第伍話

気がつくと見知らぬ部屋の中にいた。数回まばたきを繰り返した後、自分が何故このような場所に居るのかと考えを巡らせるが、思い当たるふしがない。それもそのはずだ、自分の記憶はあの餓鬼を倒したところで途切れている。ということは考えられる事は一つ、誰かが自分をここまで運んだということだ。


そこまで考えてから、身体を起こそうとする。しかし、途端にズキリと背に鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめる。


「……っ!!」

「気がついたみたいだね」


不意に横から声を掛けられる。振り向くと、ボサボサの髪をした童顔の男と目が合った。


直ぐに起き上がり、素早く部屋の奥へと後退り、己の刀の在処ありかを目でぱっと探る。その時気づいたが、童顔の男の後ろにも、もう一人男がいた。そいつはにこにことしている眼前の男と違い、黙って此方をじろりと見ている。


「此処は何処だ?お前たちが自分を此処へ連れてきたのか?」


男二人を睨み付けながら問う。


「そんな怖い顔しないでよ、僕たちは別に、君のことをどうこうしようっては思ってないからさ」


おどけた様な笑みを浮かべた男は、そう言って手をひらひらとさせる。


「ここはくれないの屯所だよ。君、道のど真ん中で倒れてるんだもん。僕らとしては、放って置くわけにはいかないんだよね。まあ、君を運んだの僕じゃないんだけど」


弾んだ声でそう言われ、思わずたじろぐ。何故この男はこんなにも楽しそうな顔をしているのだろうか。


「紅……?」

「うん。紅葉治安維持部隊、通称『紅』。僕らは紅の隊員なんだよ」


そう言うと、男はずいっと顔を近づけてくる。にこにこ顔なのは変わらないが、心なしか先程より目が輝いているように見える。


「それよりさ、僕、昨日の君の戦闘見てたんだ。君って、中々強い人の部類に入る人思うんだよね。だから、今度僕と手合わせでもし────うわっ!?もう、何するのさキスケ」


今まで黙っていた男に、突然後ろ首を引っ張られ無理矢理引き剥がされた童顔の男は、むすっと頬を膨らませた。


「何するのさ、じゃねぇよ!オマエ、伊月さんに報告しに行くこと忘れてるだろ。さっさと行ってこい」


その言葉と共に、男は部屋の外をびしっと指差す。


「えー、なんで僕なんだよ。キスケが行けばいいじゃん」

「オマエをここに置いとくと、ソイツに絡むから絶対ダメだ」


キスケと呼ばれた男はきっぱりと断言し、わかったらさっさと行け、と童顔の男に促す。男は、もー、わかったよー。と不満気な声を上げながら部屋を出ていった。


童顔の男が部屋を出ていったのを確認すると、キスケと呼ばれた男がくるりとこちらの方を向き、自分と目線を合わせるようにしてしゃがんだ。


「あー、悪いな。アイツ、強いヤツ見つけると戦いたがるタチなんだ」


そう言うと男は気まずそうに頭を掻く。

男はしばらく黙ってから、再び口を開いた。


「俺は日代木ノ助ひしろきのすけって言うんだけど、オマエ名前は?」

「…………」

「じ、じゃあ、年は?俺は十八」

「…………」


日代と名乗った男は、その後も幾つか問いかけをしてくる。間を持たせようとしているのだろうが、答える気は更々ない。


「え、えっと、次──」

「──自分に答える気がないということが分からないのか、お前は?」


一人で延々と喋り続けている男に問う。すると、男はわなわなと震え、突然声を上げた。


「そんなことぐらい、オマエに言われなくても分かってたっつーの!!ホントは俺だってオマエみたいな無愛想なヤツなんかに話し掛けたくねぇよ!!!」


と、ぎゃあぎゃあと日代が騒いでいると、部屋の戸ががらっと開き、先程の童顔の男がひょっこりと顔を覗かせた。


「ちょっと、キスケうるさいよ。君の声響くんだから、静かにしてよ」

「だって、コイツが……!!」

「はいはい。どうせ話し掛けて無視された、とかそんなところでしょ。……ごめんね?キスケが迷惑掛けて」


男は自分の方を向くと、申し訳なさそうに眉を下げて言った。


「って言うか君、僕に絡むなー、とかなんとか言っといて自分の方が絡んでるじゃん」

「そ、それは……、俺なりにコイツから情報引き出そうとか色々考えた結果で、別に絡もうとか、気まずいとかそんなこと考えてたわけじゃねぇし……」


焦りながらしどろもどろに喋る日代を、童顔の男はなだめる。日代が落ち着くまで待つと男は再び口を開いた。


「あっ、そうそう、忘れるとこだった。伊月さんが、その子を連れて寄合部屋よりあいべやに来いって言ってたよ」

「わかった。……おい、行くぞ」


不機嫌そうに日代が言う。逆らうとまた煩そうなので、黙って従っておく。


戸を開くと陽の光が目に入ってきた。輝くそれは縁側の板を照らし、そよそよと吹く風は暖かい。昨日の禍々しさがまるで嘘だったかのようにほがらかとしている。


右隣には童顔の男、左隣には日代。男二人に挟まれる様な形で歩いていく。すると突然、右隣のやつが自分の顔を覗き込む様にして問い掛けてきた。


「ねぇ、キスケのやつと同じこと聞くかもしれないんだけどさ、君ってなんて名前なの?」


そいつは、手合わせするかもしれない人の名前知らないってのは可笑しいでしょ?とけらけら笑いながら言う。


「あっ、でも僕が先に名乗らなきゃだめだよね。んっ、んっ!……僕は後藤優ごとうゆうっていうんだ。ちなみにここ紅で一番隊の隊長やってまーす。よろしくね」


わざとらしく咳払いをして名乗ってくる。


「そうそう。隊長といったら、キスケもそうなんだよー、三番隊の隊長さん。ちょっと、子供っぽいところが有るんだけど、隊長任されるだけあって中々強いんだよ。ねっ、キスケ?──って、着いちゃったや。ざーんねん」


もっと話したかったのになー、と言って後藤は肩をすくめた。そんな後藤を、日代がキッと睨み付ける。


「何がざーんねん、だ!!ベラベラ喋りやがって、このアホ!!!」

「えー、でもさ、知られて困るようなこと言ってないよ、僕。精々せいぜいみんなが知ってる様なことしかさ」

「うっ、そ、そりゃそうだけど……」


と、日代がたじろいだところを後藤が透かさず追撃する。


「──それより、そろそろ入らないと不味いんじゃない?大声で喋ってたんだから、中に聞こえてるはずでしょ?伊月さん怒るよ、きっと。うるせー!って」


それを聞いて日代はぶるりとその身を震わせる。そして直ぐに、慌てて戸の方を向き、声を上げた。


「三番隊隊長日代、一番隊隊長後藤、例のヤツを連れてきました。入ります」


そう言って、日代は戸を開く。


見ると部屋の中には六人の男が居り、静かに此方を見ていた。すると、部屋の一番奥でどっしりと座っている、まげを結った強面の男が声を上げた。


「ほう、君が例の……。そんなところで立っているのもあれだろう。中に入って座るといい」


男は顔に似合わずにこやかな表情でそう告げてくる。しかし、その言葉の一つ一つには有無を言わせぬ力が込められている。


「……さて、これから私は君に幾つか問い掛けをしようと思うのだが、お互いに名を知らぬまま問答をするのは可笑しいとは思わないか?だから、先ずはお互い自己紹介といこうじゃないか。私は、紅で局長をしている及川吉平おいかわきっぺいという。」


紅のことは知っているかね?と問われたので、黙って頷いておく。それを見た及川もそうかそうか、と頷いた。


「では次に、君のことを教えてはくれないか?」


穏やかな表情とは裏腹に、纏っている雰囲気には威圧感がある。自分に拒否権はない、ということか……。


外していた視線を及川に戻し、すっと息を吸う。


「──天宮時雨あまみやしぐれだ」


静まり返った部屋の中に、自分の声だけがよく響いた。

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