流石に独学ではないだろう」

「自分と同じ旅の剣客から」

「その剣客とやらは今何処に?」

「知らん。数年前に別れたっきりだ」

「そうか……」


そういうと及川は腕組みをして考え込む様にして黙った。しばらく悩んだ末に及川は顔を上げた。


「──時雨君。君さえ良ければなんだが、このまま此処に居ないか?うちとしては君のような戦力が必要なんだ。いくら昔より隊員の数が増えたとはいえ、戦力的にはまだまだ心許なくてね……。戦えるのであれば、例え君のような年頃の子でも喉から手が出るほどに欲しいんだよ」


そういう割りに、及川の言葉には威圧感や殺気のようなそれが含まれている様に感じる。


さて、どう言ったものか……。正直に言って自分はこいつらと行動を共にする気はさらさらない。


アイツがこの国に居るのはわかっているので、探し出すまでは留まっているつもりだが、見つけ次第此処を出ていくつもりだ。そもそも残る理由も必要性もない。


だが多分、断ったとしても素直にはい、そうですかと帰してくれる訳がない。それに先程、部屋に入るときパッと観ただけだが、少なくともこの場にいる八人のうち約半数は危険な奴らだということは判る。


しかし、コイツらから逃げ回りながらアイツを見つけ出すことが不可能だとは思わない。少なくとも二、三日は捕まらないでいられる自信はある。


「ことわ──」


断ると言いかけたとき、閉ざされていた部屋の戸がスパンと小気味よい音を立てて開いた。


「あのー、伊月さんが私のこと呼んでたって聞いて来たんですけど──」


張り詰めていた部屋の空気が一瞬にして壊された。


思わず視線がそちらの方を向く。だが、それは自分だけではないようで他数名も目をぱちくりとさせている。


突然の乱入者は呆然とした顔つきで部屋の中を見回す。不意に視線が合った。


腰ほどまでありそうな髪を後ろで高く結っており、男物の着物を着ている。しかし、 着物の裾から覗く白い肌、顔立ちや

体つきは少女のものであるため、ちぐはぐな印象を与えてくる。だが、髪と同じ茶色の大きくくりっとした瞳や 、鈴を転がしたかのような声には聞き覚えがあった。


瞬間、感じ続けていた縄がピンと張り、更に何本も何本も絡み付いて自分と少女の間をふ太く繋いだ。


それを感じてわかった。目の前のこの少女こそがアイツだと──。


「お、お取り込み中でしたか……!すみません、お邪魔しましたぁー!!」


少女はハッとすると慌てて戸を閉め、バタバタと何処かへ駆けていった。


再び静けさを取り戻した部屋の中で、自分はまだ戸の方を呆然と見つめている及川へと向き直る。


「今のは?男のなりをしているみたいだが、女だろう。戦えるように見えなかったが、あれも此処の一員か?」

「あぁ。確かに君の言う通り戦えはしない。しかし、あの子はうちにとって必要な子だ」


きっぱりと力強くそう言うと及川は戸から目を離し、此方へと顔を向けた。


「それで、先程の話しだが君の返事は──」

「事情が変わった。いいだろう、此処に残ってやる」


及川の言葉を遮って言い放つ。日代あたりが騒がしくなりそうだが、今は静かなので善しとしておく。


まあ、不自然に意見を変えたから怪しまれただろうが、これからどうにかしていける程度のものなので気にしなくてもいいだろう。それに、此処に留まるのはアイツを連れ出すまでの間だ、そう長くはかかるまい。


「──そうか、わかった。では、これから宜しく頼むぞ時雨君」

「あぁ、此方こそよろしく頼む」


すっと目を細め射抜くような視線を向けてくる及川を見つめ返しながら答えた。

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紅~紅葉物語~ 嘘月善人 @yoshito_usotsuki333

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